再現されるダメージ。エクシーズ召喚。黒い枠を持つカード。希望皇ホープ。
怒涛の展開だ、と言えばいいのだろうか。背後で怯えたように身をすくませる叶と、眼前に屹立するロボットとを交互に見据える。
『ターンエンド』
強力なモンスターが3体。対し、俺の場にモンスターは存在しない。場の状況だけを見れば、絶望していてもおかしくはないかもしれない。
――――ただし、相手の手札はゼロ。墓地に攻撃や効果を阻害するものは無い。そうなれば……あとは簡単な話だ。このターンに決着を付ければいい。
「な、ナルセ、そのカードは……攻撃を無効にしてくるぞ」
背後より聞こえてくる、叶の助言。
攻撃無効のモンスター効果。これ以上彼女が何も言ってこないところを見るに、それ以上はモンスター効果は無いのだろうと思われる。
しかし、背後の様子を見るに、何かを伝えるべきか迷っているようにも見える。
何か別な効果があるということだろうか。だとして……存在しているかしていないか分からない効果があるということ、なのだろうか。
そうなると、何かしら別の効果をも想定しておくべきか。最も警戒すべきは、効果無効や耐性の類だ。それがあるだけで、こちらの目論見は少しずつ外れていく。
――――逆に言えば、それさえ無ければ、こちらの勝ちだ。
「ドロー」
引いたカードは《チェーンドッグ》。既に意味は無いが。
「《スクラップ・キマイラ》を召喚」
【 《スクラップ・キマイラ》 攻 1700 / 守 500 】
再度場に姿を現す、鋼鉄の合成獣。当然、今のままでは対抗するに不十分だ。
「効果により、墓地の《スクラップ・オルトロス》を特殊召喚」
【 《スクラップ・オルトロス》 攻 1700 / 守 1100 】
スクラップ・オルトロスの破壊効果が発動するのは、あくまで自身の効果で特殊召喚したときのみだ。他のカードの効果で特殊召喚した場合には適用されることは無い。
組み上げられる、双頭を持つ鋼鉄の番犬。これで場に存在するモンスターは2体。
「スクラップ・キマイラとスクラップ・オルトロスを使用し――――《スクラップ・ドラゴン》をシンクロ召喚」
【 《スクラップ・ドラゴン》 攻 2800 / 守 2000 】
二つの獣の肉体がバラバラに弾け飛び、複雑に組み合って再構成されていく。
姿を現したのは、一体の竜――――先程、俺の場にいた双頭の竜とは多少趣の異なる、鋭角的かつ凶暴なシルエットを持つ、巨大な翼竜だ。
「叶」
未だ迷いを捨てきれていないのか、背後で懊悩を続ける叶に呼びかける。
「……あれに、効果への耐性は、あるのか」
「……!」
ことここに至れば、問題はただそれだけだ。
希望皇ホープ。あのカードに効果への耐性さえ無ければ、このまま突破することはできる。しかし、その召喚方法の特異さ、あるいはその他の要因か、複雑怪奇に捻じ曲がった書体のテキストを読み解くことは難しい。法則性さえ分かればどうとでもなるだろうが、現状でその時間は無い。
あのカードのことを知っているであろう人間は、恐らく叶だけだ。
「な……無い! 戦闘破壊耐性はあるかもだけど……そっちは、聞いたことも無い!」
「諒解した」
ならば、最早躊躇する必要すら無い。あとは、脳内で描いていた行動をなぞるだけだ。
「スクラップ・ツイン・ドラゴンを選択し、《星屑のきらめき》を発動。レベル9のスクラップ・ツイン・ドラゴンと同じレベルになるようにして、墓地のモンスターを除外する。レベル6、スクラップ・ブレイカーと、レベル3、スクラップ・ゴブリンを除外」
周囲に散らばるゴミの中から、いくつかの星が飛び出してくる。
その数は9。丁度、除外したモンスターのレベルの合計と同じだ。
「その後、墓地より《スクラップ・ツイン・ドラゴン》を特殊召喚する」
【 《スクラップ・ツイン・ドラゴン》 攻 3000 / 守 2200 】
それらの星を包み込むようにして再び場に現れる、双頭を持つ鋼鉄の竜。
場に存在するモンスターの中では最高の攻撃力を持つ。が、現状に関しては、合計攻撃力が3400……相手の残りライフ以上あれば、それでいい。
「《精神操作》を発動。ライノタウルスのコントロールを貰う」
力強くいななき、その身を震わせていたライノタウルスの動きが、唐突に止まった。
