さよなら、大好きな兄ちゃん   作:舘賢雄

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介護生活

その四

俺は兄にリンゴを剥いて、小さく刻み、ティースプーンで少しだけ掬い兄の半分しか開かない口元へ運んだ。初めは拒んだが食べてくれた。

 

俺は、まるで赤ん坊の離乳の準備をしているかのような気分になったが、久しぶりの個形食を食べてもらえて嬉しかった。相変わらず兄の記憶は戻らない。然し、確実に初めよりは兄と打ち解けたし、兄は俺に懐いている。今では、俺が抱き上げて車椅子に乗せ、中庭を散策する程度になった。その上、担当の先生が包帯を換えに来た時、先生に怯えて俺に抱きついた。まるで、昔の俺と逆転したみたいやんね…と言うと、兄は「なぁにそれ?」と言った。

このままでも良いのかもしれない。怪我をしたお陰で、俺は兄とずっと一緒にいれる。大好きな兄と。記憶はなくとも、これは紛れもなく俺のただ一人の兄。兄が就職してから、俺は中々構ってもらえず拗ねていたところもあった。然し、今では兄はずっと寝たきり。而も俺が看病している。兄を独り占めしている。これで良かったんだ…罪悪感と後悔を消すために必死で自分に言い聞かせた。

そろそろ、兄のリハビリの時間だ。

先生が迎に来た。兄は拒み、俺の胸に顔を埋める。ハハハ、いいですね。ご兄弟仲良しで。嫉妬なのか、妬みなのか、先生は俺たちに言った。取り敢えず、今日もリハビリルームに俺も同行した。そこは、年寄りが多く、ババアがよく俺に、ハンサムやわぁ。浮気してまいそうやわ。など、面白くもない冗談を言いながら笑っている。俺は小さく、ぁ、はぁ、まぁ…と苦笑した。

 

兄を車椅子から立たせると、足をガクガクさせながらも必死に立っていた。先生が、手すりに掴まらせながら、歩かせる。勿論、俺はゴール地点にいる。兄は、包帯の中から笑顔を繕った。そして、俺のところまで来ると疲れたのか崩れ、俺は倒れないように抱いた。「お疲れ」「う、うん」息を荒くさせながら、座り込んだ。あと15分や、頑張れ!と言うと、兄は必死に俺にしがみつきながら立ち上がり、また往復した。

 

 

相変わらず記憶は戻らない。然し、兄の元からの人柄の良さ、優しさから施設内の子供達に人気があった。

たまに車椅子で院内を散策している時、子供が遊ぶためのおもちゃやテレビ、ビデオなどが置いてあるコーナーを通ると「あ!いつものお兄ちゃんや!」と子供が集まってくる。兄は、可愛らしい小さい男の子を抱き上げ、膝に乗せ、愛おしそうに撫でた。この子は生まれつき骨の病気で左足が無く、いつも松葉杖。その上、先天性免疫不全で、体も弱い。すぐ退院するが、またすぐに戻ってくる。

「お兄ちゃん、何でけがしてん?」

「ハハハ、覚えてないんだ」

「変なのー!」

他愛もない会話。この子は、殆ど誰も見舞いに来ないらしく、親すらたまに来る程度。だから、一人でキッズスペースに来て遊んでいる。可哀想に思った俺達も時たまこの子の所へ来ている。大変なのは俺たちだけじゃないんだな、そうおもった。

 

 

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