決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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21.光(luster)

 その感情(きもち)には気付いてはいけなかった。

 永遠に、虚無の(うち)に在るべきだった。

 僅かに氷解しつつある感情を自覚した城戸は、しかして彼自身の理性によって、それを押し留め、殺していた。

 

 その根源を言葉とするのであれば――――果たして、何なのか。

 とうの昔に枯れ、砕かれたそれは、一体何と言うのだったか。

 記憶力に優れていると自覚はあっても、城戸にはその言葉だけが、どこかに引っかかって姿を見せない。

 痛みにうずくまる英人へ、城戸は口を開く。

 

「俺は叶と共にいるべきでない」

 

 けれど、彼女と過ごすことを望んでいる。

 

「だから、叶を元の世界へ還す」

 

 けれど、そうしたくない自分もまたどこかにいる。

 

「これは俺の意思で、責務だ」

 

 嘘だ。どこにもそんな義務は無い。

 責任も、義務も、権利も、何も無い。

 これは城戸成瀬の身勝手だ。理性によって導き出された結論を結実させるための活動だ。

 本心とは別の所にある――――きわめて独善的な最善だ。

 

 今ここに確かに存在している自分が変質していく事実を、城戸は危惧していた。

 いずれは湧き出し、氷解した感情が、その理性を塗りつぶしていくことになるのだろう。そうなれば、合理的な判断などできようはずもない。

 きっと、感情が蘇るにつれ、別れを惜しんで正常な判断を損なうことだろう。叶を元の世界に帰す判断さえ、いずれできなくなるに違いない。

 そうなる前に。そうなってしまう前に。

 

「俺は――――」

「……あんた、何そこまで焦ってんだよ」

 

 言葉を続ける城戸へ、しかし英人は遮るようにして言葉をかける。

 

「……焦」

「焦りとはじゃねえぞタコスケ。客観的に自分を見てみろよ。今のアンタほど焦ってる輩なんざ、そうそういねえよ」

 

 何か、自身の状態を確かめるように、両手の動作を繰り返す城戸。

 しかし、本人は何一つの異常を感知していないのか、表情に曇りは無い。

 一方でその額には、僅かに汗が浮いていた。その事実に本人が気付いていないという事実そのものが、彼の焦りをそのまま表していると言っても過言ではないだろう。

 それでも、英人には何一つ城戸に対して行動を起こせない。既に英人は城戸に敗北したのだから。

 

「俺は、アンタの気持ちは分からない。正義とも悪とも……正直、何とも言えねえ。だが」

「キミは黙っていてくれ」

 

 中途で英人の言葉を遮る城戸は、普段の彼の様子とはあまりに異なっている。

 冷静すぎるほどに冷静・冷徹。ならばこそ、全ての情報を照合し、精査し、その上で判断する。それが城戸成瀬だ。

「もういい」ではなく、「分かった」でもなく、「黙っていてくれ」。

 相手の言葉を聞きたくないからこそ放たれたその言葉は、彼にしては異質に過ぎる。

 

「俺の行動が劣悪だろうが独善だろうが、何でもいい。これが俺の答えだ」

 

 これ以上の解答は、自分には無い。

 城戸はそうして、濁った瞳を前に向けた。

 今の彼は、延々と叶を待ち続けてその感覚を最大限にまで研ぎ澄ましている。常人には聞こえない音でさえも、容易に感知できることだろう。

 よってそれは、彼女(・・)の到来を意味していた。

 

「――――――」

 

 扉が開き、光が差し込む。

 淀んだ空気が開け放たれた扉から排出され、代わって、砂混じりの乾いた空気が入り込んだ。

 数週間前よりは多少伸びたとはいえ、それでも彼らが出会った頃よりも短い、肩ごろまでの長さの金の髪。日本人らしからぬ碧眼は、彼女の父親からの遺伝だ。

 静かに、しかし確固たる意志に燃える瞳は、開け放たれた扉から城戸へと、しっかりと向けられていた。

 

「――――来たか」

 

 穏やかなその声には、僅かに喜色が込められていた。

 立ち上がり、一歩前へ進み出る。それに合わせるようにして、叶の足も一歩、前に出た。

 

「帰るぞ。こんな場所にいつまでもいるもんじゃない」

「それには同意するが、今の俺には目的がある。帰ることはできない」

 

 その反応は想定していたのだろう。表情を変えることもなく、叶は続ける。

 

「……その目的は?」

「真岡叶を、元の世界へ送還する」

 

 その答えは、ある程度まで想像ができていたのか。特段に驚いた様子も無く、叶は続ける。

 

「一度は帰ったな。だが、私はこうしてここにいる」

その事実が間違っている(・・・・・・・・・・・)

 

 かつて、城戸は叶がこの世界にいるべきでないと、母と和解すべきだと断じて叶を元の世界へと送還した。

 その事実は未だに叶の頭に焼付いている。実際に叶は母と会話し、互いをある程度でも理解することができた。そうして、ただ一人のために、この世界へと戻ってきたのだ。

 

「間違っているとは言わせない」

 

 何より、本人に否定されることがどれだけ苦痛であるのか。

 

「いいや、間違っている」

 

――――既に、彼の考えは凝り固まっている。

 英人はそれを聞いた。自身で言い放ったのだ、「最善」と。

 だからこそ、その考えを変えることは無い。言葉を曲げることは無い。

 誰より想う叶であれど、誰より想う叶だからこそ。

 

「――――だったら、無理にでも連れ帰るまでだ。構えろナルセ。いちいち言い争っている場合でもない」

「……元より、その心算だ」

 

 城戸のディスクにマウントされていたデッキが排出され、代わって別のデッキが挿し込まれる。

 同時に、彼らの腕のディスクが展開され、互いを標的として見定めた。

 

「私が勝ったら帰る、それで異論は無いなッ!」

「ああ。叶の勝利時点で(・・・・・・・)帰ることにしよう(・・・・・・・・)

 

 架空のウィンドウが展開し、情報を映し出す。

 息を呑み、英人は二人を見守っている。

 ――――そうして、先攻として指定されたのは叶だった。

 先攻の優位性は経験者たる二人の知る通りだ。ほっと胸を撫で下ろす英人に、しかし叶の表情は硬いままだ。

 英人と、城戸の様子を見比べる。その様子を見るに、彼らの勝負の勝敗は明らかだ。たとえ先攻を取ったとは言えど、油断できるわけがない。

 デッキからカードを引き、先手としての場の組み立てを考える。

 まずは、

 

「私は《ヴァイロン・ヴァンガード》を召喚する」

 

【 《ヴァイロン・ヴァンガード》 攻 1400 / 守 1000 】

 

