月村家のたくさんの猫たちのなかの一匹の物語   作:向日葵星人

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第6話

フェイトの行使した魔法の魔力の流れを再現すると、足元には萌黄色の魔方陣が描かれ、萌黄色の魔力光が私の体を包みました。

体の中、頭の中、そして、思考の中を魔力がぐるぐると駆け巡りました。

呪文を唱えることが切欠となり、視界は自身の魔力光で満たされました。

その色が引き、視界が晴れてくると、先ほどとは景色が違っていました。

どうやら魔法の行使は成功したようでした。

転移してきたこの場所は、地中のようであり、壁と天井は岩盤がむき出しでしたが、床だけは、大理石のような化粧板で整えられていました。

薄暗く、湿った冷たい風が、廊下と思われる通路に沿って、たへまなく流れていました。

陰気な場所だ、わたしは、まず、そう思いました。

他人の拠点に対して、文句を言っていても仕方がないので、廊下を風下の方へ向かって歩いてゆきました。

正確な時間はわかりませんが、10分ほど歩き回ってみたところ、この洞窟のような場所には人が殆どいないということがわかりました。

わたしは廊下を歩いたり、部屋があったら覗いたりしましたが、人間に会うことはありませんでした。

しばらく歩いていくと、本棚と床、そして部屋の中央に置かれた机が書物で埋まっている部屋を見つけました。

わたしは、ビブリオマニアではありませんが、本を読むことが好きでありましたから、この陰気な洞窟の住人がどのような本を読んでいるのか興味が湧き、その部屋へと入っていきました。

机の上に積まれた本を一冊めくりました。

そして、感じるのは眩暈のような感覚でした。

そこに書いてあるのは、日本語ではなく、わたしにとっては未知の言語でした。

並んでいる文字はアルファベットか、もしくはギリシャ文字のようでありました。

あいにく、わたしは不勉強であり、日本語以外の言語を、理解することができなかったのです。

しかし、眩暈のような感覚をこらえながらページをめくっていくと、なぜか、懐かしい感覚を覚え始め、次第に眩暈は治まり、そこに並ぶ単語の意味を理解し始めたのでした。

日本で生まれ、日本で育ったはずのわたしが、なぜこのような異国の言語を理解しているのか、それは理解できませんでしたが、とりあえず、そこに書いてある事項についてはおぼろげながら理解できました。

そこに書かれていたもの、それは、日本語で書かれていたなら、SFというジャンルの小説であると、わたしは結論づけたでしょう。

しかし、これは異国の文字で、魔法のことについて、述べられていました。

それも、その発生原理を理論的に考察し書かれたもののようでした。

これは科学書だ、そう思うと、わたしの興味はとたんに薄れてしまいました。

科学、それも確かに興味深いものと思いますが、通常、わたしは、読むなら人間の物語を読む方を好みます。

わたしが興味を持ったのは、この陰気な住処に住まう科学者が、何を思いフェイトにジュエルシードを集めさせているのか、ということです。

日記くらいなら、あるのではないか、そう思い、机の引き出しを開けました。

引き出しの中には、走り書きが残されたメモ用紙や、何に使うのかわからないような金属製の治具、そしてノートが乱雑に収められていました。

わたしは、不便な猫の手を器用に駆使し、ノートを机の上へと引っ張り出しましました。

ノートの表紙をめくると、そこにはプレシア・テスタロッサとサインがありました。

 

ノートは、3冊ほどあり、その中には、3年ほどの日記がつづられていました。

1冊目は、アリシアを失い、悲しみに暮れる日々がつづられていました。

1冊目の終盤には、クローンによって、再び娘を得ることが、馬鹿げたことだがという前置きの上ではありましたが、初めて語られていました。

そして、2冊目の中盤ごろに、フェイトの誕生が綴られていました。

この間は、プレシア自身のことがあまり書かれておらず、どのような心境の変化があったのかわかりませんでした。

この時点で、プレシアは、この生まれたこの子を愛し、アリシアとすごすはずだった、幸せな時間を取り戻したい、と願っていたようでした。

3冊目に差し掛かってきたころから、日記をつける頻度が極端に落ち、アリシアの顔をしたアリシアでないものへの憎しみが綴られるようになりました。

 

