決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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22.想い(affection)

 先程のような穏やかさは鳴りを潜め、代わって獣のように獰猛な瞳が才華を射抜く。

 

「邪魔だと?」

「そ。すっごい……邪魔。本当ならキミにはここで消えてもらう予定だったんだけどなぁ」

 

 あーあ。と、才華は軽く嘆息して見せた。

 今日、ここで消える……つまりは送還される。城戸が叶を送還しなければならないという強迫観念に駆られていたことは事実だが、そうなると、つまり。

 

「……この件、貴様の差し金か」

 

 真実に到達するのは容易だ。

 元より叶が聡いということもある。このタイミングで現れたことといい、才華には怪しむべき点が多すぎる。

 

「どこまでだ」

「?」

「どこからどこまでが貴様の手の内だった? この件が想定外なのは見れば分かる。だがアイオーンの件や……そもそもこの世界に来たことに関しても、もしかするとという疑念が拭えん。何せファーストジャンパーは貴様だ。どこまで、何をしていたか……想像もつかん」

 

 可能性という点で言うなら、才華はどこまでもこの世界にやって来てからの事件に関与している可能性がある。

 一度死したことでさえ、計算の中。到底信じたくないことでさえもやってのけていた可能性だってある。

 底知れない人間という意味で言うなら、城戸を超えて才華が最も底知れない。単独行動も多かった彼女だ。何をしていてもおかしくはない。

 

「……そうだねぇ。例えば、今回の件。唆したのはボクだ。ま、でも元からの素養があるわけだし、いずれはやらかしてたんじゃないかな」

「そうやって自己正当化を……!」

「そのくらい図太くないと生きてけないよ。で、どこまで……って言われてもちょっと難しい。でも、アイオーン(そこのガラクタ)が制御不能になるギリギリ手前まではここに来てはいたかな。それが、キミたちと出会ったあの日の……だいたい二、三週間前」

「はぁ!?」

 

 驚愕に英人が目を見開く。そういえばいたなお前と才華が冷たい目を向けるが、英人は意に介さない。

 

「どういうことだよ!? それじゃあ、まるで俺たちが意図的に集められたみたいじゃ……」

「自惚れんなよヒーローバカ。ボクが求めてんのは、今過去未来どの時間軸でも城戸成瀬ただ一人だ。お前らが来たのはあくまで偶然。アイオーン(ガラクタ)が勝手に召喚してんだよ」

 

 それでも数か月かかった、と才華はひとりごちる。

 

「その後はほぼ即興のアドリブ。まあ……ある程度、思考を誘導してた部分はあるけどね。でも、それだけさ。もっとも……今になって考えてみれば、もっと介入すべきだったけどさ」

 

 例えばそれは、真岡叶に対して。

 これまで、才華は自身の行動の隠蔽のため、積極的に表舞台へと上がることは無かった。

 ダークシグナーの事件に際しても真っ先に冥界の王の贄となり、叶と接触する機会を失い続けていた。それを思えば……ということなのだろう。

 

「……合点がいった」

 

 対して、今の今まで口を閉ざしていた城戸が、立ちあがって告げる。

 

「ああも世界の成り立ちと構成に詳しかった理由は……アイオーンからデータを引き出していたからか」

「ま、そういうこと」

 

 でもなければ、あのように妄言じみた……それでも、どこか核心に迫った情報など、得られるはずもない。それが真実であると理解していない限りは。

 機械は嘘をつかない。嘘の情報が最初から入力されていない限りは、という前提はあるが……この場で調べた情報が嘘であるとは、到底思えない。

 ナンバーズに関してもこの場所で情報を得たのだろうと、城戸は納得した。

 とはいえ、納得を得たからと言って、それが何になるとも言えはしない。

 

「貴様の目的は?」

 

 城戸が問うよりも先に、叶が口火を切った。

 とはいえ、彼女の顔からは疑問や疑念といったものは感じられない。どちらかと言えば、確認に近いだろうか。

 ここに至るまでに、深宮才華の目的は一度頓挫した。叶が消える……元の世界へ戻ることがそうだと言うのなら、確実にそうだと言える。

 当然、ここに来て姿を現したことに理由が無いわけがない。

 

「んー……なんつーのかなぁ。ホントはキミがいなくなりゃそれで万事解決なんだけどさぁ。こっから先、ほら。離れ離れになんてできそうにないじゃん」

「当然だ」

 

 断言する。

 元よりそのつもりは無いし、和解した今となっては尚更だ。手を離さないと、互いに誓い合った以上は。

 一方で、思う。あの時、城戸と叶が離れ離れになっていたら? と。

 叶に関しては才華の目的に入っていない以上は省くにしても、恐らく、城戸は感情を取り戻せずに今以上にふさぎ込むことだろう。目的も失い、誰に受け入れられるともなくただ生きて、死んでいく。それはまるで、「生活」というルーチンワークをこなし続ける機械のようで。

 

(……それとも)

 

 人形、とも例えられるだろうか。

 少なくとも有機的なものとは思えない。

 

「貴様、自分の思い通りになる『人形』でも欲しいのか?」

「ボクはただ、自分だけの(・・・・・)陽だまりが欲しいんだよ。そこに『誰か』はいらない、ただそれだけのことさ」

 

「陽だまり」という柔らかな言葉とは裏腹に、彼女の態度はあまりに悪辣で剣呑だ。

 それはやはり、彼女が叶とはどうあっても相容れないということを暗示しているようだった。

 

「モテモテだな」

 

 どこか皮肉げに、あるいは同情するように、英人は城戸へ言葉を投げた。

 

「代わりたいか?」

「……勘弁」

 

 対して、うんざりとした調子で城戸はそれに返した。

 実際、城戸と同じ境遇に置かれて胃を痛めない自信は英人には無い。ああまで強く想われるということには憧れはするものの。

 

「で、だよ。何で深宮さんはアンタにあんな執着してんだ?」

「分からない」

 

 だが。

 

「……推測は、できる……かも、しれない」

 

 それはあくまで推測だ。こちらに来るまでに殆ど関わりの無かった彼女のことなど知るはずもない。

 ただ……ある程度、核心めいたものは、城戸の中にもあった。

 人の心というものを考察に乗せ、その上で合理的に思考する。城戸のこれまでの行動や、感情の動き。加えて、「深宮」の家そのものさえ勘定に入れて考える。

 

「あるとすれば……それこそ、君の言うような、人間の汚さ(・・・・・)……だろうか」

「……汚さ、って。そんなの、誰だって少しは持ってるもんじゃ……」

「そう。身近な誰かのために手を汚したりすることは往々にしてある。利己的になることも……それこそ、誰にでもありうることだ。だが、」

 

 深宮の家の人間は、度を越して利己的になってしまった。

 それはただ一度のことだったのかもしれないが……それでも、それを自覚してしまった彼女はどう思うだろうか?

 城戸はあくまで親族で、その事件以来中学を卒業するまで、滞在はしていたものの関係は薄く、高校に入った時点で縁は切れていた。

 しかし、才華は「深宮」の直系だ。城戸よりも遥かに若く、大人の庇護を必要としていた当時の彼女に、家から逃れる術は無かった。

 汚い人間の(さが)を延々と見せられ、その中で育った彼女が見出す逃げ道――――それを考えれば、対象は自然と絞り込める。

 

「……自意識の希薄な人間(・・・・・・・・・)ならば」

「!」

 

 それは例えば赤子でも構わない。自意識を伴わず、感情が希薄で合理的で。

――――例えば、最も近くにいた……深宮の家の被害者。復讐という安易な手段を選択しえず、その上でどこまでも壊れ果てた人間であるなら、それが最も都合がいいのではないか。

 

「………………」

 

 あくまでそれは推察だ。泰然として語らない才華の頭の中身を読んだわけでもない。

 まして、城戸はこの日に至るまで才華との接触を避けて過ごしてきた。正答に掠りすらしていないという可能性もあるが、

 

「…………はッ」

 

 どこか諦めにも似たようなその表情は、城戸の言葉が少なからず正しいのだということを匂わせていた。

 もっとも、それがどこまで(・・・・)正しいのかは、彼女の表情からは読み取れない。

 

「もう、ここまで来たら議論なんて意味ないだろ。だから――――さァ。とっととデュエル(こっち)でケリ付けようぜ」

 

 と、才華は左腕に装着していたデュエルディスクを起動する。

 

「いーよな、この世界ってさァ。特別な才能も出自も必要なく、勝ちさえすりゃ自分(テメェ)の意見を相手に押し付けられるんだから。簡単で――――すっげぇ、やりやすいよ」

「いいや、難しいよ。人の心がそこに介在している以上はな」

 

 対して、叶はまっすぐに才華の目を射抜いて答えた。

 叶自身、つい先ほど身をもってそれを証明したのだ。たとえ負けたとしても、そこに「納得」が存在しない限り人は永遠に屈しない。

 

「だが、この勝負は受けてやる。でなければ貴様も納得しまい」

 

 だからこそ、人は叫ぶ。

 己の感情を曲げず、正直に。その先に自分の望むものがあると信じているから。

 

