決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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20.悪(vice)

 その青年は、暗く広い部屋の中で一人、佇んでいた。

 男はただその場に座し、動かない。

 彼は何を考えているのだろうか。彼は何を今抱いてここにいるのだろうか。

 

――――かつて彼と矛を交えた残骸(アイオーン)は、そのようなことを考えて(・・・)いた。

 

 冥界の王の呪いも途切れて一介のAIと化したそれは、一切の害意を持つことなく、ただこの場にいる男を観測していた。

 観測。あるいは、観察。この場に来て一切の言葉を語らない彼を()るには、観測し、その胸中を推測する以外に方法は無かった。

 一度は戦い、その命脈を断たんとした間柄ではある。そも、城戸自身は現在のアイオーンのことをただのコンピューターと認識しており、AIまでもが復旧しているとは思ってもいない。

 だからこそ、アイオーンも語らない。決して言葉をかけない。ここまでにアイオーンのAIを呼び出すことを、城戸が一切行っていないこともあるが。

 彼はこの場に来て、延々と情報を閲覧していた。それはデュエルのデータであり、あるいはこの世界における過去の情報である。ある種特別なカードについても、全てを調べ上げていた。

 無数の世界に関する情報をも閲覧し、これまでにアイオーンが行っていたカードの精製も同じように行い、彼のデッキに収めている。

 彼が何をしているのか、アイオーンには判断できない。それでも何かを為そうとしていることは、理解できた。

 城戸は、動かない。ただ、「彼女」を待ち続ける。

 アイオーンもまた、語らない。

 ただ――――この世界の漂着者たちを、観測し続ける。

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 一日。二日。彼はただ、必要最小限の生命行動だけを行い続けた。

 そうして七十二時間が経とうかという、その時。

 乱暴な音を立てて、扉が開いた。

 

 

 

 + + +

 

 

 

「城戸ォォォォッ!!」

 

 咆哮。

 それは、城戸成瀬の待ち続けた相手ではなかった。

 自然、その瞳に落胆の色が写る。しかし、それも一瞬のことだった。次の瞬間には、城戸は一切の感情を映すことをやめていた。

 

「――――キミか」

 

 美容院か何かで整えているのだろう。セットどころか伸ばし放題で後ろで括っている城戸の黒髪と違い、彼は茶色に染めた上で見栄えが良くなるよう整えている。

 感情を剥き出しにするその瞳に対して城戸は冷たく、あくまで事務的、機械的な色を崩さない。どこまでも対照的な二人だ、とアイオーンは考えた。

 しかし、ここに来るまでに全力で走ってきたせいだろう。英人の髪は額に張り付き、涼しげな表情を崩さない城戸とは、やはり対照的だ。

 ゆっくりと、威圧するように城戸が椅子から立ち上がる。

 

「叶は、どこにいる」

「叶ちゃんは来ねえよ」

 

 その威圧にも、英人は屈しない。遥かに背の高い城戸に対してもまっすぐに、目を見て告げる。

 

「叶ちゃんは置いてきた。今のアンタとは……何があっても会わせられない」

「どういう意味か、聞かせてもらいたい」

 

 城戸は叶以外の人間に対しては、基本的に敬語を用いる。

 そうでない場合、それは相手が親しい関係であるか、もしくは――――敵である時だ。

 

「……アンタ、死ぬ気なんだろ」

 

 その言葉に対し、城戸が興味を惹かれた様子を見せない。眉をピクリとも動かさず、彼は英人へ告げる。

 

「――――それが、何か」

 

 その言葉は否定とも肯定とも言い難いものだったが、何とはなしに英人にも理解はできた。城戸は本気なのだと。

 本気で、正気で――――それでいて、死ぬ気だ。

 彼が何を思ったか知れないにせよ、叶の言葉を総合して考えれば、そのような結論に至ることは容易い。

 だからこそ、英人は城戸を叶と会わせることはできない。

 

「アンタが何考えてるやら知らねえけどよ、叶ちゃんはアンタのこと、すっげー探し回ってたんだ。切羽詰って、形振り構わず町中駆け回るくらい。焦って、焦って、目の前が見えなくなるくらいさ」

 

 英人は、他人の心を代弁するほど達者な人間ではない。

 だが、それでも叶の胸中は、ひどく分かりやすい。

 彼女は、城戸成瀬のことを大事に想っている。

 それが恋情か、あるいは愛情なのか。それとも単に依存の形を取った信頼かは知れないが、それでもその一点については曇りが無く、見え透いたことだ。

 

「そんな女の子の目の前で、そんだけ想ってる男のことを死なせるなんてこと、あっていいはずがねえだろ」

「いや」

 

 と、城戸は真っ向から否定してのけた。

 

「俺は、死ぬべき人間だよ」

 

 それは、彼が常日頃から考えたいたことだ。

 自分は彼らと共にいてはならない者で――――何より、死ぬべき人間だ、と。

 城戸は頑なだ。その考えを曲げるつもりは欠片も無いだろう。

 だから。

 

