親愛へのレスポンス ~ Story of Honoka 作:Kohya S.
翌日、私たちは秋葉原駅で待ち合わせて千歳橋高校に向かったんだ。今日もいい天気だね! 昨日は意外に疲れてたのか、今朝は思い切り寝坊しちゃったけど……午後からでよかったな。
ちなみに、お母さんに今日のことを話したら、差し入れにって、ほむまんを持たされちゃった。
ことりちゃんが持ってきた大きなトートバッグに、三人分のスケッチブックを入れて、そのバッグは私が持ったんだ。
最寄り駅で降りて歩いていきます。今日はふざけたりしないもんね。
千歳橋高校の前で、ことりちゃんがスマートフォンを見ながらいいました。
「すこし早く、ついちゃいましたね」
「早いけど、電話してみよっか」
私は自分のスマートフォンを取り出して、連絡先から神部君をタップ。
「はい、神部です」
「あ、高坂です。ごめん、すこし早く着いちゃったんだけど……」
「いま向かってますので……すみませんが五分くらい、待っててもらえませんか。校庭には入れると思います」
「りょーかい。よろしくね」
私は電話を切りました。
「五分くらい待ってて、だって。校庭に入ってもいいみたい」
うなずく海未ちゃんとことりちゃん。
校門から中に入って、通路を抜けると校庭だね。校庭には誰もいなかったけど、体育館のほうからは声が聞こえてきたんだ。
私たちは体育館まで行って入り口からのぞき込んじゃいます。
「バスケ部ですね」
「男子と女子みたいです」
と海未ちゃんとことりちゃん。うん、男子バスケ部はちょっと新鮮だなあ。
でも、やっぱりオトノキよりはすこし狭いね。
体育館の隣には自転車置き場があって……オトノキは自転車通学は禁止なんだよねー。
うろうろしていると私のスマートフォンが鳴ったんだ。
「神部です。いま着きましたので、昇降口まで来てくれますか」
電話を切ってから、海未ちゃんとことりちゃんに話して、そちらに向かったの。
昇降口から入ると倉田君が待ってました。
「あ、ども」
「こんにちは」と私。
倉田君から来客用のスリッパを借ります。
「いま、神部は生徒会室の鍵を取りに行ってるんで」
私たちはしばらく待つことに。
壁に目をやるとポスターがたくさん……いろいろあって面白いなあ。文化祭が近いからか、その関係が多いみたい。
「このイラスト、すごく上手です」
ことりちゃんが見ているのは文化祭の案内のポスターだね。
横に移動しながら眺めていると、私はいつの間にか廊下のすぐそばまで来てたみたい。
たったった、とリズミカルな足音が近づいてきて……私が顔を上げた瞬間、右側からだれかが、ぶつかってきたの。
「わっ」とだれかの声。
「きゃっ」
私はバランスを崩してしまって、なんとか耐えようとしたんだけど、その人に押し倒されるような形になっちゃった。
私は思わず目をつぶってました。
その人はなんとか私を、押しつぶさないようにしてくれたみたいだけど……右手が私の胸をわしづかみにしてるよ!
「す、すみません」
あ、この声は神部君か。目を開けると意外なほど近くに神部君の顔があったんだ。私はどきっとしちゃった。
神部君はすぐに手を放し、さっと体を起こして。
「大丈夫ですか」
そういって手を差し伸べてくれたんだ。神部君の顔は真っ赤です。
私は素直に手を借りて、立ち上がりました。今回もお尻からだったので平気みたい。
「うん、なんともないみたい」
「穂乃果、大丈夫ですか」
海未ちゃんが心配そうに駆け寄ってきてくれて。
「大丈夫だよ」私は笑います。
「本当にすみません。すこし浮かれてたみたいで……」
神部君があらためて頭を下げるの。今回は私のおっちょこちょいのせい、じゃないもんね……。
「神部さん、お気をつけてくださいね」
さすが海未ちゃん、容赦しないね。
「はい、すみません」
神部君は平謝り。それを見て海未ちゃんは。
「廊下は走らない、ですね」
と微笑みました。
「穂乃果ちゃん、顔が赤いけど、ほんとうにへいき?」
ことりちゃんがそう聞くんだけど、私は適当にごまかしちゃいます。
「うん、私のお尻、おっきいからね」
赤くなってる理由、いくらことりちゃんでも、話せるわけないもんね!
