決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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18.感情(feelings)

 骨折21箇所。複雑骨折4箇所。内、解放骨折1箇所。粉砕骨折1箇所。

 腹腔内出血有り。肺挫傷有り。血胸有り。

 II度火傷複数箇所。III度火傷有り。

 創傷38箇所――――全治6ヶ月。

 入院期間3ヶ月。なお、経過によって再入院及び期間の短縮も考慮。一か月間は絶対安静。

 

――――以上が、俺が目を覚ました時に聞いた自分自身の状態である。

 

 曰く、生きている事実が不思議でならない。

 曰く、お前本当に人間か。

 目を覚ました後、病室を訪ねてきた医者が言うには、俺の状態はそのようなものであったらしい。

 実際問題として、痛みはともかく骨の繋がりが断たれている以上は動くに動けない。眠っていても痛みに目を覚ましてしまうほどなのだから、恐らく、相当なものなのだろう。特に、一切声を荒げないことについては、医者も首を傾げていた。

 どういう奇跡なのだろうか、と医者は言う。

 しかし、結果は結果でしかない。俺が生きていたことも、一つの結果だ。それを覆すことは……原則、できない。

 

――――二度と、光を見ることは無いと思っていた。

 

 見なくてもいいと思っていた。見るべきでないと思っていた。

 この先、生きていく理由も存在していないのだから。

 だから、せめて誰かにとって価値のあるままに死ねたなら、それはこの無意味な生の幕引きとしては、最上のものであろうはずなのに。

 俺は。

 これから、どうすればいいのか。何も分からない。

 数週間の入院生活の中で、叶が結局こちらに戻ってきたことも知った。

 

――――では、俺の行動は無意味だったのではないか。

 

 問えば、返ってくる言葉は決まっていた。

「私の選択だ」と。

 母とは、和解したと言う。その言葉が真実なのかは、俺にはやはり、分からなかった。

 恐らくは真実、なのだろうと思う。こんな時にまで嘘を吐く理由が見当たらないからだ。

 ならば、何故戻ってきたのか。それが、俺には分からない。

 こちらの世界は、確かに彼女にとっては楽しい場所だろう。モデルを知っていればこそ、その気持ちは肥大するに違いない。有我少年にしてもそうだ。この世界には、掛け値なしに大きな希望を抱いている。

 だが。だが、しかし。

 それは、健全なことか。本来の道か。

 この世界は逃げ道だった。逃避を望む人間にとっての新天地……そして、行き止まりとも言えるような場所だ。

 だから、彼女はこの世界に戻ってくるべきでないと、そう思っていたのに。それでも、と叶は今も、この世界にいる。

 

 分からない――――分からない。

 

 数式を解くように、人間の感情を理解することができるのならば、どれだけか楽なのだろうか。元より感受性にも、感情そのものにも欠ける人間である。理屈にそぐわない行為を見せられて、平静でいられようか。

 分からない。その言葉が、胸を埋め尽くしていた。

 今の肉体の状況では何もできない以上、考える時間は有り余っている。だからこそ、未知を既知とすべく思考する。それでもなお、答えは出てこない。

 焦燥、という言葉がある。

 思うようにならず、心を焦がすこと。知識としては理解していた。それに近しい、と言えるだろうか。

 もしもそうなら、俺は焦燥感に浸っていたのかもしれない。その先にあるのだろう、恐怖にさえ。

 分からない。だから、恐ろしい。

 極めて単純な、子供の理屈だ。それでも、言葉として当て嵌めるならこれ以上ないまでに適切だと思えた。

 ああ、そうか。俺は恐れているのか。

 未知というものを。何も分からない彼ら、彼女らを。自分にとっての異物を。

 

 なんとはなく、十年以上表に出ずにいたその感覚に浸る。

 

 怖い。そうか。怖いな。

 何故ああまで前向きになれるのかが分からない。他人を疑うことはしても、それでいてなお前を向こうとできるのかが分からない。ああまで熱意を持てる理由が分からない。ああまでデュエルという行為に楽しさを見出せる理由が分からない。毎日笑って過ごしていられる理由が分からない。