 まず叶の場に召喚されたのは、先陣(ヴァンガード)の名と、巨大な金の腕を有する観測者(ゲイザー)の先兵である。

 ヴァンガードが効果で破壊されれば、装備されたカードの数だけドローができる。このモンスターそのものの損失は防げないが、他の「ヴァイロン」の装備カードをサーチする特性を持つ「ヴァイロン」の装備魔法を装備させた場合は、損失以上に手札を増強できる可能性もある。様子見にはうってつけのモンスターであると言えるだろう。

 

「更に、ヴァンガードに《ヴァイロン・マテリアル》を装備する」

 

 続いて、ヴァンガードの腕に白金の突撃槍が現出する。

 使いやすいと言うのなら、このカードもまた同じく、【ヴァイロン】を扱う叶にとっては扱いやすいカードの一つだ。攻撃力600アップという単純な効果。《デーモンの斧》といった強力な装備カードには劣るが、「ヴァイロン」の装備カードに共通する、「破壊された際に『ヴァイロン』の装備魔法をサーチする」効果も併せ、十分に扱いやすいことだろう。

 

「カードを二枚セット……これでターンエンドだ」

「ドロー」

 

 叶の場の組み立ては、現状では十分と言える。

 多少の行動に対しては容易に対処できるだろうし、仮に《大嵐》のような全体除去が来たとしても、リカバリの手段は残されている。

 では――――と、城戸の行動を待ち、その様子を見る。彼が手札から抜いたカードは、

 

「《インヴェルズの斥候》を召喚」

 

【 《インヴェルズの斥候》 攻 200 / 守 0 】

 

 場に現れたのは、ハエにも似た外見を持つ小型のモンスターだ。

 ――――しかし。

 

「どういう……ことだ……?」

 

 英人が疑問を口にする。

「インヴェルズ」モンスターの多くは、アドバンス召喚を媒介として効果を発揮する。故に《二重召喚》や《血の代償》の採用率も高いのだが、後攻1ターン目である城戸が《血の代償》を使用することはできない。《二重召喚》にしても、相性は良いにしても手札の損失が大きく、積極的に使用することは無いだろう、と英人は考えている。

 素人故の浅薄さか、と思いもするが、それでは城戸が英人に勝利できた理由が分からない。

 

――――――だったら?

 

「叶ちゃん、城戸を止めろォッ!!」

「な……!?」

「――――インヴェルズの斥候で(・・・・・・・・・・)ヴァイロン・ヴァンガードを攻撃」

 

 自らヴァイロン・ヴァンガードの目前へ身を投げ出し、インヴェルズの斥候の体が弾け飛んだ。

 同時に、城戸のライフポイントが1800削り取られていく。残るは2200――――即死圏内に突入したと言っても過言ではない。

 

「ターンエンド」

 

 だのに――――それでも。

 城戸はそれ以上の行動を起こさず、ターンを終了した。

 その表情に迷いは見られない。

 

(当然だ……!)

 

 僅かにでも彼の思考の一端に触れた英人には、多少は理解している。

 このデュエルは、想いを理解し合うための行動でも、あるいは、互いの思想を対価としたアンティ……話がこじれたときに手っ取り早く決着をつける方法でも、なんでもない。

 そも、城戸が叶をこの場に呼び出した時点で気付くべきだった。城戸の提示した条件はあくまで「叶が勝利したら帰る(・・・・・・・・・)」、それだけなのだ。城戸が、デュエルの勝敗というその程度(・・・・)で考えを改めるわけもない。

 叶が勝てば「叶が元の世界へ帰る」。城戸が勝てば「叶を元の世界へ帰す」という結果になることだろう。

 言葉面だけを見ればどうとでも解釈できるのだ。恐らく、コンピュータに入力してある情報も似たようなものだろう。どちらが勝ったとしても、次元の扉が開いて叶は強制的に送還させられる。そして――――次元の扉が開いたその衝撃で、城戸は死ぬ。

 動揺を隠しきれていない叶は、その事実を認識した瞬間に全ての考えを吹き飛ばしてしまっていた。

 ターンの終了を宣言した城戸に反応し、ディスクはデッキトップをドローするよう催促しているが、それさえ視界に入らない。

 愕然とした様子のままに時間だけが過ぎ、強制的に排出されたカードが叶のターンの終了を告げる。嘆息するように、城戸は息をついた。

 

「――――残念だ」

 

 ターンは進行する。

 ドローの直後、城戸の場に黒い霧が噴出した。

 インヴェルズの斥候の効果――――自分の場に魔法・罠が存在しない場合、スタンバイフェイズに蘇生できるというそれが発動した。

 

【 《インヴェルズの斥候》 攻 200 / 守 0 】

 

「斥候をリリース――――《インヴェルズ・モース》をアドバンス召喚」

 

 渦巻く闇の中から、一対の黒い翅を羽ばたかせて捕食者が飛び立つ。

 はためく翅は周囲にその体色と同じ色を持った鱗粉をまき散らし、二人の視界を覆った。

 

【 《インヴェルズ・モース》 攻 2400 / 守 0 】

 

「モースの効果を発動。1000のライフ支払うことで、お前の場のカード2枚を手札に戻す。伏せカード2枚を選択」

 

 場に滞留した鱗粉が、モースの号令と同時に伏せカード2枚を覆い隠していく。

 気付けばそれらは叶の手札へと戻っていた。また、城戸のライフポイントも1200へと減じている。

 

「バトルフェイズ。インヴェルズ・モースでヴァイロン・ヴァンガードを攻撃」

 

 滑空し、迫りくるモース。その腕には、多量の鱗粉が纏わりついていた。

 モースの腕の周囲の空間が、陽炎のように揺らめく。そうして振りかざした腕は空間ごとヴァイロン・ヴァンガードの装甲を砕き、食い散らかした。

 

「づっ……!」

 

 砕け散ったその破片が僅かに腕をかすめ、叶は歯噛みする。

 ダメージの再現……城戸と英人のデュエルでも行われていた手法だ。叶も、アイオーンとのデュエルに際しての経験がある。

 場所が場所だけに当然とも言える措置だ。だが、城戸が叶に痛みを与えることを是とするわけがない。

 だからこれは、城戸から叶へ対する最後通告だ。これ以上はもう容赦はしない、と。

 一方で城戸は、叶が反撃を行えば一切抵抗せず受け入れていたに違いない。勝つにせよ負けるせよ、転移を行うという結果は変わらないからだ。

 だからこそ、疑問が残る。叶を元の世界へ送還する腹づもりなら、何故最初から問答無用で送還しなかったのか――――という点だ。

 

(非効率的すぎる……よな)

 

 城戸らしくない。元々、今日は「らしくない」という面では極まってそうだと言えるが、それにしてはあまりにも「らしく」なさすぎる。

 ナンバーズが無ければ転移ができない、というようなことは無い。本来彼らが暮らす元の世界の座標データは、「希望皇ホープ」が持っている。が、だからと言ってそれが無ければ転移できないというわけもない。それに、アイオーンに残された座標データを抽出すれば、叶一人を転移させるのは、犠牲を厭わなければ可能だと城戸自身も言っていた。

 英人も被害を受けるから……ということでもあるまい。もしもそうなら、叶が来るまでに英人をて外部へと引っ張り出すだけだ。

 

――――だったら?