・
ひと騒動あったあと、五人で生徒会室に向かったの。生徒会室は二階の端にあって、オトノキより大きいみたい。
神部君がプロジェクターとパソコンを用意します。ことりちゃんには無理をいって、わざわざパソコンを持ってきてもらったけど、まずは千歳橋高校のパソコンを使うことに。
あらためて資料を表示してみたんだけど、悪くないと思うよ。
「それで、発表について、ちょっと調べてきたんですけど……」
そう、神部君が切り出したの。
「役割は分担したほうが、いいみたいですね」
そういえばUTX高校はそんな感じだったね。
「パソコンを操作する係とか、ですか」
海未ちゃんがそういうと、うなずく神部君。
「そうですね、あとはタイムキーパーとか」
「うーん、今回は五人だからなあ」私は腕を組みます。
「あ、俺、操作係、やります」
倉田君は早々に立候補したの。ちょっとずるい感じー。
「発表はやっぱり神部さんと穂乃果が、ふさわしいのではないでしょうか」
海未ちゃんはそういうけど……。
「ことりちゃんは?」と私。
「私はタイムキーパーでいいかな?」
ちょっと困ったような顔のことりちゃん。うーん、無理強いできないよー。それじゃあ海未ちゃんだ。
「ちょうど課題も、みっつ挙げたし、海未ちゃんも発表しようよ」
「そうですね、バランスがいいと思います」
神部君も賛成してくれて。
「……仕方ないですね」
海未ちゃんは微笑んでくれたんだ。
「それじゃ、さっそく練習してみよっか」
うん、この感じ、ちょっぴりライブの練習に似てるかも?
「あの、昨日の最後に出た意見で、すこし資料を直したいんだけど」とことりちゃん。
「おお、そうだね」
ことりちゃんよく気が付くよね。
すると。
「あの、飲み物でも買ってきます」
海未ちゃんがそういって席を立ったんだ。海未ちゃんも気がきくなあ。
「あ、そうだ、ほむまん持ってきたから、休憩のとき食べようね」
「それはいいですね」
「わー、穂乃果ちゃん、ありがとう」
「私も一緒に行きます」
神部君も立ち上がり、海未ちゃんと一緒に生徒会室から出ていきました。
―――――――――
私と神部さんは生徒会室を出て、廊下を歩いていきます。
「たしか、学生食堂に自動販売機がありましたね」
「はい、そうですね」
誰もいない廊下に私たちの足音が響きました。遠くからきこえてくるのは、練習中の吹奏楽部でしょうか。
「その、今日はすみませんでした」と神部さんがいいます。
「ああ、穂乃果のことですね」
私は思い出します。神部さんは反省されているようですし……。
「あまり気にされないでください」
私はそういって笑いました。
「穂乃果はよく転んでますから……。慣れたものでしょう」
「それならいいんですが」
神部さんはすこしほっとしたようでした。
階段を下りて学生食堂に向かいます。
私は昨日と今日のことを思い出しました。
「神部さんは、いろいろとお気付きになりますし、よく調べられていて……ほんとうに助かります」
私は軽く頭を下げました。彼はあわてたようにいいます。
「いえ、その、音ノ木坂の皆さん、みんなすごいので……高坂さんのやる気とか、園田さんの文章とか……南さんもしっかりしてますね」
「そんなことはありませんが……」
今度は私のほうが恥ずかしくなります。
「それで、俺でもなにかできないかなって」
彼は照れたように笑いました。
「その、ありがとうございます」
私はそう答えるのがやっとでした。
学生食堂に入って、自動販売機でお茶やジュースを買いました。
生徒会室に戻りながら神部さんが聞きました。
「そういえば、高坂さんがいってた、ほむまん、っていうのは?」
「ああ、あれですか」
私はくすりと笑います。
「穂乃果の家は和菓子屋で……ほむまんは、そこの名物なのです」
