あの味を求めて幻想入り   作:John.Doe

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後編:幻想の豚バラ炒め定食

「じゃあ、頼むよ」

「わかりました。ただ……運が悪いと、今眠りについているかもしれないので、博麗神社にも話を通した方がいいかもしれませんね」

「眠りについているって言っても一日待つくらいじゃあないのか?」

「いいえ。冬眠に近い眠りなので……春まで起きませんよ」

 阿求から発せられた衝撃の事実に、一瞬目を見開いた五郎は思わずため息を漏らす。マズい時期が重なってしまったものだ。とりあえず、博麗神社までは足を延ばした方が良さそうだ。とりあえず阿求に礼を言って別れ、昼食を済ませることにした。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 先ほど訪れた田淵食堂に再び訪れた二人。今度の目的はズバリ昼食である。先ほどのお汁粉を食べた時とは違って正午に近い時間であるから、かなり繁盛しているようだ。あちらこちらから話し声や食器の音、店員の応答の声と、様々な食べ物の匂いがそれぞれ主張し、まるで酒場のような状況になっている。中には、真昼間にもかかわらず酒を飲んでいる客も実際にいるようだ。

 空いたテーブルに案内され、お茶を出される。先ほどと同じほうじ茶のようだ。お品書きと書かれた表を二人で読んでいると、しばらくの後に店員がやってきた。先ほどの女性店員とは違うようだ。

「ご注文お決まりですか?」

「あー……じゃあ私は生姜焼き定食で」

「うーん……そうだなぁ、やっぱりここは豚バラ炒め定食と、竜田揚げ、それから……山女魚の串焼きもお願いします」

 予想以上に注文した五郎に、妹紅も店員も大丈夫なのかという視線を向ける。だが、五郎は気が付かない。とりあえず店員が注文を厨房に伝えに行ったのを見て、妹紅が話しかけた。

「ちょっと、大丈夫なの? あんなに頼んで」

「ん? 大丈夫じゃないか? それに、俺の勘だと、この店の料理の量が分かる」

 五郎には、少し確信めいた考えがあった。この田淵食堂は、幻想郷の田端食堂なのだ、と。確かに屋号は違うし、お互いの存在を知ってはいないようだ。しかし、こうも椀の種類も味付けも似ていて、店員の顔も瓜二つとなると、そう思わずにはいられない。だからこそ、その料理を一度食べた五郎は、そう言い切ったのだ。ちなみに、以前と異なるメニューは山女魚の串焼きだけである。田端食堂に行った時には、まだ山女魚の串焼きは準備中であった。

 

 しばらくして、定食二つと竜田揚げ、そして山女魚の串焼きが運ばれてくる。生姜焼き定食と豚バラ炒め定食は、漬物と味噌汁、そして白米がついている。定番にして王道であるが、そのメインである生姜焼きと豚バラ炒めには、すり胡麻が加えられていたりと、一工夫あるのが特徴だ。

「うん、やっぱり胡麻が乗ってる。この胡麻がいい味を出すんだ……」

 見覚えのあるそれに安堵感を覚えた五郎。早速、二人は箸を手に取ってそれぞれの食事に手を出し始める。

 

 生姜焼き定食に手を伸ばした妹紅。普通の生姜焼き定食にすり胡麻と柚子がトッピングされている。口に含んだ時に生姜焼きをまろやかな胡麻の風味とさっぱりとした柚子の風味が包み込む。妹紅が口に含んだ瞬間に感じた美味しさに、思わず顔がほころぶ。

 同じく豚バラ炒め定食に手を伸ばした五郎。やはりすり胡麻は乗ってはいるが、こちらは柚子ではなく硬くゆでた玉子の黄身が散らされている。塩コショウのシンプルな味付けに、ふくよかな胡麻の風味と優しい黄身の風味が混ざり合う。口に運んだ瞬間、思わず目を見開く美味しさだった。

(うん……これだこれだ。この不思議な味わい。男の子と女の子が混じって遊んでいるような感じだ)

 二人の肉と米が見る見るうちに減っていく。むしろ、これで米が無かったら二人は生殺し状態と言えるだろう。

(この漬物も、漬かりすぎていないから、これを食べるとますます箸がすすむな。これがまた肉単体と食べても合うんだからビックリだ)