 

 勝負を急いでいる……ようには見えない。自ら敗北に向かおうとしたということを考えればそうとも言い切れないかもしれないが……恐らく、その意図はもっと別の場所にある。

 この戦闘で与えたダメージも小さく、これで叶が奮い立てば更にデュエルは激化することだろう。元々の実力も相まって、異世界人四人の中で最も強いのは叶だ。城戸の現状のライフポイントでは薄氷の上にいるような心地だろう。が、《ガード・ブロック》や《和睦の使者》のような防御用のカードを駆使すれば、数ターン持ちこたえることも可能と言えば可能だ。

 そうなると、考えられることは。

 

「……時間稼ぎ……?」

 

 英人のその言葉に、ハッと気づいたように叶は城戸の表情を見る。

 

「――――の、ようだな」

 

 叶は城戸の表情や感情の機微を読み取ることが、恐らくこの世の誰よりも上手い。英人の言い放った言葉が図星なのかどうか、理解するのも容易なことだろう。実際、叶自身は確信を持っていた。

 しかして――――話は、簡単になるように見えて、更に複雑化する。

 

「単に詰んでたのよりはマシだけどな……」

迅速に(・・・)負けず(・・・)勝ちもしない(・・・・・・)か」

 

 ふざけろ。と、軽く悪態をつきつつも、叶の目には新たに光が宿っていた。

 城戸ほどに機械という言葉が相応しい人間もいまい。正確には相応し「かった」だろうが、この場に来た時点で彼の思考は未だ、型に嵌めたように機械的だった。

 かと言って慮外の事態に弱いかと言われればそういうわけでもなく、その場で即座に対応してみせる対応力も持ち合わせている。今日、英人が敗北するまで、弱点らしい弱点は、デュエルとコミュニケーション能力という――しかしこの世界で生きていくには致命的すぎる――二点くらいだったものだが、デュエルに関しては克服してみせたようにも感じられる。

 しかし、どんな人間にも過去を変えることはできはしない。もしできるのなら、叶も、城戸も、英人も、ひいては才華もまた、何一つ悩みはしない。

 だから、そこに付け入る隙がある。

 基本的に、城戸のデュエルの知識は彼自身の近辺から学んだこと以上のものは無い。あったとしても、戦術や戦略に関することばかりだろう。勝敗の条件という、ルールの間隙までもを把握しているとは言い難い。

 というよりも、叶が説明を怠っていたのだ。というよりも、デュエルは勝つか負けるか、という風に教えたような記憶さえある。

 だからこそ、叶は城戸が「引き分け」に対する明確な設定を行っていないのではないか、と推測できる。そこを埋められるとどうしようもないかもしれないが……今は、それに賭けてみるほかない。

 

「――――私は、ヴァイロン・マテリアルの効果を発動。デッキから《ヴァイロン・エレメント》を手札に加える!」

 

 すべきことを見定めた以上は、前に進むだけだ。

 

「私は、まだ元の世界へ帰る気は無い! 当の私がそれを拒んでいる、それでもお前はやると言うのか!?」

「ああ。この言葉だけは曲げられない」

 

 言葉と共に城戸が三枚のカードを伏せ、ターンを終了する。

 引き分け、というルールの落とし穴に城戸が気付いていた場合、そうなれば英人も叶も何もできない。

 だが、最後まで叶は己の意思をぶつけようと決意した。たとえ城戸がそれを解せないとも、解することを拒もうと。

 

「それでも私はお前の横(ここ)にいたいんだッ!」

 

 だから叶は、それでもと叫ぶ。

 剥き出しの感情をぶつけなければ、城戸はいつまでも感情を氷解させることはしない。

 今まで、一緒に過ごしてきたことで僅かにでも心が動くことがあったのなら。

 

「私のターン!」

 

 意思を、感情を、心を暴き出す。

 そのために、叶は城戸を徹底的に追い詰める。

 

「《ヴァイロン・オーム》を召喚!」

 

【 《ヴァイロン・オーム》 攻 1500 / 守 200 】

 

 叶の場に現れたのは、巨大な両の腕を持った、探査機のようなモンスターだ。

 明滅を繰り返す両腕は、叶の場に残された残骸を照らし出し、ヴァイロン・オームの周囲に漂い始めた。

 

「オームの効果により、ヴァイロン・マテリアルを次の私のスタンバイフェイズまで除外する」

 

 そして、叶が次にスタンバイフェイズを迎えたときに、ヴァイロン・マテリアルは手札に加えられる。

 だが、これだけでは到底足りない。

 

「私は《静寂のロッド-ケースト》をオームに装備する!」

 

 天空から降り、地に突き立つ一振りの杖。それを手に取った瞬間、ヴァイロン・オームの周囲に薄い膜が張られていく。

 

「更に……永続魔法、《ヴァイロン・エレメント》を発動!」

 

 更に、観測者の力の顕現たる黄金の円環が叶の場の後陣に顕現する。

 妨害の有無という懸念はあったものの、これで一応の準備は整った。

 

「来た、エレメントのコンボ!」

 

 カテゴリとして括られているカードを集めたデッキには、一つや二つ、そのデッキにとっての常套手段とも呼べるコンボが存在している。

 例えば【インフェルニティ】におけるループコンボ、【ジャンクドッペル】等のデッキタイプにおける《シューティング・クェーサー・ドラゴン》召喚までの一連の流れなどがそうと言えるだろうか。

 叶の今使用している【ヴァイロン】にもそれに類するコンボは存在する。それがこの《ヴァイロン・エレメント》と《静寂のロッド-ケースト》を利用したコンボだ。

 装備されているモンスターを対象とする効果を無効にし、破壊するケースト。そして「ヴァイロン」の装備魔法が破壊されたとき、デッキからチューナーの「ヴァイロン」モンスターをリクルートする《ヴァイロン・エレメント》。下準備は多少必要になるが、それでも比較的現実的なコンボであろう。

 

「私はオームに《ヴァイロン・セグメント》を装備する。そして、ケーストの効果でこれを破壊」

 

 天より飛来した白金の巨砲は、しかしオームの周囲に滞留するエネルギーによって割り砕かれる。

 しかし、それだけでは終わらない。砲の破片は金色の円環へと取り込まれ、円の中心に発生しているゲートから新たに援軍を呼ぶ。

 