 叶は、城戸に手を差し伸べた。

 

「――――悪いが、あのデッキを貸してくれ」

「……解った」

 

 多くは語らず、城戸はそれに応えた。

「あの」デッキと言われ、即座に理解したことには一応の理由がある。城戸の扱うデッキは【スクラップ】と【ジェムナイト】、【インヴェルズ】の三種類だ。叶の言うデッキとは、そのいずれとも異なる、未だ外部で使用されないデッキだ。

 一度……アイオーンの事件の際に、力を借りた。城戸もその事実は知っている。

 

――――だから、もう一度。

 

 デッキから幾枚かのカードを抜き出し、代わって数枚のカードを仕込み入れる。一、二枚ほど本来より多くなってしまったが、これはこれで仕方がない。

 才華に勝利する。その上で、自身の感情をぶつける――――そのためには、許容すべき無駄だった。

 加えて、幾枚かのエクストラデッキのカードが叶へと手渡される。

 そして、代わって一枚の黒いカードが城戸の手に置かれた。

 

「これは?」

「最後のピースだ。あの時、アレ(・・)は私の感情に反応していた。だから、」

 

 それは、この場所で行われた決戦の記憶。

 最後の、最後。あの勝負の幕引きとして用いられた一枚のカード。

 

「今のお前なら、完成させられる」

 

 CNo.39(ホープレイ)を掲げて、叶はそう断言した。

 

「待たせたな。さあ、始めよう」

「見せつけてんじゃねーよッ!」

 

 ディスクから電子の窓が飛び出し、互いを対戦相手としてロックする。

 情報が錯綜し、フィールドが組み上がる。幾重に走る電子のラインが、二人の情報を繋ぎ止める。

 そして、先攻として指定されたのは――――叶だった。

 

「私のターンッ!」

 

 カードを引き抜き、脳内で戦術を組み立てていく。

 城戸から借りたこのデッキは、少々癖が強い。その分、使いこなせるなら相応の力を発揮するが、果たして今の叶にどうにかできるのか。

 

(……迷うな!)

 

 迷いは意思の乱れだ。意思が乱れれば、敗北に直結することになる。

 叶は、叩きつけるようにしてモンスターゾーンへカードを置いた。

 

「《ヴェルズ・カストル》を召喚!」

 

【 《ヴェルズ・カストル》 攻 1750 / 守 550 】

 

 姿を現すのは、半身を闇に染めた残骸の騎士だ。

「彼」の左半身のみを侵食する闇の合間からは、僅かに星の光が見え隠れする。それは、かつての姿を示すものか。

 

「ヴェルズ……当て擦りか、お前ッ!」

「カストルの召喚に成功したこのターン、私は更に『ヴェルズ』モンスターの召喚権を得る。《ヴェルズ・カイトス》を召喚!」

 

 才華の怒りさえ意に介さず、叶は更にモンスターを召喚する。

 

【 《ヴェルズ・カイトス》 攻 1750 / 守 1050 】

 

 深い闇の底から、鱗に覆われた腕を伸ばして這い出す者。

 その身を覆う衣さえも闇に浸されたかのように禍々しく、「それ」が深き闇の底から現れたことを連想させる。

 

「二体のレベル4『ヴェルズ』モンスターでオーバーレイ! 現れろ、《ヴェルズ・オピオン》ッ!!」

 

 二体のモンスターが身体を黒い星へと変え、地に穿たれた穿孔へと飛び込んでいく。

 吹き出す闇の中から姿を現すのは、その身を構成する結晶体を深い闇に染めた破壊の龍。混沌と虚無の中を這い回る侵略の神だ。

 

【 《ヴェルズ・オピオン》 攻 2550 / 守 1650 】

 

「オピオン……ッ!」

 

 忌々しげに、才華は舌打ちした。

 彼女の眼前に座す巨体、ヴェルズ・オピオンの効果は、「(エクシーズ)素材を持っている限りレベル5以上のモンスターの特殊召喚を封じる」こと。才華の持つデッキは、【墓守】にせよ【暗黒界】にせよ、最終的には高ランクエクシーズモンスターを召喚するために組まれたデッキだ。高ランクのエクシーズモンスターをエクシーズ召喚するには、当然、高レベルのモンスターを展開しなければならない。

 大量展開には、当然特殊召喚こそが肝要となる。一方で、【ヴェルズ】デッキの大半を占めるのはレベル4モンスターだ。オピオンがいる限り、才華は不利になる一方である。

 

「オピオンの効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、デッキから『侵略の』魔法・罠カード1枚を手札に加えられる。私は《侵略の侵喰感染》を手札に加える」

 

 闇に侵されたオピオンの羽が抜け落ち、粉となって砕け散った。

 直後、闇に導かれるようにして叶の手に一枚のカードが加わる。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「……ドロー!」

 

 才華の目から迸る敵意は、一切衰えることが無い。

 故に、叶の役割とはその意思を挫くことだ。折り砕き、もう一度正しい方向へと向かせる。そうしてはじめて、叶は才華に勝利したと言える。

 逆に言えば、彼女の敵意……既に殺意とも言えるそれが衰えない限り、勝利とは言えない。

 

「《暗黒界の取引》を発動。カードをドローし、ベージを墓地へ捨てる!」

「……《ヴェルズ・ヘリオロープ》を捨てる」

 

 二人がカードを捨てる。それに伴って、才華の眼前で闇が渦巻き、その中心から軍勢の尖兵がその姿を現す。

 

【 《暗黒界の尖兵 ベージ》 攻 1600 / 守 1300 】

 

 そのレベルは4。オピオンの効果によって特殊召喚が制限されることは無い。

 

「更に、《暗黒界の狂王 ブロン》を召喚……!」

 

【 《暗黒界の狂王 ブロン》 攻 1800 / 守 400 】

 

 次いで、才華の場にもう一体の悪魔が姿を現す。

 彼の身を覆う外骨格は、青錆にも似た色彩を持つっている。全身を縛る鎖は、その凶器に浸された精神を戒めるためのものか。

 少なくとも正気とは思えぬその歪んだ顔は、なぜかまっすぐに叶へと向けられていた。

 

「レベル5以上がダメでも、ランク4ならどうにでもなる! 二体のレベル4モンスターでオーバーレイッ!」

 

 空間に穿たれた孔に、二体のモンスターの肉体が変じた黒星が飛び込んでいく。

 直後、吹き出したのは――――水だ。

 幻想の瀑布が一体のモンスターを呼び起こし、導き出す。

 

「来いよ、No.(ナンバーズ)101ィ!!」

「オーバーハンドレッドだとォッ!?」

 

【 《No.(ナンバーズ)101 S(サイレント)H(オナーズ)Ark(アーク) Knight(ナイト)》 攻 2100 / 守 1000 】

 

 白銀の船体。幾多の魂を背負う箱舟が、そこに降臨した。

 

「コイツの効果は知っての通り! アークナイトの効果、発動! オーバーレイ・ユニットを二つ取り除くことで、特殊召喚された攻撃表示のモンスター(ヴェルズ・オピオン)を、オーバーレイ・ユニットとして吸収する!」

「させん! 《デモンズ・チェーン》発動ッ! アークナイトの効果は無効だ!」

 

 空間の歪みから放たれた幾多の鎖。錨のように深く、強く箱舟に絡みついたそれは、No.(ナンバーズ)101の船体に走る真紅の流体から放たれる波動を瞬時に抑制してみせた。

 この時点で、才華のデッキはほぼ看破されたと見てもよい。

 ブロンが投入されている時点でまず【墓守】とその派生は無いと見てもいい。手札に捨てるべきカードが存在しない場合、ブロンは殆ど効果の無いモンスターと同義だ。それと比べれば、才華の使用していた「墓守」モンスターの中でも汎用性が高く、エクシーズにも有用な《墓守の偵察者》を投入した方がより手堅い。

 そう(・・)しない理由はと言えば、やはり彼女の現在のデッキが純粋な【暗黒界】であるから、だろうか。

 対して、才華は既に叶に自身のデッキが看破されたことに気がついてはいることだろう。だからこそ、もう隠す必要も無く、

 

「《暗黒界の門》を発動」

 

 想定される中で、叶が最も警戒するべきカードを発動した。

 (フィールド)が書き換えられていく。

 機械と瓦礫に囲まれたサーバールームから、暗雲の蠢く荒地へと変ずる。

 気付けば、才華の背後には、一軒家程度なら軽く越してしまいそうなほどに巨大な扉が屹立していた。

 

「門の効果により、墓地のブロンを除外し……《暗黒界の龍神 グラファ》を墓地へ!」

 

 暗黒界の門が、僅かにその扉を開く。

 そこから招き入れるのは、才華の放り投げたグラファのカードだ。

 扉と扉の僅かな隙間から入り込んだそれは、多量の闇を呼び寄せる。

 才華の手に僅かな恩恵をもたらしたその一方で、叶へ破壊を呼ぶそれを見て、しかし彼女は一切動じることなく、

 