正確に言えば「止められた」だろうか。先程から懸命に身をよじり、力を込めている様子だが、一向に動き出すような気配は見られない。徐々に目が血走りはじめているようにも見える。
「スクラップ・ツイン・ドラゴンの効果を発動。ライノタウルスを破壊し、オリエント・ドラゴン、希望皇ホープの2体を手札へ戻す」
本来エクストラデッキに存在していたモンスターを手札に戻したりデッキに戻したりと言った処理を行う場合、それらのカードは元あった場所―――――つまるところ、エクストラデッキへと戻る。
当然、「破壊され、墓地へ送られたとき」などの効果は発動しない。また、シンクロ召喚や融合召喚に使用したモンスターは戻ってくることは無い。
《強制脱出装置》などの手札に戻すカードが、現在の環境で強力なカードに数えられている由縁である。と、叶と店長は語っていた。
利用しない理由は無いだろう。これで、相手の場は完全に空。手札もゼロとなった。
「――――バトル。二体のモンスターで攻撃を行う」
攻撃力の合計は5800。これで終わりだ。
宣言と同時、二体の竜の口腔より、強烈な閃光が放たれ。
極大の爆発が巻き起こった。
+ + +
周囲に満ちていた砂煙が晴れていく。
視界の隅に、先程までデュエルを行っていたロボットが映った。ダメージが原因か、それとももっと別な要因があるのか、動き出す気配は無い。
「……………………」
一帯を覆っていた光の壁も取り払われたようだ。これなら、すぐに逃げ出すこともできるだろう。ロボットの方へと近づくも、反応は無い。調査も容易だ。
装甲板の厚さは、おおよそ6ミリ前後と言ったところか。軽く叩いてみると、大きな反響音が聞こえてくる。内部は空洞になっていると見るべきだろうが、あれだけの挙動をしておいて空洞とは。空を飛ばなければならないという関係上、少しでも重量を軽くしたかったということだろうが……。
どこかに製造番号でもあれば御の字だろう。そう思い、ロボットの外装を軽く撫でてみるも、それらしき窪みなどは見当たらない。となれば、内部にあるのだろうか。
「……………………」
メキメキメキィ!
「にゃああぁ!?」
異音と共に、外装が剥がれ落ちていく。もとい、外装を剥がしていく。あまりに異質な光景ゆえか、叶が悲鳴を上げた。
この強度を見るに、アルミかステンレスと言ったところか。あるいは何らかの合金かもしれない。前もって睨んでおいた通り、内部の構造は空洞に近い。集積回路やコンピューターらしきものが備え付けられているところを見ると、本体はこちらか。既に動作はしていない。
認識番号などは無いだろうか……その考えを基に内部を探し回ってみると、ある一部分に刻印がなされていた。ひっかき傷にも近い、乱暴な刻印。そこには一文、Achamoth(アカモート)と書かれている。
この機械の名称、だろうか。グノーシス主義における高次の霊体、アイオーン。その一つ「ソピアー」の生み出した分身、だったと思うが。
もっとも、ただ名称だけ分かっても仕方がない。他に何か無いか……そう考えて、再度探索を始めたその時、上方から空気の抜けるような軽い音が発せられた。
と、同時に金属の落下音が響く。どうやら、別箇所の装甲板が落ちてきたらしい。
覗き込むと、そこからは一枚のカードが排出されていた。《
「…………っ」
手に取ると、奇妙な感覚が俺を襲った。
まるで、融けた鉛を全身に流し込まれているかのような重苦しさと息苦しさ。これが何なのかは分からないが……できることなら、一刻も早く手放してしまいたい。
しかし、これは……叶の反応を見るに、恐らくはイレギュラーな存在だ。手放してしまえば、この世界にとってどのような影響があるのか、計り知れない。
突発的な不調に見舞われながらも、カードそのものを確かめていく。
そのカード枠は、他のモンスターカードのいずれにも属さない――――黒。テキスト欄を軽く読み取ると、「エクシーズ・効果モンスター」との記載があった。他のカードとの共通項を考える限り、これは「エクシーズモンスター」という種類のモンスターなのだろうと考えられるが……。
「レベル4モンスター×2」とあるが、これは、シンクロで言うところの素材カードか。確か、フレムベル・ヘルドッグとフレムベル・グルニカのレベルは、どちらも同じく4。このモンスターの周囲に二つの赤い星が浮いていたのは、これらのモンスターが素材になっていることを示していたということだろう。
