あの味を求めて幻想入り   作:John.Doe

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 大変お待たせいたしました。ちょっと更新が遅くなってしまいましたが、今回もどうぞお楽しみいただければ幸いです。


西洋風魔女の魔法の森和食

「すみません、道をお尋ねしたいのですが」

 大通りから少し歩いた辺りで、後ろからふと呼び止められた。振り返ると、自分より頭二つほど背の小さな、後ろで鑿を使って束ねられた空色の髪が印象的な女性が立っていた。

「こちらの住所はどちらでしょうか」

 見せられた紙切れは和紙で、書かれている字も筆でのものだった。達筆ではあるが読めないものではなく、知っている住所であったため、口頭で道を説明する。大して複雑な道ではなく、説明に難儀するものではなかった。ただ五郎はその説明の中、言いようのない不思議な違和感をおぼえる。

「どうもご親切に……どうかなさいました?」

 その違和感が顔に出ていたのだろう。五郎の様子に気づいた目の前の女性が顔を覗き込む。

「あ、いえ。それではこれで」

 違和感は女性からだった。根拠としては薄いが、本能的にそうとしか思えなかった。その女性に対しては失礼かもしれないが、感じるのだから仕方がない。髪色が日本人を含めとても見たことのない髪色だから、というだけではない。雰囲気そのものに違和感をおぼえる。

「え?」

 女性を避けるかのように後ろへ振り返ったそのとき、目の前にあるべき道路や住宅はなく、変わりに整備されていない獣道の通った森の中にいた。慌ててもう一度後ろへ振り返る。だが五郎に走った嫌な予感は当たり、やはり道路や住宅は消え去り、森が広がっている。

「ここは……」

 生き物の気配がそこかしこに蠢き、青々と茂る木々は肌寒い空の下でも胸を張って五郎を見ている気がする。森の中に獣道が通っているということは、ここを頻繁に何か――人間や熊など大型の動物が通る証拠である。屈んでみると、僅かに残っていた足跡を見つけることができた。人間の足跡が双方向に入り乱れている。恐らくは拠点になる地点と何かを結ぶ通路なのだろう。ならば、どちらかへ進んでいけば人と会えるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた五郎は、とりあえず自分が今向いている方向へ歩き出す。

 

「うーん、どれくらい広いんだろうな」

 しばらく歩いていた五郎がぽつりと呟く。既に靴や裾は泥で汚れ始め、肌寒さを感じると同時に少々の汗をかき始めている。鞄の中の大量の紙がいつも以上に重く感じてしまう。それだけではない。先ほどからどうも気分が優れず、頭も痛い。そんな五郎に、まさしく泣きっ面に蜂というべき事態が起こった。突然、どこからか物音がした気がした直後、鈍い音と共に視界が横へ猛スピードで流れていった。何かとぶつかって倒れた、そう理解するのが一瞬遅れた五郎の脇にいたのは、黒い大きな帽子を被った金髪の少女だった。黒いのは帽子だけではなく、白いエプロンの下の服は真っ黒である。

「いっつつつ……ご、ごめん、こんなところに人がいるなんてな」

「あ、いや、こっちこそ。立てるかい?」

 差し出された五郎の手を素直にとった彼女は特にどこかを痛めていたりするわけでもなさそうだ。ひとまず安心した五郎に、目の前の彼女は申し訳なさそうにもう一度謝った。

「あ、服……悪かった、よりによってこんなところで」

 言われてから見てみれば、ぬかるんだ泥の上に倒れ込んだ五郎と目の前の少女の服は泥で汚れ、スーツのグレーが見事に色をひそめていた。

「私の家、近くだからさ。そこで服洗っていってくれよ。昼飯くらいならお詫びに出すからさ」

 返事を待たず、彼女は五郎の腕をひったくるようにして獣道を進み始める。どうやら、五郎が歩いていた方向は、彼女の家へ向かう道らしい。それなりに歩いてきたからか、彼女の、もとい、霧雨魔理沙の言うとおり彼女の家はすぐに見えた。少し汚れた看板らしきものがかかっている。

「霧雨……魔法店?」

 読み上げられた屋号に、魔理沙は胸を張る。本店……というわけではないらしいが、人里にある霧雨店、という道具屋の娘らしい。あそこは人里では最大手ともいえる道具屋だが、目の前の魔法店の方は、屋号を掲げた看板に同じく「なにか」しますとしか書かれていない。立地も、恐らく人はめったに来ないはずである。彼女の見た目から察するに、子供のままごとに近いものがあるのかもしれない。こんなところで家族から離れて暮らしているということは、もっと別の何かで生計を立てているのだろう……仕送りとか、食糧の自給とか。しかしあの道具店、確か娘さんはいないと聞いていたが……そんな風に五郎が無意識に色々と考えを巡らせていると、魔理沙は正面の玄関扉を開け、五郎を中へ招く。

