決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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2.入門(introduction)

 目が覚めると、見慣れぬ天井が視界に映った。

 しばし、己の置かれた状況を整理する。はて、俺は何故このような場所にいるのかと。

 

「ふむ」

 

 ゆっくりと、前日の記憶を甦らせる。

 じっくり五分。そこまで考えて、ようやく己の置かれた状況を整理しきった。見慣れぬ天井。今日にいたるまでの記憶。そういえば、俺は異世界にやって来たのだと。

 ここは、真岡の借りているらしきマンションだ。広さはおおよそ2DKと言ったところか。周囲には雑然とカードや機械が散らばっており、清潔感ならぬ生活感にあふれている。

 

 時刻は午前8時。おおよそ八時間は眠った計算になる。

 無駄に寝過ごしたという訳でもなく、かと言って早すぎるわけでもなく。非現実的な一日の直後としては異常なほどにぐっすりと睡眠を取れたと言うことでもある。どうにも人間の肉体というものは、疲労に対して正直なものであるらしい。

 さて、勢いのままにこうして異世界生活の二日目を迎えたわけだが、改めて考えてもみれば、俺は女の子と一つ屋根の下で生活しているということになる。二十歳を目前に迎えようかと言う男にとっても、未だ「子供」の枠を抜け出せていない真岡にとっても、これは由々しき事態だ。

 相手――――真岡は、一切気にするような様子は見せなかった。今も隣の部屋で眠っているのだろうが、扉の鍵は開きっぱなしだ。

 

 子供ゆえ、ということもあり得る。

 13歳と言えば多感な時期なのだろうが、同時に最も親を必要とする時期でもある。

 親というのは、反抗心からああだこうだと言いはすれど、切っても切れぬ存在だ。あの時期に親と引き離されるのは、親が心配するという以上に本人にとっても悪い。

 

 子供なのだ。

 余程成熟した子供でも、見知らぬ土地に一人で取り残されれば、寂寥感を覚えるだろう。孤独であることに耐えられる人間は少ない。まして、ここは文字通りの「別世界」なのだ。どんなにか憧れたヒーローがいる世界であろうとも、不安に思わないはずがない。

 俺を拾ったのも、そのあたりが原因であるのかもしれない。考えすぎということも、あるかもしれないにせよ。

 

 上着を羽織り、部屋を出てキッチンへと向かう。

 まずは、「同じ釜の飯を食う」ことにしよう。

 

 

 

 + + +

 

 

 

「…………久しぶりだ、こういうの」

 

 朝食が終わった直後、真岡はぽつりと呟いた。

 食事を作るより前、冷蔵庫を覗き込んだときから分かっていたのだが、彼女は生活能力に乏しいようだ。

 冷蔵庫の中には調味料と簡単な冷凍食品という程度のものしか無かった。部屋の中にはスナック菓子の空き袋が散乱しているし、キッチンや調理道具が使われているような形跡も無い。

 仕方なしに近所のコンビニまで出向き、適当な食材を購入して朝食を作った。数少ない、持ち込むことができたもののうちの一つだが、あちらの通貨をこちらでも使うことができて助かった。

 

 そうした顛末が、直前の呟きだ。

 はっ、と慌てて真岡は顔を上げる。

 

「くっく……良い腕だな、ナルセ。我が家の料理長に任命しよう」

「料理はできないのか」

「そういうのは下々の人間がするものだろう。王は動かん」

「そうか」

 

 言い訳にすらなっていない言葉を聞き流しながら、周囲のゴミを片付ける。明らかにゴミと分かるスナック菓子の外袋などは無論、ごみとしてまとめておく。カードのことについてはよく分からないから、適度にまとめて分かりやすい場所に置いておいた。

 そうして、朝食を採っている真岡を尻目に十数分。折に真岡はトーストを頬張りながら呟いた。

 

「ナルセ。私のことは名前で呼べ」

「……唐突にどうした?」

「ふん。思い出したくも無いことを思い出してしまうだけだ。名字でひとくくりにされるというのも気に食わん」

 

 名字。ひとくくりにされることが気に入らない。

 両親と、何らかの確執があるのだろうか。

 