伏せ(リバース)カード発動!」

「はッ……この状況、侵喰感染を使ったってどうしようも無いッ!」

 

 そう。

 十中八九、叶が伏せたカードは《侵略の侵喰感染》だ。既に《デモンズ・チェーン》が発動された現状、残る可能性はそれ以外に思い浮ばない。

 ……あくまでそれは、叶が《侵略の侵喰感染》を伏せていたら(・・・・・・)だが。

 

伏せていると思ったか(・・・・・・・・・・)? 私は、《エクシーズ・ユニバース》を発動する!」

「な……あ……!?」

 

 それは、まるきり想定外の一撃だった。

 

「ランク4のアークナイト、オピオンを墓地へ! そしてこの二体のランクの合計……ランク8、《神竜騎士フェルグラント》を特殊召喚するッ!」

 

【 《神竜騎士フェルグラント》 攻 2800 / 守 1800 】

 

 場に鎮座する二体のモンスターのその中間、フィールドの中央に、突如として強大な重力が発生する。

 崩壊した磁場は箱舟と邪龍を呑み込み、代わって新たな騎士をこの場に導く。

 竜を模した、白金の鎧に身を包む戦士。その身から迸る波動は、その身に纏う鎧の原型となった竜の力を想起させる。

 

「チッ……だったら、カードを伏せてエンドだ」

「私のターン!」

 

 この局面に至ってしまえば、あとは攻め続けるだけだ。

 問題は才華が仕掛けている罠だが、あえて踏みに行くことも、ある種の選択だろうか。

 むしろ、それは叶が優位に立っている今でなければできないことだ。

 だからこそ、ここは――――攻める。

 

「《ヴェルズ・ケルキオン》を召喚!」

 

【 《ヴェルズ・ケルキオン》 攻 1600 / 守 1550 】

 

 叶がカードを叩きつけると同時、場に二本の杖が顕現する。

 一本は、先端に不可思議な文様の鏡面を接続した――――氷結界の秘宝。

 もう一本は、へびつかい座を模したのであろう「うねり、絡み合う蛇」を象った杖だ。

 二本の杖の交差するその中心から闇が溢れ、光が降り注ぐ。そうして場に姿を現したのは、両極の力をその身に宿した者だった。

 

「ケルキオンの効果発動! 墓地のカイトスを除外し、カストルを手札に加える!」

 

 ケルキオンの左手に掲げる(メルクリウス)の杖が輝き、叶の下へとカードを届けていく。

 受け取り、叶は軽く思案するように手札と比べ見た。

 

「更に、《闇の誘惑》を発動。カードを二枚ドローし、手札の闇属性……手札に加えたカストルを除外する。そして、ケルキオンの効果により《ヴェルズ・オ・ウィスプ》を召喚!」

 

 更に、ケルキオンの左手の杖が閃光を放つ。

 叶の前方に走る光の軌跡(ライン)は、まるで彼女の手札のモンスターを誘うようだった。

 そして、導きに応じて青く、黒い火炎が叶の場に姿を現す。

 

【 《ヴェルズ・オ・ウィスプ》 攻 450 / 守 2050 】

 

 これで――――彼女の場に、二体のレベル4モンスターが揃った。

 

「……行け」

 

 ふと、城戸は昂揚に身を任せてそんなことを呟いていた。

 応えるように、叶は腕を振り上げ、叫ぶ。

 

「――――レベル4、ケルキオンとウィスプでオーバーレイ! 現れろ、《No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ》ッ!!」

 

 一対の黒い星の輝きが、空間を穿つ孔へと飲み込まれていく。

 直後、閃光が迸る。目を焼くかのような熾烈な光の中、新たに姿を現すものがあった。

 天を衝くかのごとき塔。あるいは……剣。

 割り開いたその外殻は翼となり、柄の役割を担っていたそれは、そのまま鋼鉄の剣へと姿を変える。

 

【 《No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ》 攻 2500 / 守 2000 】

 

「私の場に二体のエクシーズモンスターが揃ったことで、《エクシーズ・ギフト》を発動! ホープとフェルグラントのユニットを一つずつ取り除き、カードを2枚ドローする!」

 

 フェルグラントの持つモンスター効果の無効化は有用だが、《暗黒界の門》が存在しており、なおかつグラファが墓地に存在する現状、オーバーレイ・ユニットを保持し続けていてもあまり意味は無い。元々、「暗黒界」モンスターの多くは墓地で効果が発動するということもある。それならば、手札を増強した方がよりやりやすいと、叶は感じていた。

 一方で、問題も無いわけではない。

《神竜騎士フェルグラント》は、ランク8の中でも汎用性の高いカードだ。とはいえランク4を多用する【ヴェルズ】とは、いささか相性が悪い。殆ど《エクシーズ・ユニバース》専用のカードと化していると言ってもいいが、だからこそフェルグラントではなく、4500の攻撃力を有す《|超銀河眼の光子龍《ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン》》を投入しておくべきだとここに来て後悔に至った。

 才華の伏せカードが、何の意味も無いカードであるわけがない。先攻2ターン目で敗北するなど……それこそ、彼女自身が許さないことだろう。

 ならば、あの伏せカードは、

 

「……ホープで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「させねーよ! 《暗黒界に続く結界通路》発動! 墓地のグラファを特殊召喚する!」

 

 やはり――――攻撃を防ぐ一枚。

「門」から生じる闇の波動が、竜骨の王を呼び覚ます。

 黒く、細く、空間に生じた裂け目を割り開き、黒鉄の龍神がその姿を現した。

 

【 《暗黒界の龍神 グラファ》 攻 2700 / 守 1800 】

 

 その攻撃力は、《暗黒界の門》の効果によって3000にまで上昇している。ホープは勿論、フェルグラントでさえそれには及ばない。

 よって、叶は攻撃を中断せざるを得ない。

 

「……2枚セット。これでターンエンドだ」

「ドロー!」

 

 才華と戦うのに必要なのは、短期決戦であると叶は考えている。

 というのも、基本的に才華のデッキは墓地が肥えれば高ランクのカードが容易に現れるような構築になっているからだ。No.(ナンバーズ)22は元より、現在はエクシーズモンスターへのメタであるNo.(ナンバーズ)15――――ジャイアントキラー。加えて、ジャイアントレーナーやそれこそ叶の使ったフェルグラントなど出されようものなら、苦戦は必至。敗北も……可能性としては、十分にありうる。

 元々、【ヴェルズ】にとって墓地肥やしがあまり旨味と言えないこともある。《手札抹殺》のような手札交換を使われても、必要なカードを叩き落とされたものと同様の状況に陥ることもある。

 

「――――だからこそ」

 

 だからこそ、才華はそこを狙う。

 

「《手札抹殺》! 全部捨てちまえよぉッ!」

 

 ああ、そしてだからこそ――――

 

「ああ、捨ててやるともさ」

 

 不敵に笑うその表情に、焦りの色は一切無い。

 そうして、叶の捨てられた手札が開示される。

 

「……『ホーン』ッ!?」

「《インヴェルズ・ホーン》、《ヴェルズ・ゴーレム》、《ヴェルズ・アザトホース》……以上三枚。確かに捨てたぞ」

 

 確かに、そのカードは紛れも無く「ヴェルズ」の一枚だ。しかし、一方でその効果は「インヴェルズ」専用のもの。「ヴェルズ」モンスターを多用し、ランク4……特に《ヴェルズ・オピオン》といったカードによって制圧する【ヴェルズ】には適していないカードのはずだ。

 また、《ヴェルズ・ゴーレム》も、才華との戦いにおいては優先して抜いておいて然るべきもののはずである。「闇属性以外の」レベル5以上のモンスターに該当するカードは、才華のデッキには皆無と言ってもいいからだ。

 だからこそ、虚を突ける。

 だからこそ――――揃った(・・・)

 

「……ボクが捨てるのは『スノウ』『セルリ』『ラチナ』の三枚だ」

 

 直後、叶の場に闇が渦巻く。

 現れたのは、一本の杖を持った、小柄な老人のような悪魔だ。

 はためかす青のマントは、ヒロイックな印象よりも奇怪な印象を人に与えることだろう。実際、そのモンスターは戦士ではなく「導師」。暗黒界における「魔術」を統括する存在であると言えようか。

 

【 《暗黒界の導師 セルリ》 攻 100 / 守 300 】

 

「スノウの効果により、デッキから《暗黒界の鬼神 ケルト》を手札に加える」

 

 次いで、雪のように緩やかに、才華の手にカードが渡った。

 間髪置かず、才華の場に巨大な影が現れる。

 その全身から迸るのは、白銀の輝き。鎧のように彼の全身を覆う外殻は、他の暗黒界に属する住人と異なり堅固であることに重きを置いた構成となっている。

 

【 《暗黒界の闘神 ラチナ》 攻 1500 / 守 2400 】

 

「さぁて、セルリの効果発動! 相手の場に現れたセルリは、ボクの手札一枚を捨てさせる効果を持つ。当然――――ここで捨てるのは『ケルト』!」

 