「うっ」

 思わず声を上げてしまった。部屋の中はとてもではないが綺麗と言える部屋ではなく、むしろ真逆である。流石に客人を招くには別の部屋があるらしく、二階へ通された。二階もお世辞にも綺麗とは言えなかったが、それでも五郎が何か言えるほど散らかっているほどではない。魔理沙の指示で上着を渡し、出来ることを手伝っていく。ズボンがあまり汚れなかったのは幸いだった。これくらいなら目立たないし、あとで洗っても十分落ちる。

 

 あっという間に上着と魔理沙の服を洗って外に干した彼女が、今は料理に勤しんでいた。こうなると料理のできない五郎の出る幕はなく、大人しく茶をすすりながら漂ってくる匂いを嗅いで楽しむしかなかった。鼻歌交じりに調理する魔理沙は先ほど洗っていた服とあまり変わらない服装をしていたが、その西洋の魔女を彷彿とさせる見た目からは想像のつかない「キノコ類」の匂いがしてくる。幻想郷は和食好きが多いのだろうか……

「うーん……そういえば、なんで俺は『知っている』んだろう」

 ふと五郎が呟いた。調理に集中している魔理沙には聞こえなかったらしい。自分は見知らぬ世界へと迷い込んだはずだ。なのに、この世界を知っているし、人物についてもある程度知っている。どころか、顧客の記憶まである始末だ。全く不思議で奇怪だが、そんなことを真剣に考えていた五郎の思考回路を一瞬で吹き飛ばしたのは、運ばれてきた料理だった。

「お待たせ。ちょっと簡単なもので悪いんだけど、この季節だったら食わないわけにはいかないぜ」

 そう言って彼女が持ってきたのは、いくらかの野菜と、たくさんのキノコを混ぜ込んだご飯、それと吸い物、それから竹の皮で包んだ何かだった。全てから秋の味覚の香りが漂い、食欲を強く刺激する。そういえばこの辺りの森はキノコが育つには良い気候なのかもしれない。

「じゃあ私は一階で収穫物の整理してるからさ、食べ終わったら呼んでくれよ」

「あ、うん。じゃあいただきます」

 にっこりと笑顔を見せた彼女は一階へ降りて行った。独り孤独になった彼の前には美味しそうな食事。言い方は悪いが、都合のいい状態だ。

 

「さて……」

 店などではないから椀に蓋はないが、意識を向けると一気に香りを強く感じる。吸い物そのものの香りの中から突き出してくる、マツタケの香りが心地よい。

「うん、大地の匂いのするお吸い物って感じだな……おお! マツタケの香りと、すっきりした味がいいジャブになってるな」

 ニンジンの程よい硬さ、ミツバの仄かな香りがマツタケの強い大地の香りと相まって、五郎の食事とのファーストコンタクトを彩る。男勝りともいえる元気溌剌とした魔理沙の印象とはまた違う、おしとやかな味という印象を受けた。その椀を一度おいて、炊き込みご飯へ手をつける。茶飯……緑茶を用いて炊いた方法での茶飯になっているらしく、これまた香りが良い。マツタケをはじめとして、シメジ、マイタケ、シイタケなど、これでもかというほど多様なキノコを見る事ができ、ゴボウやニンジンで味も整っているらしい。箸で一口分をほぐし取り、ゆっくり香りを楽しみながら口へ運ぶ。

「おお、おお……これはすごいな。春の茶の香りと、秋のキノコ達の香りが混ざって、すごい豪華なショウを見ている気分だ。ニンジンやゴボウの引き立て具合もいいぞ。いかんな、ご飯だけでもイケてしまう」

 かき込むように大きめの茶碗から米を食らっていく。半分ほど平らげてしまったところで、いよいよ気になっていた包みものに手をかける。しっとりと蒸れた竹の皮をワクワクしながら剥がすと、中から一本の大きなキノコが出てきた。マツタケほど香りはないが、立派なシメジだ。五郎は、むしろ魔理沙も知らないことだが、これはシメジの中でもホンシメジと呼ばれるもので、有名な「香り松茸味占地」の占地とはこのホンシメジのことである。

「ほう、これはたまらんな……噛む度に旨みが溢れ出てくる。大地なのに出てくるのは大洪水、不思議だけどこれがウマイからすごい」

 二口目を齧り、そして炊き込みご飯をかき込む。ご飯と共に噛むことで、一層強く噛むことになったシメジから、更に旨みが溢れ出てきて、五郎の顔を驚きと歓喜に満ち溢れさせる。すごい、と感じた次の瞬間、その旨みを含んだ汁気がご飯と混じり合い、更に風味を豊かにして五郎の口の中を満たす。