「それは楽しみですね」
神部さんが笑いました。
「ええ、私の大好物です」
私も笑って答えました。
私たちは生徒会室に戻りました。
「はい、どうぞ」
私は穂乃果とことりにペットボトルを手渡します。
「ありがとう、海未ちゃん」
穂乃果が受け取りました。
「今度は間違わないでくださいね」
私は思わず口に出していました。
「……海未ちゃん、そういうのはだめだよー」
ことりがいいましたが時すでに遅し、でした。
神部さんは黙ってあさってのほうを向いてしまい、穂乃果もいつになく頬を染めています。
微妙な雰囲気が流れてしまいました……。どうして私は機微に疎いのでしょうね。反省です。
「資料の修正、終わったよ」
ことりが空気を変えるためでしょうか、明るくいいました。
「発表のほうだけど……順番はどうしよっかな」
穂乃果が首をかしげます。
「この資料の流れだと……神部、園田さん、高坂さん、がいいんじゃね」と倉田さん。
「そうですね、それでどうでしょうか」
神部さんがいうと、みなもうなずきました。
「それじゃ、ひとりずつ、練習していこうよ」
穂乃果がいいます。
倉田さんがパソコンの前に座りました。スクリーンに発表資料が映し出されます。
まず、神部さんがスクリーンのわきに立ちました。
「えー、では音ノ木坂学院と千歳橋高校の発表を始めさせていただきます……こんな感じでしょうか」
「うん、そんな感じだね!」と穂乃果。
神部さんは資料を見て話しながら、話す内容を確認していきます。彼はときどき手元のスケッチブックにメモを取っていました。
私たちはところどころ改善する点を指摘します。
続いて私の番ですね。
「それでは続いて、会場の確保について、お話しさせていただきます……」
なかなか思うように言葉が出てきませんでしたが……穂乃果やことり、神部さん、倉田さんのアドバイスで、なんとか話すことを整理できたと思います。
スケッチブックにポイントを書いておきました。
そして次は穂乃果です。
スクリーンを見ながら話しはじめました。
「えーと、よし。いくよ。……やっぱり文化祭に欠かせないのは、イベントです!」
ふふ、元気がいいですね。穂乃果はところどころ、心もとないところもありましたが……それでもしっかりと話していきました。
途中で穂乃果が目を輝かせます。
「そうだ、ここで一曲、歌うのはどうかな?」
「個人的には嬉しいですが……」
神部さんは苦笑しています。
「さすがにそれはちょっと……」私もいいました。
「いいアイデアだと、思うんだどなー」
たしかに穂乃果らしいですけどね。
「……以上です。どうもありがとうございました!」
最後まで話し終えて、穂乃果は私たちに向かって大きくお辞儀しました。
「ばっちりですー」
ことりが拍手しました。
「えへへ、いい感じかな」
「……しかし、まだまだですよ。曲でいったら、まだステップを確認しただけです。きちんと全体を通して、練習しないと」
私がいうと神部さんもうなずきました。
「そうですね、それぞれ、自分のところを見直してみてから……リハーサル、してみましょうか」
「うん、そうだね」と穂乃果もうなずきました。
ことりにもパソコンを出してもらいます。
穂乃果と私はことりのわきからパソコンをのぞき込んで、自分の個所を確認します。神部さんたちも同じですね。
「……私たちの考えは……」
「ここで問題になるのは、生徒会との関係です……」
「……共催で課題をひとつ、解決できると思います……」
三人でぶつぶつと話しているのは……ちょっと不思議な雰囲気ですね。
ことりにお願いして計ってもらったりして、時間配分も計算します。
そうしていたのは三十分ほどでしょうか。
「よし、そろそろ通してやってみようか」
穂乃果がいいました。私たちも顔をあげます。
