決闘世界の漂着者たち   作:桐型枠

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5.裏方(stagehand)

 時が経つのは想像よりも早いものだ。

 

 特に、すべきこと、楽しく思うことが多いような場合、その傾向は顕著であると聞く。幼少の頃、気付けば夜遅くまで起きていて、親に怒られた……という経験のある者は多いことだろう。心情としてはそれと似たものはあるかもしれない。

 

 ――――今日、この日。フォーチュンカップが開幕する。

 

 イェーガー室長が店舗を訪ねてきて、五日。

 

 D-ホイールのライセンス試験やその勉強、デュエルモンスターズの情報の収集。また、カードショップのアルバイトといった「やるべきこと」をこなしているうちに、その時間は自然と過ぎて行った。

 そうして、今。俺たちは、スタジアムへ向かう道中にいる。

 

「……大丈夫か」

「ふん、何の問題も無い。むしろ絶好調だ!」

「ハンカチとティッシュ、それから……招待状はあるか」

「子供じゃあないんだ、そこまで心配することもなかろうが」

 

 13歳は十分に子供だ。

 

「……晴れ舞台だと言うのならば、準備はしすぎるくらいが万全、だと思うが」

「昨日のうちに十分すぎるほどに準備はした。出発する前にも確認した。大丈夫だ。何の問題も無い」

「なら、いい」

 

 元より、確認を促したのは俺である。何より、家を出てくる際に俺も何度も見直した。俺の脳に欠陥が無い限り、そうそう忘れ物は無いはずだ。

 

「それにしても、だ。よくもまあ、一週間もせずに私に食らいついてくるようになったものだ。その理解力と記憶力には脱帽するぞ」

「……食らいついているだけだ。まだ、遠く及ばない」

 

 付け焼刃の知識を総動員し、必死になって戦術を吸収しているだけだ。その程度では、まだ叶の領域には程遠い。事実として、幾度彼女に敗北しただろう。両の指を折っても足りず。百に届くだろうか。あるいは、もうそれも過ぎたか。

 しかして、敗北の数は問題ではない。真に問題たりえるのは、敗北から何も学ばないことである。

 俺は、この敗北から学んだことはあるだろうか。食らいつくのはいい。次は、もっと先に進めるだろうか。勝ちへ近付けるだろうか。

 

 ――――もっとも、この世界で生きていくのならば、そうあらねばならないのだが。

 と、思考を続けている間にも、足は前へ進んでゆく。気が付けば、スタジアムも目前の位置に辿り着いていた。

 

「ヒッヒッヒ。お待ちしておりましたよ」

 

 耳につく高い声。先日、店内で聞いたものと同様の……イェーガー室長のものだ。 先日と同様の一礼。必要以上に丁寧なそれは、見る者に皮肉めいた不快感を与える。やはり、過ぎたるは及ばざるがごとしということか。それとも、実際に皮肉を込めた仕草であるのか。

 

「と、おや、貴方は……参加しないのではなかったのですか?」

「失礼ながら、自分は保護者のようなもので」

「付き添いだ! ……気にするな」

 

 保護者と呼ばれることがそこまで気に入らないのか。「保護者」と聞こえたその瞬間、叶は遮るようにして言葉を挟みこんだ。

 恨めしげな視線を向けられる。そこまで子ども扱いが嫌ということだろうか。

 

「……試合の時には、観客席にでもおりますので」

「はい。でしたら、チケットはこちらで用意いたしましょう。もし既に購入されているようでしたら、料金の返還も行いますので、こちらへ」

「は。ありがとうございます」

 

 これだけ進んだ技術を保有しており、更には永久機関によって電力を賄うことができている。公的機関にしては比較的良心的なこの対応には、そうした金銭的な事情も含まれているのだろうか。

 

「それでは……約十五分後に開会式が行われます。トーナメントの抽選もその際に行われますので、遅れることがないよう、お願いいたします。イーッヒッヒ」

 

 それだけを言い残すと、イェーガー室長は耳に残る笑い声を残しながら、スタジアムの方へと去って行った。

 

「さあ、行くぞ――――私の晴れ舞台だ」

「……出場者全員の、晴れ舞台じゃあないのか」

 

 

 

 + + +

 

 

 

 そうして、おおよそ数十分後。

 現キング、ジャック・アトラスによるパフォーマンスや、出場者紹介を中心とした開会式も滞りなく終わり、第一試合の時間を迎えた。

 

 第一試合――龍可VSボマー。

 

