月村家のたくさんの猫たちのなかの一匹の物語   作:向日葵星人

1 / 12
第1話

わたしは、猫であります。

突然ですが、わたし、今朝方から幻聴がします。

それは『助けてください』とか『だれか力をかしてください』とか。

幻聴がするなんて、わたしもとうとう精神を病んできたのかと思ったりもしました。

物心ついてから、敷地の外に出たことがなく、日々、本を読み々々生きてきたのです。

物の本によれば、部屋にばかりこもり、外に出ない者をヒキコモリと呼ぶらしく、そういった状態に陥るのは、精神を患っているからだというのです。

鬱々とした気分で、廊下を歩いていくと、目の前の扉が開きました。

「おはよう」

扉を開けてできた美少女、吾が主である、月村すずかのおはようという声と、微笑み。

わたしは、にゃあとひと鳴き挨拶をしました。

なんでもないことのようですが、これだけで、それまでの憂鬱な気分が晴れて、さわやかな気分になったのでした。

 

すずかが学校へ出かけて行ってしまい、やることがなくなってしまったので、テラスの風通しのよい日陰に寝転んでいました。

しかし、いい気持ちになって眠りそうになると、思い出したように例の幻聴がするので、落ち着いて昼寝をすることもままならないのです。

家にいるメイドは、わたしが彼女らのあしもとでじゃれ付いても、かまってもくれるわけでもなく。

いつもならば、書棚から本を引っ張り出しきて読んでいたりするのですが、例の幻聴に昼寝を妨害され気が立っている今、読書をするような気分ではないのです。

壁に爪をたてて、ガリガリやってやりたい気分でしたが、屋内の壁や家具でそれをしてしまうと、方々から烈火のごとく起こられることを、この身の経験として知っていたので、それをしてしまう前に、庭へ出ることにしました。

月村家の庭は猫から見ても、おそらくは人から見ても広大で、家屋の周りには芝生が広がり、その外側にはちょっとした森ともいえるような木立があるのです。

外へ出ると、日差しがつよく、芝生はたいへんな湿度を持っていました。

あと半月もすれば梅雨になるこの時期、芝生にはかなりの量の蚊が生息していて、それらは鼻先や耳元へひっきりなしにやってくるので、げんなりした気分になります。

いっそのこと、敷地の外へ出てしまおうか。

アスファルトの道ならば、それほど蚊もいないはず、よし、決めた。

 

6月にもなると、晴天時には日差しが強く、アスファルトは結構な熱を持つものです。

猫であるわたしは、靴なんか履いていないので、昼間アスファルトの上を歩くと、足が熱くて痛くなってしまうのです。

おまけに、体全体がアスファルトからの熱にさらされて、熱中症になりかねません。

勢いにまかせて、外へ飛び出してきたのは良いのですが、蚊はいない代わりに暑い熱い。

おのづと、塀や生垣でできた日陰を踏みながらの散歩になります。

本来、猫族は涼しい場所を探すのが得意で、その性質は人間語を理解できるようになったわたしにも備わっています。

自然と、何を考えて歩いているわけではないのに、涼しい場所へと足が向かうのです。

しばらく歩くと、ひんやりとした風を鼻先に感じました。

どうやら、住宅街を抜け、公園へやってきたようでした。

この公園、本来、雑木林だったようで、自然公園とかなんとかいう名前の、下草を刈りよく整備された森に、人間の大人が両手を広げたくらいの幅の道を整備した公園でした。

以外、こういう場所には厄介な蚊はそれほどいないらしく、なにより涼しいので、よく整備された自然公園へと歩み入りました。

森の中は、木々が日差しをやわらげてくれるので、住宅街なんかを歩くより涼しい。

歩いていると、気持ちの良い風が、木々の間を縫っていきました。

木々の緑は心を癒してくれているように思えます。

『助けてください』

木々の緑は心を癒してくれているように思えます、気のせいではなく確かに癒してくれています。

『誰か、助けてください』

木々の緑が心を癒してくれているように思いたかったのですが、例の幻聴は歩けば歩くほど、酷くなるばかり。

それに、ここへ来て、あまりにもはっきりとした幻聴が聞こえたので、もう帰ろうかと思いました。

けれど、歩き回っているうちに、歩く方向によって、その幻聴の大きさが変わる事がわかりました。

幻聴などというものは、物心ついてから初めての体験で、きっとめったにできない体験であろうと、半ば自棄になりながら思いなおし、いっそのこと、幻聴の音量が最大となる地点を探すことにしました。

人間の言語を理解し、本すらも読めるハイスペックな猫、であるところのわたしは、本来、猫並み以上、人並み以上の好奇心を持っているのであります。

最初は、自棄でしたが、だんだんとこの行為を楽しんでいるのでした。

過去には、好奇心に任せて、突撃して痛い目にあったことも、一度とはいはず幾度もありましたが、懲りないのがこの猫の性質。

不撓不屈か、ただの莫迦なのか、それは猫たるわたしが判断することはしないで、誰か他人に任せることにしようかと思います。

 

頭に響く声を気にしながら、森の中の道なき道を歩いていくと、少し開けた場所にでました。

そこだけ、草も、木も生えていない。

猫的本能に従うならば、そこには近づかないことにすべきところですが、吾が好奇心は本能をも超えるものであり、しかし、恐る々々そこへ近づいていきました。

すると、そこには鼬のような生き物が転がっていました。

まず、おいしそうだと思いました。

より近づき、その姿を目の前にして、けがをしているらしいことに気が付きました。

次に、傷ついて元気のない鼬は多分おいしくないかもしれないと思いました。

結局、その場で食べることはやめて、家に持ち帰って、主であるところのすずかに保護を要請することに決めました。

傷を癒してから、おいしくいただけば良い、そう考えたのです。

これを持って帰るには、おそらく銜えていくしかないと思われます。

しかし、銜えていくには、吾が体に対してこの鼬はいささか大きく、おそらく体の一部が地面に引きずられることになると思われました。

けがをしているのに、引きずるのはまずいと思いました。

とりあえず、意識があるかどうか確認するために、前足で突付いてみました。

反応がない、ただの屍のようだ。

でも、呼吸はしているように見えます。

そこで、鼬の頭にわたしの前足をのせ、心のなかで低くうなるように声を発しました。

『たべちゃうぞ』

「やめて、たべないで、たすけて」

鼬の口から叫ぶような人間語が繰り出されたのと同時に、鼬は体を捻らせるようにして、わたしから遠ざかりました。

どうやら、この鼬はしゃべることができるようです。

珍妙なと思うと同時に、うらやましくも感じました。

わたしも、この鼬のように人間語を操ることができれば、主であるところのすずかに、愛の言葉にひとつもささやくことができるのに。

鼠もどきにすら負けた気がして、悔しく思い、一撃、体当たりを加えて意識を刈り取り、そのまま銜え引きずるようにして持って帰ることにしました。

そういえば、わたしの好奇心は食欲にはかなわなかったようで、気が付かなかったのですが、例の幻聴はこのときには解消されていました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。