「エレメントの効果により、《ヴァイロン・プリズム》を特殊召喚!」

 

【 《ヴァイロン・プリズム》 攻 1500 / 守 1500 】

 

 そうして呼び出されたモンスターは、人型の結晶体とも呼ぶべきモンスターだった。レベル4の光属性チューナー……本来ならシンクロ、と行くところだが、この状況下で《ヴァイロン・エプシロン》を出すことには躊躇がある。

 エプシロンも確かに優秀な効果を持ったモンスターだが、だからこそ温存しておきたいという気持ちもあるのだ。

 それよりは、今後のことを考えれば――――。

 

「更にセグメントの効果で《ヴァイロン・コンポーネント》を手札に加える。そしてコンポーネントを装備し、破壊。新たにもう一体のプリズムを特殊召喚!」

 

【 《ヴァイロン・プリズム》 攻 1500 / 守 1500 】

 

 このターンで決着を付けることも……できる。しかし、それは叶の望むところではない。勝利という結果は今は望めない。

 

「私は《ヴァイロン・マター》を手札に加える。そして、レベル4の三体のモンスターでオーバーレイ! 現れろ、《ヴァイロン・ディシグマ》ッ!!」

 

 輝く三つの星が天高くへと飛び上がり、黒く、鈍い光が天空から差す。

 そうして、降臨するのは観測者たちの殲滅兵器。純粋であり、故に邪悪に浸された、黒金の威容である。

 

【 《ヴァイロン・ディシグマ》 攻 2500 / 守 2100 】

 

「ディシグマの効果発動! オーバーレイ・ユニットを使用し、インヴェルズ・モースを装備カードとして吸収する!」

 

 頭部に座す宝玉から、輝きが迸った。

 全てを分解し、原子と帰す光線。吸収から解析を行い、関連する全ての物質への耐性を付与させる一撃だ。

 ――――しかし。

 

「《侵略の波動》を発動。アドバンス召喚によって召喚されたモースを手札に戻し、ディシグマを破壊する」

 

 光線が直撃するよりも先に、インヴェルズ・モースはその身を波動と変えてディシグマを討った。

 

「くそっ……!」

 

 現状、引き分けに持ち込めるタイミングは限られている。あれ以上の展開を行わずにディシグマのエクシーズ召喚のみに留めておいたのは、城戸が自ら敗北するような状況を生み出さないための措置だった。

 ディシグマは吸収したモンスターと同じ属性のモンスターと戦闘を行った場合、そのモンスターを問答無用で破壊する。当然、闇属性以外のモンスターが少ないであろう【インヴェルズ】に攻撃させないためには適当な対策だったのだろうが、それと定めた上でこの有様だ。

 更に、ホープを出せば世界を繋ぐ扉の構築が加速される可能性もある。他にいくらでも方法はあったのかもしれなくとも、城戸を追い詰めつつも――――という考えでは、これ以上の展開は考えられなかった。

 

「永続罠、《侵略の侵喰感染》を発動。モースをデッキに戻し、《インヴェルズの魔細胞》を手札に加える」

 

 他方、城戸は淡々と盤を進めていく。表出しつつある感情を切って捨てるかのように、あるいは、必死になってひた隠すように。

 

「……カードを2枚セットし、ターンエンド」

「ドロー。手札から《インヴェルズの魔細胞》を特殊召喚」

 

【 《インヴェルズの魔細胞》 攻 0 / 守 0 】

 

 地の底から湧き出す黒球。しばしもせずにそれは背甲の中ほどから翅を展開し、毒虫を思わせるその中身を露出させる。

 

「魔細胞をリリース。《インヴェルズ・ギラファ》をアドバンス召喚」

 

【 《インヴェルズ・ギラファ》 攻 2600 / 守 0 】

 

 魔細胞の肉体が、何らかの内圧によって弾け飛ぶ。

 周囲に飛散した破片は爆発的に増殖し、その質量を増大させ、新たな形状をこの場に映し出す。

 巨大な砲口と化した右腕、燐光の集う左手。長く、それでいて禍々しい造詣の尾は、彼らの暴食の証と言えようか。内臓のようにぬらぬらと光る関節部の橙は、その外見をより禍々しいものと認識させる。

 

「ギラファの効果を発動。アドバンス召喚に成功したとき、相手の場のカード1枚を選択し、墓地へ送る。また、その後――――ライフポイントを1000ポイント、回復する」

 

 地面に突き立てた左腕から燐光が迸り、周囲の闇が深まっていく。

 より明確なものとなった闇は、叶の場の伏せカード――――《強制終了》へと殺到し、その情報ごと全てを分解し、塵に還していく。

 また、それに伴って城戸のライフも1000ポイント回復した。これで、先程のモースの効果と差引ゼロ。2200に戻ることとなった。

 

「ダイレクトアタック」

 

 間髪入れずに発せられる直接攻撃の命令。叶はこれに対して、

 

「…………!」

 

 一切の抵抗を見せず、歯を食いしばってその直撃を迎えた。

 

「叶ちゃんッ!!」

 

 思わず、英人の口から声が漏れる。

 いくらアイオーンとの戦いで傷つき、それでも立って戦ったという実績があるとはいえ、まだ叶は十五にも満たない歳の子供だ。何度も、何度も――――現実に作用するほどの衝撃と痛みを受けて、無事でいるとも思えない。

 無事であってほしい、とは思う。しかし、それでも。かつて自分自身が想い、助けた張本人から攻撃を受けるとなれば……相当に、精神的に傷つくのではないか。

 拳をきつく握りしめる。今、彼らの間に入っていくことはできない。それができるのなら、こうも無力感に震えなどしてはいない。

 

「――――づ、ァッ!!」

 

 それでも。

 

 彼女は黒煙の中から再び立ち上がった。

 今度は、叶は世界を背負ってなどいない。勝たねば滅亡だなどということも無く、重圧も、責任も、義務だって何一つ持ち合わせてはいない。

 真岡叶は、ただの少女だ。ちょっとデュエルの腕が立って、少しだけ悪い境遇で暮らしていただけで、何一つ特別なものは無い。

 

「……何故、だ?」

 

 だから、心底分からないという風に、城戸は問いかけた。

 いや、実際には理解している。本能は、それを正しく捉えている。

 だが理性の部分は、何も理解していない。ただの女の子ならここで立ち上がることなどできないし、立ち上がるわけもない。

 城戸も病み上がりなれど、身体的には異常とも言うべき丈夫さを誇る。それに対して叶は、ずっと、痛みを恐れていたはずなのに。

 

「どうして立ち上がれる」

 

――――故に、問うた。

 

「そんなもの……!」

 