効果は、素材を消費しての攻撃無効。また、エクシーズ素材が無い場合、破壊される効果も持つ。レベル4モンスターが2体存在するだけで特殊召喚できるというのは強みだろうが……こうしたデメリットも、同時に持ち合わせていたか。
叶の言っていた、戦闘破壊耐性は無かった。記憶との齟齬があるのか、それとも認識の違いか。単に世界が違うという理屈も、あるにはあるが。
「………………む」
と、思考を重ねているうちに、アカモートの内部コンピュータが謎の音声を発し始めた。ピ、ピ、ピ、と……まるで、内部を走査しているかのような。
『ナンバーズの受領完了。本機は機密保持のため、自爆します。カウントダウン。30』
直後、そのような音声が発せられた。
成程、自爆か。
「えっ」
機密保持として考えれば随分と荒い考え方だが、この世界の技術力を考えれば、跡形も無く消滅させるような状況を作り出したとしても、何ら不自然は無い。
唖然としてその場に立ち尽くす叶をよそに、内部に備え付けられたカードを回収していく。
自爆に巻き込まれれば焼失する可能性があるとはいえ、これらのカードの中には本来存在しえないものが含まれている。仮に残ってしまったとき、回収されて面倒を被るのはこの世界の人間、ひいては本来的に「主人公」と呼称される不動遊星だ。
叶の記憶と照らし合わせ、調査を行う必要もある。現状は回収することが望ましいだろう。
エクストラデッキを含め、合計54枚。先程のエクシーズモンスターを含めれば55枚丁度。これで良し。
「逃げるぞ」
「うにゃっ!?」
立ち尽くしてオロオロしている叶を脇に抱え込み、路地裏の向こうへ向かって猛然と走り出す。
残るカウントは10。逃走を続けながら、脳内で残りの秒数を刻んでいく。
……5、4、3、2、1――――――。
ゼロ。思考の中で宣言したその瞬間、背後から爆音が響いてきた。どうやら、自爆は完了したらしい。軽く背後を振り返って確認すると、天高く煙が上がっていた。
見たところ、爆破範囲は半径5メートル前後と言ったところか。充分に巨大な爆発だが、こちらに来ての数日間、何度か似たようなことがあったことを考えると、そう珍しい事ではないのかもしれない。
安全が確認できたその時点で、叶をその場に下ろす。この突飛な展開に対して混乱しきっているようで、目を回してしまっているのが見て取れた。
数秒の後、遠方から消防車のサイレンの音が聞こえてきた。どうやら騒ぎを聞きつけてきたらしい。
このまま通りまで走り抜けることべきか。いや、それだと先の爆発に関わっていると自ら証明するようなものだ。今は何事も無かったことを装うべきだろう。
裏路地は、無数の道が入り組んでいて、迷路のようになっている。出入り口が複数あるという意味では迷路とは程遠いのかもしれないが……。何食わぬ顔して出ていけば、俺たちがあの爆発に関わっているとは思われまい。
少しずつ、速度を下げていく。しばらくして、いつも通りの歩行の速度になり、完全に静止する。
怪我をしないよう、ゆっくりと叶を地面に下ろしていった。未だ混乱の最中にあるのか、目を白黒させている。落ち着くための時間も必要だろう。
二、三度、深呼吸をするけの間をおいて、問いかける。
「大丈夫か」
「だったらいいな……」
一連の出来事のせいですっかり疲弊してしまったようで、脱力したままに叶は動こうとしない。
「手を」
「いい。それより、さっきのデッキを」
差し出された手に、先程回収したカードを載せる。無論、どのような弊害があるのか分からない以上、希望皇ホープは手渡せないが。
うむ、と頷いて直後、叶はデッキの内容を確認し始めた。
「……基本は【フレムベル】……だが、やはり、エクシーズ関連のカードがあるな。どころか、エクストラもシンクロとエクシーズの混成……………………ん? ナルセ、ホープは?」
……流石に気付くか。いや、誤魔化そうとした俺も俺で問題だろうが……。
「……問題があって、渡すに、渡せそうに……」
「いいから寄越せ! 色々と確認したいことがあるんだ!」
と、もう片腕に持っていたカードを奪い去っていく叶。
小さな体躯も相まって、まるで猫のような身のこなしだ。元々、体を動かすことに関しては筋も良いのだろう。が、今はそれが災いした。
「…………――――――っ」
