ハイスクールD×D 〜四拾八之魔神討滅録伝〜   作:Jastice

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おつまみ程度にご覧ください。


地獄堂の巻

「景誠(かげのぶ)殿、お待ちくだされ! あの御堂への立ち入りにおいて軽率な判断は――」

「くどい!」

 

 十七年にも遡るそれはもう惨く忌まわしい雲龍寺での出来事。

 某月某日の酷い土砂降りの雨が地面を叩く音を一面中に響き渡らせる雷が絶え間なく降り注ぐ闇夜の話であった。

 

 現代の日本において目にする事が珍しい和服を羽織る男が後ろから追いかけてくる住職の忠告を耳に入れぬまま、廊下をずかずかと渡り歩いていく。

 柱に沿え付けられた松明の明かりが男の着物から放つ藍色と共に、死に物狂いと言わんばかりの表情で目指すべき場所へと向かう姿が映し出されていた。

 

 やがて、一際大きい一堂の御堂が彼らの目に入った。

 御堂とは仏を設置する寺において最も大事な建物とされてはいるが、ここは庸俗な感想で言い表せるような神聖さは微塵も感じられない類だ。

 まるでこの世の邪悪・怨念・陰気全てを集めて形と成した地獄の窯の底。

 

 事実、この御堂の名もまた『地獄堂』と名付けられていた。

 

 男――兵藤景誠は微塵の恐れも抱かず御堂の扉に巻き付けられた鎖を力任せに引き千切った。

 

「…これはっ!?」

 

 幾重年ぶりの封印を解いて重々しい押扉を開いた先に現れたのは六角形の構造に沿って一、二階に立ち並べられた彫像の数々。

 悪鬼羅刹・魑魅魍魎といった姿を象った魔像。

 景誠達を待っていたと言う風に中心に立つ彼を四方八方から一斉に狂笑・高揚・侮蔑等という負の表情が雷の一瞬によって覗かせていた。

 

「これらの作はかの有名な仏師『運慶』殿のその息子『運賀』殿によって彫り上げられた魔神像でございます。闇に住まう神々の姿を型作り、世に知らしめようとした運賀殿はこれら全てを彫り上げた瞬間、狂い死んだという話」

「…いくつある?」

「四十八にてございます」

「暗きこの世の全てに思いを巡らせる場としてこれ以上に相応しいものは無いとされる。まさに話の通りだ」

 

 景誠は魔像を見るや、一種の感動に近いもので心を奮い上がらせていた。

 

「住職、一晩ここを借りたい。誰も中に入れてくれるな」

「…努々、魂を持ち去られぬ事を。良き光が景誠殿をお守りして下さる事をお祈りしております」

 

 住職はそう言い幽然とした歩みで地獄堂から出ていく。

 最後に「明日の朝にてまた会いましょう」と一言伝えてから扉をゆっくりと閉めた。

 残ったのは一本の松明だけが希望のように照らす景誠の姿であった。

 

 しばらく景誠は動かぬまま胡坐の姿勢でそこにいた。

 熟考を重ねるように目を閉じて静寂を保ち続けていたが、その姿勢はとうとう破られる。

 

「俺の…父と兄と弟は昨年、魔物共に食い殺された。我が兵藤家は代々伝わる退魔の一族、魔物を打ち滅ぼす宿命を背負う以上、そうなる運命(さだめ)もまた覚悟していた。だが…だがッ! あの下らぬ考えを持つ宗家の当代によって捨て石のように扱われ、無造作に命を散らしていった我が一族の痛み。愚昧な思考しか持たぬあの男のために血を絶やさせる事など断じて認められるものかッ!!」

 

 景誠は怒りと憎しみを込めて床を力強く叩きつけた。

 

「あ奴の馬鹿げた能天気さはあの姫島家でさえ呆れ果てる始末だ! 我らを含め、全ての退魔一族を率いる宗家としてもはや奴等の血は腐り果てた! だが、あの一族…どうも力だけは強大さを保ち続けている。我らのような小さな一族の意志だけではもはやどうにもならん…」

 

 握りしめた拳から血を流し、床に赤い雫を垂らしていく。

 景誠の顔は怨敵の理不尽さを思い出しては歯を食いしばる。

 相当な思いが端から見ても伺えた。

 