 痛いことは嫌いだ。傷つくことも、誰かが傷つくことも嫌いだ。

 それはきっと、叶の心の奥底に、心的外傷(トラウマ)として根付いていた恐れ。かつて父を喪ったときに芽生えた、誰かを失うことへの絶対的な恐怖。

 その事実は、叶自身も認識していた。未だにそれは深く、深く根付いているし、克服などできているわけもない。母と和解できたとて、その程度で克服できるのならばそもそも心的外傷(トラウマ)とは呼ばない。

 膿んで、腐って、切り落とす。きっと、克服しているというのはただ、感情が摩耗してしまっただけだ。慣れてしまって、鈍感になってしまっただけだ。

 その点、城戸はその好例と言えよう。あまりに大きな感情の発露は、彼の心を焼き切って感情をその時のままに留めてしまった。

 一方で、叶の心は未だ痛みを訴えている。傷つきたくないと、傷つけたくないと。それでもなお傷と向き合い、傷ついても立ち上がろうとするのか。

 

「傷つくことが怖くて、痛みを恐れて誰かを愛せるかッ!!」

 

――――故に、答えた。

 

「何故、そこで愛……ッ」

「分かんねえのかよこの頭でっかち! ここまでやっといて何故なんて聞いてんじゃねえ!」

 

 理性で本能を覆い隠し、徹底的に叩いて薄く延ばして切り刻んでいるような城戸だ。つい最近まで自分自身の感情を上手く整理できていなかったこともある。感情を擦りきらせたのが12の頃と考えれば、およそ8年。

――――彼の感情は小学生から一切成長していない。

 自分自身を正しく認識できていないとも、それは仕方のないことなのかもしれないが……行動原理に限っては城戸自身が理解できていないなど、ありえない。

 叶が叫んだとしても、それは自意識過剰と取られる可能性だってある。故に、第三者的な視点で彼らを見ていた英人の言葉がよく突き刺さる。

 

「さっき言ったな、叶ちゃんがアンタといるべきじゃねえって、他の誰でもなくアンタ自身が! ソイツは叶ちゃんのためを思っての言葉じゃねえのか!? 惚れたの腫れたの言う以前の問題で、『誰かのため』って献身も愛ってもんだろ、違うのか!? 叶ちゃんだってきっと同じだッ!」

「……何故……キミにそんなことが言える……ッ!」

 

 均整の取れた顔立ちが歪む。

 それは、英人の言葉が半ば図星であることの証左か。それとも、単に英人に対して疎ましさを感じているが故か。

 どちらにせよ、それは彼の感情の氷解を意味するものだった。未だかつて、彼が声を荒げることは一度たりとも無かったのだ。この言葉の応酬の中で僅かにでも感情を凍てつかせていたものが(ほど)けたのならば、それは明確な進歩ではないのか。

 

「そういうモンだろ……愛情友情恋情慕情……ああ、くそっ、何でもいいけど! アンタら揃いも揃って不器用で不格好で、言ってることもやってることも馬鹿馬鹿しいくらい似てんだよ! (オレ)から見りゃあどうしようもなく同じだ!」

 

 突き放すにせよ、自ら間合いに入り込むにせよ、それは同じく相手のことを想ってのことだ。

 距離を離すか、詰めるか。程度の違いはそれだけだ。それは、相手をどれだけか想っての判断だろう。

 疎ましく思われても、絶対に手を離すまいと決めたのが叶だった。

 どれだけ求められようとも、絶対に自分から突き放そうとしたのが城戸だった。

「相手を想って」というその一点を突き詰めれば、彼らの性質は全く同じだ。そこに隔たりも相違も無い。だから、英人は吼えた。ここで吼えなければならないと、そう断じて。

 

 口を閉ざし、城戸は言葉を発しない。

 

 気付けば、城戸のターンは終了していた。

 叶もまた、無言でデッキからカードを抜く。スタンバイフェイズには《ヴァイロン・マテリアル》が手札に加わる。

 

「……ナルセ」

 

 言葉と共に、手元でカードが操られていく。

 既に叶の場にモンスターはいない。一枚は、そうした召喚条件の上で現れるモンスター。

 濃紺の船体を露わにし、純白のマストをはためかす帆船だ。

 

【 《太陽風帆船(ソーラー・ウインドジャマー)》 攻 800 / 守 2400 】

 

 更に、《ヴァイロン・マター》が発動される。選択されたのは、三枚の装備魔法をデッキに戻してカードを1枚ドローする効果だ。

 戻されたカードは、先程使用した三枚。《静寂のロッド-ケースト》、《ヴァイロン・コンポーネント》、《ヴァイロン・セグメント》だ。

 基本的に叶のデッキに投入されているカードは、複数枚であることの方が少ない。汎用性の高い《ヴァイロン・プリズム》のようなカードならば話は別になるが、サーチ・サルベージの容易な装備魔法であるケーストなどは単体で投入されていた。

 

【 《ヴァイロン・キューブ》 攻 800 / 守 800 】

 

 そして、次いで召喚されるカード。《ヴァイロン・キューブ》の効果は、当の装備魔法をデッキからサーチする効果である。

 その外見は一見すればただの白金の「箱」だ。しかし、その内側に封じられた「何か」を特定することはできない。

 

「私はここにいたい。まだお前と一緒にいたい。やりたいことも、やるべきことも、まだまだあるからな」

 

 二体のモンスターによってシンクロが為され、レベル8のシンクロモンスターが場に顕現する。

 刃を思わせる鋭さを持った白銀の翼。日輪を思わせる黄金の円環は、そのモンスターの持つ神々しさを助長する。

 

【 《ヴァイロン・エプシロン》 攻 2800 / 守 1200 】

 

 そうして、ヴァイロン・キューブの効果により、「箱」の中身が叶の手に現れる。

《静寂のロッド-ケースト》。先に叶の利用したコンボの中核となるカードである。

 

「確かに、出会った頃は『なんだこの不愛想な男』くらいに思ってたさ。けど、どれだけか過ごすうちに、少なからず心は通じてたと、私は今でも思ってる」

 

 続けざまに効果が処理されていく。エプシロンへケーストが装備され、更にその上から《ヴァイロン・マテリアル》が装備され、これも破壊される。加えてここで、《ヴァイロン・エレメント》の効果によって「ヴァイロン」のチューナーが叶の場に現れる。

 

【 《ヴァイロン・スフィア》 攻 400 / 守 400 】

 

 マテリアルの効果は依然として有効だ。次いでデッキから手札に加えられたのは、《ヴァイロン・フィラメント》。これも同じように装備され――――破壊される。再度、同じようにモンスターが現れた。

 

【 《ヴァイロン・スフィア》 攻 400 / 守 400 】

 

 サーチするカードは、《ヴァイロン・セグメント》である。次いでこれを装備することは、しなかった。

 既に場は整っている。これ以上の展開に、あまり意味は無い。

 

「お前の境遇を聞いて、自分と少しだけ重ねて……私も自分のことを語ったな。どっちも大好きなひとが死んでしまって、やり場のない感情(もの)を抱えて……だから、少しだけ。

――――少しだけ、考えてることは分かるんだ」

 

 分かっていなければならないし、分かってやらなければ他に誰が分かってあげられようか?