「諒解した。それで――――叶。いくつか、聞きたいことがある」

「何だ?」

 

 昨日から気になってはいたものの、睡魔に敗北して結局聞くことのできなかった案件だ。

 

「……この部屋はどうやって取った? 今日に至るまで、生活費をどう工面していた?」

 

 13歳の子供が、異世界にやってきて使える手段など、そう多くは無い。

 この物件を得られたことにも、今日まで生きてこれたことにも、何らかの理由があるはずだ。

 

「大したことは無い。この世界の『黒幕』と呼ぶべき相手と取引を行っただけだ」

「……黒幕」

 

 反芻するように、再度呟く。

 

「治安維持局長官、レクス・ゴドウィン。ある事件の裏から糸を引いている男だ。私はこの世界のことはおおよそ知っているのでな、軽く取引を持ちかけた」

 

 治安維持局――と言うと、昨日世話になった、あの警察に似た組織の上位組織のことか。

 

「『お前の計画を知っている。邪魔をされたくなければ生活の場を寄越せ』とな。脅迫と言っても差し支えないかもしれんが、なかなかに効果的だったよ」

「泳がされているだけじゃないのか」

 

 訊ねつつ、周囲を見渡す。ぱっと見た限りでは、監視カメラも盗聴器も仕掛けられている様子は無い。

 

「だとしても問題ない。より重要なことは隠しているし、何より私が脅迫――交渉の材料にしたのは、あくまで計画の表層的な事。間抜けと嘲笑う奴を、更に間抜けと嘲笑える絶妙な間合いの情報だ」

「そうか」

 

 存外、この少女はいい性格をしているようだ。

 なかなかに強かと言うべきか。彼女の思惑までは分からないが。

 

「ともかく、心配は無い」

「諒解した」

 

 とはいえ、このままでは借りを作りっぱなしということになってしまう。後々請求される可能性を考えると、今後、自活していくための環境を作る必要はあるだろう。

 昨日聞いた限りでは、この世界はカードを中心として回っている……と言うより、そもそもカードが生活の基盤と呼べるような場所にまで組み込まれているらしい。

 今後、生活を送る上では避けては通れないことだろう。

 

「叶。少しいいか」

「何だ?」

「カード……デュエルモンスターズ、と言ったか。これについて知りたい」

「うむ、私もそれを考えていた。今後必要になるのは確かだし、いい機会だ。後で街に出るついでに教えてやろう」

 

 くはははは、と一つ高笑いを上げ、叶はリンゴをかじり、顔をしかめる。

 場面に似合わないことこの上なかった。

 

 ついでに舌を噛んだらしい。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 マンションから電車で二駅ほど。シティの繁華街と呼ばれる場所の中央付近に、カードショップがあった。

 「KURUMIZAWA」と表記された看板の下、自動ドアから店内に入ると、想像以上に広い店内の様子が見て取れた。

 ショーケースに所狭しと並べられた、幾枚ものカード。ちらと値段を見れば、数百万円などというふざけた値段設定のものまでもが収められていた。思わず立ちくらみが起きそうになる。

 

「その程度で驚いていては、この世界では生きていけんぞ」

 

 けらけらと笑いながら、叶はそんなことをのたまう。

 

「カードは基本的にパックで購入することになるが、大会などでもシングルのカードが配布されたりする。そういったものは普通に数十万の額になり、場合によっては億の金が動くこともある」

「……億」

 

 たかがカード一枚に、そこまでの大金が動くと言うのか。

 成程、カードが生活の根幹の一部となっているというのは嘘ではないようだ。

 

「政財界と並んでカードゲームが並べられる世界だ。そこで頂点に立てば、他の界隈への影響力を持つことができるだろう」

「……王になる、というのはそういうことか」

「――――それだけでは、ないがな」

 

 ぽつりと、複雑な感情の込められた呟きが、叶の口から漏れた。

 

「……どういうことだ?」

「……なんでもない」

 

 叶は俺の疑問に答えず、そっぽを向いた。

 

 とてもじゃないが、なんでも無いという風には見えない。が、ここで詮索するのは野暮というものだろう。でなくとも、いささかデリカシーに欠ける行為だ。好ましくは無い。

 