「闇に潜む者共よ、貴様等は何を望む! その身の自由か? 血の生贄か? 欲しい物は何なりとくれてやる! その代わり…この兵藤景誠にあの憎き宗家を打ち滅ぼす力を――」

 

 初めから持っていた思い。

 欲は増幅し、形を変える。

 

「――いや、天下を…日の元の、この世全てに台頭する退魔の一族を統べる天下を与えたまえ!!」

 

 いつの間にか景誠は立ち上がり、魔像達に向かって両の手を広げていた。

 願いは露顕させた。だが変化は何も起こらない。

 豪雨と雷の音だけがこの場を支配するのみ。

 

「どうした、魔神よ。何か返事を寄越せ、さぁ早くッ!」

 

 次第に疑念が浮き彫りになっていく。

 所詮はこの地獄堂に伝わる話も迷信であったか、という慚愧の念が堪えなくなり始めた。

 景誠は上げていた両腕を力なく下げていった。

 

 

 

 

《――カラダ――》

 

 

「――――ッ!?」

 

 初動もなく聞こえたこの世の物とは思えない声。

 それは確かに聞こえた。

 景誠は慌てて声の聞こえた方――足元へと視線を移した。

 

 鼠…だった。

 だが単なる鼠ではない。後ろの片足は千切れかけ、身体は所々と腐って骨や肉をチラつかせ、見るからに『死骸』という生きてる筈がない鼠の姿がそこにあった。

 鼠は白く濁った眼を景誠に向け、ゆらゆらと身体を揺らしながら口を開いた。

 先ほどと同じ、何重にも濁った声が聞こえてくる。

 

《――オマエノ…コノ――》

 

「俺の…子……?」

 

 景誠は鼠の言葉をしっかりと吟味し、更に聞くようにと鼠の目線に合わせるように這い蹲った。

 

《――オマエノ…コ――》

 

「た、確かに…俺の妻の腹にはもうすぐ生まれるやや子がいる。それを、それを貴様等に渡せと言うのかッ!?」

 

《――オマエノ…コヲ――》

 

 鼠は壊れたテープのように同じような言葉を何遍も何遍も繰り返す。

 要求された物に景誠は言葉を失った。

 それもその筈、誰が好き好んで自分の子を生贄に――。

 

 生贄、に――。

 

「そうすれば、俺に…天下をくれる。そうだと言うのかッ!」

 

 人倫に基づく考えは景誠から一瞬にして捨て去られた。

 彼にとってこれ以上ない提案は代償を軽視する程の魅力を帯びていた。

 これから言う事に自身が悪鬼と罵られても後悔せず。

 これは俺の…兵藤家の未来のために必要な事なのだ!

 

 景誠にとって都合の良い解釈が頭の中に感染の如く広がっていき、完全に支配していった。

 

「ならばくれてやる! 俺の息子を…身体を貴様等四十八全てに行き渡らせるよう平等に分けるが良い! さぁ、俺の契りに対する証を見せてみろ、魔神共よッ!!」

 

 途端、巨大な稲妻が空高くから降り注ぎ、地獄堂の天井を穿いて景誠の額へと直撃した。

 着ていた着物は帯電によって焦げ目を所々に作り出し、煙を上げていく。

 

「うごあぁぁぁ――――ッ!!!!!」

 

 想像を絶する痛みが景誠を襲う。

 身体は弓なりに曲がって痙攣を起こし、目は白目を剥いて意識を持っていかれそうになった。

 景誠の命を奪うかに見えた雷。

 唐突に終わりを迎えた。

 発生した雷炎は貫いた天井から次第に広がり始め、地獄堂を中から炎で包んでいく。

 

「――殿、景誠殿ッ!?」

 

 沈黙を続けていた地獄堂の扉が外から慌てて開けられた。

 入ってきたのは景誠をここへ案内した住職であった。

 騒ぎを聞いてここまで駆け付けたのだろう

 

「おぉ……ッ!」

 

 住職は恐れおののいた。景誠の只ならぬ姿に。

 地獄堂で何を果たしたのは知らずとも、尋常でない恐ろしい事を成し溶けたのだと直感した。

 