 故に、有我少年を恐れる。

 ああまで俺に執心する理由が分からない。この世界に来た理由が分からない。俺の母に対してどう思っているのかが分からない。当の俺に対して抱く感情が分からない。家族に対して抱く感情が分からない。幼少の頃からああまで変わり果ててしまった理由が分からない。

 故に、深宮を恐れる。

 この世界に戻ってきた理由が分からない。俺に対して向ける視線が分からない。過去を振り切ってなお、俺に付き添う理由が分からない。

――――故に、叶をも恐れる。

 

 未知とは、暗闇だ。

 暗闇を恐れるのは人間の本能であると言える。だからこそ、「知らないこと」を、人は極度に恐れている。

 とはいえ全ての真理を、事象を理解してしまうほど、逆に恐ろしいことも無いのだろう。

 無知の知、とは、よく言ったものだ。

 

「入るぜ」

 

 と。

 思考の中に沈んでいると、戸を叩くと共に入室する少年が一人、いた。

 

 有我英人。

 

 彼も、このようにちょくちょく俺の病室に来訪する。その理由もまた分からないが、本人の言うところには「そうなってまった責任の一端があるから」なのだそうだ。

 有我少年に責任は無い。責任があるとするなら、それは俺が弱いということであろう。

 弱いからこそ、アイオーンに敗北した。攻撃がそのまま身体へのダメージとなるあのデュエルにおいて、弱さというものは致命的だった。

 だから、何も気に病むことは無いというのに。

 

「よう。どうだよ、調子は」

「……良好です」

 

 先日、リハビリを終えた。

 ひと月の絶対安静……これは、どうも思った以上に俺の筋力を低下させてしまったらしい。やっておかなくては復調もすまい。

 医師に言わせると、どうにも俺の精神力というものは異常の域にあるのだそうだ。明らかな短期間でリハビリを終えてしまったからと言っても、異常などと表現するのはいかがなものか。精神科の受診をも勧められたが、特に問題は無いとして断っておいた。ただでさえ貴重な金を浪費することはできない。

 

「それなら良かったよ」

 

 と、軽く笑みを見せる彼の手には、本来ディスクかホルダーに納まっているはずのデッキが握られていた。

 俺がその事実に気付いたことを察したのか、彼はそれを掲げてこちらに見せてくる。

 

「ま、リハビリ? がてらにな。ちょっと俺も気にかかることがあってさ。デュエルしようぜ」

「……了承いたしました」

 

 別段、断る理由も無い。

 デュエルとなれば、そのように思考を行わなければならない。よって、「分からない」から端を発する俺の恐怖は、自然と薄れて消えていくからだ。今回は俺にも、ある種の利があった。

 とはいえ、病院内であることからデュエルディスクの使用は認められていない。特に、病棟内なら尚更だ。ならば屋上にでも上がればいいと言えなくもないが、それもそれで負担が大きい上に普段は解放されていない。何でも、三か月前に病室でデュエルをした男女のせいで、かなりの被害が出たのだとか。

 予備のサイドテーブルを引っ張り出し、有我少年が自身の近くへ寄せる。それで簡易デュエルフィールドの完成と相成った。

 彼がデッキを置くのに合わせ、こちらも近場に置いてあった肩掛け鞄からデッキを取り出して、机に置いた。

 

「……っと、そういやディスク無ぇんだったな。コイントスで決めるか。俺、表な」

 

 有我少年が、財布から取り出した100円硬貨を弾く。

 手の甲に乗せられたそれを横から確認するが早いか、彼は渋い顔をして見せた。

 

「んじゃ、そっちの先攻で」

「諒解しました」

 

 デッキをシャッフルし、手札の5枚を取る。マンションでは幾度と無く叶との練習で繰り返してきた動作だが、いやに昔のことのように感じる。

 

「――――そういえばさ」

 

 と、ふとした拍子に有我少年の口から呟きが漏れた。

 

「あ、いや。勝手に話すから続けてくれ。ちょっと気にかかることがあっただけだ」

 

