あの味を求めて幻想入り   作:John.Doe

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孤独のグルメ深夜ドラマ版、シーズン5放送おめでとうございます! 記念で一話、特別編を書かせていただきました。少し急ぎ気味で書いたので、五郎の口調や地の文等安定しないところがあるかもしれませんが、お付き合いいただければと思います。


特別編:仏教徒達の伝統カレー

「うーん……参ったな。こんな大規模な工事をやっているとは……」

 力なくハンドルを握った五郎の視線の先にあるのは、工事中の看板。見れば、この先の通路を大規模に補修しているらしく、直進したい五郎の車と直交する形で工事しているらしい。困惑している五郎の車を見たからか、看板のそばに立っていた中年と壮年の間くらいの警備員が、五郎の車の方へ寄ってきた。

「いやぁ、すみませんね。先日道路がいきなり陥没してしまって、その工事なんですわ。どちらに行かれる予定です?」

「ここを直進したかったんですが……迂回ってどのあたりまで行けばいいですかね」

 そんな話をしていた五郎だが、ふと強烈な眩暈を覚える。耐えようとする間もなく、五郎の意識は暗闇に沈んだ。

 

 

「うーん、参ったな、やってしまった……」

 鞄を拾い上げ、泥を払う。取引先である命蓮寺に向かう途中、不意に道の脇から出てきた動物に驚いて鞄を落としてしまった。幸いにも、と言うべきか、こびり付く程にはひどくなかったが、中身をばら撒いてしまった。カタログは無事だが、手帳が少し汚れてしまっていた。お客様に見せないものだからいいか、と諦め半分にばら撒いてしまったものをしまっていく。すると、再び不意に、今度は五郎の腹の虫が鳴き声を上げた。

「うぅむ、もう昼飯時か……今から飯を食うのは間に合わないな……」

 待ち合わせの時間は正午から丁度一時間後。今から昼を食べに里に戻るには確実に間に合わないだろう。やはり、仕事前に昼を済ませるんだった、と後悔する。しかし正しく後悔先に立たず、と言うべきか、今は空きっ腹のまま命蓮寺へ行くしかない。自分の腹は待たせてもいいが、お客様を待たせるわけにはいかない。それが五郎含め、人を相手にする商売の鉄則の一つである。

 

「すみません、井之頭と申します。聖白蓮様はいらっしゃいますか」

 命蓮寺の扉を叩いた五郎を出迎えた、法衣と頭巾をまとった女性に尋ねる。それで合点がいったようで、彼女は五郎を中へ通してくれた。新しいわけではないが、よく手入れのされた木々の香りが鼻に入ってくる。この命蓮寺の性格を表しているかのようだ、とここに来るたびに五郎は感じていた。

 荘厳な本堂の前を通過し、客間と思わしき所へ案内される。座卓と、おそらく来客にのみ出すであろう枚数の座布団が置かれていた。座布団へ座るよう促されて、断る理由もないので有り難く座らせてもらうことにした。わざわざ座布団を来客用にと用意してくれたのだ、断る方が無礼というものだろう。ほどなくして、先程の法衣と頭巾の女性がお茶を持ってきたと同時に、聖の状況を教えてくれる。

「丁度説法の時間が終わりましたので、間もなくこちらに参ります。もうしばらくお待ちください」

「あ、どうも……」

 法衣の女性は再び部屋を出て行った。頭巾から覗いていた空色の髪から、五郎には彼女が雲居一輪その人なのであろう、とは察したが、相手方も名乗ることは今の状況では必要ない、と思っていたのだろう。故に五郎もまた、彼女の名を口にすることはなかった。そんなことを考えながらも待っていると、木張りの道を歩く足音が聞こえてきた。少し早足ながら、決して焦っているのではない気品のある歩き方。ああ、彼女が来たか、と五郎は直感で判断する。いつも彼女の足音だけは、他の誰とも違っていたからすぐにわかった。