「――住職…か……」

「景誠…殿…魔に身を落とされましたか……」

 

 弓なりに曲がっていた身体をゆっくりと元に戻し、振り返って改めて住職と対面する景誠。

 その鬼気たる姿に住職は恐れと同時に景誠を『憐れんだ』。

 

「…後悔なさいますぞ。この先きっと貴方は――ぬぐぅッ!?」

 

 住職の言葉はその後続かなかった。

 腹が真っ赤に染まっていく。

 景誠が隠し持っていた小太刀によって刺し貫かれていた。

 力なく住職は床へと崩れ落ち、その場を血だまりに染めていく

 

「後悔など――せぬッ!!」

 

 いつの間にか止んでいた雨。

 鳴り響く雷鳴を耳にしつつ、燃えていく地獄堂を背景に景誠の目はどこまでも深い闇の空へと向けていた。

 

 

 彼の額に『×』という形で焼け爛れた魔神との契約の証である傷と共に…。

 

 

 

■□◆◇

 

 

 

 地獄堂での出来事から数週間後…。

 舞台は見事な門を構えたそれなりの規模を誇る屋敷へと移る。

 その門に掛けられている表札には『兵藤』と彫られていた。

 

 

「ひぎゃあぁぁぁぁ――――ッ!!!!!」

 

 

 小鳥が囀る早朝。

 静黙としていた屋敷にて叫び声が響き渡った。

 声の発生元はとある屋敷の一室であった。

 障子を蹴破らんばかりに勢いよく開け、庭の敷石に嘔吐物を撒き散らすのは看護士の女。

 出て来た部屋にはもう一人、何か信じられない物を目にしたとばかりの驚愕さを顔に映す医師の姿。

 

 この騒動は屋敷の主――景誠にも伝わっていた。

 

「生まれたのか!」

「でででですが落ち着いて下さい兵藤さん! その生まれた赤ん坊は――」

「えぇい邪魔だ! 私が直接見に向かう!」

 

 挙動不審な医師からの口では正確な話は聞けぬと判断した景誠は即座に件の部屋へと向かった。

 激しく床を鳴らしながら大股歩きで急ぎ、屋敷の使用人からの目も気にせず進む。

 そのまま勢いよく障子を開け放った。

 

「…あなた……」

「縫希(ぬいの)…」

 

 そこにいたのは景誠の妻――縫希であった。

 彼女は先ほどまでお産を経験していたのだ。

 現に清潔さを保つための白い着物に身を包み、髪が邪魔にならぬよう結われている姿だ。

 そして、その傍には藤で編まれた赤子用の揺り籠が…。

 

「…生まれ、ましたわ……」

「…………」

 

 出産は大変な作業だ。

 無事成功するならば幸せに満ち溢れる筈だが、縫希は顔を真っ青にして半ば茫然としていた。

 

 故に景誠は揺り籠に注目した。

 まるで中にいるのを外気に晒したくないという風に厚手の布を上から被せた揺り籠を…。

 景誠は恐る恐ると布をめくり始める。

 

 そう、目にしたのだ。

 新しく生まれた『我が子』の姿を――。

 

「――――ッ!?」

 

 言葉が出なかった。

 目の前に映るこの光景が嘘じゃないと理解するまでは多少の時間を要した。

 全てを理解した後、景誠の心に浮かんだのは『歓喜』であった。

 自然と彼の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「…奴等は約束を守った」

 

 この場において自分にしか分からぬ事を呟き、縁側へと歩いていく。

 上り出していた日の光に向けて神を嘲笑うかのように大声を上げて笑い始めた。

 

「――くくく…ふふ、ふははは…わぁーはっはっはッ!!! 奴等は約束を守ったんだ! これで退魔師の世における天下は俺の物だ! やるぞ、俺は必ず成し遂げるぞおぉぉぉッ!!」

 

 屋敷の使用人達は狂ったように笑う主を唖然と見つめていた。

 誰もが突如の景誠の奇行に対して口を出す勇気がなかった。

 

「ふひ…うひひひひ……ッ!!」

 

 笑い疲れたのか、声が小さくなって荒い息遣いだけが聞こえてくる。

 その状態のまま景誠はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには使用人達と同じく、唖然とする妻の姿…。