 そう言うのなら、と、俺は場を進めていく。

 先攻は攻撃できない。しかし、壁を置いておくことは重要だ。

 まず、召喚するのはジェムナイト・アレキサンドラ。

 

【 《ジェムナイト・アレキサンド》 攻 1800 / 守 1200 】

 

その効果により、アレキサンドをリリースし、ジェムナイト・クリスタを特殊召喚する。

 

【 《ジェムナイト・クリスタ》 攻 2450 / 守 1950 】

 

 そして、カードを二枚伏せる。これでやるべきことは全て終了した。

 

「どうぞ」

「ん。あんたさ、入院してから暗くなったよな」

 

 軽く応答の声を上げ、そのようなことを言いつつ自分の場を進める有我少年。

 暗く……は、なったのだろう。

 何せ他の感情の復帰を待たず、マイナス面の大きいものが戻ってきたのだ。これで以前と変わらず、他者と接しろという方が難しい。

 ゼロがマイナスに至った。そういう話なのだと、現状では考えるしかない。

 そうしている間にも、《ブリキンギョ》が召喚される。また、その効果により、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン》が特殊召喚された。

 

【 《ブリキンギョ》 攻 800 / 守 2000 】

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン》 攻 1800 / 守 300 】

 

 二体のモンスターが揃った、ということはエクシーズ召喚狙いだろうか。元々彼のデッキはその傾向が強いが、それにしても想像以上に早い。

 

「……結局、アイオーンは機能停止。オーバーレイ・ネットワークは消え去った」

 

 それにより、エクシーズモンスターの……オーバーレイ・ネットワークの拡充という一つの役割は消失した。以後はただのカードとして運用することができることだろう。

 以前、叶の画策した、エクシーズモンスターの普及ができたならば、この世界に新たに一つの分岐点が生まれることにもなる。もっとも、それが正しいことか否かは、恐らく誰にも分からないのだろうが。

 エアーマンの効果が発動し、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》が、有我少年の手札に加えられた。そして、場に存在する二体のモンスターが重ねられ、一体のエクシーズモンスターが特殊召喚される。

 

【 《ズババジェネラル》 攻 2000 / 守 1000 】

 

「……あそこでさ、何があったんだ? 何でアンタ、急にそんな……変わったんだ?」

 

 エクシーズ素材としてエアーマンが取り除かれ、ズババジェネラルに一体のモンスター…… 《(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランス》が装備される。これにより、攻撃力は3700へと上昇した。

 何があった、と説明すればよいのだろうか。

 自分自身の存在の無意味さに気付いた、などと言えば、彼は必死に否定してくることだろう。他人のことだと言うのに。

 何度敗北したか分からない。その度に傷を受け、その度に過去を思い起こし。……結果として、極めて限られた感情だけが再起した、とは考えられる。

 しかし、主観が入ってしまえばその時点で評価というものは正確でなくなる。だからこそ、

 

「分かりません」

 

 そのように答えることが精いっぱいだった。

 

「なら、それでもいい」

 

 そして、有我少年が攻撃を宣言する。

 攻撃力の差は1250。それがそのままこちらのダメージになった。残るライフポイントは2750だ。

 そこで、ふと計算機が存在していないことを思い出す。そうなると、何か適当なものにでも計算を書き留めておくべきだろう。鞄からメモ帳を取り出し、互いのライフポイントを記入。同様にダメージを記入し、残りのライフポイントを明確にしておいた。

 

「で、さ。アンタは知らないだろうけど……これから先、デカい大会があんだよ」

「大会ですか」

 

 そういえば、叶が以前そのようなことを言っていたような気がする。ダークシグナーの事件が終わった後で、大きな大会がある、と。そのことを言っているのだろうか。

 

「WRGP……でしたか」

「ああ。今から……えっと。原作的にはどんだけだ? んー……だ、だいたい一年後だ」

 

 どこか悩むような様子を見せる有我少年。

 九つの指を折っているところを見るに、九か月後……からそれ以降と言ったところか。

 手元でカードがセットされ、ターンの終了もまた、彼の口から宣言された。

 

「ライディングデュエルのチーム戦で……規模的には、世界大会っつった方が通りがいいのかね。まあ、そういう大会だよ」

 