「私は、私自身を――いや、私の実力を世界に知らしめたいだけだ。全ての人間に、『私』を認めさせる。元の世界では、それもできまい。だが、ここでならできる」

 

 腕力も無く、財力もさほどあるわけではない。だが、そんな状態でも「持てる者」に勝つことはできる。

 叶にとっては、その手段がカードゲームだ、ということなのだろうか。

 子供であろうとも、大人顔負けの頭脳を持つ人間も、いないわけではない。経験に劣る子供であろうとも、逆に「経験の無さ」が武器になるということもあるのだ。大人になるにつれて、柔軟な考え方ができなくなる者もいる。

 そして、カードゲームという舞台であれば、大人も子供も同じステージに立てる。

 ハンデが存在しないのだ。故に、ということだろう。

 

 だが。

 

本当にそれだけか(・・・・・・・・)?」

「………………」

 

 俺の問いに、叶は答えなかった。

 

「それよりも、デュエルモンスターズについて簡単に講釈してやろう。ま、基本はあちらの世界の『遊戯王OCG』と大差ないのだがな……」

 

 知っていれば説明の手間も省けたのだが、と叶は愚痴を吐く。

 知らないものはどうしようもない、と軽く受け流した。まさか、そんな金も無かったなどと暴露するわけにもいくまい。

 

「まあいい。覚えることは多いからよく聞いておけ。まず、このゲームに必要なのは、40枚以上60枚以下のカードの束、デッキだ。原則同じカードは三枚までしか入れられず、ここに入れられないカードもいくつか存在する」

 

 言うと、叶はいくつかの種類のカードを取り出し、俺に見せた。

 黄色に近い発色のカード、橙色のカード、紫色のカード、青いカード、白いカード、それから緑色のカードに、赤紫色のカードだ。

 

「これが、デッキを構成するカード。貴様から見て右側にあるのが、モンスターカード。デッキにおいては基本要素とも言えるだろう。左側にあるのが魔法カードと、罠カードだ」

「……モンスターカードの、色の違いは何だ?」

「うむ。これは通常モンスターと言う。何の効果も持っていない……言うなれば最もスタンダードなものだ。そして、これが効果モンスター。名前の通り、何らかの効果を持っている」

 

 通常モンスターと呼ばれた側には、テキスト欄には世界観を表すような文章が記述されているのに対し、効果モンスターと呼ばれた側には、そのモンスターが持つ効果が記述されている。

 成程と頷き、叶の説明を待つ。

 

「それから、こっちの三種類のカードは、基本的に特別な手段を用いて出すことになる。そこから先は、他のモンスターと変わらん」

 

 見れば、一枚は「融合・効果モンスター」とされているのに対し、一枚は単に「儀式モンスター」となっている。通常モンスターなどとは別の括りではあるにせよ、他のモンスターと変わらないというのはそこが原因だろう。

 

「儀式モンスターは、儀式魔法と呼ばれるカードを使って召喚する。融合モンスターは、《融合》というカードやその派生を使い、決められたモンスター同士を……うむ。合体させるんだ」

「合体か」

 

 男の(サガ)が首をもたげた。

 落ち着け。思春期でもなかろうに。

 

「そして最後にシンクロモンスター。こいつは、チューナーと呼ばれるモンスターと、それ以外のモンスターのレベルを合計し、直接召喚するタイプのカードだ。これについては他にカードは必要無い」

「儀式魔法の必要ない、儀式モンスターと言ったところか」

「どちらかと言えば融合モンスターのテイに近い。

 儀式モンスターはデッキに入れなければならんが、融合とシンクロは、普通にデッキには入ることが無いからな」

 

 では、どうするのか。疑問に思う俺を見かねてか、ふふんと鼻を鳴らして叶は続ける。

 

「融合モンスターとシンクロモンスターは、エクストラデッキと呼ばれるものに入れられる。これは必ず十五枚以下でなければならず、一方でゼロ枚でも構わない。融合・シンクロモンスターはここから出てくるのだ」

「必ずしも、手元にある必要が無いということか」

「そうだ。だからこそ、強いのだと言えるがな」

 