 

「何をそんな目で見る。俺が笑ったのがそんなにおかしいか?」

 

 縫希は答える事が出来ない。

 夫が何を考えているのか次第に恐ろしく感じるようになっていったのだ。

 そんな縫希を他所に、景誠は揺り籠の方へと向いておもむろに指を指してこう言った。

 

「その化け物を捨てろ。この先我が一族にとって何の役にも立たん!」

「す、捨てろですってッ!?」

 

 縫野は景誠の言った事に絶句した。

 

「これはあなたの息子なのよ!? 私達の子なんですよ!?」

「あぁ、数週間前まではな…だが今となっては妖魔共に全てを持っていかれた抜け殻同然の肉塊だ。そんな物育てて何になる?」

「嫌です! 捨てるだなんて! あなたこそ魔物に魂を抜き取られた鬼だわ!」

「ふん、どうせこいつは育たん! たとえ育っても口もきけない、目も見えない、耳も聞こえない、手も足も使えない。捨ててやった方がむしろ得というものよ」

「そんな…いや、嫌あぁぁぁッ!!」

「くっ…喧しい! 捨てられぬのならいっその事俺がこの場で――ッ!」

 

 景誠は部屋に飾られていた退魔の太刀を手にし、勢いよく鞘から抜いて白刃を露わにさせた。

 

「何をなさるんですか!? 止めてくださいッ!」

「えぇい離せ縫希!」

「あなたも生まれる前に愛でておられたでしょう!」

 

 間一髪、縫希は赤子がいる揺り籠を抱えて景誠の刃から遠ざけ、そのまま籠を抱えたまま泣いて蹲った。

 

「ぢゃんど、い"ぎでい"るではあ"りまぜんがッ!! う"あ"ぁ"ぁ"ぁ"――――ッ!!!」

「ちぃッ! ここで殺されるのが嫌だというのなら…お前の手で確実に葬るがいい!!」

 

 景誠は手にした太刀を乱暴に捨て去った。

 刃は壁へと突き刺さり、小刻みに揺れ動く。

 そのまま不機嫌さを隠さぬまま、この部屋から出ていった。

 後に残るのは揺り籠にしがみ付きながらすすり泣く縫希の姿のみであった。

 

 

 

■□◆◇

 

 

 

「旦那様、旦那様ッ!!」

「何だ騒々しい! 私は今忙しいのだ!」

 

 多少落ち着きを取り戻した兵藤家にて使用人の一人が景誠の元へと急いでやって来た。

 景誠は先ほど生まれた子供(化け物)に関する出生や死亡の偽装を家の力を通じて行うやり取りをしていたのだ。

 彼にとってあんな化け物のために労力を費やす事すらおこがましいと感じる程ではあるが…。

 

「お、奥様が…」

「縫希がどうかしたのか? 未だに我儘でも当たり散らしているというのか?」

「いえ、それが…あの赤ん坊を連れ、私達の目を掻い潜って屋敷から一人で出て行かれました!」

「何だとッ!?」

 

 先ほどまで冷酷な面を見せてはいたが、景誠にとって妻の縫希は特別な存在だ。

 妻が家出したと聞くや、酷く慌てる。

 

「今部下達が捜索に向かっておりますが、まだ連絡は――」

「馬鹿者! さっさとお前も探して来い!」

「は、はいッ!」

 

 使用人は主の怒鳴り声に身体を強張らせながらも出ていった。

 そのまま調査隊の一員に加わる筈だ。

 だが景誠はそのままじっとしている訳にはいかなかった。

 

「くそ、世話をかけさせおって!!」

 

 自分も妻の捜索に加わる事を決めた。

 あんな風に言っても景誠は妻の事は真に愛している。

 あの赤子はどうなろうと知った事ではないが、妻の身に何かが起きたらと思うとじっとしてられない。

 

 

 一方、そんな景誠の考えを他所に縫希は揺り籠を抱えたまま山道を走っていた。

 実を言うと、兵藤家は退魔の一族として人目に避けられた場所に建てられているのだ。

 なので開墾がなされていない土地柄、舗装されていない山道が多かった。

 