「お待たせいたしました。井之頭五郎さん」

「いえ、お構いなく。こちらこそ御説法の時間にお邪魔してしまって……」

 庭の見える、開け放たれた襖。そこから姿を現したのは、誰でもない聖白蓮その人だった。陽を受けて輝く、紫から金色へとグラデーションの入ったロングヘアは、いつ見ても目を惹く。そして黒と白を基調とした、法衣の意匠を受けた彼女独特の服装もまた、目を惹くものがあった。何度彼女と対面しても、それは変わらない。五郎も幻想郷の名だたる重鎮と商談をする機会を得ている、と自他共に認められる男ではあるが、彼女のそれは独特なものである、ともまた認識していた。

「お忙しいようですし、早速本題に入りましょう。頂いたお話では、箪笥をご所望ということで」

「ええ。最近住み込みでお勤めになる方が増えましたから、着るものだけでもかなりの量になってしまいまして……人里の既存品でも事足りるのは確かです。それでも、今この寺に必要なのは求心力ということも確か。ですから、少しでも内部にも気を使わねばならないのです。そこで、井之頭さんに依頼をさせていただきました」

 いつも通りの他愛のない商談。五郎の示した、条件に合いそうな商品から聖が選ぶ、といういつも通りの方式。もっとも、何か変わった商談、というのは大抵ロクでもない商談か、とんでもない綱渡りな商談なので五郎にとっては都合のよいことでもある。

 商談は滞りなく終わり、さて人里で昼にしようか、と思っていた五郎。そこへ聖から、一つの提案が出された。

「ああ、井之頭さん。まだお召し上がりになっていなければ、ですが、よろしければお昼ご飯はここでお召し上がりになりませんか」

「ここでですか? いえ、渡りに船ですが……いいんですか?」

 勿論です、と返した聖の表情に、裏があるようには見えない。そもそも裏を五郎に対し抱く必要がまずないのだが、この聖白蓮という女、聖人に見えて隙を見せないところがある。五郎は少し訝しみながらも、鳴き声を上げるぞと脅す腹の虫には逆らえない。素直にその提案に甘んじることに決めた。

 

 

 しばらく客間で待っていた五郎の鼻に、微かに食欲をそそる香りが漂ってきた。嗅ぎ慣れない、香辛料らしき香り。幻想郷には時折外の食材も流れ込む。今漂っているこの香りも、おそらくその外界由来のものなのだろう、と五郎は推測する。尤も、命蓮寺という場所的に、ただのお香、という可能性もあるが、今の空きっ腹を抱えた五郎にはそんな可能性は否定すべきものであった。

「お待たせいたしました。井之頭さん、辛い物は苦手でしたか?」

「あ、いえ全く。これは……」

 運ばれてきたのは、赤みを帯びた汁物と、白く平べったい何か。五郎は、確かに見た事のある料理だ、という記憶はあるものの、名前も思い出すことができない。そんな五郎を知ってか知らずか、聖は料理の解説を始める。

「仏教始まりの地、というのをご存知ですか? この幻想郷ができるより、いいえ、私達がこの世に生を授かるずっと以前、私達の導となる御仏がお目覚めになった場所。その地に伝わる食事、カリーと、チャパティというそうです。ぬえが教えてくれました。辛味の強いもので汗をかき、暑さに耐えるのだそうです」

「随分と変わった目的の食事なんですね」

「ええ。ですが、自然からの恵みを頂き、生きる糧とする。この概念は、普段私達が頂く食事と全く変わりありません。ぬえの呼んできたマミゾウ曰くですが、今では結界の外、つまり今の日本でも一般的に食べられているそうですよ。是非お召し上がりください」

 私は用事がありますので、と聖が席を外す。五郎は偶然か、あるいは分かっていてなのか分からないが聖の退席で生まれた、この孤独の空間に、最近あまり味わえなかった至福のひと時を感じる。カレー、そしてチャパティと添えられた葉物中心の野菜のうち、まずはと鼻腔を刺激する香辛料の香りの元、赤い汁物を匙ですくい、口へ運ぶ。

(うん、やっぱり辛い。でも、この辛さがウマい。見た目も味も、どぎつい性格だけど、すこーしだけ見せる、コクのある笑顔。頑固おやじみたいな味)