 俺にはその強さが理解できないのだが、経験者ならば理解できるものなのだろう。

 

「そして、他のカードに比べ、特別なものが多い」

「……特別?」

「特殊、と言ってもいいかもしれんな。特別な『力』が込められているのだ」

 

 何をそんな馬鹿な、と言いそうになりはしたが、既に俺たちは非常識な出来事に遭遇しているのだ。多少、カードに不思議な力が宿っていたとしても、それは不思議なことではないのだろう。

 少なくとも、この世界の常識では。

 

 

 

 + + +

 

 

 

「――――と、こんなところか」

 

 十数分後、説明が終わった。

 俺なりに叶の説明を噛み砕き、確実に理解できるよう、再度確認する。

 

 ルール。

 

 この世界では基本であり根幹となるものなのだろう。故に、これを理解しないことには何も始まらない。全ての情報を脳内に羅列し、並び替えて再構成する。

 叶の説明が拙いことから、少々理解しづらい部分もありはしたものの、一方で情報は多く得られた。そこから推察できる情報、正確なルールを形作る。

 

「ま、一度の説明では理解できんかもしれんがな、分からずとも、やっているうちに」

「理解した。感謝する」

「にゃにぃ!?」

 

 驚きと共に、叶の口から摩訶不思議な言葉が漏れた。

 そこまで驚くべきことだろうか。

 

「要するにゲームのルールだ。説明を噛み砕いて頭の中で再統合、構成し直せば理解は容易い」

「ふ、不可能だろう……!? この短時間で……」

「ならば応用も含めある程度は説明しなおそう」

 

 と、俺は叶に聞いた説明を、更に噛み砕いて説明し直す。

 フェイズ構成、カードの種類、起動効果や誘発効果、コストの概念や無限ループ、攻撃の子細に至るまで淡々と説明を行う。

 

「バトルフェイズにおいては」

「い、いや、分かった、もういい!」

「む……ここからバトルステップの詳細に入るつもりだったのだが」

「誰もそこまで聞いとらん! ナルセ。お前……優秀かもしれんが、妙に融通が利かんな。いや、手元に置くにはこういう人材の方が都合は良いが……」

「………………」

 

 その台詞では、「王」ではなくむしろ「魔王」ではないのか。

 いや、現在の王と呼ぶべき者を追い落とそうと画策している以上、今の叶は革命者に近しいものであり、魔王と呼ぶべきものに近しいと言えなくもないが。

 

「まあ、いい。とりあえず、お前にはこれをくれてやる」

 

 と、叶は俺に、カードの束を差し出した。

 話の流れで考えれば、これはデッキ……ということになるのだが。

 

「これは……?」

「見て分からないか? デッキだ。何も持っていないというのは辛いだろう」

「その通りだが……」

 

 この世界の物事の基幹を為すのはカードだと言う。

 ならば、一枚たりとも……もとい、一枚しかカードを持っていない俺では、この世界で生きるのは多少難しいだろう。

 

「いいのか?」

「構わん。元より持っていたものだが……このデッキは趣味ではないのでな」

 

 確かにカードは必要となるだろうが、趣味でないというだけで、他人にそれを無償で与えるものだろうか。

 

「シンクロや融合、儀式は初心者には扱いづらい。アドバンス召喚を基軸としたそれなら、少なくとも使えないということは無いだろう」

「助かる」

 

 告げて、俺は叶に差し出されたそれを受け取った。

 しかし、思うところが無いわけでもない。

 

「……貰いものでは力にならないとも思う。己の手でデッキを作成することはできないか?」

「くははは。だからショップ(ここ)に来たのだ。家から持ってきた分を含め、パックをひと箱分でも購入すれば、ある程度はカードが揃うだろうからな。作成に際しても丁度いい。ナルセ、金はあるか?」

「多少は」

 

 と、叶は席を立ってカウンターの方へ向かう。小太りで怪しげな、しかし、どこか暢気な雰囲気を漂わす店員――あれは店主だろうか。それらしき男が「どしたん?」と、対応する。

 

