時空のエトランゼ   作:apride

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22話 鉄拳

この旅の正当性……

 

森雪の手の上で浮かび上がり…スターシャは囁く……

 

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「これ、ユリーシャに返さないと… 」

 

 

「それはユリーシャ本人に返すものだ、まだ雪が持っているべきじゃないかな? 」

 

ミハルは雪が手にする金色のアイテムがストーリー上で鍵であることを思い出した。…伊東が雪をユリーシャと誤認する根拠だった筈だ。

 

「…そうね。岬さんに渡すのは違うわよね? 」

 

「ミハルの言う通りユキが預かってくれているのが良い……」

 

ユリーシャも現状で受け取るわけにゆかないのを承知し、信頼する雪に任せることにする。それよりも、彼女は今しがた姉の死を知り悲しみに沈んでいるのだ……

 

(サーシャ姉様が…亡くなった。波動エンジンを搭載したこの船が存在するから……御無事と思っていたのに)

 

 

 

そのとき少し離れた影から三人を窺う伊東保安部長の姿がある。

 

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「…(やれやれ、怪しいのが増えましたね)」

 

伊東は森船務長と瓜生参謀長の動きを監視していたのだが、岬准尉を含めた三人が会話する様子に何か引っ掛かるものを感じた。離れているので詳しい内容は聞き取れないのだが…怪しい。

 

「岬准尉か‥ ガミラスの精神攻撃の後遺症ありというが…まさかな?」

 

真也は昔読んだSF小説を思い出していた…

 

――脳内の情報を書き換えることが可能なのか?――

 

その小説では地球侵略を企てる異星人が遥か宇宙から地上の人間に光線を照射することで対象者の脳内情報をそっくり書き換えてしまうのだ。脳内情報が書き換えられてしまうと、その人物は身体は地球人のまま異星人の人格となる。要するに中身が別人になるのだ!

 

「瓜生ミハル、森雪の二人は記憶喪失…。今回の精神攻撃により瓜生ミハルの記憶が戻ったようだが、新たに岬百合亜の様子がおかしい。三人が集まって何か話しているのも…益々怪しい…となるな」

 

伊東は小声で独り呟きながら手元の端末にメモ入力して行く。情報部員としての任務…ではなく、伊東真也個人としての行動。あらゆる角度から疑ってみるほどに異星人に対しての警戒心が強いのだ。

 

「瓜生ミハル…か」

 

疑ってはみるが、何故か彼女だけは…

 

「だとしたら…巧く化けたものだな」

 

長い付き合いから感じるが、異星人が化けたにしては瓜生ミハルは人間臭すぎるのだ。真也の心はモヤモヤと乱れていた…

 

 

 

 

三人が自動航法室を出て歩いていると、向こうから古代と島がやってくる。すれ違う間際に敬礼する二人に…

 

 

「ありがとう」

 

 

岬百合亜(ユリーシャ)は歩みを止めず、視線も交えず発した。

ミハルは雪に目配せし、三人は何事も無い素振りですれ違って行った。

 

 

「今‥『ありがとう』って言ってたよな? 」

「ああ、はっきり言ってたな? 」

 

古代と島は誰に向けられた言葉なのか掴めず戸惑った。歩いてきていた三人が会話していた様子は無く、すれ違う間際に一言だけなのだ……。

 

「岬さんは誰に言ったのかな? 」

「俺達に言ったような… 」

 

勿論、岬百合亜が発したのはユリーシャとして姉のサーシャを埋葬してくれた2人に対して感謝の言葉なのだが… 古代も島も気づくはずもなく、その場を後にする。

 

 

 

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平田主計長はO.M.C.S(オムシス)の前で腕組みして唸る。

 

「うーん…どうだアナライザー? 」

「フッキュウサギョウハジュンチョウデス」

 

ここ数日間の不調の原因は未だ不明である。しかし、人為的破壊工作の可能性が散見されることが平田には気掛りである。…まさかこの期に及んでイズモ計画派の妨害なのか?

