親愛へのレスポンス ~ Story of Honoka 作:Kohya S.
翌日からは毎日μ'sの練習があったけど、時間を見て発表のリハーサルも何度かやったんだ。
うん、ずいぶんよくなったと思うよ。
いろいろ忙しい一週間だけど、木曜日のμ'sの練習のあと、私と海未ちゃん、ことりちゃんで秋葉原の大きな雑貨店に行きました。
というのも、私たち、来週は高校生活の大イベント、修学旅行なんです!
水着はこの前、みんなで買いにいったけど、ほかにもアメニティグッズとか、夜に遊ぶためのトランプとか……いろいろ必要だよね!
トラベル用品の売り場にはいろんなものが並んでいて、楽しくなっちゃう。
「アイマスク、いるかなあ」
「機内で寝るつもりですか、穂乃果は」
海未ちゃんがあきれたようにいうけど、帰りとか、きっと眠くなるよー。
「これ、可愛いですー♪」
ことりちゃんは小さなハサミや糸、待ち針がケースに入ったソーイングセットを手に取ってる。
あ、ネックピローとか、耳栓とかもいるかなー。
うろうろしていたら……いつの間にか、ふたりとはぐれちゃった。私、わりといつものことだからあまり心配しなかったんだけど。
きっと海未ちゃんが見つけてくれるもんね。
うーん、スーツケースを新しくしたら、予算オーバーだよねー。スリッパはいらないかなー。
そんな感じで歩きながら、ふと顔を上げてフロアを見ると……あれ、どこかで見た人がいるみたい。それは、学生服姿の男子で……なんと、神部君だったの。
私、彼の姿を見て……すこし胸の鼓動が速くなった気がしたんだ。
「神部君!」
私は駆け寄って声をかけたの。
彼はこちらを向いて……私に気付いて、驚いたみたい。そうだよね、私だってそうだもん。でも、次の瞬間。
「あっ、高坂さん」といって笑ってくれたんだ。
「えっと、こんなところで会うなんて、びっくりだね……」
私はいきなりの出会いにちょっと落ち着かなくて、いつになく小さな声になっちゃった。
「はい、そうですね。……今日は買い物ですか?」
私はようやく普通に話せるようになって。
「うん、来週から修学旅行なんだよ」
そう答えたの。
「そうなんですね、もうすぐじゃないですか」
「えへへ。楽しみだよ。……それで、神部君は?」
首をかしげて聞く私。
「えっと、文化祭の準備で、買い出しです」
彼はすこし顔を赤らめてるみたいで……。私もなぜか顔が熱くなってきたみたい。
「その、園田さんと南さんは?」
「うん、いっしょだよ。私、はぐれちゃったんだけど……」
私が頭をかいて笑うと。
「……高坂さんらしいですね」
彼もそういって笑ったんだ。
「いつも、海未ちゃんが見つけてくれるんだけど……」
私はそういってフロアを見渡して……あ、海未ちゃんだ!
「海未ちゃーん、神部君だよー」
私は海未ちゃんに向かって手を振ったんだ。
――――――――
修学旅行の準備に、三人で買い物に来たのはいいのですが……いつのまにか穂乃果がいなくなっていました。
「あれ、穂乃果ちゃんは」とことり。
「また、なにか面白いものでも見つけて、夢中になっているのでしょう」
私は首を振りました。
「ちょっと探してきますね」
私はそう告げて売り場を探しはじめました。
しばらく通路を歩きますが、穂乃果は見つかりません。いったんフロアの奥まで行ってから戻ってきます。
ようやくエスカレーターの近くに穂乃果がいるのに気付きました。こちらに背を向けています。
私は近付こうとして、思いとどまりました。穂乃果はだれかと話をしているようで……その相手の方は、神部さんでした。
穂乃果は楽しそうに笑っていて、彼も笑みを返していました。
私の心に、なにかいいようのない感情が、わきおこりました。それは、今まで経験したことのない感情で……私はひどく戸惑いました。
しばらくその場で、私は立ち尽くしていました。
すると、穂乃果が私を見つけたのでしょう、大きな声で呼びかけてきました。私は今、気付いたかのように穂乃果のもとへと歩み寄りました。
「海未ちゃん、神部君だよ。買い物に来てたんだって」
穂乃果はいつも通り明るくいいます。
「どうも、園田さん」
彼もいつもと変わりませんが……。
「……こんばんは。偶然ですね」
私は目を落として、そういうのがやっとでした。
「あ、ことりちゃん」と穂乃果。
ことりも私たちを探してくれたようです。
「あ、神部さん、お世話さまです」
ことりはにこっと笑います。
「交流会、いよいよあさってだね」
穂乃果があらたまった口調でいいました。
「そうですね」と彼はうなずきました。
私も気持ちを切り替えていいました。