 セルリの杖の先端に配された宝玉が暗い輝きを放ち、才華の手札を焼く。

 その中にあって、しかし才華が動じることは無い。

 地中から、腕が伸びる。その腕の外殻は、あらゆる光を透過する「無色透明」。頭頂の二本角、背部の骨格……その悪魔の持つ全ては、何者にも視認を許さぬ無色であった。

 

【 《暗黒界の鬼神 ケルト》 攻 2400 / 守 0 】

 

「ケルトが相手の効果で捨てられたとき、デッキから悪魔族モンスターをリクルートできる。グラファを特殊召喚!」

 

【 《暗黒界の龍神 グラファ》 攻 2700 / 守 1800 】

 

 続いて、二体目の龍神がその姿を現す。

 これで――――才華の場はほぼ、整ったと言えようか。

 

「レベル6、ラチナとケルトでオーバーレイ! 続いて二体のグラファでオーバーレイ!」

 

 四つの黒い星が――――二つは天へ。二つは空間の裂け目へ、それぞれ飲み込まれてゆく。

 一つはランク6。一つはランク8。こうした大量展開からの超大型モンスターの召喚は彼女の常套手段だが、故に召喚されるモンスターも特定は容易い。

 しかし、特定が容易いからこそ、叶にとってこの状況は相当の苦難だった。

 

「現れろ、《フォトン・ストリーク・バウンサー》! 《No.(ナンバーズ)22 不乱健》ッ!!」

 

 大気に漂う光の粒子が、渦を巻いて新たに形を成す。

 紅の鎧と、輝きを放つ文字通り「光」によって構成された肉体。

 獣の如き凶暴性を剥き出しに、それは叶の眼前に立ち上がる。

 

【 《フォトン・ストリーク・バウンサー》 攻 2700 / 守 2000 】

 

 更に、中空に幾重にも雁字搦めにされたかのような漆黒の布の塊が現れる。

 見る間に、その「布」からは腕が――――肉体が構成され、人造の生命が姿を現した。

 

【 《No.(ナンバーズ)22 不乱健》 攻 4500 / 守 1000 】

 

「マズい!」

 

 その様子を見て、英人が叫びを上げる。

《フォトン・ストリーク・バウンサー》は、フィールドで発動するモンスターの効果を無効とする。その効果は多くのカードの発動が許されないダメージステップにでも発動可能で、当然ながらホープの攻撃無効さえ無効としてしまう。

 ホープの効果が無効化されてしまえば、暗黒界の門によって強化されているとはいえ400の攻撃力しか持たないセルリが、4500もの攻撃力を誇る不乱健に攻撃され、叶の敗北が確定してしまう。

 

「不乱健で攻撃――――これで終わりだ、クソガキがッ!!」

「………………」

 

 才華の咆哮に対し、しかし叶は一笑に伏して応えた。

 巨人の拳が導師を捉え、その身を塵へと還していく。圧倒的な破壊の奔流の中、それでも叶は焦りを見せることは無い。

 

「――――貴様とて『クソガキ』だろうが、偏執狂(パラノイア)

 

――――衝撃は。

 叶へと伝わらない。

 

「《ガード・ブロック》を発動した。不乱健の効果はダメージステップでは発動しない!」

「……お前ェ……!」

 

 余裕を持ってカードを引く叶に対し、才華の表情は鬼気迫るものだ。

 ひどく狼狽するその様子は、図星を突かれたことによる苛立ちだろうか。どちらにせよ、と叶は続けての攻撃を待つ。

 残る一枚のカードは攻撃に対して意味を持たないカードだ。加え、ストリーク・バウンサーの効果は現状では如何ともし難い。ホープの効果を使っても、余計に1000のダメージを食うだけで対処のしようが無いのだ。

 

「バウンサーでホープを攻撃……!」

 

 攻撃は素通しとなる。

 剣はその拳によって砕かれ、肉体は噛み砕かれる。同時に、僅かな痛みが叶を襲った。

 200のダメージ。残りライフは3800。しかし、これだけのライフをもってもなお、不乱健が場に存在する現状では一つの油断が敗北に繋がる。

 

「伏せてエンドだ、くそッ!」

「私のターン!」

 

 ここまで来たならあとは手順を違えなければそれでいい。

 叶は、軽く城戸へと視線を向ける。

 憑き物が取れたかのような穏やかな表情。しかし、彼の眼には確かに強い感情が込められている。

 一瞬の視線の交錯。それで全てを察したのだろう、城戸は軽く頷きを返した。

 

「《侵略の侵喰感染》を発動する!」

「……始動を潰す! 不乱健の効果でソイツは無効だ!」

 

 手札の《暗黒界の斥候 スカー》が墓地に送られ、不乱健の効果が発動する。

 振るわれる巨腕は、吹き出すはずの邪念を全て押し留め、消し去った。後にはただ一枚の無力なカードのみが、そこに残る。

 

「……そう来るだろうな(・・・・・・・・)。私もそうするだろうが……悪いな」

 

 それも、叶にとっては想定の内だった。

「ヴェルズ」モンスターにとっての最良のサポートとも言える《侵略の侵喰感染》は、しかし手札や場に「ヴェルズ」モンスターが存在していなければ無意味だ。また、結局はカード同士の「交換」でしかないため、手札の状況によってはひどく選択肢が限られてくる。

 しかし元々、今現在の叶の目的は一つだけだ。それはランク4を出すことでも、まして壁を立てておくことでもない。

 

「――――《未来への思い》! レベル4の『ケルキオン』、レベル5、『ゴーレム』。そしてレベル9、『ホーン』を特殊召喚!」

 

 星が瞬き、暗く蠢く闇の中から三つの残骸をこの場に導く。

 一つは双杖。一つは災禍を呼ぶ機械。そしてもう一つは、蒼黒の宝珠である。

 

【 《ヴェルズ・ケルキオン》 攻 1600 / 守 1550 】

【 《ヴェルズ・ゴーレム》 攻 2150 / 守 1250 】

【 《インヴェルズ・ホーン》 攻 3000 / 守 0 】

 

「《ギャラクシー・クィーンズ・ライト》を発動! 全てのモンスターをホーンと同じレベル9とする!」

 

 降り注ぐ銀河の輝きが、残影に星を降らす。

 それは、叶にとっては眼前の敵の常套手段である。抵抗が無いと言えば嘘になるが、これ以外の方法で「アレ」を出すことは実質的に不可能だ。

 だから、躊躇は無い。これと決めたなら、そのような些末なことで手を止めることは許されないのだから。

 

「レベル9のモンスター3体でオーバーレイ! 私に……力を貸せ!

 来い、《No.(ナンバーズ)92 偽骸神龍 Heart(ハート)eartH(アース) Dragon(ドラゴン)》ッ!!」

 

 空間に拓かれる裂け目。遥か異次元の彼方より、無数の残骸が姿を現す。

 無数の死霊によって導かれ、長大なその全身が、叶を守護するようにその周囲を取り巻いた。

 遥か天へ届くほどの巨躯。その身を覆う偽りは、己の心を守るための鎧だ。

 かつては不安定で、今にも崩れ去りそうだった「彼」の心を。今は、心を支え導く者を守るための。

 

【 《No.(ナンバーズ)92 偽骸神龍 Heart(ハート)eartH(アース) Dragon(ドラゴン)》 攻 0 / 守 0 】

 

「っ……馬鹿な!?」

 

 目に見えて、才華は狼狽していた。

 それは、ただNo.(ナンバーズ)92が現れたから、ではない。

 

――――叶が、一切の苦痛を見せずにそれを操っているからだ。

 

「ソイツが何故お前に扱える!? 適合などしていないはずなのに! その『世界』がお前を認めるはずなんて無いのに!」

「お前の言う『世界』が認めたのがナルセなら、私はそのナルセに認められたってことだろうよ! 適格者を介して使用資格を得るなど、貴様が先にジャイアントキラーで行っていたことだろうに!」

 

 はっとなって、才華は叶とのデュエルを想起する。

 城戸から受け取り、ジャイアントキラーを苦も無く扱えたと、才華は言った。その理屈に則るのなら、このようになっても間違いではない。

 特に、叶は城戸が大事な人間と明言している。その城戸への適合を示すNo.(ナンバーズ)92が、城戸の認める叶の使用を拒否するわけもない。

 

「あの……時……!」

「バトルだ! フェルグラントでストリーク・バウンサーを攻撃!」

 

 幾重に重ねられた斬撃が、光の戦士の肉体を微塵に切り刻む。

 ダメージは僅かに100。それでも、モンスター効果の無効化という強烈な効果を持つモンスターを封殺することには成功した。

 

「続けて、偽骸神龍で不乱健へ攻撃!」

 

 偽骸神龍の能力は、ダメージの反射だ。

 このモンスターの戦闘によって発生するダメージは全て相手が受ける。その効果は単純だからこそ無効化以外に逃げ道が無く、攻撃力が0であることも併せ、相手が攻撃表示であろうが守備表示であろうが問答無用でダメージを押し付ける。破壊して墓地に送ったとしても、オーバーレイ・ユニットが存在しさえすれば除外されたカードの数だけ攻撃力を上昇させて帰還する。才華からすればたまったものではない。