「……むぅ。ナンバーズの共通効果は無しか。まるきり普通のホープだな。いや、この世界では普通ではないか……どうした、ナルセ」
「……平気、なのか」
「何のことだ?」
あっけらかんと答えて見せる叶。
軽く見たところ、先程の俺のような症状がある風には見えない。
どういうことだろうか? 先程の不調は、あのカード……希望皇ホープが原因ではないということだろうか。そもそもカードを所有していることが不調につながるということは、通常無いのだが……ここはそういう世界だという言もある。決して鵜呑みにはできないまでも、状況を考えれば、原因はあのカードしかありえない。
では、何故叶は不調を訴えないのか。生理的な諸々の事情もあり、女性の方が男性よりも痛みに強いという話は聞いたことがあるが、こうまで強いということはありえないだろう。ああまでの不調が出るなら、多少ならず表情にも変化は出るはず。
ならば、他に何か理由があると見るべきか。
「……うん。これについてはしばらく私が預かることにしたいんだが……異存は?」
「無い」
元より、そのつもりだ。何も知らない俺が持っていても、良いことはあるまい。
少なくとも、希望皇ホープのカードに関しては叶が所持していた方がいいだろう。俺が持っているときは、壮絶なまでの吐き気と倦怠感に襲われたものだが、彼女に体調不良の兆候は見られない。彼女自身も自分の体調のことはよく分かるはずだし、俺が外から見ていて分かる体調の変化というものもあろう。いざという時は、俺が預かっておけば解決する話だ。
……さて、こうなると、最早何もすることが無くなった、と言えるだろうか。
「さ、先に帰るぞ! 色々、検証したいこともあるしな、うん!」
――――と。唐突に、叶はそんなことを俺に告げた。
「おい」
呼びかけるも、話を聞く間も無く、叶は持ち前の俊足で通りを駆け抜けていく。
小柄な体躯故に、人ごみさえものともせずに走り抜けていくその様は、急いでいるというよりも……どこか、「逃げている」という印象が強い。
何から? あるいは――――誰から?
いや、状況を……これまでの彼女の様子を見れば、それは自ずと理解できる。
叶は、
+ + +
全力で通りを駆け抜け、数分。叶はようやくカードショップに到着した。
恥も外聞も無く、それこそ全力で走り抜けてきたせいか、息は荒く、既に疲労困憊の状態に陥っていた。
息を整え、身なりを整えてから店内へ入っていく。今の季節には少し寒すぎるくらいの、空調の強い風が肌を撫でた。
「いらっさい……ってなんだ、まおっちんか。ってあれ? 城戸君は?」
日々入り浸っている以上、このような対応も仕方のない事だろう。酷く疲れた様子で、片手を挙げてそれに応えると、叶は普段自分たちが使っているデュエルスペースの席に着いた。
鞄を隣の席に降ろし、机に突っ伏して……そこでようやく落ち着いたのか、叶は軽く息を吐いた。
――――途端、先程の光景が想起される。ようやく落ち着いたためか、思い出される光景のいちいちがひどくリアルで――――そのとき感じた恐怖さえもが、彼女の中で渦巻いていた。
恐怖。この世界に辿り着き、初めて出会った同胞への――――恐怖。
火炎に焼かれ、竜の牙によって噛み砕かれ……それでもなお立ち上がり、平然とした顔で敵に向かって対峙する。その姿は勇壮と言うよりも……どこか危うげであり、何よりも、眼前の機械よりも余程機械的だと、叶は感じた。
何も感じていない人間など存在するわけが無い。まして、事実として彼は攻撃を受ける最中、痛みの証左として顔を歪めてしまっていた。しかし、その直後だ。彼の顔つきが、どこか無機質なものへと転じたのは。
そういえば、と叶はこれまでのことを思い出す。
城戸成瀬という青年が、声を荒げたのを見たことは、一度として無い。驚きや疑惑、疑問を表すことはあれど、それ以外の感情を表に出した姿を見たことは、殆ど……いや、全くと言っていいほどに無かった。目は口ほどにものを言うとも言うが、実際の所、彼の眼からは一切の感情が窺い知れない。
目が死んでいるという言葉もあるが、まるきりその通りだ、と叶は感じた。
デュエルの最中とて、彼が喜びや楽しさを見出した姿を見たことは無い。今回のデュエルは除くにしても……普段、彼とデュエルをしていても、感情を表したことは、これまでに一度として無かった。
それは、彼の過去に起因するものであるのだろうか?