 強迫観念じみた思考なれど、それは同情というよりもより深い同調に近い。だから、叶は誰よりも城戸のことを理解する。彼の僅かな表情の変化も解すことができ、感情の揺れを感じ取れていた。

 だから、今でも城戸のことは分かる。しかし、それはあくまで一端のことで、本質に触れられることは無い。

 

――――だけど。

 

「だけど、本心までは分からない。胸の奥底で何を考えているのか……なんて、分からない。お母さんと話したときだってそうだ。私は子供で、自分の中の尺度だけでそれを捉えようとするから、本質的には何も理解できない」

「……分からなくていい」

 

 未だに拒絶を口にする城戸へ、叶は首を横に振る。

 そんな独りよがりは、今ここで必要なものじゃない。

 

「私は納得が欲しいんだ。それはお前の本心からの行動なのか? それとも、未だ葛藤しているのか? それが分からなきゃ納得のしようもない」

 

 納得できるまで、絶対に自分はここから動いたりはしない。

 死んでも、殺されても。きっと動かないし、城戸の心からの言葉を聞かなければ何も納得することは無い。

 

――――だから、叫ぶ。

 

「言えッ!」

 

 自分の本心を。

 

「お前の理屈をッ!」

 

 ここにいる理由を。

 

「私を遠ざける理由をッ!!」

 

 でなければ。

 

「じゃないと……私は永遠にお前を赦さないッ!!」

 

 慟哭と共に、光が周囲を包み込んだ。

 二重の黄金の円環が、神聖なる観測者を囲い込む。分解と再構築の果てにそこに現れたのは、更なる威容だった。

 

【 《ヴァイロン・オメガ》 攻 3200 / 守 1900 】

 

 機械仕掛けの神が如き巨大な躯体。天の使いを模した鋼鉄の翼は、その一動作ごとに衝撃を放っていく。

 星の観測者(スターゲイザー)最終兵器(オメガ)。そこから放たれる光は、暴食の使徒たる侵略者を完膚なきまでに塵へと還していくこととなった。

 

「………………」

 

 真一文字に結ばれた唇が開かれる。

 その内側から発せられるのは、怒りか、それとも悲しみか。眉根が寄り、眉間に皺が入る。

 

「遠ざけたいわけが……ないだろう……!」

 

 それは、彼の心からの言葉だった。

 誰よりも近しい者を想うが故の葛藤に満ちた言葉だった。

 

「母を亡くした。父にも死なれた。祖父母はとうに先立っていたし、俺に寄る辺は無かった。死んだように生きてきて……そんな中で、この世界へと来た」

 

 最初は、何かやり直せるんじゃないかと思った。

 しかし、それは違った。場所が、世界が変わろうがどうしようもなく城戸は城戸で、何も変われない。

 何をするでもなくただ生きて、きっと、何も無ければ城戸はそのまま、生きているとも死んでいるともつかないような生活を送り、漫然と死に向かって進み続ける。そんな生き方をしていただろう。

 

――――もしも、彼女(・・)と出会えていなければ。

 

「お前は俺にとって太陽のような存在だ。叶が道を示してくれるから、俺はずっと歩いてこれた」

 

 だけど、と一つ前置いて、城戸は俯けていた顔を上げた。

 

「……父も、母も。俺に近しい人間は皆死んだ。お前まで失うのは……許容できない」

 

 考えてもみれば。

 城戸は天涯孤独とも言っていいような境遇のもと、暮らしてきた。その呪いとも言うべき寡黙さやコミュニケーション能力の欠如によって、友人も左程多くはいなかったことだろう。ともすれば、まったくの皆無であった可能性もある。

 そんな人間が、はじめてまともに……それも家族同然に過ごしてきた相手を、蔑にするわけもなく。

 喪失を知っているからこそ、彼は無意識下に自身の喪失を望み、誰かの喪失を厭う。自然なことで……故に、それは極端に過ぎる。

 

「私はここにいる」

「だが、いつかいなくなるかもしれない」

「その『いつか』も、まだ遠い先かもしれない」

 

 可能性で物事を語ってリスクだけを見積もり続ける。それも一つの考え方だろうが、いつまでもそうして平然としていられるほど、人間の精神は丈夫ではない。最悪を考えれば考えるほどにストレスは蓄積し、重圧に押しつぶされていく。

 だから人間は希望を見る。希望を抱き、信じる。たとえそれが絶望と表裏一体のものでも、前を向いて歩くにはそれが必要だ。

 城戸の目に冷たい光が宿る。それは単に胸の裡に燻る激情を形にしたというだけではない。

 叶にしてみれば、それは城戸の新たに発露し、蘇った感情を目にすることになるのだから。

 

「それでも俺は、叶を……俺にとっての光を、汚させたくない。濁らせたくない……!」

 

――――それこそが、本心。

 

「……いいや、汚させるものか。濁らせるものか、欠けさせるものか。絶対にこの輝きを曇らせないと誓ったッ!」

 

 だからこそ。

 

「俺は汚れている。腐っている。血も、心も、何もかもが……! だから俺は俺自身を最も嫌悪する! そんな人間の傍に、愛する人間を置いてなどおけるものかッ!!」

 

 母の窮状を知っていながらどうにもできない。そんな自分を嫌悪する。

 最愛の母を捨てた父の血が混じっている。そんな自分を嫌悪する。

 自身の手を汚すことを厭わない。そんな自分を嫌悪する。

 まともに感情を表すことさえできない。そんな自分を嫌悪する。

 愛する者に笑顔の一つも向けられない――――そんな自分を、憎悪する。

 

「だったらこれから変わればいいッ!!」

 

 ヴァイロン・オメガの周囲に、短い腕が突き出たかのような球体が浮かび上がる。先程、シンクロ素材となって墓地に送られたはずの《ヴァイロン・スフィア》だ。

 その効果は、墓地に送られた場合に500ポイントのライフを対価に、《ヴァイロン・スフィア》を装備カードとして自分の場のモンスターに装備させること。そして、装備された自身を墓地に送ることによって、墓地の装備魔法を代わりに装備できるというものだ。

 ここで発動するのが一つ目の効果。叶のライフから500が引かれ、残るライフポイントも500へと減じる。

 次いで、ヴァイロン・オメガの効果により、「墓地の『ヴァイロン』モンスター1体を装備する」効果が選択された。こちらで装備されるのは、《ヴァイロン・プリズム》だった。