 特にこの場合、不乱健の表示形式を変更するカードによる迎撃を封じることにも成功している。どうあっても、才華は1000以上のダメージを避けられない。

 

「ギっ……!」

 

 その実態は幽玄の虚構。だからこそ、その攻撃は実態らしき実態を有しない。

 偽骸神龍の放つ火炎は全てを透過し、才華の肉体から熱を奪い去っていく。

 これで、残るライフは2900となった。

 

「カードを2枚セット、ターンエンドだ!」

「……このエンドフェイズ! 《暗黒界に続く結界通路》を発動し、ケルトを蘇生させる!」

 

 闇の中から、空間を引き裂き不可視の外骨格を持つ悪魔が姿を現す。

 

【 《暗黒界の鬼神 ケルト》 攻 2400 / 守 0 】

 

 才華は自分勝手だが、冷静で冷酷な人間だ。

 だからこそ、先の攻撃によって目が覚めたのだろう。何にしろ、()を倒さねば何も始まらないと。

 未だその表情は激情に歪んでいるが、行動だけは奇妙なほどに正確で、思考だけは妙にクリアだった。

 

「《ギャラクシー・ストーム》を発動! 消えてろ、フェルグラント!」

 

 突如、フェルグラントの周囲の空間が歪曲していく。

 空間そのものの捻じれ。オーバーレイ・ユニットによって本来守られるべきそれをフェルグラントに防ぐ術は無く、嵐のように奔る奔流に流され、フェルグラントの姿は空間の彼方へと消えていった。

 

伏せ(リバース)! 《暗黒よりの軍勢》により、墓地のスノウ、ブラウを手札に加える。更に門の効果でスカーを除外、ブラウを捨てて、合計2枚ドロー!」

 

 偽骸神龍は、そのターンに召喚・特殊召喚・セットされた全てのカードをエンドフェイズに除外する効果を持つ。

 よって迅速に、破壊せずに墓地へ送るなどしなければ、延々と猛威を振るい続けることになってしまう。

 

「《ゾンビキャリア》を召喚!」

 

 地中から、地面を掘り進むようにして腐れ果てた腕が突き上げられる。

 現れたのは、死の病原菌の保有者(キャリア)だ。

 

【 《ゾンビキャリア》 攻 400 / 守 200 】

 

「レベル6、闇属性のケルトに、レベル2のキャリアをチューニング! 来いよ、《ダークエンド・ドラゴン》!」

 

 ゾンビキャリアの腐り果てた肉体が黒い円環と化し、鬼神の肉体を包み込む。

 円環の中心、鬼神を貫くようにして放たれた闇の塊はその性質を変性させ、新たな肉体を形作っていく。

 漆黒の鱗に身を包んだ邪竜。それは、この場においては偽骸神龍を安全に処理するための方法の一つである。

 

【 《ダークエンド・ドラゴン》 攻 2600 / 守 2100 】

 

「ダークエンドの効果だ。ハートアースを直接墓地へ送る!」

「くっ……!」

 

 ダークエンド・ドラゴンの胴の「貌」。その顎から多量の闇が吐き出され、偽骸神龍の肉体を沈めていく。

 それは己の肉体を削る行為でもあったのだろう。全てが飲み込まれたその時、ダークエンド・ドラゴンの攻撃力、守備力は共に500ポイント低下してしまっていた。

 

「不乱健を攻撃表示に。今度こそ直接攻撃(ダイレクトアタック)でッ!」

「《リビングデッドの呼び声》を発動する!」

「て……めェ、ふっざけんなよ何度も何度もぉッ! 無効だ、無効ッ!」

 

 才華の苛立ちに呼応するように、不乱健の巨腕が振るわれカードの効果が無効とされる。

 捨てられたカードは、《暗黒界の術師 スノウ》。不乱健のこの効果によっては、暗黒界のカードの効果は発動しない。

 同時に不乱健は守備表示へと転じ――――才華が叶へ止めを刺す機会は、失われた。

 

「西洋人形みたいな見た目のくせに、ごちゃごちゃと動いて邪魔するな! 何度も何度も、うんざりなんだよ! いい加減に沈めよぉッ!!」

「ッ……!」

 

 ダークエンド・ドラゴン本来の顎。口腔から放たれる黒い炎は、叶に着弾すると共に爆発的に火の手を周囲へと広げる。

 まるで才華の激情を表すかのように。それは嘆きか、それとも怒りか。いずれにしてもその感情は歪み切って自分勝手で、

 

人形偏愛狂(ピグマリオンコンプレックス)――――」

 

 城戸さえも、才華の感情をそのように表現するに至ることになる。

 

「ぴぐ……?」

「ギリシャ神話を語源とする言葉で……要するに、意思を持たない相手に対してだけ、愛を向けることを言う」

 

 そうした嗜好を持つ者の多くは、人の「意思」そのものを嫌う。

 意思があるからこそ、人は裏切る。意思があるからこそ、人は悪性へと転ずる。

 ならば、最初から「意思」を持ちえない者ならば、どうだろうか?

 永遠に変わらない。そこに意思は無いから、裏切ることもない。無垢で、純粋だ。

 

「だから何も持ってない城戸成瀬(モノ)が欲しかった」

 

 そして、何よりも彼女は、それを人に押し付ける。

 

「ボク……わたし(・・・)は、汚い部分なんて見たくないから」

「…………深宮」

 

 ふとした瞬間に漏れ出たその一人称は、城戸の記憶に残る彼女(・・)と変わらぬものだった。

 ああ、と。一つ、城戸は納得を口にした。

 

「お前も――――前に、進んでいないのか」

 

 あの日(・・・)から。

 全てを失ったその日、城戸は前に進むことをやめた。スタートラインに立つことを恐れ、感情を凍結させて全ての事柄に無頓着でいることにした。

 きっと彼女は、それと同じなのだ。

 

「お父さんも! お母さんも! 何であんなことして平気でいられるんだよッ!? 死んでるんだぞ、血の繋がった親戚が! だってのに何で笑っていられる!? 何なんだよあの笑顔は! そんなに金が大事なのかよ、汚い金が! 人を殺して手に入れた金がッ!!」

 

 分岐点があるとするなら、城戸にとっては全てを失った、その日。

 才華にとっては――――最も近しいはずの家族の汚さを目にした、その瞬間。

 きっとその日、彼らの時間は止まってしまったのだろう。

 そして何も変わらぬまま。自分の居場所を求めて……ここに来た。

 

「感情なんていらない……! わたしにそんなもの見せるなッ! だから欲しかったのに、自分だけの居場所が!」

 

 慟哭していた。

 子供のように泣き叫び、感情のままに喚き散らしていた。

 今の才華に、「偽り」は何一つ無い。

 

「――――――」

 

 自分も、ああだったのだろうか。

 ふと、城戸の胸に同情が去来した。

 

――――彼女は、さっきまでの自分だ。

 

 時間が止まったまま動き出せない人間は、誰かの手で動かさなければならない。

 だが、それは城戸の役割だろうか。城戸が何を言ったところで、彼女は聞く耳を持つまい。

 それは才華にとって、城戸成瀬という人間が妄執の対象であるからだ。

 だが「違う」ものになったと断じたとき、彼女はきっと狂気の中で苦しみ続けることになる。

 そうして……自分にとって完璧な「人形」を、探し求め続ける。

 それを止めることができるのはきっと城戸成瀬ではなく。

 

「ふざけたことを抜かすなァッ!!」

 

 火炎が消えうせたその場で――――真岡叶は、咆哮する。

 

「自分の欲のために他人を犠牲にしていいと、本気で思ってるのか!? ただ他人が信じられないからなんてそれだけの理由で、誰かの人生を壊してもいいと、本気で思っているのか!?」

 

 傷だらけになっても、それでも叫ぶ。

 お前は間違っていると、事実を突きつけるように。

 

「だったらどうしろって言うんだよ!? わたしだって、大好きな成瀬(おにいちゃん)を壊すなんてしたくない! けど、意思があるならいつかああ(・・)なるかもしれない、そうなったらもう好きでなんていられなくなる! わたしの居場所なんてどこにも無くなる! だから壊して、壊して、壊して……絶対に元に戻らないようにしないと信じるなんてできるわけがないッ!!」

「悪と断じるべき人間がいることは理解している。ナルセにとっての仇……貴様の親はそうなのかもしれない。だが、全ての意思持つ人間が悪性だなんてそんなことがあるわけがないだろ! 全てをそんなくだらないものと一緒にするな!」

「誰にだって悪意は存在する! ちょっとしたきっかけがあれば善性(そんなもの)は食い尽くされちまう! どんなに親しい人間だって、どんなに身近な人間だって変わらない! 優しい言葉だって綺麗な言葉だって、そんなもの大嘘だ!」

 

 才華の心は、それでも認めない。

 その言葉を受け入れることは、己の在り方を根底から覆してしまうものと信じているから。

 