「それじゃ、俺から行きますね。南さん、時間の確認、お願いします」
「はい」
ことりちゃんは黄色いスマートフォンを取り出しました。
スクリーンに資料が映し出され、神部さんが話しはじめました。
「……五分経過ですー」
神部さんの発表はスムーズでしたが、すこし時間超過のようでした。
「ちょっとペースが遅いですね、すみません」
神部さんはそういって私に交代しました。
「海未ちゃん、ここで時計をリセットするから、自分のペースで進めてね」
「はい、わかりました」
私はさきほどの練習を思い出して話していきました。我ながらまずまずのできだと思います。
私が説明し終えたそのときに、ことりがいいました。
「はい、十分でーす」
「おお、さすが海未ちゃん、ぴったりだね」
穂乃果が拍手します。すこし照れますね。神部さんはなにかメモを取っていました。
私から穂乃果に交代です。
「よし、じゃ、私もいくよ」
「がんばって、穂乃果ちゃん」
穂乃果が話しはじめます。さきほどよりも格段になめらかです。
「……十五分ですー」
ことりがそういったときには、もうすこし発表内容が残っていました。
穂乃果はそのまま最後まで続けました。
「どうだったかな」
穂乃果が席に戻っていいます。
「みんな、格段に良くなったよ」と倉田さん。
「でも、時間配分、難しいですね」
ことりがいいます。
「うーん、私、もうすこし速くしなきゃダメかなー」
穂乃果が頭を抱えています。
「いえ、高坂さんのところは分量が多いので……それに、最後ですし、やはり時間をかけたほうがよいと思います」
神部さんがそういうと穂乃果が顔をあげました。
「園田さんと私のところでペースを上げて、すこし省略してみましょう」
神部さんの提案に私もうなずきました。
「そうですね、私もそれがいいと思います」
「ありがとう、神部君」と穂乃果もいいました。
続けて、私は考えていたことを口にしました。
「気になったのですが……最初に、みんなの名前を紹介したほうがいいのではないでしょうか」
「そっか、みんな、知らないもんね」と穂乃果。
「では、私が代表して、最初にいいましょうか」
神部さんがいいます。
「音ノ木坂学院から、高坂、園田、南が、千歳橋高校から私、神部と倉田が、発表いたします……こんな感じでしょうか」
「うん、いいと思うよ」
穂乃果がいうと神部さんは「はい」と答えました。
「神部は、スクリーンじゃなくて、会場を見たほうがいいんじゃね」
倉田さんがそういいました。
「ああ、そうかも」神部さんがうなずきます。
「その点、園田さんと高坂さんは、よくできてたし」
これは、きっとμ'sの練習のおかげですね。穂乃果と私は視線を交わして微笑みあいました。
次に神部さんがいいます。
「あの、園田さんの発表は、もうすこしメリハリが欲しいと、思いました」
「なるほど……」
「とてもスムーズなのはいいのですが、演出としての効果を、狙ってもいいのではないかと」
たしかに、どうしても淡々としてしまいますね……。
「海未ちゃん、ライブを思い出してよ」とことり。
「そうですね、静かなところは静かに、盛り上げるところは盛り上げないと、ですね」
「はい♪」
ことりが微笑みました。
みなが一通り意見を出したあと、穂乃果が思い出したようにいいました。
「そうだ、私、あのスクリーン消すやつ、やりたいんだけど」
「ああ、UTX高校のかたがやられていた……」
私も思い出しました。
「あれは、スクリーンでなく人に注目を集める、という意味では効果的ですね」
神部さんがうなずきます。
「……しかし、使いどころが難しいらしいですよ。失敗すると、流れが断ち切られてしまいます」
「うん、でも、やってみたいな」
穂乃果が目を輝かせました。
「では、倉田に合図を送ってください」