「違う!」

 

 英人は、その言葉を真っ向から否定した。

 曲げることができないのなら、叩き折る。完膚なきまでに彼の精神を折り砕かなければ、その言葉を覆すことは無いだろう。

 

「だったら何で叶ちゃんはアンタを慕ってんだよ、何で深宮さんはアンタに執着し続けてんだよ! 死んだほうがいいだなんて言って、テメェを低く見積もってんじゃねえぞこの馬鹿! だから今のアンタとは叶ちゃんを会わせらんねえっつってんだろ、ふざけんじゃねえッ!!」

 

 彼はどこまでやっても死ぬことだけを考える。

 まずは城戸の考えに空白を作らなければならない。他人の主張を受け入れるだけの間隙を。

 

「俺と戦え、城戸成瀬」

 

 だから、それを作り出すために。

 

「喧嘩でもデュエルでもなんでもいい。俺がアンタに勝てば、大人しく病室に戻ってもらう」

「俺が勝てば」

「好きにしろよ」

 

 そして、この場で約束した以上は何が何でも勝つ。その執念で、英人はここにいる。

 殴り倒されてもいい。彼の心に、こちらの意見を受け入れる余裕ができるのなら。この際いっそ、殺されたって構わない。誰かが笑って過ごせる道が作り出せるなら。

 選べよ、と英人は城戸に迫る。何としてでも、彼を日の下に引きずり出さなければ。

 だが。

 

「分かった」

 

 城戸は、英人の眼前に拳銃を突き付けた。

 

「――――君が選ぶといい(・・・・・・・)。デュエルか……喧嘩(・・)か。俺はどちらでも構わないよ」

 

 選択の余地は、城戸自身が取り去った。

 そもそも、英人にとってはデュエルこそが主戦場だ。喧嘩はあくまで予備の手段ではある。英人は城戸とも何度かデュエルを行っているが、その度に彼を圧倒している。デュエルという手段は択ぶまい――――と、英人はそのように考えていた。

 城戸は、人殺しに躊躇しない。

 故にこの場で英人が「喧嘩」を選ぶなら、即座に引き金を弾くだろう。だから、実質的にその選択肢は失われた。

 そして英人が採る選択は、デュエル以外にありえない。

 

「……、だったらデュエルだ、城戸成瀬ッ……! アンタを負かして連れて帰る!」

「できるものなら」

 

 英人のデッキが挿し込まれ、デュエルディスクが展開する。

 そして城戸も、足元に転がしていたデュエルディスクを腕に装着した。

 それぞれのデュエルディスクの基部から、操作窓(ホロ・ウィンドウ)が現出する。

 

決闘(デュエル)ッ!!」

 

 叫びと共に、先攻・後攻が決定する。先攻は英人、後攻は城戸となった。

 

「俺のターン!」

 

 まず、手札は六枚。城戸を圧倒するためには、まずは彼の展開を封じるか……もしくは、より強いモンスターを先に出すか、と言ったところだろうか。

 

「まずはコイツからだ。来い、《レスキューラビット》!」

 

【 《レスキューラビット》 攻 300 / 守 100 】

 

 場に現れたのは、人間の膝程度の体長を持つ兎だ。

 その頭部には安全用のヘルメットと、ゴーグルが被せられている。その首にかけられたトランシーバーは、その兎が現れた直後から、小さく音を発していた。

 

「ラビットの効果を発動! コイツを除外し、デッキから同名のレベル4以下・通常モンスターを2体特殊召喚する。現れろ、《スパークマン》!」

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》 攻 1600 / 守 1400 】

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》 攻 1600 / 守 1400 】

 

 レスキューラビットの首元のトランシーバーが、けたたましい音を立て鳴り響く。

 次元の狭間に首を伸ばした兎の口には、一対の稲妻を模した結晶が咥えられていた。

 そして、結晶体を吐き出し、次元の狭間へ消えていったレスキューラビットの代わりに現れたのは、二体の戦士。電撃を操るHEROである。

 

「そして、二体のモンスターでオーバーレイ! エクシーズ召、か……ん……!?」

 

 叫ぶ声は、途中でその勢いが失われていく。

 それは、本来ありえない――――最早、この世界に起こりえない状況を目にすることになったからだ。

 次元の扉の展開(・・・・・・・)

 光輝く二つの星が、英人の眼前に開いた孔へと飛び込んでいく。

 それは、本来城戸や叶が消失させた現象のはずだ。本来なら、今後一切起こりえない事象のはずだ。

 

――――オーバーレイ・ネットワークの構築。

 

 世界と世界とを隔てる壁を取り払い、異なる世界を現在の世界へと重なり合わせることで、対消滅を引き起こすプロセス。

 それを、再度この場に展開できる者は……ただ、一人しか存在しない。

 

「城戸ォォォ――――――――――ッ!!」

 

 激昂の叫びが、響き渡る。

 