 

「今更‥足を引っ張ったところで、何か得るものがあるというのか? 」

 

システムは復調しつつあるが、精製アミノ酸と培養資材を廃棄せざるをえなかったことが大きなダメージとなった。食糧の安定供給にはまだまだ時間が掛かる…

 

 

 

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機関室

 

徳川機関長と山崎の二人に向き合う島航海長の姿がある。傍では機関員の薮が横目で伺いながら作業しているが、三人の様子が気になるようだ。

 

物陰からそっと覗き見るミハルに気づいていない。

 

『やはり…こうなるんだな』

「…(徳川さんがガツンとやるのね)」

 

ドメル軍団との戦闘は知っていたより早く終わった。被害が軽く済んだのは有り難いのだが、やはりと言うか…イベントは発生していた。戦闘中の機関不調にキレた島が山崎に対して罵声を浴びせたのだ。山崎から伝えられたムラサメ事件の真相の影響が大きいこともあるが…

 

『リメイク版の島大介はオリジナル版ほど落ち着いた雰囲気じゃないからかなぁ? 』

「…(そういう余計な裏話は…混乱するからやめて!)」

 

美晴とミハルが脳内会話している間に険悪な会話が聞こえてきた。

 

 

「馬鹿野郎じゃないですか!! ガミラスとの開戦はむらさめが口火を切ったとか! 」

 

島の声だ!?

 

「そんな出鱈目を並べて、俺の父親の名誉を傷つけ‥ それでアンタはいったい何が面白いんだ!! 」

「私は…」

矢継ぎ早に捲し立て怒鳴る島に山崎は俯き返す言葉を飲み込んでいる…

 

「そんな嘘を吹聴することが馬鹿げてないって言うのか! 馬鹿でなければ卑怯者のすることだ! 」

 

「島…罐焚きの儂は、それを語る術をしらん…だがな…」

「知らんのなら引っ込んでろよ!! 徳川さん、アンタはあの場に居なかっただろ! 」

 

島の暴言に激昂しかけた徳川がぐっと堪えて冷静に彼を諭そうと言葉を掛けようとするが… 頭に血が昇っているのか島は徳川の言葉を遮り、彼に向かって罵声を浴びせた! 流石に親父さんが拳を握りしめ一歩踏み出す…

 

《 バキッ 》

 

島の顔面に拳がめり込んだ!!

 

歪む口元からは涎混じりの血反吐が飛び散り、島は床に倒れ込んだ。倒れた島の胸ぐらをつかんで更に顔面にワンツーパンチを喰らわす! ボコボコのタコ殴り状態に一瞬呆然となった機関科三人衆は慌てて彼女(・・)を止めに掛かる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「やめてください参謀長! 」

 

 

「見損なったぞ! さっきから聞いてればガキみたいな言い種をグダグタと! お前は島艦長の息子である前にヤマト航海長なんだぞ!しっかりしろ! 」

 

三人に肩や腕を掴まれ引き離されながらミハルは島を怒鳴り付けていた。陰から様子を伺っていたが、本来なら徳川が激昂する場面でミハルに宿る美晴が激昂してしまっていたのだ。

『ちょっと!? どうなってるのっ? 』

突然身体の主導権を奪われ、意識だけになったミハルが混乱している。どうやら美晴が激昂した拍子に入れ替わってしまったようだ。

 

「すまん‥もう暴れないから離してもらえるか? 薮‥そこ胸! 」

三人に止められ我にかえったミハル(美晴)は後ろから薮の両手が胸を鷲掴みしていることに気づく。

 

「え? ‥あわっ! す‥すみません! 気づきませんでした」

 

ミハルに言われて自身の手の位置を確認すると、脇の下を通した両手はしっかり両乳房を鷲掴みしていることに驚いた薮は狼狽えた…焦っていた彼は本当に気づいていなかった。

 

『気づかない程の貧乳じゃないわよ! 失礼ね! 』

「まあそう怒るな、それより‥やってしまった」

 

ミハル(美晴)は床に倒れ踞る島を懐抱する徳川と山崎の背中を見ながら己の失態を後悔し、この後に変わってしまったであろう流れを警戒していた。

 

『あなた…手加減無しでぶん殴ったわね。痛いわ… 』

「折れてるな…すまない」

 

ミハルの右手は骨折して内出血により赤黒く腫れ上がっていた。瓜生美晴は空手有段者だった‥が、瓜生ミハルは鍛えた拳を持たない女性である。思いっきり人間の頭部を殴れば手の骨の方が折れてしまうのである。

 

「参謀長、あんたも医務室へ… そんな細腕で無茶をするとはらしくないですな? 」

 

「すみません徳川さん。暴言を吐いている島の姿が無性に情けなく思えて‥ついカッとなりました」

 

美晴は転生前に得た『宇宙戦艦ヤマト2199』と『宇宙戦艦ヤマト』に登場する島大介のキャラクターが頭に残っている。リメイク版の島大介に少しばかり不安を感じていたこともあるが、実際にヤマトクルーと触れあいを通じてその想いは強さを増していた。昭和風熱血漢振りが抑えられ落ち着いた雰囲気の古代とは対照的に少年ぽさが増した彼に苛立ちに似た感情があった。