 えらく男勝りな……と言うと失礼に当たるだろうか。想像よりも多分に快活な少女だった。使用したデッキは、ディフォーマーと呼ばれるカテゴリだ。いずれも機械や生活用品を模したモンスターである。女の子が使うには、いささか外見に難があるだろう。

 しかしながら、過去の経歴を見るに、彼女の使うデッキは光属性に傾倒したもの、特に、可愛らしいモンスターを多く使用していたはずだ。この数年で鞍替えしたということだろうか。強さを求める以上、別段に不思議は無いと思うが、この変遷はいささか奇妙に過ぎる。

 

 その対戦相手、ボマー。

 爆弾魔(ボマー)。本名にしてはいささか物騒に過ぎる。が、一方でその名は、彼の使用するモンスターの能力を如実に表しているものだった。

 リアクターという名の爆撃機。相手の効果に対し、その名の通り反応装置(リアクター)として800ダメージの爆弾を投下していくその様は、彼の名のそれを髣髴とさせた。

 

 また、リアクター3体による合体モンスター……《ジャイアント・ボマー・エアレイド》。

 1ターンに一度、相手の行動を封殺。更にはその際に800のダメージを与えるという、召喚難易度に見合っただけの効果を有するモンスターだ。

 空襲爆撃機の名は伊達ではないということか。効果使用時に場に映しだされる立体映像では、無数のミサイルやバルカン砲による掃射が行われていた。

 

 凶悪無比。

 

 一方、対処法は無いわけではない。既に伏せられていたカードを破壊することはできないし、除去に対して耐性があるわけでもない。更に、原型となる「リアクター」モンスターが破壊されれば、そもそも召喚することができない。

 そうした点を突くことができれば、対処はできないことはない、だろう。

 しかし、一回戦の対戦において、龍可という少女はそうした対処を行えず、敗北した。外から見ている分には観察しやすいものだが、初見による対処は難しいだろう。

 その後、一時間程度の休憩の後、一回戦第二試合が行われた。

 

 ジル・ド・ランスボウVS十六夜アキ。

 

 巷では有名であるらしい、「黒薔薇の魔女」のデュエル。観客の異様な……ともすれば、狂気的とも取れる熱気に見守られながら、対戦は始まった。

 ジル・ド・ランスボウ……かの「青髭」のモデル、ジル・ド・レイと似た名前の、

騎士を髣髴とさせる風貌の男だ。

 彼の使用するモンスターもまた、騎士と似た外見の「マスクド・ナイト」だった。LVモンスターという、異彩のカテゴリ。メインフェイズ時、攻撃を行う代わりに相手にダメージを与えるという、多少迂遠ながらも強力な効果を持っている。

 特に、最終形態にまで進化させた場合、その能力は凄まじい。攻撃の権利を放棄する必要が無く、更にそのダメージは1500。攻撃力に関しても2900という高水準を維持している。どちらかを防ぐ手立てが無ければ、4000の初期ライフポイントは瞬時に奪い去られることだろう。

 

 他方、十六夜アキ。植物族を中心に組み立てたデッキ構成で、コントロール奪取とトークン、種族変化を主軸に置いた戦術を用いた。

 当初は、その異名と超然とした態度によって相手を威圧。そして――――直後にシンクロ召喚されることとなった、《ブラック・ローズ・ドラゴン》の脅威的な能力。

 

 シンクロ召喚に成功したとき、場のカード全てを破壊する。

 リセット能力、と称するべきだろうか。場を蹂躙し、対戦におけるペースを握った彼女は、蘇生させた《ブラック・ローズ・ドラゴン》の効果……植物族モンスターを除外することによって相手の攻撃力を0にするという効果により、ジル・ド・ランスボウを降した。

 

 しかして。

 

 当のジル・ド・ランスボウは対戦終了と同時に、重体として医務室に搬送。立体映像によって傷を負うというのもおかしな話だが……つまるところ、これが十六夜アキ、「黒薔薇の魔女」の能力であるということなのだろうか。

 恐ろしい話だ。カードで重傷というのも。

 ……そうした事情もあり、現在は長い休憩時間となっている。

 次の試合までは、2時間と言ったところか。昼食のための休憩も含まれているためか、想定よりは幾分か長い。仮にこれがスポーツであれば、インターバルは更に長かっただろうが。

 

「流石に、この時期の十六夜アキは怖いな……いささか」

 

 スタジアムの休憩室。大会スタッフに支給された食品(ハンバーガー)を頬張りながら、叶は呟いた。

 

「……知っているのか」

 

 現在、この場には俺と叶しかいない。監視カメラと盗聴器の確認も行った。少々不穏な話をしたとしても、誰に咎められることもあるまい。

 