「嘘だ、嘘。嘘嘘嘘嘘ッ、何もかも嘘でしかない! お前も、お前も! どうせ欺瞞しか口にしないッ! 欠片もそんなつもりなんて無いクセに、耳触りの良いことばかり言うなァ!」

「それは貴様が正しく受け止めようとしていないだけだろうが! 都合よく(・・・・)曲解するんじゃない!」

「都合よく……よく!? お前、今までのこと何聞いてたんだよ馬鹿かッ!?」

「ああ、ちゃんと聞いていたさ! その上でその解釈は、貴様にとって『都合が良い』と言っているッ!」

 

 その糾弾は、普通に聞けばある意味で間違っている。

 しかし、この場。特に才華にとってみれば、この指摘は最も胸に刺さる。

 

「知っているさ、人を信じることの難しさは! 分かっているさ、疑っていた方が楽だなんてことは! だから他人の言葉も信じられないし全てを『悪性』で括ろうとする!」

「黙れよ! 分かった風な口利いてんじゃねぇッ!」

「私だって疑ってた方が楽だって知ってるから言ってんだッ!!」

 

 彼女の抱える問題を、理解している人間からの言葉は。

 

「一度は拒絶を口にした人間が、本当は愛していたなんて言ってるのを信じられるか!? どうしても私を帰したいなんて言ってたヤツが、もうそんな気が無いなんて言っているのを信じられるか!? 実際、疑ってかかる方が簡単で、楽なんだ。期待しないから、裏切られることもないからな」

 

 一度、それを経験したからこそ、理解できる。

 叶にとって、母に対して抱える感情は複雑なものだ。

 敬愛しているし、信頼している。いつかは母の下に帰ると約束しているし、いずれはもっと話し合いたい。

 しかし、その一方で、叶は一度母に拒絶されている。「和解した」と信じている今でもそれは尾を引いているし、もしかすると母の一挙手一投足は嘘だったのではないかと不安に思うことも、当然ある。

 城戸に対しても似たような気持ちだった。彼に対しては、一言で言い表せないような複雑な感情を抱いている叶だが、しかし、彼が叶の意思に関係なく元の世界に帰そうとしたことは事実。未だそれを頭の片隅で考えている可能性はあると考えて然るべきなのかもしれない。

 それでも叶はそれら全てを切って捨てる。

 

「だれど、誰でもそんなのは分かってる。分かり切ってる。でも、信じなきゃ誰も何もできやしない! どこまでも視野を、可能性を狭めて、何もかも失ってしまうだけだ!」

「奪ってったんだろうがお前がぁッ!」

「奪ったつもりも掠め取ったつもりも無いわこの大マヌケッ! 最初から貴様が『城戸成瀬(・・・・)』を見てなかったから手放してしまっただけだろうが!」

「うるせえ黙れ泥棒猫、グチグチ言ってねーで返せよッ!」

「返すもクソもナルセはモノじゃないだろうが! 駄々こねてるんじゃないぞ偏執狂(パラノイア)!」

 

 この状況を、声音と勢いだけならば、熾烈な舌戦と勘違いする者もいるだろう。

 他方、実際にこの状況を見て判断するならば、殆どの人間が似たような感想を抱くはずだ。

 

「子供の喧嘩か……?」

 

「ただの、子供の喧嘩だ」と。

 実際に彼女らの様子を見る城戸は、それを痛感していた。

 本来ならば城戸以上に貪欲に知識を蓄えているはずの才華は、幼稚で聞くに堪えがたい言動に成り果てている。例の一件で成長を見せたはずの叶さえも、妙なほどに才華を煽り立てていて、自身の論を誇示して譲らない。

 まるで……いや。まるきり、子供だ。

 視線を英人へ移せば、当然だとでも言いたげに彼は嘆息した。

 

「ガキなんじゃないのかな、少なくとも……深宮さんに関しちゃ、間違いなく」

「もう17になるというのに」

「そういう意味じゃなくてだな……さっきもアンタ言ってたろ、自分と同じだ、って。そういうことだよ」

 

 城戸はこの数年間、感情を凍てつかせていた。精神は平静を保ち、故に成長も無く、ただただ肉体だけが成長し続けて今に至った。

 才華もそれと同じだというのなら、英人の言葉に一切間違いは無い。

 彼女もまた、子供のままなのだ。

 

「昔を取り戻す、じゃないけどな。多分、そういう『普通』がアンタらには足りなかったんだよ。喧嘩したり、友情を温めあったり。今までやってて当然のことができてなかったし、やってなかった。だから……」

「……自分を『子供』のレベルに落としてでも、そうした『通過儀礼』を経る」

 

 あまりに簡略化した、粗雑な儀式。

 されど、それは子供の頃から成長できていない彼女にとっては効果的なものなのだろう。

 まっすぐに、感情を込めた言葉と言葉をぶつけ合う。鬱屈した精神に対して、それはひどく響き、突き刺さる。

 だから、才華もその本来の感情を露わにしたのだ。子供のままの、幼い心を。

 

「その我が儘を叩き直す――――!

《ダメージ・ゲート》発動、私の受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスターを蘇生できる! 再び現れろ、偽骸神龍ッ!」

 

【 《No.(ナンバーズ)92 偽骸神龍 Heart(ハート)eartH(アース) Dragon(ドラゴン)》 攻 0 / 守 0 】

 

 空間が砕け、割れ、その身を闇に沈めていた龍が、再び姿を現す。

 依然変わらぬ威容は、先程と変わらず叶の周囲を囲むようにして彼女を守護し続ける。

 

「ま……た……!」

「何度だって()たせてみせるさ。私も、ただ受け取っただけじゃないからな」

「何が『ただ受け取っただけじゃない』、だ……! ガキの悪ふざけも大概にしろ! カードセット……終了だ!」

 

 ガキの悪ふざけ、などと叫ぶ側がより子供に見えるというのは、どういう偶然だろうか。

 いや、と城戸は考える。確かに、才華は未だ子供のままなのだろう。

 自分の思い通りにならないものを見て癇癪を起こしていると言ってもいい。叶の行動が自分にとって都合が悪いからこそ、威嚇して相手を遠ざける。ある種、野獣と似て分かりやすい。

 

「私のターン!」

 

 だからと言って、野獣と同じしつけ方が通用するわけではない。

 怒りもご法度だ。あくまで、才華は図体が大きいだけの子供なのだ。

 どこまでやっても、限度は「叱る」までだ。

 

「私は《異次元からの埋葬》を発動する。カストル及びカイトスを選択し、墓地へ戻す」

 

 とはいえ、戻しただけでは再利用も見込めない。

 この状況においては――――「あのカード」を引き込まなければ、意味は無いだろう。

 

「《終わりの始まり》を発動! 墓地に七種類以上の闇属性モンスターが存在する今、カイトス、カストル、ホーン、ゴーレム、ウィスプの五枚を除外することで、デッキからカードを3枚ドローする!」

 

 突如として発生した闇の渦の中へ、叶の墓地のカード5枚が飛び込んでいく。

 代わって、彼女の手にもたらされた3枚のカード。それらを見て、叶は軽く息をついた。

 ここから先、才華を説き伏せるには骨が折れる。実際に叶がこの場で彼女の持論を打ち崩すことを実演してみせなければ、何も始まらないし終わらないからだ。

 

――――だが、そのための一枚は、ようやく来た。

 

「ナルセ!」

 

 それに伴って、叶は城戸へと視線を向ける。

 彼女の意図は理解できているのだろう。しかし、一方でその期待に沿うにはまだ――――何かが、足りない。

 未だ、彼の手に握られる黒いカードは、その真価を現すことが無く、沈黙を続けている。

 

「……これでは」

 

 これでは、どうしようもない。

 起死回生の一手を叶へともたらすことは――――できない。

 悔しげに、顔を伏せる。その時、英人が声を放った。

 

「諦めんなッ!!」

「有我君……?」

 

 思わず、伏せていた頭が持ち上がる。視線を英人の方へと向ければ、彼は続けて城戸へと言葉を投げた。

 

「確か、叶ちゃんは『感情に反応する』って言ってたよな。なら、今のアンタが何をしたいのか、それを思い描けば、きっとそいつも応じてくれる」

「だが……」

「だがもだってもねぇよ! 今の状態で足んねえんなら、まだ、もっと! それでも足りないならさっきみたいに感情を爆発させてでもやるんだよ! でなきゃ、叶ちゃんが今まで何してきたのか分かりゃしねえッ!」

 

――――そうだ。

 

 改めて、城戸は叶の目を見た。

 叶を矢面に立たせて、傷つけさせて、それで今の城戸成瀬は黙っていられるのか。

 たとえ彼女を守ることができなくとも、力になれるだけのことはしたい。そうは思わないのか。

 ならば、願うべくは――――ただ。

 

 全てが、正しい方向へと向かうよう。

 

「……ッ」

 

 直後、城戸の手元の黒いカードが、光を放った。

 瞬く間に、光と共にその力が、形が刻まれていく。

 

「叶……!」

 

 全てがそこに写し出されたその瞬間、城戸は叶へとカードを投げ渡していた。同時に、叶は叫ぶ。

 

魔法(マジック)カード、《RUM(ランクアップマジック)-ヌメロン・フォース》、発動ッ!

