あの味を求めて幻想入り   作:John.Doe

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中編:懐かしき里の白玉汁粉

「さて、じゃあ行こうか」

 簡素な朝食を済ませた五郎と妹紅は、早速人里に向けて歩き始める。排気ガスなどが混じっていない、寒空の透き通った風が二人の通る道を吹き抜ける。思わず身震いし、五郎はポケットから煙草を取り出して火を点ける。今日は風が少し強いせいか、紫煙はどこかに広がる前に流れて行ってしまう。

「どれくらいかかるんだ?」

「人里までかい? うーん、昼までには着けるはずだよ」

「そうか……」

 スーツの上着が風にあおられて音を立てる。古武術で鍛えている五郎の体も、この冷たい風に震えている。

「今日はまた一段と寒いな……」

「晴れた次の日の朝は寒いからね。人里で何か温かい物でも食べよう」

 温かい物と聞いて、五郎は何があるか思案し始める。

(ぜんざい、おでん、鍋……うん、確かにこういうのは寒い日に食べるからウマいんだ。いかん、楽しみになってきてしまったな)

 つい人里に行くことが目的になりそうな自分の考えを消そうとするも、既に五郎の頭の中には湯気を立てる椀や鍋のイメージがこびりついてしまっていた。

(いかん……もう温かい物のイメージが離れんな)

 自分の食べ物中心の思考に、思わず苦笑いがこぼれる。紫煙を吐き出しながら妹紅の後ろをついていく五郎の頭は既に、食べ物のイメージを消すことを諦めていた。

 

 

 歩くことしばし。一本の大通りと、その両脇に並ぶ家屋が見えてきた。

「ここが?」

「そう、幻想郷の人間の多くが集まる、通称人里さ」

 既に二本目となった煙草を携帯灰皿に落とし、周りをきょろきょろと見回しながら妹紅の後をついていく五郎。意外と活気あふれたものだと思う半面、まるで江戸やそこらの時代だと驚く。

「まるで時代劇でも見ているみたいだな……」

「時代劇?」

「あ、いや、こっちの話だ」

 不思議そうな顔をする妹紅だが、まあいいかと再び歩き続ける。

 

 二人が人里を三分の一ほど行った頃だろうか。二人の前方から、三人ほどの男が走ってきた。何かから逃げているようだ。

「だ、誰か! そいつら食い逃げだ!」 

 その遥か後ろから、店の従業員らしき女性が叫ぶ。それを聞いた妹紅は、やれやれといった風に立ち止まった。

「全く。狭い人里なんだから厄介起こすなって」

 事の次第は簡単だ。前から走る三人は食い逃げで、女性が追いつく距離ではない。となると、五郎もやることは一つ。スーツのポケットから手を出して、肩幅に足を開く。

「って、てめえらどけっどけっ!!」

 先頭を走っていた男が、妹紅と五郎に叫ぶ。が、構えをとっている二人はそんな言葉でどくつもりは毛頭ない。舌打ちをしつつ強行突破を仕掛けようとこぶしを振りかぶり、男が妹紅に殴りかかる。

「おいおい、やめときなって」

「うっせぇ!!」

 やめるつもりが無いことを察すると、妹紅はこぶしが自分に到達するより早く、その男の股を勢いよく蹴り上げる。鈍い音を立てて男の体が一瞬浮くと、うずくまる暇もなく白目をむいて気絶してしまった。それを見た二人は妹紅に挑みかかるのを止め、斜め後ろにいた五郎だけを相手取ろうとする。

「井之頭! 一人お願い!」

 一瞬早く反応した妹紅が近い方の男の袖をつかみ、足を払って地面に叩きつける。首から地面に叩きつけられた男はやはり気を失ったらしい。

「があぁぁぁぁっ!」

 五郎は五郎で、自分に殴りかかってきた男の腕をとり、背中側に回して関節をきめる。長時間行うと脱臼や健の断裂を起こす技をもらった男は、気絶こそしないものの痛みで声を上げる。背中側に腕が回っていることで、逃れようにも素人では動くことすらままならない。男は店員の女性が走ってくるまで痛みに苦しむ運命となった。

 

 