「うむ。十六夜アキは……そうだな、この世界のベース、『遊戯王5D's』という物語のヒロイン……だ。初期のあいつは……なんていうか、まあ、見たままおっかないんだ、うん」

「……そう、か」

 

 もそもそと、食事を採りながら、苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

 

「さっきのデュエルは見ただろう? デュエルにおけるダメージが、そのまま現実に持ち込まれる……。できることなら、今の時期の十六夜とは戦いたくないな」

「……勝っても負けても、怪我は避けられないな」

 

 積極的に戦うべき相手でもないだろう。勝ったとしても、ダメージを負わずに勝つということはほぼありえない。つまり、傷を負うことは間違いない。

 

「……それで、お前の対戦相手は?」

「――――それが、だ」

 

 食事を採る手が止まり、先程よりも更に苦々しい表情になる。普段からして尊大な態度を取る叶ですら、このような表情を取るなど。そこまで嫌な相手と当たってしまったということだろうか?

 

「……『主人公』、不動遊星。この世界において、いずれ最強のキングとして君臨する男だ」

 

 主人公。

 

 物語の中心人物であり、狂言回しであり、あるいは語り部であり、物語の主題の実行者。解決せねばならない問題を解決する資質を持つ者。

 故にその人物は強者であり、多くの場合に勝利が義務付けられている。敗北が死であるとき、あるいは敗北が許されない状況であれば、敗北は物語の終わりとほぼ同義だからだ。

 そんな人物が、敵。

 

「……望むところ、じゃあないのか?」

「私は別に、物語の破綻は望んでいない。それに……死にたくもないから、な」

「…………?」

 

 死ぬ。物騒な言葉が、唐突に飛び出したものだ。

 カードゲームを中心として動く世界で、何故死ぬことがあるのだろう。

 

「それが、死ぬんだ。さっきの試合を見ただろう?」

「成程」

 

 十六夜アキ。彼女の試合を思い出すと、叶の言ったことがよく分かった。

 デュエルのダメージが現実となる……あの能力をもってすれば、死人を出すことは造作もないだろう。ああした特殊能力を持つ者が、まだ数多くいるということだろうか。あるいは、現実にダメージを受けてしまうことがあるということなのだろうか。

 

「……闇のデュエルと言ってな、リアルダメージを受けるデュエルもあるのだ。負ければ死ぬ可能性もある。……というのが、一つ、この世界で死ぬ理由。あとは、まあ。病気とか、怪我とか」

「……外的要因で死ぬのは、普通だろう」

 

 むしろ、外的要因で死ななければ、それはそれで人間なのかと疑いたくなるものだが。

 

「それと関連して……デュエルで負けたら、世界が滅ぶということがあってだな」

「……………………」

 

 突飛に過ぎる。

 何故、カードゲームで敗北すると、世界が滅ぶのだろうか。

 あるカード、特にシンクロモンスターを指し、特異な力が宿っていると叶は言ったが……それが原因なのだろうか。

 

「何が原因でだ」

「……何だろう。GXだと、異世界に行ったりして、世界同士が融合して滅びかけてたし……。全人類を消失させかけたこともあったか? あと、デュエルモンスターズが存在しなくなりかけて世界そのものが成り立たなくなったり……あ、ビッグバンの起源が一枚のカードだという話もあってな」

 

 何なのだろう、それは。

 想定を超えた方向へ突き抜けすぎて、逆に説得力が増しているような気さえしてくる。いや、説得力という意味では、まったくと言っていいほどに無いのだが。

 

「……今からの展開は、分かるのか」

「それなんだが……多分、私は誰かと配役が入れ替わっているんだろうと思う」

「……お前の立ち位置の元がいる、ということか」

「うむ。何年前のエピソードだったか……えと。私の記憶が確かなら……あ、あいつか……?」

 

 途端、叶は頭を抱えて震えはじめた。

 元々の物語を知らない俺にはどうしようもない、と言いたいところだが、話を聞いて対策を練る程度なら、どうにでもなるだろう。

 

「……何が、あるんだ?」

「……それが……その。現キング、ジャック・アトラスへ挑戦しようと躍起になった輩が、私の立ち位置にいる奴を……その、ボコボコにして強制的に出場しようとして……」

「ふむ」

 

 原作とも言うべき流れを断ち切ってしまうのは、少なくとも良いこととは言えないだろう。

 しかし、一つの物事に執心する者は、多くの場合でそれ以外のものが見えないものだ。年端もいかぬ女の子――つまるところの叶にすらも、手を上げないとは限らない。まして、この街の治安状況を思えば尚更だ。