「ええ、悔いのないように行きましょう」
「はい♪」
神部さんに別れを告げてから、私たちも買い物をすませ、帰路につきました。
しかし、買い物の間も、それからも……しばらく私は、あのときの感情にこころ乱されていたのでした。
・
明後日、交流会の最終日です。天気はあいにくの雨でした。
穂乃果とことりとは、なにも話していませんでしたが、待ち合わせ時間よりすこし早めに秋葉原駅に集まったのは、みなのやる気のあらわれでしょうか。
私たちは電車に乗り、千歳橋高校に向かいました。
千歳橋高校の教室についたときにも、教室にいた生徒はごくわずかでした。事務局の方が準備を進めています。今日も席には何本かのペットボトルが置かれていました。
席についてすこしすると、神部さんと倉田さんが姿を見せました。
「あ、神部君、倉田君、こんにちは!」
穂乃果が元気よく挨拶します。
「こんにちは」「ども」とふたり。
「今日はよろしくお願いいたします」
私はふたりに頭を下げました。
「はい、こちらこそ」
そういって神部さんは笑いました。
時間が近付くと生徒さんたちが次々にやってきます。そしてUTX高校の方も。
UTX高校の生徒会長の白井さんと、副会長さんは、わざわざ穂乃果のところに立ち寄りました。
「こんにちは、高坂さん。準備はいかがかしら」
白井さんはにこりと微笑みます。
「あ、白井さん。……今日は、楽しみにしててね」
穂乃果も自信ありそうに笑いました。
「……そう、よろしくお願いするわね」
彼女は身をひるがえして席に向かいました。
私は穂乃果に声をかけます。
「……たしかに、楽しみですね」
「うん、これだけやったからね」
穂乃果はそういって微笑み、みなのほうを向いて続けました。
「みんな、がんばろうね」
私たちは大きくうなずきました。
時間が来て佐藤さんが演壇に上がられました。
「皆さん、こんにちは。いよいよ交流会も、今日で最後になりました」
佐藤さんはいったん言葉を切り、教室を見渡されます。
「今日は、前回の発表を参考にして、資料と発表内容を、ブラッシュアップしてください。そのあと、最終発表ということで、前回と同じく十五分ずつで発表していただきます」
生徒さんたちはうなずきます。
「では、作業には二時間半とります。……えー、今回は延長はしませんので、ご注意ください」
教室にすこし笑いがおきました。スクリーンには、三時半まで、と映し出されます。
「休憩は適当にお取りください。では、よろしくお願いします」
・
作業時間が始まって、まずはみなで資料を確認しました。
私たち三人も、千歳橋高校のふたりも、すこしずつ資料を直していたので、それをひとつにまとめました。
パソコンにあらためて資料を表示して、私たちはそのまわりに集まります。
「それじゃ、もう一度、やってみようか」
穂乃果がいいました。
「はい♪」
ことりはめずらしく腕時計をつけてきています。
神部さん、私、穂乃果と、順に発表してみます。
最後まで終えて、倉田さんが発表資料を一覧で表示しました。
神部さんが資料を指差します。
「うーん、このあたり、もうすこし整理しましょうか……」
「そうだねえ、ちょっとわかりにくいかな」と穂乃果。
あれだけいろいろと考えましたが、一週間たつといくつか欠点も見えてきますね。
私たちは資料を修正して、またリハーサルしてみて、と繰り返しました。
「うん、これで行こうよ」
とうとう穂乃果がいいました。
二時間半は長いと思いましたが……いつの間にか三時を過ぎていました。
「ええ、そうしましょう」
私も答えました。資料も、発表も、なんとか満足いくできになったと思います。
あまりぎりぎりまで、がんばってもよい結果が出ないことは、いままでのライブの経験からも明らかですね。
「時間配分も、ばっちりです」とことり。
「どうかな、神部君、倉田君」穂乃果が聞きます。
「いいと思います」「俺も」
その言葉に穂乃果はうなずきました。
「よし、それじゃ、がんばろうね」
穂乃果はそういって笑い、私たちも笑いました。
UTX高校の白井さんが、ちらっとこちらを見たような気がしました。
そのあとはみなそれぞれ休憩して、発表に備えました。
雨なので、屋上に出られないのがすこし残念ですね。
・
時間が近付くと生徒さんたちが、あわただしくなってきました。特にAとDグループ……私たちとUTX高校組以外ですね……は最後まで資料の修正、リハーサルをおこなっているようでした。
それでもいよいよ覚悟を決めたのでしょうか、教室は少しずつ静かになっていきました。