 原則、人員は五名以下。デュエルに際して三人を選出し、勝ち抜き戦を行うというのがルールだ。

 さて、現在行われているデュエルに関しては、こちらのやることも少ない。モンスターとカードを1枚ずつセットし、ターンの終了を宣言した。

 

「なんつーか、ほらさ……ライディングデュエルの大会だろ? 叶ちゃんは……うん、年齢的に厳しいけどさ。俺ら――――俺と、アンタと……それから深宮さん? 三人で出場とかしたら、面白いんじゃねーかな、ってさ。ふと思っちまって」

 

 俺が、彼らと共に大会に出場する。

 それは……良いこと、なのだろうか。

 深宮はともかくとしても、俺は。俺に限っては。

 それは――――正しいこと、なのだろうか。

 

 思考の間にも、デュエルは進む。

 有我少年は《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動。1000のライフポイントを支払い、 《カルボナーラ戦士》を特殊召喚した。

 

【 《カルボナーラ戦士》 攻 1500 / 守 1200 】

 

 更に、先程手札に加えた《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》が通常召喚される。

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》 攻 800 / 守 1200 】

 

 両者のレベルは4。これで、更にもう一体のエクシーズ召喚が可能となる。

 

 俺は、正しい人間ではない。善性に近しい人間ではない。

 一度は実の父を殺害しようとした。その事実に対して、何一つの躊躇も、後悔も無い。

 そんな人間が、正しいはずがあるものか。

 有我少年は、決して清廉潔白な人間であるとは言い難い。ただ、それはあくまで「一切の穢れが無いというわけでない」という意味であり、俺と比べれば遥かに清く、正しい。

 

 二体のモンスターが重ねられる。そうして、レベル4のモンスター2体を素材とし、エクストラデッキから《(ヒロイック)(チャンピオン) ガーンデーヴァ》が現れる。

 

【 《(ヒロイック)(チャンピオン) ガーンデーヴァ》 攻 2100 / 守 1800 】

 

 有我少年のカードの中では、制圧能力に優れるカード。エクスカリバーとは異なり攻撃力を向上させる効果は持たないが、特殊召喚を封じるというそれは、大抵の場合においては役に立つものだろう。

 とはいえ弱点も、当然存在する。例えば、

 

「んじゃ、セットモンスターに攻撃な」

 

 ここでセットモンスターが開示される。

 攻守0。――――《おもちゃ箱》と呼ばれるモンスターだ。

 

【 《おもちゃ箱》 攻 0 / 守 0 】

 

 ダメージステップ。そこでなら、ガーンデーヴァの効果は発動しない。

 戦闘破壊された際に効果を発揮するリクルーター。それが、こうした類の効果を持ったモンスターへの対処法の一つだ。

 戦闘で破壊されて墓地へ送られた場合に、デッキから二体のモンスターを特殊召喚するというモンスターだ。

 その二体はカード名が異なり、攻撃力か守備力が0。更には通常モンスターでなくてはならないが、「ジェムナイト」を主力とするこのデッキにとっての相性は悪くない。

 こちらのエンドフェイズに破壊されるという制約は、裏を返せば墓地に「ジェムナイト」を送ることができるということでもある。また、単純に融合素材を補充するという目的でも格好の存在だ。機械族というのはともかく、光属性というのも《ジェムナイト・セラフィ》の融合素材とできるという点で優れる。

 もっとも、現状では壁になるモンスターを呼びだすことしかできないわけだが。

 特殊召喚するのは二体の「ジェムナイト」だ。

 

【 《ジェムナイト・ガネット》 攻 1900 / 守 0 】

【 《ジェムナイト・サフィア》 攻 0 / 守 2100 】

 

 共に守備表示。守備を貫通する効果を付与させるカードさえ無ければ、このターンは凌ぎ切れる。

 じゃあ、と、有我少年はジェムナイト・ガネットを攻撃した。こちらのフィールドには、ジェムナイト・サフィアが残ることになる。

 

「自分は」

「あ?」

 

 俺は、正しい人間ではない。

 むしろ、彼が悪であると断じてもおかしくはない人間だ。

 そんな人間が、有我少年と。

 