「テメぇはッ! コレ(・・)を止めるために戦ったってのに、そのあんたがコレを展開するつもりかよ! また……世界を危機に晒すのかッ!!」

 

 心からの叫びだった。

 世界を救おうと尽力し、文字通り身を粉にして戦った男が、世界を破壊する機構を再誕させる。それは、なんという矛盾だろうか。

 故に、英人の正義感はそれを全力で糾弾する。ふざけたことを抜かすな、と。

 

「いいや」

 

 それに対して、城戸は薄く笑った(・・・)

 

「これはあくまで『手段』だ。世界に対し世界を広げ、対消滅を起こさせるような真似はしない。だが、その機構に限っては多少、流用した部分はあるがね」

 

 世界と世界を繋ぐ壁を破壊する。ただ、それだけを流用する。

 

「俺はただ、叶を元の世界へ還したいだけだ」

 

 その、本来の機構からはあまりにかけ離れた用途に、英人は絶句した。

 ただ、真岡叶を元の世界に戻す。彼は――――そのためだけに、動いているというのか。

 

「まあ、その際の余波で俺は死ぬだろうが。知ったことではない」

 

 そして、己の命すらも勘定に入っていない。

 自分自身を犠牲とした、一方的な献身。それはある種、究極の――――想いの形ではある。

 だが、それは一方的にも程がある。一方的すぎて、相手の感情をまるで考えていない。叶がどのように考えているかも、何も考えていない。

 普段から冷静に思考し、他人を……叶を第一に考えて行動する彼にしては、あまりに軽率で無遠慮で、そして暴挙とも呼ぶべき事態だ。

 それは、精神のタガを外されたが故の行動と言えようか。

 どちらにしても。

 

「――――あぁ、そうだ。一つ、思いついたことがある」

 

 城戸はそう告げると、背後のコンソールを叩き、何事かを打ち込み始めた。

 そこに表示されるのは、地理。あるいは、何らかの効力の及ぶ範囲。

 それは、このB.A.D.(バッド)エリアに存在する旧モーメントの一室から、急激に世界中(・・・)にまで広がり、

 

これで(・・・)世界の危機だ(・・・・・・)

 

 直後に、全世界は彼の人質に取られた。

 

「な……に……!?」

「キミは」

 

 あまりに突飛な事象に、頭がついていかない。

 何故、彼は叶がこの場に来るのを待たず、このような蛮行を行ったのか。

 そして、何故。彼はこのような状況においてさえ……笑みを、絶やさぬのか。

 

「確か――――『正義』を為したいのだったな」

 

 正義。それは、英人の行動原理であり、渇望である。

 元の世界で為せない正義を、この世界で為したい。

 それは「正義の味方になりたい」という、単純で素晴らしく、非の打ちようのない美しい願いだ。

 それを理解しているからこそ、

 

「ならば俺は、その礎たる『悪』となろう」

 

 その願いを叶えるために、城戸成瀬は己を捧げる。

 

 彼は、「手段のために」「目的を選ばない」。

 

 手段とは、つまりは「死」。目的とは……「誰かのため」である。

 極論、そこに在る目的、「誰か」とは誰でも構わないのだ。優先順位が存在するだけで、「誰かのために死ねるのなら」、何でもいい。

 紛れもない、狂気だった。

 英人には、それ以外の喩え方は分からなかった。

 

「喜べ。キミは正義の味方になれるぞ。ああ、それとも――――この場で何人か殺害した方が良かったかな」

 

 そしてその一言が、何よりも英人の逆鱗に触った。

 ぶち、と、何かが切れるような音が聞こえた。それが何なのかは英人には分からなかったが、

 

「――――現れろ、《CH(コミックヒーロー)キング・アーサー》ッ!!」

 

【 《CH(コミックヒーロー)キング・アーサー》 攻 2400 / 守 1200 】

 

 この男は絶対に倒さねばならないと、確信した。

 場に現れるのは、黄金の鬣をなびかせる、英雄的(ヒロイック)な外見を持つ騎士だ。

 攻撃力は上級モンスターのラインに届くかどうか。しかし、倒されれば倒されるほどに強くなるという特性を持ち、それ故に戦闘破壊での突破は困難となるモンスターだ。

 一ターン目の壁としては上々。「ホープ」でないのは、事情故に仕方がないと言ったところだろうか。

 

「カードを2枚セット――――ターンエンド……!」

 

 振り切れた怒りは、逆に彼に冷静さをもたらした。

 ここをどのように切り抜けるか。とかく、英人の脳はその答えだけを導き出すべく、フル稼働を始める。

 怒りに身を任せようとも、それでプレイングミスを招いても仕方がない。勝つためには冷静になるしかない。

 

「ドロー」

 

 彼のデッキは四択。これまで英人の目にした【ジェムナイト】以外に、【スクラップ】【インヴェルズ】。そして、可能性としては【ヴェルズ】の四種だ。

 いずれも展開力は低いとは言えず、1ターン目から大型モンスターを召喚してくる可能性は十二分にあるが……それでも、臆してはいられない。

 