佐藤さんが演壇に上がり、話を始められました。
「はい、時間になりました。みなさん、作業のほうはいかがでしょうか。これから発表していただきますが、他のグループの発表中は、作業しないでくださいね」
そういうと生徒さんたちから笑い声があがりました。
「それでは、これから各グループに投票用紙を配ります。発表後、グループ内で相談して、合計で十点になるように、自分のグループ以外に、点数をつけてください」
なるほど、ひとりずつではなくてグループごとなのですね。
サポートのかたたちが、それぞれの席に投票用紙を配りました。
そこには、自分のグループ名と、それぞれのグループへの点数、よかった箇所、いまいちな箇所を書くようになっていました。
「他のグループの発表中は、内容について、しっかりメモしてくださいね。……なにか質問はございますか」
佐藤さんは教室内を見渡されます。なにも質問が出ないのを見て続けました。
「では、発表していただきます。十五分でお願いします。……中間発表はAグループからでしたので、今回はDから、お願いします」
佐藤さんがそうおっしゃると、Dグループの席からは嘆きの声が、Aの席からは安堵の声が上がりました。
それでも覚悟を決めたのでしょう、Dグループの生徒さんたちが前に進み出ました。
「えー、……高校と、……高校です。よろしくお願いします」
スクリーンに資料が映し出されました。一枚ずつ、説明を進めていきます。
内容は中間発表のときよりも、かなり良くなっているようでした。きっと前回の他のグループの発表が参考になったに違いありません。
時間配分もまずまずで、三回目のベルが鳴ってからの超過は、ごくわずかでした。
拍手のなか、生徒さんたちは席に戻りました。
私が目をやると、穂乃果は私をみてうなずきました。自信、ありそうですね。
ただ、私は、もし先週なにもしなかったら、私たちの発表がこのレベルまで達していたかどうか……微妙なように感じました。
「では、三分ほど時間を取りますので、いまの発表について各自、感想などをまとめてみてください」
佐藤さんがおっしゃいます。私たちはスケッチブックに思うところをメモしました。
「続いてCグループ、お願いします」
佐藤さんの声にUTX高校と東雲学院の生徒さんたちが席を立ち、演壇に向かいます。
「……UTX高校、今回はどうかな」
ほかのグループの誰かがささやいているのが聞こえました。
私たち五人はかたずをのんで見守ります。
Cグループの生徒さんたちは位置につきました。
「東雲学院とUTX高校です……」
東雲学院の会長さんが話し始めました。
資料も彼の発表も、前回と同じくとても洗練されたものでした。今回は私の目にも、発表者、タイムキーパー、それにパソコンを操作する係とで、合図しているのがよくわかりました。
途中でUTX高校の白井さんに交代します。
彼女はよどみなく発表を続けました。途中でスクリーンを暗転させる演出も見事でした。
そして、スクリーンに最後のページが映し出されました。二回目のベルはまだ鳴っていません。
彼女の顔に若干、焦りの色が浮かんだようでした。
「……えっと、なにか質問はありますでしょうか?」
その声と同時にベルが鳴り佐藤さんがおっしゃいます。
「あと一分です」
彼女は教室のなかを見渡しました。
質問する生徒は誰もいなくて……と思っていたときです。
「はい」
穂乃果が手をあげました。
白井さんは驚いたようでしたが、穂乃果に向けていいました。
「どうぞ」
立ち上がる穂乃果。
「あの、スクールアイドルで……地域イベントへの積極的な参加、ってありましたけど、宣伝にいくんですか? それとも、依頼があるんでしょうか?」
そういって穂乃果は腰を下ろしました。
「……私たちの場合には、先方から依頼があることがほとんどですね。もちろん大型のイベントなどでは応募する形を取ることもあります。また、父兄のネットワークで校内から話が来ることも多いようです」
白井さんはそう答えました。
「ありがとうございました」
穂乃果はぺこりと頭を下げました。
「ほかに質問は……」
白井さんはあらためてそう呼びかけます。今度はなにもなく……。
「以上で終わらせていただきます。ありがとうございました」
そう彼女がいったときに三回目のベルが鳴ったのでした。
「やっぱりA-RISEともなると、営業とか、いらないんだねー」
穂乃果はそういってうなずいています。私はどうしても気になってたずねました。
「穂乃果は、時間が余りそうだったので、質問したのですか?」
神部さんも穂乃果と私のやり取りを見守っているようでした。