 偽骸神龍をランクアップさせるッ!!」

「な……ヌメロン・フォースだとォッ!?」

 

 突如、二人の眼前に果て無く宇宙が広がりゆく。

 紡がれるのは、無数の数式の羅列。宇宙に浸透し、融けゆくその先には、その身を星と変えたNo.(ナンバーズ)92の姿があった。

「星」の放つ漆黒の波動は、次第にその色を赤く、あるいは白く染めていく。

 

「現れろ、CNo.(カオスナンバーズ)92! 偽骸虚龍 Heart(ハート)eartH(アース) Chaos(カオス) Dragon(ドラゴン)ッ!!」

 

 刹那、情報と数列、混沌の奔流が二人の間を駆け抜けた。

 遥か、天へと昇り詰めるほどに長大なその体躯は、先程よりも更に大きく。漆黒の鱗は純白に転じて輝きを放つ。

 肉体に走る真紅の流体は、その有り余るほどの力か、それともその巨龍の血脈を示しているのか。

 ただ、視界に入れただけならば、それはあまりに禍々しく。しかして――――その本質は極めて純粋で、あまりに美麗。

 一人の青年の願い(カオス)の結晶が、ここに顕現した。

 

【 《CNo.(カオスナンバーズ)92 偽骸虚龍 Heart(ハート)eartH(アース) Chaos(カオス) Dragon(ドラゴン)》 攻 1000 / 守 0 】

 

「――――――……ク」

 

 しかして。

 それを目にした才華の口から、笑いが堰を切ってあふれ出す。

 

「ク、アは、ハ、ハハハハハハハハッ!! バッッッカじゃねェ――――のかお前ッ!?」

「………………」

「こっ、この、この期に及んで偽骸虚龍とか……使い道の欠片も見出せねえ中途半端に過ぎるカオスナンバーズで、どうにかなるとでも思ってんのかよ?」

 

 ある意味で、才華の指摘ももっともだった。

 CNo.(カオスナンバーズ)92は、元となったNo.(ナンバーズ)92の効果を、「戦闘破壊耐性」以外に保持していない。

 相手にダメージを押し付ける効果も、除外されたカードの数に応じて能力を上昇させる効果も、自己再生効果も――――何一つ、有していないのだ。

 代わってCNo.92に存在する効果は、自分の場のモンスターが戦闘ダメージを与えた際に、その数値分自分のライフポイントを回復させる効果と、オーバーレイ・ユニットを使用することによって相手フィールドの表側表示カードの効果を、ターン終了時まで無効化すること。その上、後者の効果に関してはNo.92がオーバーレイ・ユニットとなっていなければ効果を発動できない上に自分のターンでしか使えない。また、叶の発動したRUM(ランクアップマジック)――――ヌメロン・フォースが発動した時点で、CNo.92以外の、全ての表側表示カードの効果は無効となっている。

 確かに、不乱健とダークエンド・ドラゴンの効果は無効となっているが、それまでだ。

 ダメージの押しつけも失った上に、1000などというあまりに脆弱な攻撃力では、偽骸虚龍を出したがために負けたなどと言い訳をするためだけにランクアップさせた、と言われても仕方がないかもしれない。

 

「だが、これも人の『意志』の為せる業だ。

――――違うか、深宮才華」

 

 だが、その静かな問いかけに、才華は哄笑を止めた。

 

「ナンバーズとは隔離された『世界』の情報だ。故にそれ自体は永久不変。何物にも侵されず、ただ存在し続けるだけの単一でしかない」

「今言ったこととこの状況、矛盾してるじゃないか! 『世界』は変わらない。変わりようがない。願いや欲望なんてモノに影響なんてされないなら、コイツは何だ!?」

「世界は永久に不変、だがそれを観測する人間は変わっていく余地がある!」

 

 捉え方次第で、人間の主観の中では「世界」というものは如何様にでも変わっていく。

 ナンバーズが世界そのものだとするならば――――そこから生まれいずるものは、人の心を映す鏡だ。

 

「だから、これは人の生み出した『意志(カオス)』の産物だ! 中途半端に見えても、不格好に見えても、絶対に笑わせなどしない!」

「いいや哂うねッ! それが城戸成瀬(あのひと)の意思だってんなら! 否定して、ブッ壊してやるッ!」

「だがこの場に『嘘』は無いッ!」

 

 叶の言葉に、才華ははたと思い出したように、一瞬その動きを止めた。

 冷や汗が額を伝い、顎先から滴り落ちる。その事実を見逃さず、畳みかけるように叶は吼えた。

 

「この『意志』は紛れも無い真実だ。いくら否定しようが打ち砕こうが、それは貴様の求めるものを拒絶することに他ならないだろうが!」

「…………ッ!!」

 

――――元を正せば、という話になるが。

 深宮才華が城戸成瀬(にんぎょう)を求めるに至った理由は、濁り、腐り切った意思を忌避するが故だ。

 言い換えれば、純粋で、歪みの無い……たとえ中途半端なものでも、そうした輝ける意思をこそ、彼女は欲している。

 

「《エクシーズ・ユニット》発動! 偽骸虚龍に装備させ、ランク10……その200倍! 2000、攻撃力をアップさせる!」

 

 偽骸虚龍の長大な胴体。頭部にほど近い位置に存在する真紅の球体――――心臓部と思しきその周囲を、光り輝く円環が包み込む。

 

「バトルだ! 偽骸虚龍で不乱健に攻撃!」

 

 収斂された真紅の閃光が、不死の怪物の肉体を撃ち貫く。

 前回、叶の警戒していたカード――――《ガムシャラ》のような表示形式を変更する類のカードも無い。

 

「カードをセットして、ターンエンドだ」

 

 ヌメロン・フォースの効果は永続的に続く。

 ダークエンド・ドラゴンの攻撃力も戻ってしまったが、それ以上に墓地へ送る効果を封殺できたことが何よりもこの場では大きい。

 だが、一方でレベル8のモンスターを残してしまったことは、叶にとっては失策と言えるのだろうか。それ自体はどうしようもなかったことではあるが。

 

「……ドロー」

 

 対する才華は、どこか不安げな表情を浮かべていた。

 状況が不利だから、ということでもあるまい。ダークエンド・ドラゴンの効果は無効にされたとはいえ、除去さえすれば偽骸虚龍は場からいなくなる。そうでなくとも《エクシーズ・ユニット》を破壊すれば、あとは脆弱なモンスターが場に残るのみだ。

 

「……じゃあわたしにどうしろってんだよ、お前は」

 

 才華の手札から、《貪欲で無欲な壺》が発動される。

 異なる種族――――水族のアークナイト、アンデット族の不乱健、そして、戦士族であるフォトン・ストリーク・バウンサーの三枚が、才華のデッキに戻る。

 これにより二枚のドローが得られるが、才華はバトルフェイズを行えないというデメリットを負うこととなる。

 更に、先程から伏せてあった《闇次元の解放》が発動され、除外されていたスカーが、場に姿を現す。

 

【 《暗黒界の斥候 スカー》 攻 500 / 守 500 】

 

 更に、場に現れたスカーの身が闇に沈められ、墓地の龍神――――グラファが、再度場に現れた。

 

【 《暗黒界の龍神 グラファ》 攻 2700 / 守 1800 】

 

 同様に、再度スカーが通常召喚され、それを手札に戻すことで新たに二体目のグラファが姿を現す。

 これで――――レベル8のモンスターが、三体揃うこととなった。

 

【 《暗黒界の龍神 グラファ》 攻 2700 / 守 1800 】

 

「もう一回人を信じてみろって? それとも、正しい意志を見極める目を持つことが大事だなんて説教?」

 

 かか、と乾いた笑いが漏れた。

 それは当然、喜悦の感情に由来するものなどではなく、

 

「ッッざけんじゃねえ!!」

 

 怒号が放たれる。

 

「強いからそんなことが言える! 強くなれたからそんなことができる! 上から目線で講釈垂れて、それが『できない』人間のことなんざ考えていやしない! やっぱり上辺だけだ、お前もッ!!」

 

「三体」の黒のモンスターが、星へと転ずる。

 三体の素材を使用するランク8モンスター。そうしたカードの多くは、やはり強力なモンスターが多い。

 しかし、《貪欲で無欲な壺》を発動したこのターンにおいて才華はバトルフェイズに入ることができない。例えば《|超銀河眼の光子龍《ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン》》のように強力なモンスターを召喚したとしても、叶に引導を渡すことはできないわけだ。

 ならば、どうするか。

 

「来いよ、No.(ナンバーズ)88!」

「……デステニー・レオ!?」

 

【 《No.(ナンバーズ)88 ギミック・パペット-デステニー・レオ》 攻 3200 / 守 2300 】

 

 それは、獣面人身の彫刻だった。

 せり出した巨大な椅子にその身を乗せ、身じろぎひとつしない。傍らに立てた身の丈ほどもある巨大な剣は、状況を鑑みれば装飾の一種とも捉えられようか。

 勇壮なその外観は、しかして動き出さぬ現状ではそれ以上の意味は無い。バトルフェイズも行えないのだから、ダメージも与えられまい。

 ならば、その目的は。

 

