ラブライブ~4人の男子(変態)~ 作:稲近
放課後の音楽室のピアノ。そこは私の特等席。進路のこと、将来のことを考えずにいられるこの場所は、私にとってある意味特別な場所とも言えた。
ピアノの奏でる音色が、日頃のストレスを、雑音を消してくれるように思うからだ。
けれどある日、私の特等席には先客がいた。同じクラスの男子生徒だけれど、名前は覚えていない。
元女子校である音ノ木坂学院も、時代の流れとともに廃校の危機に瀕していた。そこで苦肉の策としての共学化が始まったのが、今年の春。つまり私が入学した年からだ。
しかしそれでも生徒は集まらず、結局は私の学年は1クラスのみ。男子生徒も4人しか集まらず、学校の判断は間違いだったといえよう。
話はそれたが、私の憩いの時間を邪魔する不届き者の存在を、どのように排除するかが今の問題だろう。
そもそも、この学校に存在する4人の男子生徒、皆が皆ピアノを弾くようには見えなかった。
きっとピアノで遊びに来ただけなのだろう。
私は自分の中で勝手に結論付けると、ドアを開けて教室内に踏み入ろうとした。
しかし、もしも本当に弾けるとしたのならば。
確かに弾けないかもしれないが、弾けるかもしれない。結局は、聞いてみなければわからない。
私がピアノを弾く時間は削られてしまうが、もしも彼がピアノを弾けるのならば、是非聞いてみたいとも思う。
そうこう考えているうちに、ピアノの音が鳴り響いた。
C,E,G,Bの4つ音によるの和音。Cメジャーセブン。
セブンスコードが好きなのだろうか。続けて更に別のセブンスコードを鳴らす。
これは、知識はあるがピアノは弾けないのだろうか。
ピアノやギターにある、コードというものは、考え方を知れば実に簡単だ。ギターの場合は弦を抑えるのが少し大変だが。
だからきっと、彼もそれを試しているだけなのだろう。期待したことがあまりにも残念だったために、ため息を一つこぼした次の瞬間、彼の曲が始まった。
彼のオリジナル曲だろうか、今まで聞いたことのない曲。
ブルース調の枯れた曲。
ここにハーモニカでも加われば、誰が聞いてもハードボイルドな世界を意識するだろう。
それにしても、彼のピアノ自体は特に上手いわけではない。それこそ技術的な点では、私のほうが一枚も二枚も上手だろう。コンクールに出ても、賞をとることは叶わないだろう。
しかし、何故か聞き惚れてしまう。ずっと聞いていたいと思ってしまう。
普段は聞かないジャンルの曲でさえ、今の私のように人を惹き込んでしまう。コンクールではなく、コンサートとしての腕前は、彼のほうが上に違いない。
きっと、彼の持つ味がそうさせているのだろう。
世界的に有名なとあるロックバンドのギタリストも、特別うまいわけではない。勿論上手いのだが、彼より上手い人など、探せばゴロゴロといるだろう。
しかし、そのギタリストの持つ味が、多くの人を魅了してやまない。普段はロックよりもジャズやクラシックを聞く私でさえ、そのバンドの曲は好きだったりする。
今ピアノを弾く彼も、恐らく人を魅了するだけの味を持っている。
でも、今はその才能を埋もれさせている。
―――なんて勿体無いのだろうか。
思わずそんなことを考えてしまうほど、私はすっかり彼の音色に魅了されていた。
けれども、永遠に続く曲などこの世に存在せず、彼の曲もやがて終わりを迎えてしまう。
そのことを残念に思う私がいることに、少々驚きこそしたが、それでも素直に彼の曲は好きだと言える。
「ん?」
すると、一曲弾き終えた彼が顔を上げると、窓越しに覗いていた私と目があった。
私は内心慌てていたが、ばれないように取り繕い、教室のドアをくぐる。
「なかなか良かったわ、あなたのオリジナル曲?」
拍手とともに彼に歩み寄り、さっきの曲について問いかける。
今まで話したことすら無かったけれど、どうしても彼と話してみたいと思ったのだ。
「ん、まぁそうやな」
関西弁?