 できるだけ、叶に付いて回るべきだろう。

 

「……叶。お前は、試合に集中した方がいい」

「だが……」

「――――雑事は、俺が何とかする」

 

 暴漢の一人や二人、何とかできずにこの世界で生きていけるものか。

 まして、叶は「王になる」などとのたまっている。であるのならば、彼女の進む道は修羅の道と称しても過言ではない。それに追随すると宣言するなら、この程度のことでどうこう言っていられない。

 

 そして、宣言した以上は、何とかしなければならない。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 と、考えて早一時間半。

 イェーガー室長が叶を呼びに来ても、それらしい妨害行為は欠片も無く。気付けば、試合まで30分という状況を迎えていた。

 

「……何も無い、な」

「うむ」

 

 戦々恐々としているのが馬鹿らしいくらいだ。

 ことここに至っても、何一つの動きが見えない。そうなると、既に何も無いという可能性さえあり得るものだが、果たしてどのように解釈したものか。

 試合直前になって襲撃を行う。そうして然る後に、直前になって乱入。そのまま試合に入れば、あるいは流れのままに、試合に突入できる。そうした考え方をすれば、あるいは。

 

「……見回りに行ってこよう」

「えっ……いや、その……あの……い、今出て行かれると、もしかしたら……」

「主催側がセキュリティである以上……参加者の安全が保障されなければ、警察組織としては、名折れもいいところ、だろう」

 

 それどころか、非難されたとしても何ら不自然は無い。

 

「……信じろ、とは言わない。が……」

 

 ――――叶だけだ。俺に対して何の遠慮も、気後れも、偏見も無く接してくれるような者は。

 これから、もしかするとそんな人間が増えていくのかもしれない。俺たちの周囲に、そんな人間が集まっていくのかもしれない。だが、今はただ一人だけだ。近しい場所にいるのは。

 そんな相手を守りたいと、そう考えることは間違っているだろうか?

 

 だから。

 

「俺も、お前を守る」

 

 己に言い聞かせるように呟き、席を立つ。

 部屋から出たその直後、何かが倒れるような音と、「にゃあ」という猫のような悲鳴が聞こえてきたのは、気にせずにおいた方が良いだろう。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 不動遊星。彼がこの世界の「主人公」であるという叶の言を信じるとするなら、それは彼に多くの苦難が待ち受けているということでもないだろうか。

 例えば、こうした大会の際には、ほぼ確実に実力者と試合することになるとか。実力者でなくとも、誰かが何かしらの衝撃を受けるような相手と試合を行うとか。物語を円滑に進め、かつ盛り上げるには、そうした事項が恐らく必要であろう。

 

 今回の件についても、それと同じようなもののはずだ。

 想定外の場所から、想定外の人間が現れる。それは周囲に衝撃を与えるには十分な要件だ。参加者を襲撃すると言うからには、近しい場所にいると考えるのが自然。

 つまり。

 

「失礼、お時間よろしいですか」

「なっ!?」

 

 濃灰色の制服と、既定のヘルメットを着用した――――セキュリティの男へ語りかける。男は、俺の行動が予想外だと言わんばかりに、派手なリアクションを取って見せた。

 

「どうか、されましたか」

「い、いやっ、何でもねえ! いや、無いであります!」

「……………………」

 

 ――――この大会の主催側。セキュリティの中に紛れ込んでいると考えるのも、自然。

 

「セキュリティの方と、お見受けします。が……なぜ、室内でヘルメットを」

「いや、これは……そう、少し怪我をしてしまってな、しまいましてね! いやぁ、参った参った……」

 

 男の発言を聞きながら、その様子を観察していく。

 ヘルメットの形状は、口の周辺を露出させ、鼻のあたりまでをシールドで覆ったオープンフェイスタイプ。幸いにもシールドの色味は薄く、その中身を確認することは容易だ。

 目元の確認できない、深い黒のサングラス。鼻にはピアスが刺さっている。首筋から覗く髪は、黄色がかった赤。また、顎には無精髭が見える。

 警察官の格好には見えない。いいところ、不良が警官の服装を奪い取ったと言ったところだろう。 先程からの奇行もある。ここは、単刀直入に訊ねるべきか。

 

「……失礼ですが、手帳を見せてはいただけませんか」

「げっ……いや、今は持ってな……」

「警察手帳は、勤務時の携帯が義務付けられております」

 

 また、警察手帳の提示を望まれた場合に拒否をする権利は、無い。この場でセキュリティの制服を着ている以上、手帳を見せないという選択肢は、そもそもありえないのだ。

 

 膠着状態が続く。

 