なんとなくではありましたが、わたしは、フェイトが浮かべていた虚ろな目の理由を、ここに見出しました。

やりきれない気持ちを感じ、日記を机の引き出しへと戻しました。

 

日記を机の引き出しへとしまった後、ふと、目に付くものがありました。

それは、書棚にある一冊のノートでした。

なにか、懐かしいものを感じました。

引っ張り出して、床に置きページをめくりました。

そこには、プレシアの使い魔、リニスを元に作ったクローン猫に関する実験ノートのようでした。

実験における主たる目的は、クローニングした生物に上質のリンカーコアを持たせること。

猫に関する実験は、結局失敗に終わったようでした。

しかし、その成果は、フェイトへと確実に受け継がれていったようでした。

 

わたしは、本のたくさんある部屋の扉を、音が立たないようにそっと閉めました。

廊下に出、また、風下のほうへと歩いていきました。

他人の日記なんて、読むものではなかった、猫にしては珍しく後悔の念を覚えました。

日記文学などというジャンルがあり、そういったものも読んだことがあり、しかもわりと好んでいた節がありましたから、プレシアの日記だとわかったときには、歓喜しました。

ですが、日記文学というものは、それは、人に読ませることを前提に、書かれたものなのでしょう。

本物の日記の、本物の感情というものは、読んでいて気持ちの良いものではありませんでした。

鬱々とした気持ちで廊下を歩いていくと、不意に体が硬直し、電気が走ったような激しい痺れが襲い、そこで、意識が飛びました。

 

「なつかしいものが紛れ込んできたようね」

プレシアは眉間に皺をよせ、面倒くさそうに、呟き、右手にデバイスを携え、目を閉じ集中しているようであった。

すると、すぐ、とおくから猫が発したとは思えないような、猫の、大きな、そしてくぐもった、鳴き声が聞こえた。

プレシアの目の前の床に、人間の上腕ほどの直径の魔方陣が描かれ、最初はそこには何もなかったが、次の瞬間には猫が現れた。

猫は気を失って、倒れていた。

プレシアは猫の首をつかみあげると、反対の手で、横面をひっぱたいた。

「おきなさい」

プレシアは言った。

猫は、懐かしい声だと思いました。

『プレシア、体が痛い、おろしてくれ』

猫は目をあけず、体を少しも動かさず、念話でプレシアに文句を言った。

プレシアは、その場でぱっと手をはなし、猫は床にどさっと落ちた。

『もっと、丁寧に扱ってくれよ』

猫は憎まれ口を叩いた。

「失敗作だと思っていたけれど、自我が芽生えた上、魔法が使えるようになったのね」

プレシアは猫に向かうでもなく、壁と、天井の境界辺りを見ながら言った。

『先生がいいからな、変身魔法と、幻影魔法、それから、今日始めて次元転移魔法が成功したよ』

猫は、少し誇らしげに言った

プレシアは興味なさそうに鼻を鳴らした。

「ここへ、何をしにきたの」

若干声が低かった。猫の本能は恐怖を感じたようで、体を縮めた。

『フェイトの後を追ってきたんだよ』

あんたに会いに来たわけじゃない、猫はとぼけた口調で言った。

「まあ、いいわ。所詮は失敗作、何ができるわけでもないだろうから、殺しはしないわ」

わたしの前からすぐに消えなさい、プレシアはつまらなそうに言った。

『そうしてもらえるとありがたい』

猫はそう言うと立ち上がり、まだ体が痛むのかふらふらしながら部屋を出て行った。

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