「え、なんで」
穂乃果は首をかしげました。
「ほら、次のライブ、デパートじゃない。今回はたまたま依頼が来たからいいけど、次はどうしよっかなーって、考えてたんだ」
「そうでしたか、さすがですね」
私はそういいました。穂乃果はなんのことかわからないようでしたが……。それも含めて、穂乃果らしいですね。
発表の合間の三分間はあっという間に過ぎていきます。
「さて、いよいよですよ」
私は気を引き締めて穂乃果に呼びかけました。
「うん、そうだね。みんな、悔いのない発表にしようね」
「はい」「うん♪」「わかりました」「おう」
私たちは口々にそう答えました。
「では、Bグループ、お願いします」
佐藤さんにうながされて、私たちは教室の前に進みました。神部さんと穂乃果、私が演壇とスクリーンのあいだに、倉田さんは演壇のパソコンの前に、ことりはそのすぐ横に、それぞれ立ちます。
倉田さんが操作してスクリーンに資料の最初のページが映りました。
神部さんが一歩前に出て、話しはじめます。
「音ノ木坂学院と千歳橋高校の発表を始めさせていただきます。音ノ木坂学院から、高坂……、園田……、南が……」
神部さんの声にあわせて、ひとりずつ軽く頭を下げます。
「……千歳橋高校から私、神部と倉田が、発表いたします」
倉田さんも同様に頭を下げました。
「よろしくお願いいたします」
「まず、最初に私たちが課題として考えたのは、生徒会はなにをすべきか、ということです……」
神部さんの発表が始まりました。練習を積んだせいでしょうか、ほとんど合図をしなくてもスムーズに資料が切り替わっていきます。ときどき、彼がことりのほうを確認しているのもわかりました。
彼の担当部分が終わりに近づき、次は私です。ライブとはまた違った緊張感が私を包みました。
神部さんにかわって私が前に出ます。彼と一瞬、目があい……彼はにこっと微笑みました。私は緊張感がほぐれていくのを感じました。
「続いて、もうひとつ大きな問題があります……」
私は資料に目をやりながら、それでも生徒さんたちを意識して、話を進めました。ことりはときどき腕時計に目をやりながら、的確に指示を出してくれます。
私はなるべく抑揚をつけるように努力します。
なんとか最後まで話し終えました。
そして穂乃果と笑みを交わして、場所をゆずります。
「そして、やっぱり文化祭に欠かせないもの……それはイベントです!」
穂乃果は元気に発表を始めました。それでも突っ走ったりすることはなく、ことりのことを気にするのも忘れませんでした。
また、穂乃果の声は、普段から鍛えているせいでしょう、とてもよく通って……心をふるわせるものがありました。
スクリーンを暗転するところでは、穂乃果は思わず合図を出してしまいましたが、きっと演出のひとつだと思われたことでしょう。
ベルが鳴っても穂乃果はあわてることなく進めます。
「以上で発表を終わります。……ありがとうございました!」
穂乃果の声にあわせて、私たち全員で礼をしました。ほぼ、時間通りでした。
「はい、ありがとうございました」
佐藤さんがアナウンスされます。拍手のなか、私たちは席に戻りました。
席に戻って私たちは笑いあいました。
「うん、私、どんな結果が出てもいいよ!」
そういう穂乃果に神部さんも答えます。
「そうですね、やるだけやりました」
私もまったく同意見です。
続いてAグループの発表を聞きました。
こちらの発表も中間発表よりもよくなっていました。熱意のある発表で、時間配分も問題なく進みました。ただ、やはり説明資料のわかりにくさがすこし気になりました。
各グループが発表を終えて佐藤さんがおっしゃいました。
「皆さん、ありがとうございました。それでは、各グループで、五分程度で投票用紙の記入をお願いします」
私たちは頭を寄せ合って考えました。
「うーん、やっぱりCグループだよね」と穂乃果。
もちろん私も同意ですが……。
「うん、でも、点数はどうしよっか」ことりが困った顔でいいます。
「五点、ですかね」
神部さんも悩んでいるようです。
しばらく議論して……結局、Aに二点、Cに五点、Dに三点、と決めました。
あとは各自がメモしていた評価のポイントを、ことりが整理して記入しました。
サポートのかたたちが投票用紙を回収していきます。
「それでは、こちらで集計する間、十分ほど休憩にします。そうですね……五時から発表します」
佐藤さんはそういって演壇からおおりになりました。
もう結果は出ているはずですが……私はどうなるのか、不安と期待でいっぱいでした。