 縫希は屋敷の人間に極力見つからぬようにと山道を選んだが、女の身でしかも分娩後直後という体力精神共に疲弊した状態だ。

 それでも走ろうとするその意志は母としての愛ゆえか…。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……ッ!」

 

 絞り出すように奮う気力も限界に近く、その足取りはふらふらとしていた。

 このままだと倒れるのもそう遠くはない状態だった。

 

「居たぞ、こっちだ!」

「奥様、お待ちください!」

 

 そこへ使用人の気配が――。

 縫希は最後まで諦めぬつもりでいた。

 例え足が折れても我が子を守ろうと走り続けようとした。

 

 結果、足元に対する注意がおぼついてしまった。

 縫希は足を踏み外し、断崖絶壁へと放り出された。

 

「あぁッ!?」

 

 しかし、危機一髪。

 右手が突き出た木の根を掴み、ギリギリ放り出されるのを防いだのだ。

 だが縫希の身体は重力に従って次第に下へと落ちていく。

 左手が使えなかったからだ。左手は揺り籠をしっかりと抱えていた。

 

 一度下を見てみると、流れの早い渓流が目に映った。

 もし落ちてこのまま叩き付けられたら…。

 そう考えると縫希の心はさーっと冷めていった。

 

「奥様!」

 

 そこへ使用人が遅れて到着した。

 彼は縫希の状況を確認するや、慌てて断崖に寄って手を伸ばした。

 

「奥様、手を!」

 

 縫希は手を伸ばさない。いや、伸ばせない。

 右手は自身の命綱を握り、左手は我が子の命を握っている。

 もはや縫希の選択は二人とも落ちるか、我が子を犠牲にして助かるか…。

 この二つでしかない。内一つは母として意地でも選ぶ事は出来なかった。

 

「早く手を、奥様あぁぁぁッ!!」

 

 木の根は徐々に千切れていく。

 時間は有限だ。このままだと何の結果も残さない。

 でも縫希は自分が確実に助かる方法をどうしても選べなかった。

 

 いっその事、このまま――。

 

 縫希は覚悟を決めた、その時――!

 縫希の右手を危険を顧みず身体ごと前に出して両腕で掴み、木の根が千切れて落ちるのを間一髪で防いだ者がいた。

 

 ――景誠だった。

 

 その衝撃で同時に…左手から落としてしまう。

 あの『揺り籠』を…。

 

「あ、あぁ…」

「早く引っ張れ! 長くはもたん!」

「は、はい!」

 

 使用人は縫希の左手を必死で掴んで支える景誠の腰を抱えて懸命に引っ張った。

 やがて声を聞きつけた他の使用人達がそこに加わり、見事に二人同時崖から引き摺り上げたのだった。

 

「だ、大丈夫ですか旦那様?」

「…何とかな」

 

 疲れが生じて誰もが息を荒くする。

 その中、一人だけ絶壁を上から覗き込んで茫然とする縫希。

 

「あぁ、ぼう、や…ぼうやが……」

 

 手を伸ばすものの、あの揺り籠の姿はどこにも存在しなかった。

 

「…妻を頼む」

「え、あ……」

 

 景誠はそんな縫希の姿を一目した後、屋敷の方角へと他の使用人を共にして帰って行った。

 そこに浮かんだ彼の念は誰にも知る事はない。

 

「…奥様、戻りましょう」

「そんな、ぼうやが…まだ戻れば間に合う…いそがなきゃ……」

 

 使用人は縫希へと声をかけたが、彼女は心身喪失といった状態であった。

 かわいそうではあるが、しばらく誰の言葉にも反応しないだろう。

 使用人としての領分を弁えた上、彼は他の仲間達の手を使って半ば無理矢理に縫希を立ち上がらせて屋敷へと連れ帰ろうと行動に移した。

 

 

「ぼうやあぁぁぁ――――ぁッ!!!!!」

 

 

 悲しい母の慟哭が山道を響き渡る。

 名前も、温もりも、乳すらも与えてやれぬこの痛み。

 縫希の心の奥深くにそれは突き刺さるのだった。

 

 

 

■□◆◇

 

 

 

 *プロローグ編はここまでです。

 短編として、いわばネタのこぼれ話的な形で作り上げた物ですが、もし作るとしたらこんな形でいこうという流れが続きますので。

 