「わかった!」
そのあとしばらく穂乃果は倉田さんと合図を打ち合わせていました。「これでどう?」「わかんねえかも」「えー、じゃあ、こう?」「そっちならマシかな」「おっけー」
「では、もう一度、いきましょうか」
私がそういうと、ぐーっとなにかの音が響きました。
「……おなか、すいちゃったな」
穂乃果が舌を出して笑いました。思わず私たちも笑ってしまいます。
「そうそう、ほむまんだよ!」
穂乃果はしばらくごそごそと鞄を探していましたが。
「じゃーん!」
大きな袋を取り出しました。中にはお饅頭がつまっています。
「たぶん、ひとり二個ずつ、あると思うんだ」
「わーい、穂乃果ちゃん、すてきですー」
「ありがとうございます、穂乃果。では、さっそく、いただきましょうか」
ことりと私はそういいますが、穂乃果はなにか思いついたようです。神部さんに向かっていいました。
「あ、そうだ、屋上、いけるかな?」
「ええ、大丈夫だと、思いますよ」
突然の穂乃果の言葉に驚いたようでしたが、神部さんはそう答えます。
……屋上ですか。ちょっといいですね。
「わーい、いこういこう」
穂乃果はそういってほむまんの袋と、ペットボトルを持ちました。
「もう、仕方ないですね。……すみません、神部さん」
私は神部さんに頭を下げました。
「いえいえ、どうせ誰もいませんから」
彼はそういって手を振りました。
「鍵は取ってくるよ」
倉田さんが先に生徒会室から出ていきます。
私たちは飲み物を持って屋上に向かいました。
・
「ありがとうございます、倉田さん」
屋上への扉の前。鍵を持ってあとから来た倉田さんに、私はお礼をいいました。倉田さんが鍵を開けます。
屋上に出ると、前回と同じく、素敵な景色が広がっていました。すこし風が強いですが……ずっと生徒会室にいた私には、その風も新鮮でした。
ほむまんの袋を床に置いて、私たちはその周りの思い思いの場所に座りました。
「あ、これ、おいしいですね」
ほむまんをひとくち食べて、神部さんがいいます。
「えへへ、ありがとう」
穂乃果が笑っていいました。
「今度よかったら、買いにきてね。おまけしちゃうよ」
「はい、ぜひ行きたいです」
穂乃果は商売上手ですね。
おしゃべりをしながら、ほむまんを食べ終えて、私はすこし寒くなったのを感じました。それに……お花を摘みにいきたくなりました。
「そろそろ戻りましょうか」
「はい」とことりがいいます。
「ほむまん、二個、余っちゃった」と穂乃果。
「穂乃果が食べてください」私はいいます。
「えへへ、ありがとう。神部君も食べる?」
「はい、いただきます」
「では、先に戻りますが……穂乃果も冷えないうちに、戻ってきてくださいね」
私はそう声をかけました。
「うん、食べ終わったらすぐ戻るよ」
ことりと私、倉田さんは、先に屋上から校舎の中に戻りました。
―――――――――
あんこには飽きちゃったけど、やっぱりほむまん、おいしいよね。
なんて考えてたら……いつの間にか神部君とふたりきりになってたの。そうすると、自然にいろいろなことが思い出されてきたんだ。パンツとか。昇降口のこととか。とほほだね。
「あの」
「はいっ」
神部君の言葉に私は飛び上がりそうになっちゃった。
「ほむまん、おいしかったです」
神部君が笑いました。
「ありがとう」
私はほっとして答えたの。
「それで……あの、今日はすみませんでした。昇降口で……」
そう続けた彼はすこし赤くなってるみたい。
「ううん、私はぜんぜん大丈夫だから……。その、いろいろ忘れて、ね」
私も頬が熱くなってくるのを感じちゃった。もう、私ったら。
「はい、すみません」
そう彼は繰り返したんだ。
私は立ち上がって屋上から外を見渡しました。
「いよいよ今週末、ですね」と彼。