「……………………」

「……………………」

 

 一分、二分。気付けば五分は過ぎていただろうか。男の手の甲に汗が滴りはじめたその時。

 男の口が、かすかに動いた。

 

「もう、分かってんだろ? 俺がセキュリティじゃないってことくらいよ」

「………………」

 

 肯定も否定もしない。ただ、男の動向を見守る。

 

「俺は……キングにリベンジしてえんだよ。だから、この大会で優勝してえ! 優勝してキングにリベンジし……俺がキングになる!」

「既に参加者枠は埋まっている」

「分ァーってんだよ、そんなこと! だから……」

 

 直後、男はセキュリティ制服へ手を掛けて――――――放り投げた。

 

「デュエルしろ! スタンディングは苦手だが……俺が勝ったら通してもらうぜ!」

「………………………………は?」

 

 何故。

 

 どういうことだ。

 いや、待て。あまりに突飛な展開に、脳が付いて行かない。

 なぜ、唐突にデュエルとなるのか。腕力で押し通ると言うところではないのか。少なくとも、おおよその場合はそうだ。デュエルで勝ったら通してもらう。馬鹿げている。

 

 ――――ああ。

 そこで、ようやく気が付いた。

 成程、叶の言っていた「カードの腕が最重要」であると言う意味――――これか。あまりに。日常生活においてでも、デュエルモンスターズの腕が重視されすぎる。例えば、こうした場合に。

 

「――――諒解した」

 

 応じる。

 どちらにしても、この提案は受けて然るべきだ。勝ち目などは度外視してでも。

 何より、この男がデュエルに拘っている今が好機。

 

「……始めよう。そちらが勝てば、ここを通す。こちらが勝てば、諦める。

 異存は?」

「無ぇよ!」

 

 男の返答を確認し、デュエルディスクにデッキをセットする。以前、俺の作ったものではない……叶に手渡されたものを。

 同様に、男も己のデッキをディスクに収めた。

 

「デュエル!」

 

 男の宣言と共に、デュエルディスクが起動する。

 基部とも呼ぶべきガラス体。そこから飛び出すのは、フィールド及び墓地、除外されているカードなど、行われているデュエルの全ての情報を表示する、電子的な操作窓(ホロ・ウィンドウ)だ。

 表示されている先攻プレイヤーは、相手。表示されている名前が正しければ……炎城ムクロ。

 

 さて、どう動くか。

 

「俺のターン! 《ゴブリンゾンビ》を召喚!」

 

【 《ゴブリンゾンビ》 攻 1100 / 守 1050 】

 

 肉体の腐食した小鬼。その右手には刀剣が握られている。骨が露出して刺々しい部分と言い、むしろ生前(であろう)姿以上に凶悪性は増しているのではなかろうか。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「ドロー」

 

 情報を閲覧する。

 ゴブリンゾンビの効果は、場から墓地へ送られた場合に発動する効果だ。そこに効果や戦闘という種類は問われない。いかなる状況であれ、仮にリリースされたりシンクロの素材とされた場合でも、デッキからモンスターを手札に加えられる。

 サーチ効果、また、強制効果と言うのだったか。

 防ぐ手立てが少ないのは厄介なものだ。

 

「自分の場にモンスターが存在しない場合、このカードを手札から特殊召喚できる。《インヴェルズの魔細胞》を、守備表示で特殊召喚」

 

【 《インヴェルズの魔細胞》 攻 0 / 守 0 】

 

 突如、地中から湧き出す、禍々しい姿の黒い羽虫。

 その背甲には、何らかのシンボルマークが描かれている。

 

「はっ! 攻撃力0のモンスターで何ができんだぁ?」

 

 ……叶の言っていた「攻撃力偏重主義」とは、こういうことなのか。本来危惧すべきは、相手が攻撃力0のモンスターを召喚したことではなく、召喚の権利を残したままに特殊召喚を行ったことではないのだろうか。

 

「インヴェルズの魔細胞をリリース……《インヴェルズ・ギラファ》を、アドバンス召喚」

 

【 《インヴェルズ・ギラファ》 攻 2600 / 守 0 】

 

 どろりと、インヴェルズの魔細胞の甲殻とその中身が融け落ちていく。

 床に広がる黒いタールのような物質……そこから、昆虫にも似た一体のモンスターが姿を現す。

 その外見は、お世辞にも「良い」とは言い難いところだろう。デフォルメされたわけでもなく、昆虫そのものを巨大化・人型へと変容させたようなものだからだ。俺は大して気にはしないが、叶が「趣味じゃない」と言った理由が理解できる気がした。