――――――あるいは、叶と行動を共にするというのは、正しいことなのだろうか。

 

 違う。と思う。

 いや、そうでなくてはならない。善性に近しい彼らを、悪性に浸すことは、断じて許されることではないのだ。

 

「……いえ」

 

 それでも、俺は言葉を継げなかった。

 それは、何故なのだろう。もしかすると、俺が僅かにでも――――ああ。僅かにでも。

 

――――――日の当たる場所に、執着があるからなのか。

 

 女々しい話だ。

 だが、それはある意味、人間として当然の感情なのかもしれない。

 ……人間としては。

 

「何でもありません」

「そうかよ」

 

 有我少年もまた、複雑な表情のままに、それ以外の言葉を発することはしなかった。

 何か言いたいのだろうということは、俺にも理解できた。だが、その先は分からない。

 彼は、何を言おうとしたのだろうか。俺を咎める言葉を発しようとしたのだろうか。

 分からない。

 

 有我少年は、そのままターンの終了を宣言した。

 ターンがこちらに移る。

 まずは、《馬の骨の対価》でジェムナイト・サフィアを墓地へ送って2枚のドローを行う。そうして手札に来た《ジェムナイト・フュージョン》を発動……《ジェムナイト・ラズリー》、《ジェムナイト・オブシディア》を素材にすることで、《ジェムナイト・ジルコニア》を融合召喚する。

 

【 《ジェムナイト・ジルコニア》 攻 2900 / 守 2500 】

 

 更に、素材とした二枚の効果によって、《ジェムナイト・クリスタ》を手札に。《ジェムナイト・ガネット》が、攻撃表示で特殊召喚された。

 

【 《ジェムナイト・ガネット》 攻 1900 / 守 0 】

 

 次いで、発動するのは《七星の宝刀》。これにより、手札のジェムナイト・クリスタを除外し、更に二枚のカードをドローする。

 

「ブン回しだなオイ……」

 

 苦笑いを表情に貼り付け、有我少年はうんざりしたように呟いた。

 こちらの場には二体のモンスター。互いに効果モンスターでない(・・・・・・・・・・)

 よってここで発動できるカードが一つある。《反転世界(リバーサル・ワールド)》だ。

 

「げ」

 

 フィールド上に存在する全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える。

 俺の場に存在するジルコニア、ガネットの二体は両方とも効果モンスターでない。逆に、彼のモンスターは二体とも効果モンスターだ。

 更に、ズババジェネラはその効果で守備力を上昇させることができない。よって現時点の攻撃力は1000。一方、ガーンデーヴァの攻撃力は1800となった。

 二体のモンスターで有我少年のモンスターを破壊する。合計ダメージは2000。残るライフは1000となる。

 

「終了です」

 

 淡々と、デュエルは進む。

 普段のそれとは異なる異質さ。この感覚の中にいると、普段俺たちがどれだけソリッドビジョンに依存しているかがよく分かる。

 あれがあるからこそ人々はデュエルに熱中し、興奮のただ中にいることができるのだろう。

 俺が……それを感じるには、いささか欠如しているものがあるようだが。

 

「じゃ、俺の番だ」

 

 彼の手札から召喚されるのは、《(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランス》だ。

 ズババジェネラルが墓地へ送られたことにより、もう一枚の(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランスもまた、墓地へ送られている。

 これ1枚、手札消費無しでエクシーズ召喚が可能となるモンスター。これまで幾度と無く、彼のデュエルを支えてきたのだろうことは間違いない。

 

【 《(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランス》 攻 1700 / 守 900 】

【 《(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランス》 攻 1700 / 守 900 】

 

 そして、当然。

 この二体のモンスターが揃ったとなれば、現れるモンスターはあの一体に絞られる。

 

【 《(ヒロイック)(チャンピオン) エクスカリバー》 攻 2000 / 守 2000 】

 

「……なんつーかさ、俺……誰と戦っても……楽しく、デュエルできたらと思ってんだ」

 