「本当にありがとうございます!」

「いいのいいの。気にしないで」

 ぺこぺこと頭を下げる女性に、妹紅が笑顔で対応する。男三人は人里の自警団に引き渡されたため、一安心だろう。そんな中五郎は、どこか不思議そうな顔をしていた。

「……どうしたの?」

「うん、どっかで見たことがある気がするんだ……多分会ったことはないと思うんだけど……」

 ウンウンと唸る五郎。しばらくすると、はたと記憶からある人物が一致する。

「そうだ、田端食堂の店員さんに似てるんだ!」

 田端食堂とは、五郎が昨日潰れていたことにショックを受けた店である。

「田端食堂? とやらがどなたかは知りませんが、私は田淵食堂の者です」

「田淵食堂……似た名前だなぁ」

 どこか運命めいたものを感じた五郎は、そこで何を食べられるのか少し気になった。五郎は思わず質問する。

「ウチで何を提供しているか、ですか……えーと」

 そうして店員が読み上げたメニューは、田端食堂で見たメニューの品々と多くが類似していた。やはり、運命めいたものを感じずにはいられない。昼飯を食べるならそこにしよう、と、内心で静かに硬く、決心する。

「とにかく、ありがとうございました。もしお時間あれば、お礼をさせてほしいんですけれど……」

「お礼? どうする、井之頭」

「時間に問題なければありがたく受け取っておこう」

「そうだなぁ。じゃあ、ありがたく」

 

 

 店に通されて座席に案内された後、案内した女性定員は店の奥の方で何やら店長らしき男と会話している。それを見て、妹紅と五郎は戻ってくるまでしばし暇をつぶそうと会話を始める。

「しかし、思ったより強かったんだねぇ、井之頭って」

「祖父が古武術の館長をやっててね……というか、君が言えたことじゃないんじゃないか?」

「そうかい?」

「少なくとも、躊躇なく男の股間を蹴りあげて、直後走ってた別の男を地面に勢いよく投げる女性は見たことないな」

 その言葉に妹紅が笑って返す。

「そりゃまあ、私は「普通の人間」とはちょっと違うからね」

 彼女がそう言ったのは、髪の色のことだろうか、などと想像する五郎。実際のところそうではないのだが、彼には知る由はない。そんな他愛のない会話をしている二人の前に、椀を二つと湯呑を二つ乗せたおぼんを持って、先ほどの女性が返ってきた。

「お待たせしました。外が寒いので、お汁粉でよろしいですか?」

「おっ、良いねぇ。ありがとさん」

「ありがとう、ごちそうになるよ」

 ごゆっくり、と店の業務に戻った女性を見送り、改めて置かれたお汁粉に目をやる。シンプルな、白玉入りのお汁粉だ。湯気が甘い香りがする気がする。

「じゃあ早速……」

 妹紅が匙をとったと同じく、五郎も匙をとり、小豆のよく絡んだ白玉を口に運ぶ。口の中に小豆の甘さと白玉の食感が広がり、二人の体を温める。

(うん……いいぞ、いいぞ。混じりっ気のない、これでもかって位お汁粉って感じのお汁粉だ)

 小豆と砂糖だけで作られたお汁粉と、白玉粉と少量の砂糖だけで作られた白玉は、まさしくシンプルな、混じり気のないお汁粉と言える。

(やっぱりこういうのは冬に食べるに限るんだ。冷えたお汁粉ってのもウマいんだけど、熱いので大正解……しかしやっぱり、田端食堂のお汁粉を思い出すなぁ)

 田端食堂で食べたお汁粉も、同じような椀に同じような盛り付けで、同じような味のお汁粉であった。一度食べたきりではあるが、よく覚えている。やはり、運命的な何かを感じてしまうが、きっと偶然なのだろう。

 二人がほぼ同じタイミングでお汁粉を食べ終わり、湯呑に手を伸ばす。

「おっ、ほうじ茶か……甘いものの後には嬉しいな」

「それには大いに同意ね。うん、温かい」

 すっきりとしたほうじ茶が、程よく甘みを流して、身体に染み渡る。小腹の空いていた二人にはうれしい小休止になったようだ。

 

 

 店員の女性に声をかけて店を出た二人は、まず稗田阿求の家を目指すことにする。今の時間、上白沢慧音は寺子屋に行っているから、との妹紅の言で、先に行ける方から行ってしまおうということだ。その道中、妹紅は五郎に阿求と慧音がどんな人物か説明しつつ歩いていた。阿求は転生を繰り返して幻想郷縁起を編簿している九代目であることや、慧音は寺子屋で歴史を子供たちに教えていることなどを話していく。中には五郎には信じがたい話もあったのだが、彼女が自分に嘘を吐いても何もないことは分かるため、おそらくは本当なんだろうと思うことにする。

 そうこうと話しているうちに、阿求の家の前に到着した二人。特段広いとも狭いともいえない、いたって周りと変わり映えのない家である。妹紅が戸を叩いて、中に入っていくのに五郎もついていった。


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