ハイスクールD×D 〜四拾八之魔神討滅録伝〜   作:Jastice

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時間取れたので書きました。


一誠の巻 その1

<さて、次のニュースです。今日未明、○○県××市のアパートにて女性の刺殺死体が発見されました。被害者は市内に住む製薬会社勤務の荒島由紀さん24歳であり、発見者は当アパートの大家でした。今日午後3時頃、同じアパートの入居者から異臭がするとの苦情が来た事から荒島さんの部屋を見に行った所、計十ヶ所もの刺し傷を負って血を流し、床に横たわる荒島さんを発見したとの事です。警察はこれは殺人事件と断定し、■■署に捜査本部を設置し、今後の捜査において――>

 

 

 受付のカウンターに置かれたひと昔の規格型なラジオからノイズ混じりに流れてくるニュース。

 聴者は競馬新聞を広げて片手間に興味なさそうな顔をして聞いていた。

 寧ろ、自身の娯楽として関心がある競馬新聞の方が大事と見える。

 

「ちょっとアンタ、裏口の戸締り済んだの? 今日はアンタの番でしょうが」

「あーん、裏口ぃ? んーやったやった」

「嘘ついてんじゃないわよ。そう言う場合は必ずやってないじゃないか」

「別にいーんだよ。こんなくたびれ宿になんざ盗みに入るどころか、泊まりに来る客なんざいやしねーのによぉ」

 

 売り言葉に買い言葉な風で会話する中年夫婦がいるこの場は民宿。

 …とは言っても、老朽化が所々と強く目立つ。

 漆喰の壁は年月を経てか黄ばんでおり、楢製の床はニスが剥がれた痕が浮き彫りになっていた。

 旦那の方を見る限り、必要以上の経営努力がなされていない典型的な寂れた民宿といった所だ。

 

「んな事より俺は忙しいんだ。別にお前がやりたいってんだったら勝手にやっと「ふんッ!」いぎゃあッ!?」

「調子乗ってんじゃないよ! 必要最低限な事くらい決めた以上はちゃんとやりな、この馬鹿亭主!」

「痛つつ…へいへい、ったく……」

 

 おまけに夫婦仲もある意味良好だ。

 この女将がいれば多少は心配いらない事間違い無しである。

 

 拳骨を落とされた旦那は愚痴を呟きながら席を立ちあがって戸締りへと出かける。

 古い構造のせいか、雨戸は一度外から出ないと動かす事が出来ないのだ。

 玄関から外へ出ようと引き戸に手をかけた。

 

 【カララ…】と滑車が回る音が聞こえる。

 惰性のまま、何の心の準備もなしに動く旦那はこの次に心臓を震え上がらせる事になる。

 その原因は合間を縫って飛び出した――。

 

「――――ッ!?」

 

 手だった。

 

 旦那の手に重なるようにして、その手は引き戸の取っ手ごと掴んだ。

 おかげで旦那はこの場で石像のように動かなくなる。

 いや、正しくは半ば腰を抜かして足を動かせないのだ。

 

「あの、ごめんください。宿を探してるんですけど…ここでいいですか?」

 

 引き戸は旦那の代わりに重ねられた手が勝手に開けた。

 玄関の前に現れたのは頸から大腿部にかけて覆い尽くす黒いロングコートを来た男だった。

 声を聞く限り、彼は14歳から16歳程の少年だと予想出来る。

 

 『予測』の域を出ないのは男がフードを被っているからだ。

 頭をすっぽりと覆い、覗かせるのは口元のみ。

 

「…ぁ…ぇ……?」

 

 旦那は突然の出来事のため、しっかりとした判断が整っていない。

 詰まったような声が一言二言出てくるだけで会話にすらならない。

 

 これを救ったのは…旦那にとっては馴染みのある『拳骨』であった。

 

「おんやまぁ、こんな山奥の寂れた民宿にようこそおいでなさって! 見た所御一人様でしょうが、そちらの登録でよろしいでしょうか?」

「あ、はい。それで……」

「か、かぁちゃん!?」

「アンタはさっさと部屋と風呂の準備しとき! せっかくのお客さんじゃないか! 御持て成ししないで何が民宿さ!」

 