 

「な……1ターン目から最上級モンスターをアドバンス召喚だと!?」

「インヴェルズ・ギラファの効果を発動。『インヴェルズ』と名のついたモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功したとき、相手の場のカード1枚を選択して墓地に送ることができる。

 ……その伏せカードを墓地に送る」

 

 直後、ギラファの足元から黒い「何か」が広がっていく。それは、相手のモンスターの背後に存在した伏せカードを呑み込み、消えた。

 

「俺のミラフォがぁぁぁぁぁ!?」

「この際、こちらのライフポイントは1000ポイント回復する」

 

 《聖なるバリア-ミラーフォース-》。様々な場所でその名前が見られる、攻撃反応系統のトラップにおいては代表的かつ強力なものだ。

 こうしたカードを封殺できたのは、戦局に有利に働くはずだ。

 また、こちらのライフポイントも5000にまで上昇した。早々に敗れるということもあるまい。

 

「続けて、インヴェルズ・ギラファでゴブリンゾンビを攻撃」

「ぬわああああっ!」

 

 宣言と同時、ギラファの右腕……砲口のような形状のそれが、蠢いた。

 放たれる光線はどこまでも暗く、黒く。既に腐りきっているはずのゴブリンゾンビまでもを、完全に風化させていった。

 

 ゴブリンゾンビとギラファの攻撃力の差は1500。

 相手の残るライフポイントは、2500となった。

 

「っ……ゴブリンゾンビの効果発動ォ! デッキから、守備力1200以下のアンデット族1体を手札に加える! 俺は《バーニング・スカルヘッド》を手札に加えるぜ!」

「カードを二枚セットし、ターンを終了」

「俺のターン! 手札から《スカル・コンダクター》の効果発動! コイツを墓地へ送ることで、攻撃力の合計が2000になるように、アンデット族モンスターを手札から特殊召喚できる!

 来い、二体の《バーニング・スカルヘッド》!」

 

【 《バーニング・スカルヘッド》 攻 1000 / 守 800 】

【 《バーニング・スカルヘッド》 攻 1000 / 守 800 】

 

 恐ろしげな呻き声と共に姿を現すのは、火炎を纏った二つの頭蓋骨。

 表示形式は守備……とはいえ、わざわざこのような形式を取った以上、場を固めるだけではあるまい。

 

「バーニング・スカルヘッドの効果発動! こいつが手札から特殊召喚されたとき……相手に1000ポイントのダメージを与える! 喰らえ、ヘル・バァァーニング!」

 

 瞬間、頭骨から放たれた巨大な炎が、俺の体を包み込む。

 ライフポイントの残り数値は3000。まだ余裕は十分にある。

 

 立体映像……そう理解してはいるが、いざ目の前でこうして攻撃されると、どうにも身がすくんでしまう。本当に強烈なまでの火炎を身に受けているようだ。

 仮想立体触感(バーチャルソリッドフィール)と言ったか。永久機関たるモーメントによる、立体映像、ソリッドビジョンの質感の再現。

 

 ……いや、そうなると、実際に熱を感じているのか、俺は。

 そう考えると、途端に体に受ける熱が強くなってきたように感じた。恐らくという程度のものだが、サイコデュエリストという人間は、これらを増幅しているとも考えられる。

 

「……………………」

「更に、この二体のバーニング・スカルヘッドをリリィ――――ス! 現れろ……《スカル・フレイム》ゥ!」

 

【 《スカル・フレイム》 攻 2600 / 守 2000 】

 

 二つの頭骨が弾け飛び、飛び散った破片がくみ上げられ――――そうして、現れるのは一体のモンスター。炎を纏い、ローブを着用した骸骨。インヴェルズ・ギラファと同様の攻撃力を持った、最上級モンスター。

 

「バトル! スカル・フレイムでインヴェルズ・ギラファに攻撃!」

「………………?」

 

 ――――同じ攻撃力を持つモンスター同士の戦闘では、互いのモンスターが破壊される。

 この状況で同士討ちすれば、相手の場にモンスターは残らない。次のターンで2500以上のダメージを与えられれば、こちらの勝ちとなる。

 火炎と闇が互いにぶつかり合い、モンスター同士を侵食し、破壊していく。

 そうして、互いのモンスターが消滅したところでバトルフェイズは終了した。

 

「まぁだまだこれからだぜェ! 墓地に存在するスカル・フレイムを除外し――――カモン! 《スピード・キング☆スカル・フレイム》!!」

 

【 《スピード・キング☆スカル・フレイム》 攻 2600 / 守 2000 】

 

