「ふぁ・・・」
寝不足の目蓋に冷たい風が鋭く刺さる。
「珍しいね。河瀬がアクビなんて。」
「うん。。。昨日ちょっと、夜更かししちゃって。」
私達は、いつもの通学路をいつものように、二人並んで歩いていた。
やっぱり、普段早く寝ている分、少しでも遅くまで起きていると眠くて仕方がない。
スポーツドリンクを鞄から取り、冷たい飲料を喉へと流し込む。
少しだけ、目が覚めた。
「あ、そういえばさ、できた?企画。」
彼にとっては、何気なく振った話題なのだろうけれども、タイミングが良すぎて少し驚いた。
「うん。出来たよ。〆切は明日だから、流石にね。」
「へえ!どんな話なの?」
「それは・・・。」
作った話は、誰かに聞いてもらいたい。
私の、私だけの物語を誰かと共有したい。
そんな衝動に駆られるが、ここはグッとこらえた。
「明日までの、お楽しみ、かな?」
そういえばまだ石井くんの作った企画を見ていないし、明日、お互いの作品を初披露というのも悪くないかもしれない。
「えー。。。まあ。いっか。」
"まあいっか"は、彼の昔からの口癖だ。
そんな口癖を、私という人と成りを示すような何かを、私は持っているのだろうか?
そんな私の不安は、次の日に、より、大きなものになってしまった。
第一回の企画会議。
まずは、伊丹さんのプレゼンだった。
「俺の企画は、『噂』を題材としていて、主人公である多井倉はある日友人からこのような噂を聞きました。」
伊丹さんが持ってきた資料に目を通す。
その活字は、圧倒的なまでの世界を持っていた。
「彼女の恋人は、数日前に殺人事件の被害者となっていたので、彼女はそれを信じました。」
彼の頭のなかには、どんな世界があるのだろう。
彼の瞳のなかには、どんな世界が映るのだろう。
「怪しい人物をたどり、ついに見つけた噂の元凶は、ただの研究であり、根も葉もない噂を信じただけだったのです。」
彼の口からは、丁寧に紡ぎ直された物語が流れてくる。これはただの企画だというのに、聞き入ってしまう。
「俺の案のテーマは、根も葉もない噂に翻弄される人々の狡猾さを描くことにあります。」
すごい。
私の企画なんて、足元にも及ばない。
こういう人のことを、天才というのだろうと思った。
「うん。伊丹らしい題材だな。じゃあ、次は河瀬。」
え!私の番!?
「は、はい!」
思った以上に大きな声が出てしまった。
慌てて立ち上がり、考えておいた要約を話す。
伊丹さんのものに比べると大分短くなってしまっているけれど。
「え、えっと、私の考えたのは、一つの場所でのみ繰り広げられる物語です。」
一晩かけて考えた作品は、とある女子高生が、何もかもがうまくいかなくて、でもどうしたらいいかわからなくて、そして、家出をしてしまうというところから始まる。
「一人の女子高生が傷心から誰も近づかない場所に行ってしまって、そこで、そこにいる人達と交流をするっていう物語です。」
その先で自分とは違う境遇の人とふれ合い、考えを変えていくのだ。
さっきまでは自信満々だったけれども、少し発表するのが恥ずかしくなってしまった。
私は、説明を終えて、席につく。
最後は、石井くんのプレゼンだ。
今回の企画はこの様子だと、伊丹さんの物語が通るだろう。レベルが違いすぎる。流石に、初心者の越えられるような壁じゃない。
「よし。最後は石井だな。」
先程よりもやや抑揚があるような声で、溝口さんが合図を送る。
「・・・僕のはですね、家出をしていった少年が出掛けた先で"香具矢"という少女と出会って、その香具矢と日本の暗部を見てしまい、自分が今、いかに恵まれているかを自覚する物語です。」
・・・あれ?
私のと、被った・・・?
石井くんの作った物語は、私のものと題材がとても似ていた。
慌てて資料を読み直す。
"友人と喧嘩をして、両親とも進路で揉めて"
"彼は、名前も知らない町につく"
"香具矢と出合い、そこで数日間過ごしていく"
細部は違えど、基本的な話の流れはほとんど同じ。
それだけではない。
私のものよりも、彼の作品からは、伊丹さんの物語と似た何かを感じた。
これが、
彼は、石井くんは、幼馴染みは。
私のような、凡人では無かったのだ。
私は、そんなことにとても衝撃を受けた。
置いていかれたような気がした。
ずっと、隣にいる。足を並べていた。
彼のことを、
そしてそんなことを気にしている自分自身が、嫌に小さく、惨めで醜い。
人の才能を認めたがらないのは、愚かな所業だ。
声が、溝口さんの取り仕切る声が、本多さんがはしゃぐ声が、内田さんが騒ぐ声が、周りの声が、やけに遠く思えた。
私は、いつものスポーツドリンクが入ったペットボトルを、握りしめた。
「私って、向いてないのかな・・・。」
蚊の泣くような、小さな声で呟いた。
「ん?なんか言ったか?」
横から、私に話しかける声が聞こえた。
振り向くと、石井くんが肩にリュックを引っ掛け、私の顔を覗き込んでいる。
今の、聞かれた・・・?
私は咄嗟に、彼を誤魔化した。
「ううん。何でもない。私、もうちょっとここにいるから、先に帰ってよ。」
石井くんは少し表情を曇らせたが、けろっとした顔をして先に部屋を出ていった。
「じゃあ、先帰ってるよ。あんまり遅くなるなよー。」
廊下から、冬の乾いた風が吹き込む。
「うん。」
生まれて初めて、彼に、愛想笑いをした。
大人に媚を売って、気に入られるための仮面を。
「・・・うん。」
自分が一番嫌いな、汚い表情を。
「あーあ。二人とも凄かったな。」
気分を紛れさせようと、無理矢理声を出す。
「自信、なくなってきちゃったよ・・・。」
泣きそうになるが、手に持つペットボトルの中身を、身体に押し込む。
いつもの甘さと塩味が混ざった味をしている。
身体が冷えて、より一層、孤独感が募る。
そういえば、私は、今、この部屋に一人だ。
独りきりだ。
そんなことを考えていた矢先、フィルム・クラブの入り口が開いた。
入ってきたのは、手入れをしていない黒髪を肩まで伸ばし、黒いマフラーに黒いコートを羽織った、全身を黒で包んだ、あの物語を創り出した、そんな天才だった。