 では――どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――返せ。

 

 

「…いったい、アンタは何なのにゃ? 人間、なのかにゃ?」

「…何に見えるか? お前にはマトモじゃない作り物だらけの人間擬きに見えようが、俺は人間だって意地でも主張してやるけどな」

 

 

 ――返せ。

 

 

「あなたの力は脅威としか言い様がないの。唯でさえ赤龍帝の籠手という神器保持者だというのに、私達のような魔に属する存在にとっては唯一の天敵となりえる存在よ。そんなあなたをこのまま放っておくわけには――」

「俺だって、望んでこんな力を得た訳じゃないんだ! 俺には…こんな生き方しかする事が出来なかった! だからこそ俺は人間であり続けなければいけないんだ。お前らは俺からたった一つの道標すら奪うつもりなのかッ!?」

 

 

 ――返せ。

 

 

「私は…幸せになってもいいんですか……?」

「そうだアーシア! その選択だけは誰にだって邪魔する事は出来やしない…たとえ神にだってだ。理不尽を怒ってもいいんだ、不幸を憎んでもいいんだ! それでも君は出来ないと言うならば…代わりに俺が君の『怒り』そのものとなって道を切り開いてやる! だから勇気を出すんだ、アーシアァァァ――――ッ!!!」

 

 

 ――返せ。

 

 

「一誠先輩は…強いんですね。力だけじゃない、心も私なんか到底及ばない程に。…何だか羨ましいです」

「そうでもないよ、俺には強さも弱さも実感する事が出来ないだけさ。俺がこうなれたのは全て父さんがいたからだ。あの人がいたからこそ…一人だけで戦っている訳じゃないと思えるからこそ…俺は負けられないだけなんだ。全てを無駄にしたくないから…」

 

 

 ――返せ。

 

 

「君だって同じじゃないか! 身体を理不尽に奪われて、それを奪った魔神達への復讐に燃える修羅だ! 僕がやろうとしている事を微塵も理解できない筈がない! なのに何で邪魔ばっかりするんだ!」

「あぁ、俺も復讐には賛同する方向だ。だけどな、木場…お前のやり方は正しくない。目先の事しか見えなくなると闘いってのは必ず負ける。友人として俺はそんな結末を迎えるのは不本意なんだよ。関係ないだなんてそんな…悲しい事言うなよ」

 

 

 ――返せ。

 

 

「私はあの人の事を絶対許さない…あの人のせいで母さんは――ッ!!」

「ふっざけんなよ朱乃さんッ! バラキエルさんは朱乃さんとお母さんをちゃんと愛していた、愛していたんだ! あいつみたいに俺を魔神の契約のための道具としか見なかったような奴とは違って本気で二人を守ろうとしたんだ! その時の事を一番悔しがっているのは朱乃さんだけじゃない。どうして分かってやろうとしないんだ!」

 

 

 ――返せ。

 

 

「へぇ…君が今代の赤龍帝かい。あのコカビエルを圧倒する力…是非とも君とは死闘をしてみたいものだよ。人の身でありながらそこまで練り上げた君の全てを見せてくれないか?」

「ハッキリ言ってやるよ。俺のような奴にとってお前みたいなのはむしろ哀れにしか見えないぜ? 赤龍帝と白龍皇の宿命だとかいう幻影に惑わされて『自分自身の力』すら忘れてしまったお前は強力な神器の影に隠れて怯えている子供みたいだよ」

 

 

 

 左腕に仕込むは妖刀【百鬼丸】と赤龍帝の籠手――。

 

 右腕に仕込むは無銘刀と上腕六連式聖銃【迦具土(かぐつち)】――。

 

 左脚に仕込むは祝儀済み聖水噴射機【水走(みずは)】――。

 

 右脚に仕込むは脚部単発式聖砲【建御雷(たけみかずち)】――。

 

 

 

 この男、果たして人か…兵器か…それとも…化け物か……。

 

 

 

 

 

 

 ――俺を返せ!

 

 

 

 

 

 

[ハイスクールD×D 〜四拾八之魔神討滅録伝〜]

 

 

 20XX年X月X日投稿開始

 

 

 乞ご期待ください!!




*嘘です。
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