わたしたちは、程なくしてアースラに回収されました。
わたしたちがアースラのブリッジへ到着したころには、すでに時の庭園へとアースラの戦闘要員が転送された後でした。
アースラの特大モニタには、その状況が詳細に映されていました。
アースラの戦闘要員は、プレシアに猫の手を捻るように、いとも簡単にやられてしまい、アースラへと戻されました。
そして、画面に大写しになっているのは、透き通った青緑色の液体に浮かんでいるアリシア。
プレシアは、フェイトに辛辣なことばを浴びせました。
曰く、フェイトはアリシアの代わりの人形だと、フェイトのことが大嫌いだったと。
わたしは、ここへ来て、ようやく、プレシアはフェイトのどこが気に入らなかったのか、それがわかってきました。
おそらく、プレシアは、フェイトとの幸せな日々をすごすことによって、アリシアのことを忘れてしまうことを恐れたのではないでしょうか。
フェイトは、アリシアと同じ顔、同じ声、そして記憶までも移植されています。
だから、プレシアはフェイトによって、アリシアの記憶が上書きされてしまうことに恐怖を覚えたのではないでしょうか。
フェイトを作ったときには、じつはプレシアは思考の奥底でそうなることに気がついていたのかもしれません。
なぜなら、せっかく作ったアリシアのクローンに、記憶まで移植したのに、名前は別につけたのですから。
最後に、プレシアは、ジュエルシードによって、アルハザードへと旅立つことを宣言しました。
プレシアが宣言した直後、時の庭園には多数の魔力反応が出現し、ジュエルシードが発動、そして、次元震が発生。
クロノは、プレシアを止めると言って、ブリッジから駆け出しました。
わたしはプレシアがどうなるかなど、はなはだ興味を持っていませんでした。
けれど、わたしという存在を生み出し、フェイトを生み出したその人間の末路は知っておくべきかと思いました。
わたしはクロノの足にしがみつくようにして、時の庭園へ再度足を踏み入れたのです。
なのはと、ユーノも後を追いかけてきました。
わたしは、もともと戦力には入っているわけもなかったから、勝手についていって、クロノの後ろに陣取っていても、誰も何も言いませんでした。
クロノは、わたしの存在がないかのように、軽快に敵を捌き進んでいきました。
しばらく進んでいくと、リンディとプレシアの念話がはじまり、わたしはそれを感じることができました。
プレシアは、過去と未来を取り戻すなどと言っているようでしたが、新たなる旅立ちの決意にしてはひどく後ろ向きであるようにわたしには感じられました。
もし、主すずかが死んだら、もし、わたしがプレシアのような天才であったなら、もし、アルハザードへの道が見えるのならば、わたしは迷うことなく、輝かしい未来を獲得するために虚数空間へこの身を投じるでしょう。
しかし、過去を取り戻すのはともかく、未来まで取り戻すとは、プレシアは自身の未来が既に失われてしまったとでも感じているのでしょうか。
わたしは、クロノの背中を追いかけながらそのようなことを考えていると、クロノが砲撃で壁を打ち抜きました。
そこには、プレシアがいるようでした。
クロノはプレシアの前に立ち、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んで良い権利は、どこの誰にもありはしない、と言っていました。
なるほど、彼らしい、理性的な言葉だなどと独り感心していましたが、同時に、なるほど、クロノとわたしは、根本の考え方からして違うのだなと納得しました。
クロノが到着してすぐにフェイトも到着していたらしく、こんどは、フェイトがプレシアに声をかけました。
曰く、フェイトは、プレシアの娘であり、だから、プレシアがフェイトにプレシアの娘であれと望むのなら、母親を守るのだと、世界中のどんな出来事からも母親を守るのだと。
わたしには、このときのプレシアの顔が印象的でした。
なにか、憑き物が落ちたような、綺麗な表情をしていたように感じられました。
すくなくとも、数日まえに見た、狂気の色は、わたしには見えませんでした。
しかし、プレシアはフェイトの言葉をくだらないと一蹴し、魔方陣を展開しました。
その言葉を口にしたときのプレシアの顔は、わたしの記憶に深く刻まれました。
その表情は、後悔であったと、わたしは断言します。
目の前にある、自分の手で生み出した、娘の偽物である筈の人間と、幸せな未来を生きることを手放した後悔であったと、わたしは信じています。
時の庭園の崩壊が始まり、わたしは、生みの親であるプレシア・テスタロッサを見るのも、これで終わりなのかと思いました。
『ひとつ、質問をよろしいかな』
ここに来るまで、この時まで、プレシアと会話をしたいともまったく思っていませんでした。
「あなた、まだ、いたのね、しつこいこと、まあいいわ、この期に及んで何を聞きたいというの」
なぜこのようなことを聞いたのか、今になってみても、わかりません。
『わたしが、テスタロッサを名乗っても、かまわないだろうか』
するとプレシアは、崩壊していく時の庭園で1人、大口を開け、大声で哂い、いや笑いました。
そして、わたしの質問など聞いていなかったように、アルハザードへ向かう、たった一つの幸福を取り戻すと、そう言って落ちていきました。