 エクスカリバーの効果は、攻撃力の倍加だ。

 4000――――そして、《ヒロイック・チャレンジ》を使用すれば、その攻撃力は更に倍の8000ともなる。

 しかし、彼の使用したカードはそれと異なっていた。

《アサルト・アーマー》。場に戦士族モンスターが1体しか存在しない場合、装備することができる。

 300の攻撃力上昇……もしくは、このカードを破棄することで、二度の攻撃を行える。つまりは、《ヒロイック・チャレンジ》とほぼ同等の効果を有するということだ。

 それでもまだ、俺のライフを削りきることは難しい。

 有我少年は続ける。

 

「だってさ、その方がいいだろ? 皆楽しけりゃ、それが一番でさ。誰もかれも笑ってるってのもサイコーだろ」

 

 ああ、それはきっと最上だ。誰もが望む至高だろう。

 だが――――不可能だ。

 人間は常に反目しあう。それは利益のためであり、あるいは信念のためであり、その思想のためである。

 彼の言葉は常に正しい。清流のように、澄んでいる。

 それを通すだけの力もある。

 だが、俺には……理解できないのだ。何も、その理想が。

 彼は正しすぎる。だから、一度でも強烈な悪意に晒された人間には、それを理解するに難い。

 故に、俺は彼を理解できない。

 

 彼の手札の最後の一枚が明かされる。

《ミラクル・フュージョン》。風属性たるエアーマンと、E・HEROたるバブルマンの融合だ。

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》 攻 2800 / 守 2200 】

 

 その効果は、場のモンスターの攻守の半減。よって、論ずるまでも無いが――――俺の場のモンスターは、全て弱体化することになる。

 

「だけど」

 

 有我少年の目は、妙に悲しそうだった。

 その理由は、何なのか。視線の先にあるのは、常に俺だ。

 だから、きっと。

 彼は、俺を憐み、あるいは俺の存在を哀しんでいた。

 

「《ジャスティブレイク》を発動します」

「――――《トラップ・スタン》だ」

 

 最後の抵抗。それも、彼のカードの前に崩れ去る。

 なぜ、彼は俺を憐れんでいるのだろう。分からない。

 分からない……恐ろしい。

 清いものを見られない。正しいものを理解できない。

 それは、俺の悪徳で、邪悪。

 

――――――俺は、彼らと相いれられない。

 

「……何でアンタはいっつも、そんな虚しそうにデュエルすんだよ」

 

 価値観が違う。道徳観が違う。感情の振れ幅が違う。

 彼はそのように感じ、俺はそう感じられない。ただ、それだけのことだ。

 楽しい、と感じられない。

 嬉しい、と感じられない。

 悲しい、と感じられない。

 悔しい、と感じられない。

 俺は、彼の期待には添えない。この先、何があろうとも。

 喚起されるものが無い。何も無い。ならば、そこ存在するのはただの空洞だ。

 

 用紙にライフポイントの減少を記入する。

 残りライフポイント、0。それは俺の敗北を意味する。

 

 それでもやはり、感慨は一切湧かなかった。

 

 

 + + +

 

 

 有我少年が退出して、しばらく。

 どれだけ時間が経っただろうか。陽は傾き、空は暗く染まりつつある。

 俺は。

 俺は、どうしたいのだろうか。

 どうすればいいのだろう。何も、分からない。

 最適解が存在することなら、迷うことも無いだろう。

 されど、「これ」に最善は、最良は存在しない。

 俺の行為は、常に最悪に向かい続ける。

 世界にとってか、あるいは、誰かにとってか。どちらにしても……それは、善いことでないのは確かだ。

 されど、脳裏に……この、心と呼ぶべきものに、僅かにでも執着の根がこびりついているのも、一つの事実なのだろう。

 

「や」

 

 ふと、そんな折に扉が開いた。

 以前と変わらぬ軽薄な笑み。深い黒の髪と、同色の瞳……深宮だ。

 

「どうよ、体調は……って、まあ聞いたって答えはおんなじだろうけどさ」

 

 当然だ。リハビリにしろ何にしろ、常に身体機能に支障が無い程度に行っている。僅かな痛みを除けば、体調は万全だ。

 とはいえ、そうやって問うこと自体が慣例のようなものだ。今更何か言うこともない。

 

