予定ではコミック9巻の発売と同時期を考えていました。次話は執筆しておりますので、時期は未定ですが必ず投稿致しますので宜しくお願いします。
目を覚ますと両手が生えていた。
目の前に両手の平を並べてかざしてみる。
幾分か指の長さが違う…。平均的という基準で形成されたのだろう。
「クククッ…。まあ、こんなものだろう」
戦時下の為、本来行われる筈の培養形成手術の代わりにサイホーグ手術により復元された手指は割と見映えの良い仕上がりである。若干の感覚障害を感じるのは馴れていけば解消されるらしいが…
『伊東さん。面会です‥情報部の方が』
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退院すると、新しい職場に復帰した。
情報部というが、手指に障害を抱えたポンコツ兵士のリハビリにちょうど良い…。行政府長官直轄の6課というからには花形部署でないことは想像に難くない。軍隊で文民直轄部署などというものは事務手続きが中心だと思う。
まあ…のんびりやるさ
仕事は想像以下だった……
『伊東さん。この資料を纏めて下さい』
民間企業のOLみたいな女がデスクの上に資料を片手で投げ棄てるように置いてゆく。期限の指定も無い、差詰め…全く重要ではない仕事なのだ。
ここへ来て1週間ずっと毎日これだ。軍隊なのに階級をつけない呼び方が表すように、下士官の彼女から士官扱いされていない。
「窓際というやつですねぇ… 窓無いけどさ」
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その日は応接室の掃除をしていた。
士官の自分がオフィスの掃除とは…泣けるよ。最後に残った隣の第1応接室は部長が使用中なので後にするかと思った矢先、ドアが開き部長と客人が出てきたところに鉢合わせた。客は中年男性将官と若い女性士官だ… ちらりと見えた肩章は〔一尉〕のものだ。
「…(同じくらいの年齢で一尉か)」
『ちょうど良い、紹介しますよ! うちの新人の伊東三尉です! 』
瓜生ミハルとの出会い(再会)だった。
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『三人の再会を祝して乾杯!』
ジョッキのビールをゴクゴク喉を鳴らしながら旨そうに飲む女が瓜生ミハル一尉…。彼女が瓜生航宙幕僚長の娘だと教えてくれたのは横に座る槙村一曹。
「幕僚長の… 確か、歴史ある名家と聞きますが? 」
「はい、その瓜生家のお嬢ですよ! 見えないでしょ? 」
槙村が囁く通り、ビールをがぶ飲みする姿からは想像がつかない…
「男二人がこそこそ話すでないわ! なんの話だぁ?」
目の前で男二人が小声で話す様を見て泡の口髭をつけたミハルが苦言を溢す。
「あ、いえ!自分は‥伊東三尉にですね…」
「かぁー! 堅いっ!堅いよ!「自分」はよせって、まっきーは堅くていかんよ? ね、伊東クン? 」
「そうですね‥歳も違わないのですから、無礼講と言ったところですかね? !… 」
つい先程、司令部で再会した瓜生に『伊東クン』と馴れ馴れしく呼ばれ始めたばかりの真也であるのだが、既に自然と反応する自分に些か驚くのだった。
「流石は伊東クン! 良いこと言うなぁ~真ちゃん♪ 」
真ちゃん……
おいおい、さっき会ったばかりだぜ? ま、馴れ馴れしいのは気に触るが…逆らう‥否、逆らえる要素は無い。
「では、お言葉に甘えましょう! 瓜生さん! 」
「まっきーはまだ堅い…。オフの時はミハルでいいよ」
この二人、槙村洋輔と瓜生ミハルは一緒に真也を救助した。所謂‥命の恩人というやつだ。火星圏から戻って以来の顔合わせとなるが、意識の無かった真也にとっては初見である。
「今日は突然誘ってすまんね。しかし、都合が良かったな! 三人共揃って
ミハルが溢す『暇』という一言に真也は不快感を抱く。将官附きの一尉様が暇な訳なかろう…と。
「そりゃ、キリシマは入渠中ですけど。お二人は司令部でしょ? 」
戦艦キリシマはドック入りしており、乗員は休暇を取っていた。警衛宙曹の槙村は入渠中と言えども交代で警備任務があり、実のところ暇という程でも無かったのだが…
「キリシマは入渠中。伊東クンはリハビリ中。俺は…自分が誰なのかわからないっと! 記憶が戻らないんだよ 」
瓜生ミハルは昨年起きた訓練学校爆発事件で記憶障害を抱えたそうだ。人手不足もあろうが、何より父の瓜生光政宙将の意向が働いたことは間違いない。
しかし、先の第二次火星沖会戦に於ける作戦草案は彼女の手によるものだと聞く。記憶が無い人物がそのようなことを……?
「今回は偶々上手くいったが、部長の秘書どころか‥お荷物に変わりはないさ」
自嘲気味に話すミハルが指すのは会戦に於ける最大のポイントだった【陽電子衝撃砲】の集中運用のことだ。2190年代半ばから順次改修装備された次世代光線砲だが、その威力と引き換えに莫大なエネルギーを消費することから実際には使えない『無用の長物』と揶揄されていた兵器だった。当然、それまでは試射を除いて発射されたことはなく…発射レベルに達する満充填時の不安定具合から暴発事故の懸念がつきまとうという曰く付きの代物だったのだ。
作戦本部でも実際の運用に言及するのはナンセンスという考えだったようだ。
それを…待伏せは未だしも、友軍艦隊を囮にしての作戦を考えるとはな。そんな戦い方は時代錯誤も甚だしい! もうすぐ23世紀だぞ? 人の命を何だと思ってやがる…
「不謹慎かもだけど… あの時、勝ったと聞いて感激して泣きました。死んでいった仲間も報われたと… 」
焼酎をチビリと舐めながら槙村が呟いた。
途端に沸々と沸き上がりかけていたミハルへの憎悪が霧散した。そして真也は自身のメンタル面を少し恥じた… 伊東真也という男は個人主義の傾向が強く、如何なる状況下に於いても自身が生き延びることが最優先だ。勿論、生物の本能的には大正解であり否定される謂れは無い。しかし、人間は社会性生物なのだ… 同胞や仲間という強い連帯感が人を人足らしめるのだ。
両手を失った時…真也を支配したのは我が身を嘆く感情だけだった。
「不謹慎…じゃあありませんね。やっと報われたのですから」
真也もグラスの焼酎をチビリとやりながら答えた。
「こらこら、二人でしんみりするな! お通夜みたいだぞ?」
そう言いながら、おかわりの芋焼酎ロックを受け取ったミハルがグラスの氷を真也のグラスへ箸で器用に投入していた。
「なっ?! なにしてるんです? 」
「ん? 氷が溶けたら薄まるじゃん。伊東クンは薄めが良さそうだからあげるよ♪ 」
悪怯れることなく笑顔で全ての氷を真也のグラスへ投入してしまった。
「伊東さん…羨ましいっす! 間接キッスっす! 」
そのやり取りを見た槙村が唇を尖らせて煽った。
「だぁぁ! 間接キッスってなんだよ! 小学生かっ! 」
「「アハハハ」」
真也のリアクションにウケて笑う二人につられ…
「ウハハハ」
本気で笑ったの…… 何年ぶりだっけ?
その時、正面に座るミハルが一瞬真顔になり呟いた言葉がまわりの喧騒を破って聞こえたような気がした。
「この世の記憶を持たないから…