 如何にコクのある辛さとはいえ、辛いものは辛い。五郎は三口ほどで匙を一度置いて、チャパティへと手を伸ばす。薄い、円形のそれは、少なくとも米や豆類に慣れ親しんだ五郎にはなじみの薄いものであった。ほんのりと温かいチャパティを、手で一口大にちぎり、口へ放り込む。全粒粉を水でこねて焼く、というシンプルな調理法のそれは、カレーの辛味とは対照的に甘みのある味わいだった。

(ほほー、米みたいにちょっと甘いんだな。なるほど、カリーと一緒に出されるわけだ。こっちは頑固おやじのフォローに回るお袋さんって感じだ。仏様の下で育った、熟年夫婦のコンビネーション。参ったな、はまっちゃうぞこれは)

 時には交互に、時にはチャパティをカレーに浸して、口へ運んでゆく。それでも口内に辛味は蓄積していくもので、額には既に玉のような汗がいくつも浮かんでいた。悲鳴を上げる口の細胞を感じた五郎は、一度匙を置く。次に目を付けたのは、盛合された野菜だった。箸に持ち替えて、一口、ゆっくりと刺激で敏感になった口へ運ぶ。

(ん? ふむ、なるほど……この野菜まで、カレーと一緒に食べるために計算されていたんだな。からーい砂漠なメニューの中のオアシスってことか……うーんこの組み合わせ、いつまでも食べられちゃいそう)

 カレーの中の野菜と、サラダとしての野菜、同じ野菜ではあるが、食べた時の印象は180°違うものだ、というのが五郎の感想だった。カレーの辛味を野菜で緩和した五郎は、再度匙を手にカレーへと手を着ける。チャパティと共にカレーを次々と口へ運び、時折サラダで口の中を落ち着ける。もう止められる気もしなかったし、止める気もしなかった。ただひたすらに、今目の前にあるカレーとお供達を味わうことだけが全てだった。

(うん、うん、辛さは食欲をそそるっていうけど、本当だ。もう手が止まらん。今俺の胃は、人間底なし沼になっている)

 額に浮かぶ汗も、外から微かに聞こえる聖白蓮の御説教も、既に五郎の意識の外。成人男性向けに、と少し多めに聖が用意していたカレーを、見る見るうちに胃の中へ運んでいく。そしてついに、カレーは匙ですくえない量まで減っていた。

(おっと、チャパティが一かけら残ってしまったが……よし。最後の一口、しっかりと"残さず"頂こう)

 僅かに口角を上げた五郎は、悪戯の名案を思い付いたガキ大将の様でもあった。手にしたチャパティ最後の一かけらで、カレーの入った鉢を拭う。白かったチャパティが赤く、そして水分を吸ってあわや滴ろうか、という直前になったころには、カレーの入っていた鉢は一滴残らずカレーを吸われていた。そしてカレーを吸い込んだチャパティを、ゆっくりと口へ運ぶ。最後の一口をじっくりと噛み締めた五郎は、直後に大きく息を吐く。満足気な、幸せに満ちた吐息だった。

(いやぁ、いかんいかん、ここまでがっついて飯を食ったのは久しぶりだな……っと、いかん、腹いっぱいに食ったからか眠気が……)

 

 

「うぅん……?」

 ふと目を醒ますと、目の前が真っ暗だった。身体を起こそうとしたとき、何か帯状のものが阻害する。はらり、と目の前を真っ暗にしていた原因が落ちると、五郎の目には車の運転席が広がった。そこでようやく、自分が車を運転していて、工事のため迂回路を探していたことを思い出す。身体を起こせなかった原因も、シートベルトだった。慌てて、腕時計を確認する。少し微睡んでいただけだったようで、最後に時計を確認してから30分程度しか経っていないようだ。

「取引までには時間があるな……昨日あまり眠れなかったし、先方の近くで何か辛い物でも食べるか……」

 五郎は膝上に落ちた地図を改めて見つめる。迂回路自体は簡単に見つかった。その途中に、私鉄の駅も見つかった。バスターミナルのあるそこそこ大きな駅だ、カレーなり何なり食べられるだろう、と見当をつけた五郎は、運転席に座る自身の身体を少し解すと、ゆっくりとアクセルを踏み始めた。

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