「うむ。胡桃沢、パックは無いか? ひと箱分、在庫でいい。まけろ」

「まけろって……まおっちん、そりゃ無いわ。仕入れ値って知ってる? 10円まけるのでも結構損だし」

「所詮在庫だろうが! まけろと言っている!」

「無理無理、諦めり」

 

 軽く手を振って、叶を適当にあしらう店主。

 商売人としては正しい対応だ。うむ。ああしたことは見習いたいものだ。毅然とした態度ではなく、ああした飄々とした態度でも相手を受け流すことはできるらしい。

 しかし、これについては俺たちの事情が絡む。金銭面で不利な現状、可能な限り、値をまけてもらいたいものだ。

 立ち上がり、店主の下へ向かう。

 

「おう? どしたの兄ちゃん」

「まけていただけないでしょうか」

「いや、だから無理だって」

「まけていただけないでしょうか」

「ほら、こっちの店も事情がね?」

「まけていただけないでしょうか」

「り、利益って知ってる? とにかくまけるのは」

「まけていただけないでしょうか」

「だから、ほら……」

「まけていただけないでしょうか」

「あ、はい。なんかすみません。存分にお願いします」

 

 根気よく説得を続ければ、相手も折れてくれることがあるという。ただ単純に一言を投げかけ続けるのがこうも効果的とは思わなかったが、効果が出ただけ良しとしよう。

 

「ナルセ。威圧感が凄まじいんだが」

 

 ……もしかして、根負けしたのではなく、単に押しに負けただけなのだろうか。とはいえ、望んだ状況であることは確かであり、これを利用しない手は無い。

 

「ありがとうございます。仕入れ値はいくらでしょうか」

「……ええと、だいたいこのくらいかね」

「把握しました。では、この値段で手打ちをお願いしたいのですが」

「うーん……あー……だったらこれくらい持ってってくんない? 在庫っつったけど、本当にかなりの量残っててさぁ」

 

 店主の提示した数は、俺の持つ残金のほぼ半分。

 元々が貧乏学生の俺だ。この出費は非常に痛い。そもそも、今後生活するに際して、出費は加速度的に増えていくことだろう。と、すれば。

 

「諒解しました。払いましょう」

「マジで!?」

「はい。必要ですので」

 

 カードゲームという関係上、構築の得手不得手や巧妙か稚拙かという違いは、明確に実力として現れやすいものだろう。無論、そこには運や戦術も絡むわけだが、重要となる柱の一つであることは間違いない。

 

「それと、誠に恐縮ですが、アルバイト先を紹介してはいただけないでしょうか。自分はつい最近こちらに来たのですが、そのせいもあって職場を探すことに苦労しています。履歴書等はこちらで用意しておりますので、どこか紹介していただける場所はありませんでしょうか」

「あ、んじゃあウチで働く? 丁度従業員いないし」

「は……?」

 

 想定外の返答に、俺は目を見開いた。

 元々の考えでは、適当な場所を紹介してもらって働くという予定だったのだが……。

 

「しかし、本当によろしいのでしょうか。身元もはっきりしていない人間だというのに」

「もし何か店のモン持ち逃げしたらセキュリティに通報するし」

 

 なんとも現実的な対処法だった。短絡的かつ実用的で素晴らしい。

 ともあれ、これで金銭的な問題は無くなった――と、一概には言い切れないが。

 店主に代金を支払い、いくつかの箱を貰っていく。ただこれだけで万単位の金が消費されていくというのも、不思議なものだ。

 先程の席に戻って待つ叶のところへ向かい、つい今しがた購入したカードパックの箱を取り出す。

 

「ふむ、こんなものか。とりあえず、全部開いていくぞ」

「……全部、か」

 

 一つ、二つと箱を開き、カードパックを叶に手渡していく。

 いつの間に取り出したのか、叶はそれを一つづつハサミで器用に開封していく。

 

「成程、流石在庫品。適当なことこの上ない」

「文句言うなら返品しれ」

 

 小言を言う叶に対し、店長が告げる。店側としては至極真っ当な反応だ。

 

「ふむ……まあ、こんなものか。」

 

 開封が終わった。

 周囲にはパックの空き袋と空き箱が散乱し、机の上にはカードの山が出来上がっている。俺はゴミになりそうなものを一所に集め、近くのゴミ箱に放り込んだ。

 