魔法(マジック)カード、《悪魔への貢物》発動。特殊召喚されたキング・アーサーを墓地へ送る」

「なっ……!?」

 

 いかにキング・アーサーが戦闘に強いと言っても、効果に対する耐性は皆無だ。

 銀の鎧に黒い靄が絡みつき、肉体を蝕んでいく。噛み砕かれ、塵と化したその残骸は地へ染み込み、異質な音を奏でながら赤く輝く塊を押し出した。

 

「《悪魔への貢物》の効果処理は続く。――――《ジェムナイト・ガネット》を特殊召喚」

 

【 《ジェムナイト・ガネット》 攻 1900 / 守 0 】

 

 塊はめきめきと音を立て、どこか邪悪な――――本来とは異なる様相を見せながら、四肢を展開してゆく。

 ジェムナイト――――城戸が英人とデュエルする際に必ずと言って良いほどに用いるデッキ。

 ありえない、と思いつつもやはりか、という考えも、無くはない。英人の使用するデッキも多少の変更は加えられてはいるものの、互いに、デッキのテーマは何一つ変わらない。

 他のデッキならいざ知らず、このデッキの構成はそれなりに理解している。だから、考察は必要無い。

 

「そして、《ジェムナイト・アイオーラ》を通常召喚」

 

【 《ジェムナイト・アイオーラ》 攻 1300 / 守 2000 】

 

 そこに現れるのは、枯草と菫の二重の輝き。一粒の宝石は砕け割れ、新たに姿を見せたのは、その二つの色を映した戦士である。

 そのレベルは4。デュアルモンスターであることから現時点では効果は持たないものの、再度召喚によって「ジェムナイト」のサルベージを可能とする厄介なカードだ。

 これまで彼のデッキに投入されていなかったモンスター。となれば、多少なりとも戦法が変化しているのは間違いない。

 

「バトルだ。ジェムナイト・ガネットで直接攻撃(ダイレクトアタック)

 

 迫りくる紅の火炎。熱が皮膚に触れる、その目前で。

 

「《ガガガガードナー》を特殊召喚!」

 

 直接攻撃宣言時、このカードを特殊召喚できる。

 青い光が火炎を阻み、巨大な盾が全ての攻撃を消滅せしめる。

 

【 《ガガガガードナー》 攻 1500 / 守 2000 】

 

 攻撃の巻き戻し――――どのような状況であれ、バトル中にモンスターが特殊召喚されれば攻撃を「行わなかった」ことにできる。当然、城戸は攻撃を取りやめた。現時点では城戸のモンスターではガガガガードナーの攻撃力は超えられないからだ。

 

「バトルフェイズ終了。レベル4のジェムナイト・ガネット、アイオーラでオーバーレイ」

 

 二体のモンスターで構築される、オーバーレイ・ネットワーク。深淵へと繋がる空洞へと二つの星が呑み込まれ、新たに純白の色が姿を現す。

 

「――――現れろ、《ジェムナイト・パール》」

 

【 《ジェムナイト・パール》 攻 2600 / 守 1900 】

 

 当然……アイオーラの低い攻撃力は、晒してはいられない。

 ランク4の中でも高い攻撃力を有すこのモンスターは、カード名としてのシナジーも含め、彼のデッキとはかなりの良相性だ。

 カードが1枚伏せられ、城戸のターンが終了する。英人はカードを抜き、考える。

 このターンで終わらせられるならそれが一番良い、と言えなくもない。《ガーンデーヴァ》を特殊召喚することも考えられるが、それ以上に有効なのは、

 

「俺は《(ヒロイック)(チャレンジャー) エクストラ・ソード》を召喚!」

 

【 《(ヒロイック)(チャレンジャー) エクストラ・ソード》 攻 1000 / 守 1000 】

 

 二つの斬撃が宙に煌めき、銀の鎧を纏う戦士が英人の場に姿を現す。

 行うべきは、早急な打倒。なんとしてでも、彼を打ち倒さねばならない。

 

「レベル4、エクストラ・ソードとガードナーでオーバーレイ! 現れろ、《ブレード・ハート》!」

 

【 《機甲忍者ブレード・ハート》 攻 2200 / 守 1000 】

 

 空間を割り開き、現れるのは一つの影。丹の色彩を持った装甲を身に纏う忍者だ。

 彼の背後には淡く、エクストラ・ソードの姿かたちを持った霊魂が立つ。

 1000の攻撃力上昇――――煌めく刀に魂が宿り、城戸へと刃が向けられる。

 

「更に、《ミラクル・フュージョン》を発動! 二体のスパークマンを素材とし――――来い、《シャイニング》ッ!!」

 

【 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) The シャイニング》 攻 2600 / 守 2100 】

 