 そしてスフィアの効果により、叶の墓地のヴァイロン・フィラメントが代わって装備される。

 陰陽……一対二つの勾玉のような形状の共鳴機。ヴァイロン・オメガの巨体からすればそれは極めて小さな楔のようでもあるが、それでも効果は絶大だ。

 

「私は少しでも変われた! 歩き出せた! お前だって変わろうと思えば変われるはずだッ!」

「変われないさ……変われない。この血を絞り出して入れ替えない限りは。腐った脳髄を挿げ替えでもしない限りは!」

「お前の血も、頭も、何一つ腐ってなどいない! ずっとお前の隣にいた私が保証してやる!」

「そんな保証が何のあてになるッ!」

「自分のことさえうまく理解できていないお前の自己評価よりは余程いい!」

 

 叶のターンが、終了する。

 今の段階では攻撃もままならない。たとえかれに勝利して見せたとしても、それを訣別の証として取られかねない現状では。

 

「俺は……ッ!」

 

 苦悶の表情のままに、城戸はカードを引き抜く。

 

「《手札抹殺》……!」

 

 次いで、残る3枚の手札から《手札抹殺》が選択され、発動した。

 城戸は二枚の手札、《インヴェルズ・ホーン》と《インヴェルズ・マディス》。叶は残った《ヴァイロン・セグメント》及び《巨大化》が墓地へ送られる。

 

「《未来への思い》を発動ッ!」

「……!」

 

 それは、叶も常用するカードの1枚だ。

 レベルの異なる三体のモンスターを墓地から特殊召喚する……このカードの効果以外で、エクシーズ召喚以外の特殊召喚は行えないが、それでも他のカードとコンボすることで、3体の素材を必要とするカードのエクシーズ召喚も容易なものになる。

 先程、城戸が墓地へ送ったカードはレベル9のインヴェルズ・ホーン。インヴェルズモンスターの多くはレベルが上手い具合に分かれており、《未来への思い》を投入する価値は十分にある。

 三体のモンスターが、闇の中から姿を現す。

 一つは、長大な触覚を持ち、蒼黒の宝珠を胸に埋めたモンスター……インヴェルズ・ホーン。

 一つは、両腕に巨大な鎌を持ち、青い地肌を覗かせる捕食者……インヴェルズ・マディス。

 そして、先にヴァイロン・オメガの効果によってその身を粒子へと帰したはずのインヴェルズ・ギラファである。

 いずれも高レベル・高攻撃力のモンスターには違いない。しかし、城戸の狙いは別のところにあると、叶には確信があった。

 

【 《インヴェルズ・マディス》 攻 2200 / 守 0 】

【 《インヴェルズ・ホーン》 攻 3000 / 守 0 】

【 《インヴェルズ・ギラファ》 攻 2600 / 守 0 】

 

「――――《星に願いを》。俺の場のモンスターの守備力は全て同じ『0』。よって、全てのモンスターのレベルをホーンと同じ『9』へ変更する」

 

 星が、三体のモンスターへとその輝きをもたらしていく。

 その光景は神聖な、あるいは神秘的なものとは程遠い邪悪なものだが、しかしてその背後、城戸自身の決意をも同時に感じられる、どこか奇怪なものだった。

 

――――来る。

 

 確信をもって、叶はそれを見据える。

 

「三体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――――エクシーズ召喚……ッ!

 《No.(ナンバーズ)92 偽骸神龍 Heart(ハート)eartH(アース) Dragon(ドラゴン)》ッ!!」

 

【 《No.(ナンバーズ)92 偽骸神龍 Heart(ハート)eartH(アース) Dragon(ドラゴン)》 攻 0 / 守 0 】

 

 瞬間、空間に開いた黒穴から、幾重、幾多にも連なる「骨」がその姿を現す。

 一塊の、一見すると巨大な建造物にさえ見えそうなその威容は、しかし次の瞬間には崩れ去り、周囲にヒトとも動物とも……果ては生物ともつかぬ骨を撒き散らす。

 墓所の如き様相を呈する場に、次の瞬間暗い光が灯った。

 それは、先程まで一塊となっていた「骨」の、かつての姿。無数の死霊だ。

 仄暗い光は周囲に散った残骸へと宿り、新たにその身を構成していく。長く、強く、大きく。遥か天へ届くほどに。

 その姿は東洋の伝承に残る「龍」に似た――――しかし、それでいて幽鬼の如き茫洋さを持った異形。全てを覆い隠し偽る、骸の神。

 城戸成瀬という青年の心の象徴――――。

 そうして……城戸のターンが、終了する。

 No.92の攻撃の権利は残っている。しかし、これでは実質その権利を捨てたようなものだ。

 召喚した意味が無い。壁としては十全たるモンスターだが、それだけだ。効果を無効にされれば意味も無い。

《未来への思い》によるダメージを回避する、それだけのことかと言えば……そういうわけでもないだろう。

 ふと、城戸が口を開いた。

 

「もう、嫌なんだ……」

 

 ぽつりと呟くその言葉には、苦痛が混じっていた。

 あるいは憤怒が。あるいは悲哀が。制御できない感情が溢れかえっていた。

 胸を掻き毟り、焦点の合わない目を叶へ向ける。彼の姿はひどく頼りなく、それでいて弱々しく。

 

「求める限り喪っていく。愛も、想いも、感情も……目的さえ。母も、父も、拠り所も。いつかきっと、叶さえ」

 

 それは、まるで子供が泣き言を言うようで。

 

「俺がここに来た理由は……その方が世界を破滅させるのに都合が良いからだと、アイオーンは言った。ならば俺がいるだけでこの世界には不都合で、マイナスで……結局、俺が俺自身に下した評価と同じなんだよ」

 

 それは、救いを求めるようで。

 

「ゴミのように生きてきた俺が何かを為せたか? 何ができた? 結局、あの時もお前に尻拭いを押し付けて、空回りし続けて……もう何も無いんだよ。俺には……何も」

 

 儚く、淡く……消え入りそうに。

 子供のような未成熟な感情を、大きすぎるが故に凝り固まった理性で抑えられずに。

 彼は、頬に涙を伝わせた。

 

 彼を庇護することのできる人間は、どこにもいない。

 母は死んだ。父はどうしようもなく、保護者となるべき立場の人間は皆ろくでもない。

 だから――――あの日まで、城戸成瀬は独りで生きてきた。

 誰も信じられず、己が心を固め、潰し。合理性という刃で身を固めながら。

 その実誰よりも誰かを求めて、誰よりも肯定されることを求めていながら。

 誰が彼を受け容れられただろう。そうすることのできる叶はあまりに幼く、故に彼女を庇護しなければならぬと、城戸の心は更に張りつめていた。

 それに気付かなかった叶もまた、咎められるべき部分はあるのかもしれない。城戸が壊れてしまうまでのあの日まで、叶は自分のこと以外を考えられなかったのだとしても。

 それでも今日まで、一番余裕があったのは叶だった。幼さを理由に他者を省みられず、故にこうなってしまうまで何もしていなかったことは事実だ。

 