「特殊勝利……? いや、まさか……!!」

「その『まさか』だ! わたしは《二重魔法(ダブルマジック)》を発動! 手札の《暗黒界の取引》を捨て、お前の墓地のヌメロン・フォースを発動! デステニー・レオをランクアップさせる!」

 

 師子王の彫刻が、その身を新たに星へと変ずる。

 先程の焼き直しのような光景。遥か、周囲に広がる宇宙は、そこに点在する無限の数式を、その身を星へと転じた彫像へと刻み込んでいく。

――――そうして、全てを焼き尽くすかのような熱が伝播してゆく。

 現れたのは、灼熱によってその身を焦がしたかのような、黒の球体。

 一つ、また一つとその構造体は内から開いてゆき、新たに黄金の彫像をそこに呼び起こす。

 

【 《CNo.(カオスナンバーズ) ギミック・パペット-ディザスター・レオ 攻 3500 / 守 2500 】

 

 災禍を呼ぶ黄金の獅子像。

 才華にとっての、最後の切り札が、ここに顕現した。

 

「ディザスター・レオはオーバーレイ・ユニットを使うことで相手に1000ダメージを与える。焼き切れろォッ!」

「ぐっ……!!」

 

 放たれる熱線により、叶のライフポイントが700にまで減ずる。しかし、問題はそこには無い。

 

「更に《死者蘇生》! デステニー・レオを蘇生する!」

 

【 《No.(ナンバーズ)88 ギミック・パペット-デステニー・レオ》 攻 3200 / 守 2300 】

 

 再び、場に獣面人身の彫像が姿を現した。

 無論、そうする理由はただ壁を置いておくためではない。

 

「《エクシーズ・ギフト》! ディザスター・レオのユニットを二つ取り除き、わたしはカードを二枚ドローする!」

 

 二体以上のエクシーズモンスター(・・・・・・・・・・・・・・・)という発動条件を満たすための、一手だ。

 

「――――当然、知ってるよなあ。ディザスター・レオのユニットが無くなった時、相手のライフが2000以下なら、問答無用でこっちのエンドフェイズにわたしが勝利するッ!」

 

 そして、叶がその事実を知らないわけがない。

 この状況でディザスター・レオのオーバーレイ・ユニットを取り除いた理由。それはドローのためという以上に、よりオーバーレイ・ユニットを減らすためだ。

 例えば《鬼神の連撃》のように全てのオーバーレイ・ユニットを取り除く効果だったら、このエンドフェイズに叶は敗北していた。

 言うなれば、この残るオーバーレイ・ユニットは叶に残された猶予だ。

 あと、1ターン。それで全てが決する。

 

「あははっ、はははッ!! どうだよ、やってやったぞ、カオス化ってやつをさァ!」

 

 本人としても、それは想定外の事態だったのかもしれない。

 あるいは、ある種の確信があっての行動だったのかもしれないが……それでも、彼女はそれを、やってのけた。

 賞賛すべきなのだろうか、咎めるべきなのだろうか。それは叶には分からない。

 願いとは、一歩間違えれば欲望へと変わる。人の感情とは混沌としたもので……だからこそ、そこから生み出されたものが混沌(カオス)と名付けられている。

 善か、悪か、その判断のしようは無い。それでも、CNo.(カオスナンバーズ)を生み出した人間の共通項――――内面の変化がそこに存在するというのならば。

 恐らく、ここに全てが懸かっている。

 

「ついでだ。その邪魔なカードも破壊しておく! 《暗黒界の雷》発動!」

「やらせん! 《エクシーズ・リボーン》を発動し、ホープを蘇生させる!」

 

《暗黒界の雷》は、裏側表示のカード以外を破壊できない。チェーンによって発動されたカードに関しても然りだ。また、その効果によってカードが破壊できなければ手札のカードを捨てることも無い。

 そうして、白金の騎士が、再度叶の場にその姿を現す。

 

【 《No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ》 攻 2500 / 守 2000 】

 

「しぶとい奴……だが、次のターンで終わりだ。わたしはこれでターンエンドする」

 

 叶にターンが移る。

 残るターンは一度。だが、その「一度」の中で、どれだけのことができるかは分からない。

 相手のモンスターは超大型。攻撃力は3000を超える。

 また、才華のライフも未だ2900を残している。眼前の二体を乗り越えそれだけのダメージを与えるのは……難しいことだろう。

 ただ、それでも。やる他に選択肢は無い。

 

「……私のターン!」

 

 これが、名実ともに最後の一枚だ。

 そして――――叶は今一度、才華に向かって問いかける。

 

「貴様は自分が弱いと言ったな。それは……永遠に覆らないことか?」

「さぁね。分からないよ。でも、強くなれる人間と……なれない人間は、いる」

「貴様が後者だと?」

「少なくとも、自分ではそう思ってるよ」

 

 他人を信じることができるほど、強くなれない。

 だから、信じない。疑い続ける。意思を持たない人形を欲し続ける。

 ……ならば、と叶は手元を見る。

 強くなりたくともそうはなれない人間が世の中にいることは確かだろう。余程の切っ掛けが無い限りは。

 城戸の時も、叶自身の時も、そうした「切っ掛け」はあった。叶なら母との対話。城戸なら、叶との対局がそうだ。

 だが、才華にとっての根本の原因たる「人間の悪性」はどうしようもない。切っ掛けがあったとしても、あまりに大きいその「敵」に立ち向かうことは難しい。

――――ひとりでなら、だが。

 

「だったら……そこから引き揚げてやる!」

「また、上から目線でぇッ!」

「上からなどと言われようが知ったことか! 何度だってそこから這い上がらせる! その手を取って、共に前に進む! 私自身が泥にまみれたってかまうものか!」

 

 ならば、その手を引いてやればいい。

 自分が「切っ掛け」として、彼女を導く。

 その「意志」を――――示す。

 

「私は、《RDM(ランクダウンマジック)-ヌメロン・フォール》を発動ッ!!」

「フォール……!?」

 

 手を取って、前に進む。

 見捨てない。

 

――――共に、強くなる。

 

 想いをただひたすらに純化させ、刃と為す。

 薄く、鋭く、ただ……まっすぐに。

 

 遥か高く、天空まで伸びる鮮烈な光が、希望を司る皇を照らし出す。

 極大に膨れ上がる数式は白金の皇を包み込み、そこに新たな色彩を生み出しゆく。

 秘色に近しい、翡翠の輝き。練磨された光は総てを貫くように迸り――――原初の皇を、ここに呼び起こした。

 

【 《No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ・ルーツ》 攻 500 / 守 100 】

 

「ホープ……ルーツ……」

 

 それを見る才華も、理解する。共に歩もうと手を差し出すその意志を。

 この少女の意志は、本気であると。

 

「バトル! 偽骸虚龍でデステニー・レオに攻撃!」

「!!」

「この瞬間、ルーツの効果発動! この攻撃を無効とし、カオスドラゴンのランク10×500ポイント、攻撃力がアップする!」

 

 偽骸虚龍の中心部、紅の波動の蓄積された心臓部が脈動を止める。

 それと同時、偽骸虚龍がその身の力をホープ・ルーツへと分け与えた。

 本来、その身に持つべき強大な「力」。蓄積されたそれは原初の皇へと注ぎ込まれ、彼の放つ波動と溶け合ってゆく。

 攻撃力5500――――振り上げた刃の余波にさえ、その強大な力は込められている。

 

「続けて、ルーツでディザスター・レオに攻撃!」

「だが、まだライフは残る!」

「いいや、残さん! ルーツの効果でこの攻撃も無効にする!」

「!?」

 

 振り上げた切っ先が突如、この場から消え失せる。

 それと同時に叶は己の腕を思い切り振りあげ、叫んだ。

 

「《ダブル・アップ・チャンス》ッ!! ルーツの攻撃力を倍加させ――――再度の攻撃を可能とする!」

「……攻撃力……12000――――!!」

 

 噴き出すのは、ホープ・ルーツの奥底に込められた龍の絶大なる力。

 真紅の波動が刃と化し、振り上げられた切っ先は、違わず災禍の獅子を切り裂き、消し飛ばした。

 

 黄金の獅子に込められた頑なな思念と共に、才華の表情が緩んでいく。

 いつまでも、いつまでも、ただ他人を拒絶してきたことには何ら変わりはない。

 他人を傷つけてきたことにも、変わりはない。罪は消えず、いずれは心を苛まれ苦しめられるかもしれない。

 

 真岡叶の意志は、その眼で確かめた。

 ただ、一言。才華は問いかける。

 

「手を取っても、いいのかな」

「望むなら、いくらでも」

 

 良かった、と。才華は軽く目を閉じた。

 目を開いたところで景色は変わらないし、許されはしないだろうが。

 せめて巻き込んだ償いだけはしなければと、心に誓って。

 

――――彼女は、穏やかな顔で微笑んだ。

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