 天井へ新たに一つの輝きが灯り、周囲を照らし彩っていく。

 輝きは形を為し、日輪が如き力を、姿をこの場に現出する。

 衛星のように回転する二つの輝きは、彼の除外した二体の《スパークマン》であろう。600の攻撃力上昇……実質的な攻撃力は、3200となる。

 

「ブレード・ハートの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、二度の攻撃を可能とする!」

 

 一つの星がブレード・ハートの鞘へと飛び込み、二本目の刀が抜き放たれた。

 

「バトル! ブレード・ハートでジェムナイト・パールへ攻撃!」

 

 刃の閃きは城戸の首へ、そして、パールの胴へと確かに向けられている。

 その動きは俊敏、かつ確実。姿を消し、あるいは現し、緩急の差を付けて繰り出される無数の刃は、パールの胴に突き刺さる――――

 

「罠を警戒し給え」

 

――――その寸前。

 ブレード・ハートの肉体が、「逆転」した。

 

「!?」

(トラップ)発動――――《反転世界(リバーサル・ワールド)》。全ての効果モンスターの攻守を……逆転する」

 

 その効果範囲は、全ての「効果モンスター」。

 ジェムナイト・パールに効果は存在しない。対して、英人の場に存在する全てのモンスターは、効果モンスターである。

 よって、英人の有する全ては――――「反転」する。

 

「しまっ――――!!」

 

 裏返り、その全てが反転したブレード・ハートの顔面に、ジェムナイト・パールの右腕が突き刺さる。

 強烈な一撃は忍者の持つ装甲全てを砕き割り、地に叩き落とした。

 

「が、あッ……!?」

 

 本来仮想立体触感(バーチャルソリッドフィール)の衝撃として加えられるはずだったそれは、しかして英人の精神に、肉体に――――全てに突き刺さり、勢いのままに壁へと叩きつけられる。

 リアルダメージ。

 本来、闇のゲームにしか発生しえない、鮮烈な感覚。以前のアカモートとの精神ダメージなど生易しいとさえ感じるほどの、熾烈な痛み。

 これは、

 

「テ、メェ……! これも……!」

「アイオーンの機能だ。もっとも……死なない程度に抑えてはいるし、発生するのも『衝撃』に限られる。たとえSophia(ソピア)の攻撃でも痛み程度で済むさ」

 

 実質的にダウングレードされた衝撃の発生。それでも英人にとってはかつてないレベルの痛みであり――――考えてもみれば、そもそも城戸はこれ以上の衝撃を幾度と無く喰らってきたのだ。その状況を想像すると、頭がおかしくなりそうだ。

 

「さあ、続けようか」

 

 その上でなお嗤う彼は、真に狂気に浸されているのではないか。

 

「くッ……! カードをセットして、ターンエンドだ」

 

 この状況では、終了を宣言する以外にない。

 反転世界の効力は永続だ。シャイニングの攻撃力は依然として2100であり、次のターンにでもパールに破壊されることだろう。だが、勝てないと決まったわけではない。ここからならリカバリはまだ、可能だ。

 城戸がカードをドローする。未だ、その表情は変わらない。

 

「《馬の骨の対価》を発動。パールを墓地へ送り、カードを2枚ドローする」

「……!?」

 

 完全に、想定の外。

 主力とさえ言えるパールを墓地へ送ってなおドローを加速する。間違ったことではない、間違ったことではないが――――しかし。こうも簡単に使い捨てにするものか。

 

「……意趣返しだ。《レスキューラビット》を召喚」

 

【 《レスキューラビット》 攻 300 / 守 100 】

 

 城戸の場に現れるのは、序盤に英人が場に召喚した一匹の兎だ。

 トランシーバーから発せられる音は、邪悪の怨嗟。嫌そうに首を左右に振り、次元の彼方へ逃げ去るようにしてレスキューキャットが消え去っていく。

 そして代わりに現れるのは、二つの血石。血液が飛び散ったかのような色彩を持ったその石は、外観通りの邪悪さを内に秘めている。

 

「効果により、《ヴェルズ・ヘリオロープ》を特殊召喚」

 

【 《ヴェルズ・ヘリオロープ》 攻 1950 / 守 650 】

【 《ヴェルズ・ヘリオロープ》 攻 1950 / 守 650 】

 

 邪悪の化身。邪念(ヴェルズ)の意思の石。

 それは――――まるで、城戸の精神が具現化したかのような、黒を映していた。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……」

 

 更に、二つの黒が次元の狭間に消える。

 次いで勢いよく暴風が駆け抜け、現れるのは深緑の輝き。

 

「エクシーズ召喚――――《ダイガスタ・エメラル》」

 

【 《ダイガスタ・エメラル》 攻 1800 / 守 800 】

 

 本来それは邪念を凌駕した姿なのであろう。しかして彼の心を映す鏡面のようなそのモンスターは、しかして僅かに黒みを帯びていた。

 

「エメラルの効果を発動。オーバーレイ・ユニットを使用し、墓地の効果モンスター以外のモンスターを特殊召喚する。ジェムナイト・パールを特殊召喚」

 