 旦那に叱咤を飛ばす一方、女将の方は見事な手際で男を迎え始めた。

 ようやく民宿の中へと入った男はまだ冷たさを残す季節の外気から身を守っていたフードに手を添え、そのまま後ろへと捲り上げた。

 

 露わになったのは髪型はどこか龍を象ったような形をした茶髪のある程度整った顔立ちではあるが、その瞳はどこか透明感のある榛色。

 少年の風貌でありながら、雰囲気はどこか落ち着きのある大人という矛盾した空気を携えるのが二人の目の前にいる彼であった。

 

「さぁどうぞどうぞ! 部屋へご案内させて頂きます。あ、お風呂は夜の9時までですのでお忘れなく」

「…どうも」

 

 女将は民宿の女将という領分に従い、少年の事は深く聞かずに飽くまでいち宿泊客として対応を続けた。

 例えこんな山奥へ20歳にも満たぬ少年が何しにここまで来たのかという疑問があろうとも…。

 そんな配慮に気づいているかは別問題として、少年は真っ直ぐと女将の案内に従って部屋へと目指していった。

 

 

 寂れた民宿に現れた久々の宿泊客――しかも子供――にちょっとした騒ぎがあったのもどこ吹く風か。

 民宿の主である二人は極いつも通りな感じのペースで久しぶりな民宿としての営業を始めていた。

 

「なぁ、かあちゃん。あの子…なんかやばい感じがしねえか? 上手く説明が出来ねえんだけどよ、こうなんつーか……」

「馬鹿たれ、せっかくの御客様を悪く言うんじゃないよ。私は少しでも民宿の潤いに貢献してくれるんだったら例え殺人鬼だろうが宇宙人だろうが持て成す方向でいってんだからね」

「いやいやいや、殺人鬼は流石にまずいって。下手すりゃ俺達が殺される側に回っちまうってば!」

「ビクビクしてんじゃないよ! 何だい男の癖に情けないったらありゃしない! 昔は私の事一生守ってやるー! って言って惚れさせるような良い男だったのに、どうしてこうなったんだか…」

「…昔、マジで一人だけでコンビニ強盗撃退したかあちゃんが守られる必要あんのか?」

「気持ちの問題を言ってんだよ!」

 

 女将は今すぐ殴ってやりたい気持ちが一瞬湧いたが、今は宿泊客の食事を調理している真っ最中なので考えを改めた。

 

「――と言うより、俺が言いたいのはそんな現実的なもんじゃねえんだ」

「あーん? 妙に喰い付くねえ…めんどくさがりなアンタにしては珍しいじゃないか」

「確かに普通だったらな…でもさっきあの子供の手に偶然とはいえ触ったから気のせいで片づけられなくてよぉ…」

「手ぇ…? 手がどうしたんだい?」

「…冷たいんだよ」

「んん?」

 

 

「全然温かくないんだよ。氷を直接触ってるようでまるで『死人』みたいな感じだったんだよ」

 

 

 

■□◆◇

 

 

 

 二人がそんな話を繰り広げているとは露知らず、少年は畳部屋で布かれた布団を座布団のように使って正座の姿勢で座していた。

 その様子はまるで精神統一を図る修行僧のようであり、静態を極めた熟練者を思わせる。

 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませるかのように少年は『何か』を行っていた。

 傍目から見れば微動だにせず座ったままでいるだけだが、少年は確かに『何か』をしていた。

 

 民宿の周りは雑木林に囲まれた閉塞な土地。

 夕闇が見えるかどうかの瀬戸際の時間帯。

 耳に入るのはそよ風で微かに揺らす枝葉の音。

 

 感性豊かな詩人ならば、こんな月並な風景を身体全体で感じ、荒んだ心を癒しているのだろうと感慨深い言葉が出てくるのだろうが、少年の言葉を借りるならば「寝言は寝てから言いな」という非情なお言葉が返される。

 

「……動いた」

『妖気の乱れを感じたか、相棒。俺にはあまりよく分からんが…』

 

 少年は何かを感じ取った。

 今まで閉じていた瞳を見開き、ゆっくりと立ち上がって目の前にある窓へと立つ。

 

 偶然だろうか…外で煌々と輝いていた十六夜月が赤みを帯びており、それを暗雲が次第に覆い隠し始めているのは……。

 