 三分の一を切ったところで、五郎は竜田揚げに箸をシフトしようとする。だが、見ればもう自分の椀の米はほとんどないではないか。

「しまった……すみません、ご飯おかわりってできますか」

 店員ができる旨を伝えて、すぐに新しい白米を持ってくる。竜田揚げの白いさっくりとした衣には少し唐辛子がかかっていて、これもまた食欲をそそる。ゴロゴロと大きな竜田揚げは白い皿に5つ、顔を並べている。男の胃を満たす十分なサイズだ。

(おっ、これも変わらないなぁ。ピリッとした唐辛子と竜田揚げって、普段じゃ思いつかないな。うん、ウマい)

 やはり白米がみるみるうちに減る。これだけ白米を減らさせるのは、この店の料理がいかに美味しいかということだろう。これもまた、田端食堂と変わらない味だった。五郎にとっては、実にうれしいことである。

「うん……じゃあ山女魚に行ってみるか……」

 そういって、二尾が乗った皿を引き寄せると、内の一尾をつかんで丸かぶりで食べ始める。

(おっ……これは塩だけなのか。珍しくシンプルな料理だけど、それが素朴でいいんだ……こういうのは無駄に箸で崩すより、やっぱりかぶりついて食べるのが男の子の味なんだよなぁ)

 魚にふりかけられた塩は大粒で、山女魚を焼いた時の山女魚から出る旨みを含んだ汁を吸ってギュッと濃縮されている。骨までしゃぶりつきたくなるような、そんな料理だ。

(うん、昨日食べた魚も出汁を取った後もウマかったけど、これはすごいな。ウマさの洪水が流れ込んでくる。大洪水だ)

 恐ろしい食べっぷりを見せる五郎と妹紅だが、二人の間に会話はほぼないと言っていい。食事をするとき、二人を包むのは孤独。その孤独こそが周りの余計なものを気にさせない。ちょっとした時間の間、彼らはほんの少し自分勝手になる。誰にも邪魔されず誰にも干渉させず、食事を楽しむ。それが、二人が偶然共有していた食事の時間のポリシーであった。

(いいぞ……豚、鳥、魚……全部違って、全部うまい。いかんな、ずっとこの店に通えるんなら、幻想郷に住みたくなってしまう)

 二人とも黙々と箸を進める。良い食べっぷりだなぁと、店長が見ていることは二人とも知らないし、気にもかけない。見る見るうちに肉が、米が、二人の胃袋に収まっていく。すべて完食するのに、三十分とかからなかった。

「ふぅ……ごちそうさん」

「……ごちそうさまでした」

 満足、という表情で二人は手を合わせる。ほうじ茶を啜りながら一息ついて、二人は昼の休みに入っているであろう慧音のところへ向かうことにした。

 

 

 

 

 慧音曰く、私ではどうにもなりそうにないし、八雲紫に阿求がコンタクトをとれるならなおのこと、という。思ったより短く済んでしまった二人は、どちらからともなく「博麗神社を目指そう」と意見が合致した。

「博麗神社はここから少し歩いた森というか山というか、その中よ。妖怪が昼夜問わず出るから、万が一襲われたら私の後ろに隠れて」

「隠れて……って、本気で言ってるのかい?」

「もちろん、本気よ。私はこれでも妖術を使えるからね」

 そう自慢気に言って見せた妹紅。妖術がどういったものか詳しくは知らないが、何かしらの対処法とみて間違いないのだろう。とりあえず、自分の身は自分で守ろうと決心し、半信半疑といった状態で彼女についていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん?」

 五郎はふと目を覚ますと、自分の車のハンドルに臥せっていたようだ。記憶をたどると、赤いモンペに白いシャツの、長い銀髪の少女の姿、それから見覚えのある定食やお汁粉、それとけんちん汁が思い浮かんだが、それ以上思い出せない。

「夢でも見てたのかな……」

 ふと腕時計を見ると、既にお昼時である。腹の虫が鳴り、それを再認識する。手帳を見ると、今日は夕方に一件顧客との打ち合わせがあるだけであった。

「うん……飯でも食べに行くか」

 知らぬ道路ではない。パーキングに車を停め、五郎は寒空の下を歩き出す。今日は何を食べようか――――五郎は詳しく思い出せないけれど、不思議な体験もあって、きっと今日は良い飯を食える気がしていた。




 読了、ありがとうございました。井之頭五郎と藤原妹紅のちょっとした食べ歩き、いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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