 床に黒い孔が開き、地の底から白の輝きが姿を現す。

 

【 《ジェムナイト・パール》 攻 2600 / 守 1900 】

 

 成程、彼はこれを狙っていたからこそ先にパールを墓地へ落としたのだ。

 これが「できる」と確信があった。故に、墓地に送ることも厭わなかった――――。

 確かに通常モンスターは特殊召喚しやすい。パールは通常モンスターでなく「効果を持たないモンスター」だが、エメラルの存在もあってその傾向には当てはまると言えるだろう。

 

「バトル。ジェムナイト・パールでシャイニングに攻撃」

 

 叩きつけられた衝撃が、英人の全身を駆け巡る。

 たかが500のダメージ、とはいえ痛みは半端なものではない。が――――このまま待っていても、100のライフは残る。

 だから、耐える。歯を食いしばってでも耐える。

 

「続けて、ダイガスタ・エメラルで直接攻撃(ダイレクトアタック)

「うっ……ぐああああッ!!」

 

 暴風が体を打ち据え、突き抜ける衝撃が脳を揺さぶる。

 視界が歪み、意識が揺れる。明滅する視界の中で、しかし、英人は意識を手放さず、その視線へ確と城戸の姿を映していた。

 まだだ。まだ――――100。たった100でも、確かに命脈は繋がっている。

 シャイニングの効果が発動し、英人の手札に二枚のスパークマンが加わる。

 

「耐え……たぞ、ちきしょうッ!」

「そうか」

 

 100でも残れば、逆転される目がある。そのことに気付いていない城戸でもあるまい。しかして極めて無感情に言い捨てると、彼は二枚のカードを伏せてターンの終了を宣言した。

 

「俺のターン!!」

 

 手札にダブッたスパークマンに、現状価値があるとは言えない。召喚権が二度でもあるのなら存在してもいいかもしれないが、これでは邪魔になるだけだ。

 

「俺は《凡人の施し》を発動する。2枚をドローし……スパークマンを除外する!」

 

 二枚。一枚は、乾坤一擲の《ヒロイック・チャンス》。もう一枚は――――

 

「《ダブル・ランス》を召喚!」

 

【 《(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランス》 攻 1700 / 守 900 】

 

 二本の槍を両腕に掲げる、鋼色の闘士。常に英人の戦線を支え、逆転の一手となるカード。

 普段は墓地から同名カードを特殊召喚することになるが、それは別に墓地に限定される話ではない。時に、選択肢としては手札からの特殊召喚もある。

 よって。

 

「俺は手札から、更にもう一体のダブル・ランスを特殊召喚!」

 

【 《(ヒロイック)(チャレンジャー) ダブル・ランス》 攻 1700 / 守 900 】

 

 二体のレベル4・戦士族モンスター。これらが意味する符号は――――現状では、たった一つ。

 

「レベル4のダブル・ランス二体でオーバーレイ! ――――エクシーズ召喚!!」

 

 空間の狭間から覗く、紅の鎧。

 雷と共に組み上がるのは、最強の戦士であり英人にとって最良の剣である威容。

 掲げられた王の剣は稲妻と共に振り下ろされ、城戸の命を刈り取らんと突きつけられた。

 

「来い、《エクスカリバー》ァァァッ!!」

 

【 《(ヒロイック)(チャンピオン) エクスカリバー》 攻 2000 / 守 2000 】

 

「エクスカリバーのオーバーレイ・ユニットを二つ取り除き、攻撃力を倍加させる。更に、魔法(マジック)カード、《ヒロイック・チャンス》! 更に攻撃力を倍加させる!」

 

 攻撃力――――8000。

 その剣は質量を肥大化させ、落雷が刀身を這う。紅の闘気が膨れ上がり、舐めるようにして剣を包んだ。

 

「終わらせる……行くぞ城戸ォッ!! エクスカリバーで攻げ――――――」

 

 笑みは、消えない。

 その異様な表情が、彼の余裕を表しているのは明白だ。この局面に至ってさえそれを崩さないとなれば、それは。

 

「キミは……先程から、迂闊だ」

 

 英人の勝利を覆す手が、存在しているからに他ならない。

 

「速攻魔法発動――――《超融合》」

「超……!」

 

 ありえない。

 そのカードは、存在しえない。

 あらゆる意味で不可能なのだ、それを――――彼が所有することなど。

 

「そんなもの……アンタ、どこで……!?」

 

 ようやく出た言葉は、その程度の陳腐なものだった。

 ありえない。純粋に……信じられない。

 確かに、元の世界では普通のカードだったろう。しかしこの世界では違う。本来異世界で作られたこのカードは、遊城十代にしか所有しえない特別なカードのはずだ。それを、彼がなぜ。

 

「確かに、このカードは特殊なカードだろう。が……ナンバーズというものをこの世界に創り出したアイオーンの力を用いれば、できないことではない」

 

 できないことではない。それは確かにその通りだ。

 だが、それを本当にやるのか?