「そうだね。私たち、なんとかなるかなあ」
彼も立ち上がって……。
「なんとかなりますよ……。というか、なんとかしましょう」
そういって笑ったの。
私はなんとなく、柵のほうに向けて数歩、踏み出しました。風に私の髪がゆれて……。なにかが心の奥から、わき上がってきたんだ。
『……♪~♫~』
私は思わず歌いだしていました。もう一歩、前に出て……。
『♫~♩~……』
さらにひとつフレーズを歌って、私は我に返りました。
彼のほうを振り返ると、彼は驚きの表情を浮かべてたの。
「あ、ごめんね。急に……」
私は恥ずかしくなって頭をかいちゃった。
「いえ、その、やっぱり上手ですね」
彼は火照った顔でそういってくれて。
「そっかな……」
あらためていわれると、私も照れちゃうな。
彼は一歩だけ私のほうに近づいて聞きました。
「なんの曲ですか……?」
「えへへ、実は私もわからないんだ」
私はそういって柵から外に目をやったの。
「いまみたいに……なにかに挑戦してたり、嫌なことがあったりしたときに、子供のころからよく歌ってたんだ……」
「そうなんですね」
彼も私の隣まで来て、一緒に外を眺めました。
「きっと、なにかの曲だと思うんだけど。なんとなく、前向きになれる曲なんだよね……」
私が言葉を切ると。
「あの、感動しました」
彼は私のほうをみて、そういってくれて。
「えっと、ありがとう……」
私は目を落として……そう答えたの。
彼はまた目をそらして、私も屋上からの風景に目をやって……しばらくふたりで、そのままたたずんでいました。
やがて、私は気を取り直しました。
「寒くなってきたし、戻ろっか」
「……はい」
彼はそういって、ほむまんの空き袋とペットボトルを手に取ったんだ。
・
鍵を返しにいく神部君についていってから、生徒会室に戻ってくると。
「遅かったですね、穂乃果」
「うん、鍵を返してきたんだ」
海未ちゃんに、私はそう答えたの。本当のことをいうのは、ちょっぴり恥ずかしくて。
さて、いよいよ机の周りに五人が揃ったよ。
「それでは、改めて、通してみましょう」
海未ちゃんがいって、倉田君とことりちゃんがスタンバイ。
まず神部君が立ち上がります。まずメンバーを紹介してから、資料にしたがって説明していく彼。うん、なるべく私たちを見るようにしてるみたいだね。
「ここまでで四分でーす」
海未ちゃんに交代。海未ちゃんの発表も、さっきよりも抑揚がついていて、ずっと聞きやすくなってるみたい。
「はい、八分三十秒ですー」
「いい感じだね、海未ちゃん」
私が笑いかけると海未ちゃんも、はにかむように笑ってくれたの。
「よし、私だね」
私はスクリーンの隣に立ち、話しはじめたんだ。そして山場にさしかかって。
「……イベントの目的は、なんでしょうか?」
ここで倉田君に合図を送ったんだ。さっと黒くなるスクリーン。
「私たちは、来場者のかたに楽しんでいただくことだと考えました」
もう一度私が合図すると、次のページが表示されたよ。打ち合わせ通りだね。私は説明を続けて……。
「……ありがとうございました!」
「はい、十四分、三十秒でしたー♪」
にっこりと笑うことりちゃん。
「やったー、かなりいいんじゃない?」
私はもう大満足なんだけど。
「はい、よくなりました」
神部君もすこし興奮してるみたい。
「素晴らしいですね」と海未ちゃん。
「ただ、穂乃果、あのスクリーンを消すところの合図は……」
「えー、わかりやすくていいと思うんだけど……」
手のひらをうしろの倉田君に、ばしっと向けてるだけだし。
「目立ちすぎです……」
「あの、タイミングを打ち合わせておけば、いいんじゃないかな」
ことりちゃんも、ちょっと苦笑いしてるみたい。うーん、そうしよっかな。
「じゃあ、倉田君、今回の場所で、お願いできるかな?