思わず思考がそれてしまったが、直ぐに修正する。
やはり、彼の音楽性は天賦の才というものなのだろう。
勿論それ相応の努力もしているはずだ。そうでなければあそこまでピアノを弾く事などできまい。
「ピアノは本職と違うから、技術そのものは足りひんねんけどな」
しかし、続く彼の言葉に、私は身体を硬直させた。あれだけの曲を奏でることができて、本職はピアノじゃない。
ならば、本職は一体何だというのだろうか。
すっかり彼に興味を抱いてしまった私は、質問を続ける。
「一応ギターが本職」
彼の答えに、なんとなくだが、ギターを構える姿が似合うような気がした。
一般的な成人男性よりも背の高い彼は、体格では決して西洋人に劣らない。だから、ギターを低く構えても、それが自然に見えるのでは、と思えてしまうのだ。
しかしそうなってくると、困ったことに私の中にある欲求が湧いてきた。
―――彼のギターを聞いてみたい。
彼が自分で本職というだけあり、さぞ期待できるだろう。だからこそ聞いてみたい。
しかし、こちらは名前すら知らない相手に、いきなりギターも聞かせて欲しい、なんて言えるはずがない。
それに、私が一方的に聞くだけではフェアではない。私も彼に自分の腕前を見せたい。聞かせたい。
そんなプライドが私の中にあることを自覚した私は、ある提案を持ちかけることにしてみた。
「今度でもいいから、セッションしてみない?私がピアノを弾くから、あなたがギターを弾いて」
今まで自分から男の子に何かを持ちかけたり、誘ったりすることのなかったため、かなり緊張して途中で噛みそうになりながらも、無事にスラスラということができた。
そのことに安堵している間に、彼は特に考える素振りも見せず、頷いてみせた。
「別に今からでもいいけど?」
「そう?でもギターはあるの?」
そこまで言ってから、私は音楽準備室にアコースティックギターがあることを思い出した。
そうだ、確かにギターはある。だから今すぐにセッションすることだって出来る。
私がギターについて気づいたことを悟ったのか、彼は席を立ったかと思うと、丁度私の死角となる部分からギターケースを持ってきた。
どうやら私の考えは見当違いだったらしく、彼は自宅からギターを持ってきていたようだ。
少々恥ずかしいと思いながらも、今はそのことを忘れてしまおうと、意識を切り替える。
選んだ曲はLee MorganのCandy。
おしゃれなコード進行に可愛らしいメロディな、ジャズセッションの定番曲。
枯葉でも良かったのだが、ふと思いついたのがこれだったのだ。
彼も同意し、そしてセッションが始まった。
ここ最近で一番楽しかったのではなかろうか。
そう思ってしまうほど、彼とのセッションは楽しくて仕方がなかった。
小気味よく叩くギターの音は、自然と私のテンションを上げ、思わずテンポが走ってしまったり、コードからずれた音を鳴らしてしまったりしてしまったが、それでも楽しかった。
結局Candyだけに留まらず、枯葉や、Take Fiveなどをセッションし、いつの間にか二人だけの演奏会となっていた。
彼も楽しんでくれたのか、とても満足そうな笑顔を浮かべている。
きっと、私も今はあんな表情を浮かべているのだろう。
やはり音楽は楽しい。そう改めて認識させられるほど、彼とのセッションは有意義な時間だった。
そして楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去るもので、教室の壁にかけられた時計の針は、既に18:30を回っていた。
いつもより遅い時間、まずいと思った時には既に遅く、私は慌てて変える準備をし始めた。
彼も察してくれたのか、さっさと変える準備を済ませ、というより何故か私より先に帰る準備を済ませていた。
おかしい。私は楽譜を鞄にしまうだけだが、彼はギターをケースにしまわなければならない。
しかし、そのことについて考えてる時間も惜しい。
「送ってくよ」
もしこれが他の男子であれば即お断りするところだが、今の私は慌ててはいるものの非常に気分が良い。
それに、もう少し彼と話してみたいと思っていたのだ。
と言うより、自己紹介を済ませていない。
「ありがと……ねぇ、その、名前は?」
「……そういや自己紹介してなかったなぁ。えっと……」
どうやら彼も私の名前を覚えていなかったらしい。私も彼の名前を覚えてないからおあいこのはずなのに、少々ムッとしてしまうのは許して欲しい。
「西木野真姫よ」
「藤乃優希、よろしく」
それが、私、西木野真姫と、藤乃優希との最初の出会いだった。
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