 できるとして、躊躇などしないのか?

《超融合》に付随する特殊な力――――次元をまたぐほどの強烈な特異能力。それを除いた上でデュエルディスクに認識させるよう調節し、この世界に再度作り出すなど。

 捨てられた一枚は、《ジェムナイト・オブシディア》。この効果により、城戸の墓地の《ジェムナイト・ガネット》が選択される。

 

「ジェムナイト・パール。そして光属性のエクスカリバーを選択……《ジェムナイト・セラフィ》を融合召喚」

 

【 《ジェムナイト・セラフィ》 攻 2300 / 守 1400 】

 

 拳と刃の重なるその瞬間、二つの戦士の姿が掻き消えた。

 一つは完全な光と化しその身体を消失させ、もう一つは地に融け、消える。

 光の柱が立ち上り、周囲に幾多の水晶体が隆起する。光は結晶の中で乱反射し、その本来の姿を映し出した。

 一対の光の翼。女性的なフォルムと、その手に握られた細身の剣。はためくマント。

 

――――最悪だ!

 

 可能か、不可能かで言えば想定が不可能だったわけではない。

 だが、それはあくまで本来の世界においての話だ。《超融合》が、恒常的に使われるようなカードであったのならば考えも至ったことだろう。しかし、この場に至って「ありえない」と思考したことが、何よりの失敗だった。

 

【 《ジェムナイト・ガネット》 攻 1900 / 守 0 】

 

 更には融合の要たるガネットが再度姿を見せている。単体では大した脅威ではないが、場の状況と城戸の手札次第では、あれがまた別なカードに化ける。

 英人の場にモンスターはいない。だが、この伏せカードならば、

 

「……《レベル・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

【 《レベル・ウォリアー》 攻 300 / 守 600 】

 

《サイバー・ドラゴン》に類する特殊召喚条件。顔面に星を掲げた赤い戦士が、英人の場に姿を現した。

 場に残る二枚の伏せの内、一枚は《コピー・ナイト》だった。既に召喚を済ませてしまった現状では意味が無いカードとなってしまう。

 しかし、もう一枚。最後の一枚は――――《魂の一撃》。

 突破する方法は、無いわけではない。入念な準備の上でならいくらでも……攻撃力を超え、あるいはレベル・ウォリアーや魔法・罠の除去、封殺によって突破されうる程度の淡い希望だが、それでも無いよりは余程マシだ。

 勝てる、とは言わない。この場に置ける役割はほぼ、《和睦の使者》と同一のそれだ。1ターンの猶予さえあればそれでいい。

 勝ち目が僅かにでもあるのなら、それに賭けるしかないのだ。

 

「ターン……エンド!」

 

 城戸を見据えるその瞳には、裂帛の気合いが灯る。

 敗北に近づこうとも常に勝利だけを見て戦い続ける。それが、英人の矜持だからだ。

 それでも。

 

「――――あまり、肩に力を入れすぎるな」

 

 その姿勢さえ嘲笑うように、城戸は告げる。

 

「『何かある』というのが見え見えだ。ある種、正直(ソレ)はキミの美徳だろうが――――戦いの中では致命的に過ぎる」

 

 ダイガスタ・エメラルの効果が発動し、風の中から菫青の光が現出する。

 

【 《ジェムナイト・アイオーラ》 攻 1300 / 守 2000 】

 

 ジェムナイト・アイオーラ。墓地に存在する場合には通常モンスターとして扱われるデュアルモンスターの特性の活用……更にモンスターが展開されるというのは英人にとっては多大な脅威だが、それだけのこととは決して思えない。

 

伏せ(リバース)――――速攻魔法、《デュアルスパーク》を発動。ジェムナイト・アイオーラをリリースし、君の場の伏せカードを破壊する」

 

 破壊されたのは一枚。

 群青の光が撃ち貫いたのは、たったの一枚ではあったが――――それは、英人の希望を砕くには十分に過ぎる。

《魂の一撃》。

 英人の賭けは、失敗に終わったのだ。

 

「そういえば……そうだな。君は言っていたな。俺は、詰めを誤りやすいと。だから、そう」

 

 今度は――――万が一にも誤らない。

 

「《ジェムナイト・フュージョン》。手札のオブシディア、ガネットを選択……融合召喚。《ジェムナイト・マディラ》」

 

【 《ジェムナイト・マディラ》 攻 2200 / 守 1950 】

 

 地面が赤熱と化し、深い朱の色彩が腕を、鎧を形成し、場にせり出してくる。

 現れるのは、紅と朱に身を染めた赤熱の騎士。眼前に繰り出した腕には、溶け、崩れた地の構成物が、剣となって握られていた。

 

【 《ジェムナイト・アイオーラ》 攻 1300 / 守 2000 】

 

 更に、オブシディアの効果によって墓地のアイオーラが守備表示で特殊召喚される。

 それ自体に大した意味は無いのかもしれないが、ともあれ《聖なるバリア -ミラーフォース-》を、あるいは《重力解除》などを警戒するとすれば十二分の措置だと言えた。

 