「おっけー」
倉田君が指でOKサインを作ってくれたよ。
「本番も、今日のペースで、いいんですね」
ことりちゃんが確認してくれたので。
「うん、いいと思うけど」
そういいながら神部君と海未ちゃんを見ると、ふたりもうなずいてるね。
「それじゃ、速すぎるときは、こんな感じで合図しますね」
ことりちゃんは腰のあたり片手を持っていき、手のひらを下に向けて軽く上下に振ったの。
「遅すぎるときは、こんな感じかな」
今度は手のひらを上に向けて振ります。もう、いちいちことりちゃんは可愛いなあ。
「わかりました。よろしくお願いしますね」
笑みを浮かべる海未ちゃん。
「はい♪」とことりちゃんも笑ったの。
ことりちゃんがファイルをUSBメモリにコピーしてもらって、今日の準備は終わりかな。
私たちは生徒会室を出て昇降口へ向かいました。鍵を返してきた神部君も合流します。
「土曜日まで時間があるので、すこし練習しておきます」と校庭を歩きながら神部君。
「うん、私たちも、そうするよ」
私も笑って答えたんだ。
校門の前でお別れだね。打ち上げは……今日は我慢して、今度の土曜日かなあ。
「それでは、土曜日はよろしくお願いいたします」
海未ちゃんが頭を下げると。
「はい、こちらこそ」「おう」と神部君と倉田君。
「それじゃあね」
私たちはふたりに手を振って、駅に向かったんだ。
私はことりちゃんからパソコンの入った鞄をあずかったの。重いもんね。スケッチブックは海未ちゃんが持ってくれます。
改めて私は昨日と今日のことを思い出して。
「いやー、最初はどうなるかと思ったけど、なんとかなるもんだねえ」
「そうですね。……ライブと一緒ですね」と海未ちゃん。
「うん、そうだね」ことりちゃんも笑いました。
「ここまでやったなら……もしUTX高校のほうがよくできてても、後悔はないよ」と私がいうと。
「はい。……それでも、時間を見て、もうすこし練習しておきましょう」
海未ちゃんの言葉に私たちはうなずいたんだ。
最初に来たときに私が転んだ階段を上って、橋を渡っていく私たち。川の上を風が吹き抜けていったの。
「今回は……千歳橋高校のかたと組めて、よかったですね」と海未ちゃん。
「うん、そうだね。プロジェクターも借りられたし」
私がいうと海未ちゃんは頭を振りました。
「それもそうですが……。あのおふたりでよかったと思います」
「わたしも、すごくいい発表になったと思うな」
ことりちゃんも同意みたい。
「……特に、神部さんには、いろいろと助けていただきましたね」
うん、それは私も感じたよ。
「素敵なかたですね……」
風に揺れる髪をかき上げながら、海未ちゃんはつぶやきました。私は聞こえなかったふりをしたんだけど……そのときの海未ちゃんはすごく大人びて見えたんだ。
「倉田さんも、ああ見えて親切なんですよー」
隣を歩いていたことりちゃんは、そういってから、くるっと私のほうを向いて続けたの。
「穂乃果ちゃんは、あのふたり、どうですか?」
「私? たしかに神部君は、すごいなーって思うよ」
「……それだけですか?」
ことりちゃんが両手を後ろで組んで、ちょっと体を前に傾けて、いたずらっぽく微笑みます。
「えっ、それだけだけど」
神部君は、するどい指摘もしてくれるし、親切だし……あ、それでも、いろいろあったけど、それは関係ないよね……。
「そうなんだ、ふーん」
そういってことりちゃんは前に向き直ったの。
「えー、気になるなあ」と私はいうんだけど。
「うふふ、なんでもありませーん♪」
ことりちゃんは結局、なにも教えてくれなかったんだ。