「だから、幕を引いてくれ」

 

 彼は、どうしようもなく己の喪失を望んでいる。

 それが最後の救いなのだと言いたげに。

 だからこそ、その心の象徴とも呼ぶべき……城戸成瀬という人間を認めた「世界」の化身たる、No.92を出したのだ。

 この醜く虚しい殻ごと、殺せと。

 

「――――――――駄目だ」

 

 だから、そう返した。

 一歩、前へ進み出る。同時に、城戸の顔が近くなる。

 感情に歪み、感傷に爛れ、彼はとうに限界を迎えていた。

 救いを求めていた。終わりを望んでいた。

 それでも、その全てを拒絶する。

 

「死ぬことは救いじゃない。それがお前の本当の望みだと言うのなら……私は絶対にそれを許さない」

 

 城戸のターンはとうに終了している。叶はカードを引き、その一枚を城戸へと突きつけた。

 

「喪失を恐れることは間違っていない。私だって失うことは怖い。だけど、そこで立ち上がらなきゃ何もできやしない」

 

 ドローカード――――《ヴァイロン・スティグマ》。

 聖痕を意味する黄金の観測者が、叶の場に顕現する。

 

【 《ヴァイロン・スティグマ》 攻 1600 / 守 1000 】

 

「顔を上げろ。殻を破れ! 愚行を悔やむなら次に活かせ! 零れ落ちてしまう前に抱き締めてでも手放すなッ!」

 

 装備魔法、《レインボー・ヴェール》が発動する。

 七色の円環がヴァイロン・スティグマへと集い、その身に力を分け与えていく。

 更に、ヴァイロン・スティグマ自身の効果により、ヴァイロン・フィラメントの対象がスティグマへと移り変わった。

 黄金と虹の二重螺旋は叶が指さす先――――No.92の威容を捉えていく。

 

「《ヴァイロン・スティグマ》で、No.92を攻撃ッ!!」

 

 レインボー・ヴェールの効果は、装備モンスターが戦闘を行うバトルフェイズ中に、バトルの相手となるモンスターの効果を無効にすることだ。

 よって――――No.92の戦闘破壊耐性、及び戦闘ダメージの無効化は、発揮されない。

 また、ヴァイロン・フィラメントは、装備モンスターの攻撃時、ダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを封じる効果がある。

 残る1枚の伏せカード、それが何であろうとも城戸は抵抗できない。

 

――――更に一歩を踏み出す。

 

「《破壊指輪(リング)》を発動――――オメガを破壊して、互いに1000のダメージを受ける」

 

 既に叶のライフポイントは1000を切り、城戸も、1600のダメージを受けて残るライフは600。

 この時点で――――互いに、「勝ちも負けも無い」。

 その事実に気付いているのかいないのか、身じろぎひとつせずに城戸はただその場に佇み続ける。

 

 地に膝を突き、うなだれた城戸の姿は、小柄な叶から見てもひどく小さく見える。

 長い入院生活で痩せこけ、憔悴しきった彼からは、既に覇気も感じられない。

 哀れだ、と形容する者もいるだろう。愚かだ、と嘲笑う者もいるだろう。

 それでも一切の嘲りをその胸の裡に含まず、叶は更に足を踏み出した。城戸の眼前、手を伸ばせば触れ合えるような距離。ここまで来たなら、顔もよく見える。

 

「……立ち上がれないなら、私が傍にいる。絶対に離れない。倒れそうになったら抱き留めて、折れそうになったら繋ぎ止める。一人じゃない……ひとりにはしないから」

 

 手を、伸ばす。

 未だ涙の伝う頬へ、指が触れた。

 

「何もできなかったなんてことはない。私がここで生きてこられたのはおまえのおかげだろう? それに、私はナルセのおかげでお母さんと少しでも分かりあえた。それを空回りだなんて、卑下しないでくれ」

 

 ヴァイロン・オメガの巨体が、崩壊していく。

 その身を構成する黄金は粒子と化し、はらはらと、雪のように二人に向かって降り注ぐ。

 

――――いつか、こんな光景を見たような気がする。

 

 ふと、叶は過去を想起していた。

 父を喪ったその日、雪が降っていた。父の傷口から吹きだす血で、あの日の雪は赤く染まっていた。

 城戸を助けに来たあの日。黒い雪が降っているようだった。それは冥界に降るものなのか、あちら側に導かれる魂の僅かな輝きなのか。未だにそれは分からないが、場違いに「綺麗だ」などと思ったことは、未だに覚えている。

 そして、今。

 叶は、最も失いたくないものを抱き締めて、黄金の雪が降り注ぐ光景を見つめていた。

 

「……失うのが怖いなら、手を離さないで」

 

 穏やかに、叶は告げる。

 

「私も、失いたくない。だから……繋いだまま、この手は離さない」

 

 強く、彼を抱き寄せる。

 どんなに非力でも、そこに込められた感情に嘘偽りは無い。

 

「曇らせたくないなら、濁らせたくないなら、もっと自分を大事にして。ナルセが傷ついて私が喜ぶことなんて、無いから」

 

――――そうして。

 

 彼らを見守り、あるいはその前途を祈るようにして、アイオーンの機能が、停止した。

 あまりに長時間、高い負荷をかけていたせいだろうか。それとも、そこには何らかの意思が介在していたのか。

 どちらでもいいか、と城戸は瞼を落とした。

 ここで駆け抜けられなかった以上、もう、叶を元の世界に戻せるはずもない。

 体は酷い倦怠感に苛まれているが、それでも思考だけは妙に透明だった。

 

――――これから、どうしよう。

 

 まあ、考える時間はいくらでもある。

 だいたいにおいて今日、明日中にやるべきことというものも無く、しいて言えば封鎖区域に出入りした事情をセキュリティに聞かれ、脱走したことに関して病院から咎められる程度のものだ。

 時間は、いくらでもある。

 世界を旅してみたりするのも選択の一つだろう。大会に出るのもいい。より安全に元の世界に戻る方法を探して、皆で戻るというのも悪くない。

 贅沢な悩みだ、と城戸は微笑みを浮かべる。

 

「―――――おっつかーれちゃん」

 

 と。

 考えに耽る中で、出入り口から声が響いた。

 どこか軽薄で飄々とした、高音域の声。この場にいる人間は、幾度と無く聞いた声。

 

――――そして、この件においては黒幕とも呼ぶべき人物。

 

「喜」の感情の欠片も感じられぬ笑みを浮かべて、深宮才華はそこに立っていた。

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