「では、バトルだ。ジェムナイト・マディラでレベル・ウォリアーを攻撃」

 

 ジェムナイト・マディラが攻撃する場合、相手はあらゆる効果を発揮することができない。

 例えばそれは速攻魔法、罠……果ては効果モンスターの手札誘発でさえ。

 爆炎が剣を伝い、レベル・ウォリアーを、その先に存在する英人をも包み込む。

 本来、攻撃を迎撃するはずだったレベル・ウォリアーの表示形式は攻撃表示のままだった。故に、攻撃はそのままに英人へと到達し、ライフポイントの全てを削り取る。

 

「が、ああああああああああっ!!」

 

 衝撃は英人の肉体を突き抜け、反動は彼の体を床に向かって打ち据えた。

 ライフポイント全てを減失した音が響く。

 それは、英人の望むものが削れ、消えたような音のようにも感じた。

 

 

 

 + + +

 

 

 

「俺の勝ちだ、有我君」

 

 そう告げた城戸の言葉はひどく機械的で、先程まで狂笑を浮かべていた人物と同一のそれとは到底思えない。

 彼の標準(デフォルト)が感情を閉ざしたそれだとは決して感じられないが、しかし、それでもここまでの変貌ぶりには、英人にも違和感があった。

 単純に不安定なだけではない、と思う。それだけではこの変異は説明しきれるものではない。

 ディスプレイに映る情報に変化は無い。世界に対して展開され、この勝負によって完成するはずだったそれは、何一つとして動きを見せていなかった。

 

「……どういうことだ、城戸、これは……!」

 

 その質問が出るのは当然だった。彼は半ば本気で先の言葉を吐いたはずなのだ。だのに、行動を何一つ起こさないのは……

 

「ブラフだよ」

 

 城戸はそれを、嘘だと断じた。

 

「キミを本気にさせるにはこの手が最適だと思った。見かけだけをそのように偽装したとして……まあ。キミの性格からすれば、疑う前に叩き潰してから話を聞くことにでもするだろうと思っただけのことだ」

 

 だが、不足だった。

 彼の渇望を満たすには、英人では、足りない。

 

「……だが、やはり……叶でなくては、駄目だ」

 

 悲しげに、あるいは寂しげに、彼は俯き、呟く。

 敗北したことには変わりない。デュエルの前に確約した以上は、強制的に彼を止めることはもう、いい。

 だが、それでも――――説得することだけはやめようとは思わなかった。

 

「欠片にでもいいと思ってんのかよ、アンタは……それで」

 

 僅かに思案するような表情を見せ、城戸は呟く。

 

「善でも、悪でも……俺には、これ以外に思い浮かばないんだ」

 

 ひどく掠れた声だった。その内情の幾ばくかも理解していない英人でも、葛藤と思案が知れるほどに。

 彼にしては珍しい……いや、まるで前例のない話だ。何事につけても即断即決。そうと決めたことならば全てを、自身さえ擲ってでも遂行する。それが城戸成瀬という人間だから。

 何より、通常状態との差異は、

 

「――――キミは、自分自身の性質を考えたことはあるか?」

 

 問いかけである。

 たとえ疑問があったとしても、城戸は先んじて答えに到達し、その上で回答を確認するように短く訊く。疑問符が付随するような声音でもなく、機械的に、事務的に。

 それだというのに、彼は問いかけを行った。疑問を投げかけたのだ。

 

「……性質?」

「性質だ。善か悪か……正か、負か。考えたことは、あるか?」

 

 普通は無い。そう、普通なら。

 正常な心理状態にある人間ならば、そのようなことを考えるような理由は無いのだ。だから、英人は「無い」と言った。

 

「……一言で表すなら、君は善であり正だ。誓って言っていい。君は正しく、善良だ」

 

 対して。

 

「俺は、悪だ。悪であり、(マイナス)だ。必要なら、人殺しだって厭わないだろう。他人を傷つけることだって、躊躇することは無い。薄汚れた……くだらない人間だ」

 

 城戸成瀬は自分に価値を認めない。

 自身は世界に不必要であると断じ、ただ、他人を羨望する。それは自分自身の性質を考察し、そのように捉えているからだ。

 

「叶は善良だ。キミほどではないかもしれない。それでも、俺なんかよりも遥かに正しい」

 

 そんな人間が、自分と共にいることは……きっと、不可解で、不条理なのだ。

 絶対にあってはならないことで、おおよそ、可能性の段階で排除されて然るべきことだった。

 それでも何の因果か、歯車は、掛け違えられた。故に今の回転は歪んでいて、あやふやで……いつ外れてしまっても、おかしくはない。

 正さねばならないのだ。だから、城戸は言えない。決して、言わない。

 

「……叶は、俺と共にいるべきでない。それだけなんだ。全ては」

 

――――彼女と一緒にいることを、望んでいるなど。

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