 スカル・フレイムの残骸――――そこから再構成されるのは、火炎を纏った半人半獣の骸骨。

 特殊な召喚条件を持ったモンスター。成程、彼はこれを狙って同士討ちを行ったということか。攻撃力は先程のモンスターと変わらない。しかし、姿が変容している以上は、何かしらの特殊な能力があるはずだ。

 

「スピード・キング☆スカル・フレイムの効果発動ォ! 墓地にあるバーニング・スカルヘッドの数×400のダメージをお前に与えるぜ!」

 

 苛烈な炎が、俺の身を焼く。

 相手の墓地に存在するバーニング・スカルヘッドの枚数は二枚。よって、受けるダメージは800。これで、残るライフは2200だ。

 一気に半分以上も削られた。いや、削り切られなかったことを喜ぶべきだろうか。どちらにせよ、気の抜けなくなってきた展開であることは確かだ。

 

「カードをセットして、ターンエンドだぁ!」

「ドロー」

 

 その一方で、彼の手札は無くなった。伏せられたカードも1枚しか存在しない。

 ――――攻め時か。いや、安易にそう考えるのはどうだ。しかし、考え過ぎも良くはない。手札が0である状況など、そう何度もあるものか。

 

「《おろかな埋葬》を発動。デッキから《インヴェルズ万能態》を墓地へ送る」

 

 表示されるカードの内、蓑虫か、あるいは何かしらの塊にも似た意匠のカードを選択し、墓地へ送る。

 

「――――《侵略の波紋》を発動。ライフポイントを500支払う」

「何だぁ? おいおい、この状況でまだライフポイントを減らすのかよ!?」

 

 確かに。一見すれば、それは異常な行動に見えなくもないだろう。

 

 残るライフは1700。

 男のカードの能力は、主に「相手にダメージを与える」効果だ。自らライフポイントを削っていては、敗北の時期を早めるだけに過ぎないとも言われかねない。

 

 だが。

 

「墓地に存在するレベル4以下の『インヴェルズ』を特殊召喚できる。《インヴェルズ万能態》を特殊召喚」

 

【 《インヴェルズ万能態》 攻 1000 / 守 0 】

 

 魔細胞と同様、闇の内より湧き出す黒い蓑虫。ずるずると這い回るその姿を見ていると、恐ろしいやら間抜けなのやらよく分からなくなってきてしまう。

 

「インヴェルズ万能態は、『インヴェルズ』を通常召喚するとき、二体分のリリースとして使用できる。――――インヴェルズ万能態を二体分としてリリースし、《インヴェルズ・ガザス》をアドバンス召喚」

 

 万能態が、先程の魔細胞と同様……その肉体を融かしていく。

 地面に溜まった黒い物質は、瞬時にその姿を変え、巨大な「人型」を形作った。

 鋭利な棘を持つ甲殻を、全身に纏う禍々しい外見。その頭部には、コーカサスオオカブトを思わせるような三本の角があった。

 

「インヴェルズ・ガザスの効果を発動。『インヴェルズ』のモンスター二体のリリースによってアドバンス召喚に成功したとき、インヴェルズ・ガザス以外のモンスターか、魔法・罠カードの全てを破壊する。

 ……魔法・罠カードを破壊」

 

 その凶悪な外観の甲殻が高速で伸びてゆく。狙いは、周囲全ての魔法・罠カード。

 これが通りさえすれば、こちらにとっては有利――――

 

「そうはいかねえぜェ! 本当は使いたくなかったが……カウンター(トラップ)、《昇天の角笛》を発動! スピードキング☆スカルフレイムをリリースし、その召喚を無効にさせてもらうぜェ! これで次のターンで……」

 

 背後に出現した巨大な角笛が、大音量を発し、スピード・キング☆スカル・フレイム諸共にインヴェルズ・ガザスを吹き飛ばさんとする。

 

 だが。

 

「――――それだ」

「何ィ!?」

 

 《火霊術-「紅」》、《王墓の罠》に代表されるように、炎属性やアンデット族のデッキには、強力な罠が仕掛けられていることが多い。

 決まればこちらの敗北は必至。不利な状況からでも逆転して見せることだろう。まさか伏せられていたカードが、召喚時用のカウンターである、《昇天の角笛》だったのは想定外だが、これも一つの機であることは確かだ。

 コストとしてリリースしたモンスターは、帰ってこない。今、ここでその点を狙い撃てば、勝利を得ることは十分に可能――――。

 

「そのカウンター(トラップ)に対し、カウンター罠、《盗賊の七つ道具》。ライフポイントを1000支払うことで、罠カードの発動を無効にし、破壊する」

「んなぁぁぁぁぁあ!?」

 

