ラブライブ~4人の男子(変態)~ 作:稲近
その男子生徒は、屋上のど真ん中で大の字になって寝ていた。それも裸足で。
下には何も敷かず、しかし枕だけはとても眠りやすそうなものを使って。ちなみにヘッドホンも装備していた。
今までこんな状況に遭遇したことなんて無い。あるという人がいるのならば、是非とも対処方法を教えてほしい。
隣に視線を向けると、そこには唖然とした表情を浮かべる海未ちゃんと、寝ている男子生徒に興味を示している穂乃果ちゃんがいた。
この場合、正しい反応は海未ちゃんの方だろう。もしも私と海未ちゃんの反応が間違っているのなら、是非とも正解を示して欲しい。寧ろ切実に願う。
そんな私達のことなど気にもかけていないのか、眠りが深いのか、音楽のボリュームが大きいのか、男子生徒は全く反応をを見せていない。
固まってしまって動けない私と海未ちゃんのことは放っておいて、穂乃果ちゃんは件の男子生徒へと近づいていく。
一体何をするのだろうか、そんなことを思いながらも、声が出ないために穂乃果ちゃんを止めることは叶わない。
それは海未ちゃんも同様で、いつもならすぐに止めただろうに、今は手を伸ばすだけで穂乃果ちゃんを止めることは出来ていない。
穂乃果ちゃんは男子生徒の元へたどり着くと、あろうことか、直ぐ近くでしゃがみこんだ。
「こんなところで寝てると、風邪引いちゃうよ」
そしてこの一言。
穂乃果ちゃん、確かにそれも大事だけど、問題はそこではない。
しかしそれでも男子生徒に反応はない。
そんな男子生徒に対し、穂乃果ちゃんはあろうことか強攻策へと打って出た。
ヘッドホンを強引に外したのだ。
「こんなところで寝てると、風邪引いちゃうよ」
そして再びこの一言。
穂乃果ちゃんらしいといえばらしいのだが、私としては正直内心で慌てふためいていた。
なんせ、世の中には寝ているところを無理に起こすと、とんでもなく怖い人種が存在するのだ。
例えば私の隣にいる海未ちゃんだとか、同じクラスの園田海未ちゃんだとか、音ノ木坂学院2年在学中の園田海未ちゃんだとか。
彼がもしその類の人であれば、穂乃果ちゃんに危険が及ぶ可能性がある。それだけはなんとしても避けたい。
「……おはようございます」
しかし、危惧していたことは起こらず、普通に挨拶を交わしていた。
「うん、おはよー」
そして穂乃果ちゃんも普通に返事しているではないか。
海未ちゃんはもはや呆れ返り、私は内心でホッとしていた。
「ねぇねぇ、なんでこんなとこで寝てたの?風邪引いちゃうよ?」
明らかに初対面に対する対応ではない。
そんなことを思いながらも、穂乃果ちゃんを止める術を持たない私達は、ただ見守ることしか出来無いでいる。
「あぁ、これはご丁寧にどうも。ただ眠たかったから寝転んだら、ついそのまま眠ってしまったんですよ」
それにしては装備が整っている気もするが。そして何故裸足なのか。
勿論声に出してツッコミはしない。
「それにしても、音楽は聞いてたわけじゃないんだね」
「えぇ、耳栓代わりに」
ところで、穂乃果ちゃんのコミュニケーション能力は一体どうなっているのだろうか。
いきなり年下とはいえ男の子と普通に会話する。それも初対面の。
まあ今更といえば今更かもしれないが。
「ヘッドホンが耳栓代わり?」
「はい、付けてみてください」
まるで普通の先輩後輩の会話風景に見えるが、改めてもう一度言おう。二人は初対面であると。
「なんかサーって音が……あれ?」
コードの繋がっていないヘッドホンに目をやると、彼がそれを耳栓代わりと言った理由がわかった。
私の使っているイヤホンにも付いている機能で、ノイズキャンセリングというやつだ。原理はよくわからない。
穂乃果ちゃんは初めて体験したのか、とても嬉しそうである。何故か微笑ましい気持ちになるのは、きっと気のせいだろう。
「そういえば先輩方は、どうしてここへ?」
二人のやり取りですっかり本題を忘れてしまっていたが、私達にはある目的が有ってここ、屋上へとやってきたのだった。
そのある目的とは、この学校存続のためにスクールアイドルを始めたので、練習場所としてここを利用しようということになったのだ。
「それはね、私達がスクールアイドルをやるからだよ」
―――穂乃果ちゃん、それじゃあ質問の答になっていないよ。
「なるほど、そうだったんですか」
―――確かに意味は伝わるかもしれないけど、この二人本当に初対面?
そろそろ目の前が真っ暗になりそう、なんて思いながら、いい加減口を挟むことにした。そうしなければいつまでたっても始められない。
「穂乃果ちゃん、そろそろ練習しないと、時間無くなっちゃうよ?」
もし私が口を挟まなくても、穂乃果ちゃんなら辿り着いてしまったかも知れないが、それでもその道筋へと後押ししたのは、確実に私の一言だろう。
現状、それをするにはある大きな問題が解決していない。
本人もそれを察したのか、顔を青くしていた。
「そうだ!私達の練習見てくれない?」
この一言で、隣りにいる海未ちゃんの顔色は、真っ青を通り越してもはや土気色である。
「ほら、男の子の意見とかも欲しいし!そうだ、マネージャーもお願いしたいな!」
―――穂乃果ちゃんや、いくらなんでも初対面の相手にそれだけお願いできるのはいかがなものかと。
「……いいですよ」
一瞬目が合ったが、その目はまるで品定めでもするかのような目であった。海未ちゃんも、きっと今私と同じ気持を抱いているだろう。
まるで心臓を掴まれたかのような、蛇にでも睨まれたかのような、そんな気持ちを。
とにかく、彼はマネージャーの件を受諾した。
なんとか気持ちを持ち直し、改めて私からも確認を取る。
「ほんとにいいの?」
確かに穂乃果ちゃんのいうことに利があるのは確かだ。
スクールアイドルをやる以上、観客は女性だけでなく男性も含まれる。もっとも、今は観客の心配もだが自分たちのことで精一杯だが。
それに自分たちだけで全てを回していくより、裏方に徹してくれる人がいたほうがいい。
だから、私としては本人がいいというのなら、やってくれるとありがたい。
「えぇ、構いませんよ。先輩方こそいいんですか?こんな何処の馬の骨とも知らない輩を、マネージャにするだなんて」
私達3人は一度お互いを見やるが、海未ちゃんはどうやら今、実利と羞恥を天秤にかけているらしい。
私と穂乃果ちゃんはもう賛成というか、穂乃果ちゃんから言い出したことというか、私はもはやいろいろと諦めているというか……。
後から聞いた話だが、この時の私はどこか遠い目をしていたらしい。
しかし、実利のほうが勝ったのか、それとも私と同じなのかは分からないが、結局は海未ちゃんも彼にマネージャーをしてもらうことを受け入れた。
そこでふと気がついたのが、というより先ほどかれが「何処の馬の骨とも知らない輩」と言っていたが、彼の名前を知らない。
それを察してか、彼は簡単な自己紹介を始めた。
「あぁ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。柚木紫音です。しおんは、紫の音って書きます。これからよろしくお願いしますね、先輩方」
それが、私達と紫音君のファーストコンタクトであり、よくある言い方をすれば、本来交わらなかったはずの運命が交わった瞬間だったと思う。