「何の用だ」

「いつものことだけどつれねー。何このツンドラ」

 

 うんざりした調子で頭を振る。

 この女は何を言っているのか。

 

「ま、いーや。ところで、何でそんなに暗いのさ。何か悩んでるとか?」

「……否定はできない」

 

 言うが早いか、途端、深宮は目を白黒させはじめた。

 そこまで驚くようなことだっただろうか。確かに珍しいことではあるが、俺も一人の人間だ。

 

「……何に悩んでるの? まさか、今後の夕食の献立とか言わないでよね」

 

 それも悩むべきところではあるが。

 

「――――今後の身の振り方について」

「……へぇ?」

 

 と、深宮はこちらにゆっくりと視線を向けた。

 斜陽が差し込み、深宮の顔に陰がかかる。どこまでも暗いその瞳は、俺以外に何も映さず、ただこちらを見据えていた。

 

「どうしたいわけ?」

「分からない」

 

 分からない。

 だから、迷っている。

 自分がどうすることが正しいのか。どうすることが最良なのか。

 それが分からないから……迷っている。

 そうしたことを告げると、少し考えるような仕草を取って、深宮は言った。

 

好きにしちゃえば(・・・・・・・・)?」

「……どういう」

 

 意味だ、と問う間も無く、深宮は続ける。

 意味深に、自身の唇に指を重ねて。

 

「思うまま、望むまま。最善とか最良とか……とっくに心は決まってるんでしょ」

 

 その、通りだ。

 既に、そうすべきことは脳裏に刻みついている。常に考え続けてきたのだから、忘れるはずもない。

 俺がすべきこと。俺がしなければならないこと。

 それを……思う、まま。

 

「……………………」

 

 気が付けば、日は暮れていた。

 夜闇が周囲を包む。

 珍しく、今日は月の無い夜だった。街の明かりがぽつぽつと煌めき始め、この部屋の暗さを際立たせていく。

 

 そうだ。

 もう、肚は決まっていた。そうすべきと断じていた。

 俺は、最善を知っていながらも立ち止まってしまっていたのだ。このまま、現状維持こそ、無為の極みであると知っていながら。

 気が付けば、俺は自然と口を開いていた。

 

「一つ」

「ん?」

「伝言を……頼む」

 

 半ば理解しているのだろう。誰にさ? などと訊ねていながらも、深宮の口元の笑みは消えない。

 

「叶に」

 

 一言そう告げて、俺はベッドから立ち上がった。

 

「何て?」

 

 腕に刺さった点滴を引き抜く。

 もう、これは必要無い。ここにいる理由も無い。

 こちらを注視するその眼をしっかりと見て、告げた。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 その日の夜。

 異変に気が付いたのは、病室へ見舞いに来た、一人の客だった。

 肩の付近で揃えられた金髪。以前着用していたコートの代わりであろうパーカー。

 真岡叶にとって、その光景は信じがたい出来事としか言いようがなかった。

 城戸成瀬が、病室にいない。

 まともに動ける体ではないというのに。たとえ動けるのだとしても、彼の性格からすれば、病室から動くことはまず無いというのに。

 何故、と考えるより先に、電話を掛けていた。しかし、繋がらない。

 放置された点滴。消えた衣服。異常は明らかだった。

 焦燥の中で、叶は病院を飛び出していく。雑踏の中に、青年の姿を捜すために。

 

 

 ―――― 一方。夜闇の中を、城戸は歩き続けていた。

 冷たい風が身を裂いていく。乾燥した冷気は水分を奪い、体力を少しずつ削り取っていく。

 それでもなお、一つ。その中で喚起された感情に、彼は震えていた。

 

 歓喜。

 

 それは正常ではない。狂気にも近しい。

 長い年月をかけて氷解するはずのそれは、彼の心に到来した衝撃によって砕け散り、歪なかたちでその身を映していた。

 

 闇の中を、青年は歩く。

 光の下を、少女は走る。

 

 求めるものの先に、互いの姿を映しながら。

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