 1700のライフポイントから、1000が引かれていく。

 残るは700。たった1枚のカードで全て奪い去られそうな程度のものだが……しかし、相手の場に、カードは1枚たりとも残っていない。

 

 そして、この男の残りライフは2500。

 手札は無い。それゆえ、手札からの誘発効果、特に戦闘ダメージを防ぐものや、攻撃そのものを無効とするものを発動することは不可能だ。それは、墓地からでも同様。ここに至るまでに送られたものでは、恐らくはどうしようもないはずだ。

 こうなってしまえば、最早こちらの勝ちは揺るがない。

 

「……インヴェルズ・ガザスで、直接攻撃」

「馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ガザスの両の腕から放たれる強烈な波動が、男の体を包み込んでゆく。

 与えられるダメージは2800――――それは、彼に残された2500のライフの、全てを奪い去った。

 同時、スタジアムの方面から聞こえてくる歓声。

 

 

 試合が始まったのだ。

 

 

 

 + + +

 

 

 

「のわぁぁぁぁぁっ!! 試合始まっちまったじゃねえか!?」

 

 外からの声がこちらまで届いてきたその瞬間、男が吠えた。

 試合までの時間は、このデュエルを始めた時点で、残り二十分ほどだった。自然に考えれば、こうしてデュエルを行うことそれ自体が、試合までの時間稼ぎに直結する。

 この男は、それを考えなかったのだろうか。

 

「考えなかった、のか」

「言えよ!」

「言わずとも……普通は、気が付くと思うが」

「…………………………」

 

 まるでそれが想定外の事態であったかのように、男はその場で絶句して見せた。

 そもそも、デュエルという手に拘らず、普通に実力行使で押し通ればそれで終わったはずなのだが。かなり強引で向こう見ずな性格であろうと推察できるこの男が、そう考えなかったのはどういうことだろうか。

 

「……ともかく……ここから先へは、通せない」

「ケッ……仕方ねえ。約束した以上、進みゃしねえよ……」

 

 己の約束したことだと言うのに……いや、己の約束したことだからか。

男は自分が勝利することを確信していたらしい。不服そうに、彼は俺に対して背を向けた。

 

「次は負けねえ。キング共々、テメェにリベンジしてやるぜ」

 

 ――――と。最後の最後にそれだけを言い残し、男はこの場から立ち去って行った。

 

 しばし、その場に立ち尽くす。

 

 勝利。初めての――――勝利。その味に酔いしれるというような感覚は、今のところない。

 酩酊感や高揚は、特に感じられない。何かしら感情が昂ぶっていれば、何かしらの反応は示すだろう。いくら感情を表に出すことが苦手だと言っても、小さくガッツポーズくらいは取るのかもしれない。

 

 むしろ、倦怠感ばかりが増していく。それはこの対戦で、想像以上に頭を使ったからか。それとも、もっと別な何かが原因にあるのだろうか。

 

 男の反応は、どれもこれも……言葉に表しようがないが、とにかく全力だった。そして何より、楽しそうだった。攻撃を行うにしても、受けるにしても、どこか楽しげに「それ」を行っていた。

 対して、俺は。

 

 俺は――――どうだろう。

 

 無感情、とまでは言うまい。しかし、それに近しいものがあることは、自分でも理解している。言い訳のよう……否、ただの言い訳だ。その枠を超えることのない戯言だが、俺は……よく考えてみれば、「楽しい」とか「嬉しい」とか、そういった感情を抱くような経験は少なかった。今でさえ、何ら大きな感情が得られていないのだ。

 実際のところ、これがただの錯覚である可能性は否めない。心の奥底では高揚を感じているのかもしれない。本当は、俺も彼と同様に、この対戦に己の感情を見出していたのかもしれない。

 

 しかし、こうして終えてみると、今までのものと変わらず虚無感に襲われるのもまた事実。

 やはり、俺の感情というものはとうに枯れてしまっているのだろうか。でなくとも、鈍化し、摩耗し……何事にも左程に揺り動かされないようになっているのだろうか。

 

「――――行くか」

 

 延々と、自問自答したとしても答えは出まい。少なくとも、今の俺には答えを出せまい。

 叶の心配もある。彼女の控室までの道のり……選手通用口の周辺ででも、待っていようか。

 

 

 

 

 ところで、どうやら叶は敗北したらしい。

 

 涙目のまま戻って来た。

 

 

 

 

 




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スピードキング☆スカルフレイムが風属性だったことを思い出して《火霊術-「紅」》の部分を修正
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