 

 

 

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艦長室

 

「瓜生が… 」

 

「参謀長には営倉での謹慎を命じました。宜しかったでしょうか艦長? 」

 

「それでよい…ヤマト艦内に於ける規律違反であるからな」

 

ヤマトクルーで無い瓜生へは副長の真田二佐に命令権は無いが、艦内での軍規に背く行為にはその限りではない。真田は瓜生の上官に当たる沖田司令長官に事後確認を行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、医務室では手当てを終えた島の横に徳川機関長が立っていた。

 

「佐渡先生がお休み中なのに流血騒ぎは困りますよぅ… 瓜生さんも促進剤を局部投与しましたから、3日くらいで骨折箇所は接合するけど痛みがひくのは10日くらいかかります。では二人ともお大事に」

 

佐渡先生と原田衛生士は戦闘配備が解かれた後に休息に入っており、現在医務室では医官である尾崎一尉が当直医として診療にあたる。彼女は血を見るのが苦手らしく、島の手当て中も若干顔を背けながらであった。民間ならまだしも軍医がこれで良いのか疑問である。

 

 

「島、山崎が話したことは事実だ。…そうですな? 参謀長」

「最初の一撃はむらさめから放たれた。箝口令により、この事実を知るのは軍内部でも一部に限られている」

 

むらさめ事件の事実を知るのは当事者の山崎を除くと、ヤマト艦内でも沖田艦長と徳川機関長だけだ。

 

「やはり…。でも俺は認めたくなかった! 父が信念を曲げて……」

「島大悟艦長が不本意な命令に服従せざるを得なかった無念! 息子のお前がわかってやらんでどうする! 」

 

「……」

 

島は無言で俯いたままだが、どうやら事実を受け止めた様子が窺える。

 

「参謀長、お迎えに参りました… 派手に暴れたそうですね」

 

保安部長の伊東が星名と二人で現れた。これから営倉入りのために連行されるのだ。

 

「徳川さん、後は頼みます… 」

 

瓜生はそう言うと、島の肩に手をポンとやり席を立ち去る。

 

 

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「私が不在の間を頼みますね… 」

「はぁ‥僕で無理なら相談にきます。多分無理ですけど…」

営倉入りに際して、副官の成瀬二尉に後を託す。とは言え、沖田提督に口出しできる程の能力も経験も無い。瓜生が参謀として成り立っているのは『瓜生美晴』が持つ原作知識があればこそなのだ。そもそも、未知の異星人との戦闘に関する情報なども少なく、博打に近い作戦を実行出来る武人は沖田提督をおいて他にないだろう。

成瀬が気弱になるのもわからないでない。

 

「沖田提督に参謀が必要なのかと思うが、助言を求められたなら君の率直な言葉を返せば良い。判断するのはヤマト計画全権執行責任者である沖田提督なのだからな」

 

「わかりました。お早い復帰をお待ちします…」

 

成瀬参謀は足取り重く帰ってゆく…

 

本来なら成瀬は有望若手参謀の筆頭と目される人物であるのだが、沖田提督と瓜生参謀の二人を前に自信喪失気味なのが心配だ。

 

『部下の育成には成功体験が近道‥か? 』

「暢気に他人の心配してる場合? どうしてこんなことになったのかしらね? 」

 

ミハルが言うように… 本来なら徳川機関長が島をぶん殴るストーリーだった。美晴も何故自分が激昂したのか不思議でならない。懸念していたことが少しずつ現実味を帯びてきている…

 

このあとに起こる予定のイベントは…

 

「ビーメラ? 反乱? 」

『俺達が邪魔なのかもしれない』

 

美晴には原作知識があるのだが、複数のストーリー展開が記憶にあり、艦内で起こるイズモ計画派の反乱がそのひとつである。これまでの流れからすると伊東が藤堂長官、星名が芹沢局長と繋がっていると踏んでいた。

 

しかし…こう流れが変わりだすと、その考えが正しいのか不安になる。それほどに両名は腹が見えない…

 

反乱の首謀者は伊東と星名…どちらなのだ?

 

 

 

ミハル(美晴)は留置室の室内で痛めた右手をさすりながら自問自答の如くブツブツと独り言を続けた。皮肉なことにそこは原作で徳川機関長が入った二番房であった。

 

 

 

 


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