「これだけ量があればなんとかなるだろう。ナルセ、とりあえずデッキを組んでみろ」

「………………」

 

 叶の指示に頷き、俺はカードの山からデッキに組み込めそうなものを探し始めた。

 

 

 

 + + +

 

 

 

「紙束ァァッ!!」

 

 怒号と共に、脳天に手刀が叩きつけられた。

 逆に叶の方が痛そうにしているが、そこまで俺の頭は堅いのだろうか。

 

「紙束とは」

「コンセプトがまるで定まっていない! このデッキが回転する明確なビジョンが浮かんでこない! そもそもデッキとして機能するかどうかすら疑わしい! 何だこれは! デッキとすら呼べん!」

「…………そうか」

 

 そこまで酷評されることになるとは、思いもよらなかった。

 

「ただ高ステータスのモンスターばかり入れればいいというものでもないぞ。確かにこの世界の人間は効果面を軽視しがちだが……初心者の犯すミスとしては、まあ普通と言えるか……」

「すまないが、デッキ構成の基礎について教えてはくれないか」

「うむ……まず、そもそも手札に望むカードが来なければ、デッキはデッキとして機能しない。デッキ枚数が最大限ギリギリいっぱいなど、そもそも論外だ」

「そうなのか」

 

 確かに、デッキ枚数が多ければ多いほど、キーカードを引くことができる可能性は低くなる。なるほど、デッキを最低限の枚数……40枚に近づけるのには合理的な理由があるようだ。

 

「なるほど、つまり己のデッキを削る効果を持つカードにも、それ相応にメリットはあるということか」

「むしろ、元の世界の高速化環境においてはメリットは多いと言えるな。それに、墓地で発動する効果、墓地を参照する効果、墓地の枚数によって発動する効果もある。ある意味、墓地はもう一つの『場』と言える。墓地利用のカードは非常に多いからな」

「成程」

 

 墓地利用か。墓地にモンスターを溜める、あるいは墓地からモンスターを特殊召喚する……。

 方法が豊富であるのだというのなら、それを利用するのも手としては有用だ。加え、この話の流れを考えれば、除外ゾーンを有効利用することもできるようだ。

 成程。俺は基本の「き」の字も知らないような状況にあるようだ。ここから色々と学んでいかなければならないだろう。

 ともあれ、そういうことであるのならば。

 

「作り直そう」

 

 

 

 + + +

 

 

 

 

「……本当に知識さえあれば優秀なのだな」

「恐悦至極」

 

 数分後、作り直したデッキを見た叶は、呆れかえったようにそう言った。

 

「粗は残っているし不要なカードも多いが、まあ初心者にしては及第点だろう。どうせ寄せ集めのカードだ。そんなものだろうな、実際のところ」

「そうか」

 

 これで、おおよその基礎は理解できたということでいいのだろうか。いや、過信は禁物だ。ただでさえ、俺は一度たりとも対戦を経験していない。初心者という枠組みの前段階、はじめの一歩すらも踏み出していないような状況だ。

 

「まずは、何よりも経験だな。フリースペースにでも行けば、対戦相手はいくらでもいるだろう。ディスクの貸し出しも行っているはずだ」

「ディスク?」 

 

 何故、カードゲームをするのに円盤(ディスク)が必要なのか。

 

「デュエルディスクという器具だ。別に無くても対戦はできるが、あった方がより『楽しい』」

 

 この年頃の子供にしては大人びている――というよりも、無理して背伸びしているような叶にしては珍しく、等身大の子供のような、純粋な感情だった。

 そもそも、ただ単純にこの世界で頂点になるという目的だけを達そうと言うのであれば、喜びや楽しさといった感情は問わず、また、関係ないとするのが通常だ。

 やはり、彼女にはまだ子供らしい部分が残っているのだろう。それを表に出そうとしないだけで、あるいはそれをひた隠しにしているだけで。

 早く行くぞ、とせかす叶の後をついていく。

 

 

 彼女はまだ、子供だ。





Q:デュエルまだ?
A:次回あります
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