言うなれば、叶がこの世界の「王」を目指すことと同様に――――。
「……胡桃沢」
「およ、俺?」
ふと、叶は唯一の知り合いとも言える大人に声を掛けていた。
「……仮にだ。友人が交通事故に遭ったとしよう」
「え、城戸君そんなことになったのか!?」
「違うわ! ……仮に、と言ったろう。仮にそんなことがあったとして……でも、平然とした顔でそいつが戻って来たとして、お前なら……どう思う?」
数秒の逡巡。その後に、何の気負いも無しに胡桃沢は言葉を発した。
「嬉しいもんじゃね? 友達なんだしさ」
至極当然のように。そうあることが通常であるかのように。
恐らくは、先の思考時間は想定の間隙を突かれた結果であるのだろう。もしも叶の疑問が既に想定されたことであるのだとするなら、その思考時間は一秒にも満たないものであったのかもしれない。
「………………あ」
「そう思えなかったってことは……ま、付き合いが短かったか浅かったか、相手のことをよく知らなかったってことなんじゃないの?」
胡桃沢の言葉のいちいちが、叶の心に引っかかる。
確かにその通りだった。叶と成瀬は、出会ってまだひと月も経ってはいない。互いに互いのことを知らない――知る勇気も無い――し、共にいるのは、結局、同郷の人間であるが故のことだ。 確かに、付き合いは短い。そして何よりも、浅い。
これまでに行ってきたデュエルなど遊びと調整の範疇だし、命の危険に晒されたりということも――――先程以外は無い。意思疎通も、成瀬の無口故に必要時以外は最低限だ。
成瀬は自分のことを語らない。
叶も、聞かれない限りは自分から答えようとは思えない。
故に生じたのだろう。先の恐怖という感情は。
「腹割って話し合うのがいいんじゃないか。俺よく分からんけど」
友達少ないからなー、と愚痴を吐く胡桃沢。それが聞こえているのかいないのか、叶は一人、思考の渦の中にいた。
これまでの自分たちを想起し、これからの自分たちを思考する。今からどうすれば良いのか。これから何をすべきなのか。
――――答えが出るのはもう少し先だろうということは、何とはなしに理解できた。
+ + +
人通りの多い大通りの中を歩いて行く。
カードショップとはまるきり逆の方向。かと言って、現住所としているマンションからも遠い。近場に駅があるわけでもない、見知らぬ道だった。
通りを歩いてゆく人々の顔は明るい。俺とはまるで対照的だ、と感じる。
楽しさ。嬉しさ。……どんな感覚だっただろう、それは。
そういえば、以前にも自問自答していた。あれは――――炎城ムクロとの対戦の後、か。
高揚。歓喜。言葉として、概念としての意味は理解できるも、それがどういったものかという点については、未だ曖昧だ。かつて抱いたことがあるはずだったそれは……いつから、感じなくなってきただろう?
父が蒸発したときか。母が死んだときか。
それとも――――――――――……時か。
いずれにしても、最早取り戻すことはできない。時間は常に一方向であり、遡ってやり直したところでそれは今ここにいる俺には適用されない。新たな道筋が描き出され、独立した一つの世界として成立するだけだ。
俺は俺でしかない。それ以外のものにはなりようがない。
生きていく目的も失った、抜け殻のようなくだらない人間。されど、それ以外のものになれない。そうあることが苦痛であるかと言えば、そういうわけでもないのだが……。
ただ、人間としては欠陥もいいところだろうと思う。まともに生きていくのなら……それこそ、「目的」というものが必要になるのではないだろうか。
目的。それは何だろうか。叶を守ること。それは役割だ。誰の庇護も受けられない彼女を守らなければならないのは、同郷の者たる俺の役割だ……と、思う。
だが、目的は。
俺に目的は無い。矜持も無い。あるのはただ、役割だけだ。
それとて、いつ失うかも分からない程度の、恐ろしく脆いものだ。
どうすればいいのだろうか。自問自答したとて答えが出る様子は無い。元より、答えなど俺の中には無い。故に、答えは外から得なければならない。得られるかどうかという問題もあるが……。
「もし、ちょっとそこの人」
深く思考に入り込んでいた俺を、何者かの声が呼び戻した。
振り返ると、一人の少女がそこに佇んでいた。中肉中背。眼鏡をかけており、長い黒髪を首のあたりで束ねているくらいで、特徴らしい特徴は見られない。しいて言うなら、無用に整ったその容姿だろうか。
着用しているのは制服だが、この辺りではよく見る柄だ。暗い赤を基調としたブレザータイプの上着と、標準的なワイシャツにプリーツスカート。見たところ、高校生と言ったところだろうか。
西日が差し、少女の眼鏡に反射して映り込んだ。
「――――少し話があるんだけど、いいかな?」