「うーん、これはやられた……! キノコは好きだけど、こんなにウマいキノコを食えるのは一生に何度だろうな……」

 大袈裟には感じさせない程の旨みが、確かにこの一食にはあった。気付けば茶碗の残りは三分の一、包み焼のシメジも半分しか残っておらず、吸い物も既に半分を切っている。もったいなさを感じるが、それでも最後までウマい味を惜しむことはしたくなかった。一瞬の躊躇の後、五郎は再びシメジを口へ運ぶ。残りすべてを一口におさめ、ゆっくりと噛みしめる。先ほどとは比べ物にならない濃い味が口の中にあふれて、名残惜しさすら感じてしまった。

「うーん、これで終わりというのももったいないが、いいものは少し食べるからいいものなんだろうな」

 独り頷いた彼は茶碗にもとどめを刺すべく勢いよくかきこみ、その時の香りと味を、鼻と舌にしっかりと焼きつける。

「俺の舌と鼻はもう味専用カメラだな……一瞬の味覚を切り取る。これぞ物を食うってことですよ」

 吸い物を少し啜る。シメジと食べた時とは打って変わって、ご飯と吸い物の包み込むような優しい香りが口中に広がる。そういえばシメジと吸い物で試していなかった、と気づいた時にはもう遅かったが、それでもこの優しい香りは後悔を忘れさせてくれる。むしろ、次に食べる機会が来るかもしれないという希望を抱かせた。やはり、いいものは食べられるときに少しだけに限る。

「このお吸い物、最初と最後にピッタリじゃないか。マツタケの香りってこんなに優しくなるんだなぁ……」

 最後に飲み干した吸い物の長い余韻に浸りながら、ゆっくりと茶を啜る。よくよく味わってみると、この茶も普通のものよりいくばくか香ばしいものだった。キノコ達の余韻とぴったりと合うことから、彼女の主食たりうる食材が何か少し察しがついてしまって、思わず苦笑いが出た。いつか毒キノコにでも当たるんじゃないかという心配反面、自分で採取して食べると言うのは楽しそうだとも思った。

 

「よし、っと……」

 湯呑も空になり、一息つけたと立ち上がる五郎。一階にいるという魔理沙にそろそろ声をかけるべきだろう……そう思って階段を降りていくと、ばったりと丁度階段を上がってこようとした彼女とハチ合わせた。

「っと、食い終わったかい?」

「あ、うん。ごちそうさま、おいしかったよ」

 そりゃよかった、と笑った彼女は、少し誇らし気だった気がする。そして直後、五郎の来ていたスーツを渡された。もうすっかり汚れは見えない程綺麗に落ちており、しっかりと乾いていてすぐにでも着れる状態だった。こんな短時間で乾くものだろうか、という疑問をぶつける前に、彼女の方から理由を教えてくれた。

「この八卦炉、ホント便利だぜ。こんな短時間で洗濯物が乾くんだからな!」

 そう言って手に持った足つきの小さな八角形の木箱のようなそれを見せてくれた。一目見て、その凄さはなんとなく理解できた。きっとマジックアイテムの類なのだろう。曰く魔力を注いで使うらしいのだが、今回はそれで温風を出して、それを使って乾かしたらしい。外に干す必要はなかったんじゃないか、と内心でツッコミを入れておいた。と同時に、もう一度食事のお礼を言った後、彼女が玄関まで見送ってくれるのを背に、五郎は人里の方へここへ来るときに通った獣道を歩いていく。

 

「うん、やっぱりちょっと暑いな……」

 秋口とはいえ、こうも湿気が多い森の中をずっと歩いていて、更に瘴気による影響も受けていた彼は、せめてネクタイを緩めようと手をかける。くっ、と引っ張ってもう一度前を見た瞬間、五郎が今まで歩いていた森の景色はどこかへ吹き飛び、住宅や道路が広がっていた。道を五郎の方に背を向けて歩く女性の、空色の髪がとても印象的で、そして既視感を覚える。

「あれ、俺はどうしてたんだっけか」

 ボケるには早いぞ、と考え込むも、記憶に靄がかかった感覚とはこのことか、と落ち込むことになった。全くと言っていいほど思いだせない。森を歩いていたような気がするが、その森は何のために歩いていたのか、どこの森を歩いていたのか、森のどのあたりを歩いていたのか、その全てに見当がつかなかった。うんうん唸りながら考え込む五郎だが、一向にきっかけになりそうな事柄すら思い出せない。そして同時に、腹の虫が空腹を訴える。

「腹が減っては考えもまとまらぬ、か」

 ひとまずどこかで腹を満たして、それから考えよう。一度そう結論付けて、この辺りにいい店が無いかいつも通り探し始めるのだった。


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