「やっぱり夜になれば『あいつら』が活発になるな。だからこそ、〘奴等〙も出てくる。俺にとっては嬉しい事この上ないぜ」

『今回こそは『当たり』が出れば喜ばしいのだがな』

 

 少年の口角が上がっていく。

 浮かぶ表情は歓喜。

 待ち遠しい相手にようやく会えるという期待に満ちた顔。

 

 だが友好とは呼び難い。

 黒く侮蔑や嘲笑を含んだ嗤い顔と言った方が正しい。

 

 少年はおもむろに左腕を掴む。

 強い力で握りしめられ、腕からは【チキチキチキッ……】と音が響いて来る。

 

「さぁ待ってやがれ、十五匹目…お前が『盗った』物……きっちりと返してもらうぜ」

 

 そう言って少年は窓を開け放ち、勢いよく飛び出す。

 ここが二階であるとも関係無しに飛び降りれば何の問題なく着地し、そのまま黒いロングコートをたなびかせながら雑木林の中へと消えていった。

 

 

 その数秒後、お膳を持って部屋へと入って来る女将の姿が――。

 

「お客さん、あれ…お客さん?」

 

 いる筈の宿泊客の姿はどこにもいない。

 念のため部屋の隅々を見渡してもそれは変わらない。

 

「おっかしいわねぇ。もうお風呂に入っちゃったのかしら?」

 

 女将の疑問は開け放たれた窓から吹いてくる風に流されるのみ…。

 

 

 

■□◆◇

 

 

 

 ここから先は人の理とはかけ離れた世界へと突入する。

 古来より人は闇を恐れ、明かりを生み出した事によって夜を克服した。

 だが忘れてはならない。たとえ人が光を手にしたとしても、夜は『魔の者達』にとっての領域である事には変わりない。

 

 世界観が繰り広げられるは彼(か)の雑木林。

 そう、あの民宿からそう遠くはない雑木林だ。

 いやはや、運命とは実に酔狂な廻り合わせを生み出すものである。

 

 雑木林の一部は外界を切り離す結界なる物が張り巡らせていた。

 これにより、中での如何なる出来事は結界の外からは見えも聞こえも感じもしない。

 しかし、この結界の一番となる役割は『獲物』を逃がさない事にあった。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…くぅッ……!!」

 

 独特な結び方を施した黒髪。

 胸元を大きく見せるかのように着崩した着物を身に纏う妖艶な美女。

 十人の男が見ればその色香につられて十人全てが振り向こうとするに違いない。

 たとえ『人間』でなかったとしてもだ…。

 

 大きく違うのは髪色と同じ猫耳と二股の尻尾を生やしている事。

 そう、女は人間ではない。

 女の正体は猫魈(ねこしょう)。

 民話に伝わる猫又という妖怪が更に修行を積み、その殻を破った存在を指す。

 [純粋]には違うのだが、女の原点(ルーツ)を述べるならばこれに尽きる。

 

 女は左脚を押さえながら引きずるようにして移動していた。

 押さえる箇所からは大腿部を伝って真紅の血を流している。

 すぐにでも傷の手当をしなければ後遺症を残しかねない傷でありながら、脇目も振らず女は逃げる事だけを考えていた。

 

「ま、まいったにゃ…力を、図り損ねたにゃぁ…私とした事がこんな簡単な失敗を……」

 

 塗るかんだ泥と落ち葉の大地が少しづつ女の力を奪っていく。

 

 ――刹那、傍に合った樹木が紫の閃光によってなぎ倒され、女の行く手を阻んだ。

 

「ど~こ行こうとしてるのかなぁ~、黒歌ちゃ~ん?」

「くッ…!?」

 

 障害は更に増加する。

 女――黒歌が振り向いた先には黒い闇に染まった二翼一対の羽を広げる存在が宙に浮かんでいた。

 

 彼らの正体は『悪魔』――。

 

 聖書において神と天使の敵対者とされるあの悪魔である。

 善と悪における偶像として作り出された存在だと世間一般では遥か昔から伝えられてきたが、ここで訂正を入れさせていただく。

 

 ――悪魔は存在する――。

 

 もちろん悪魔だけではない。

 神、天使、精霊、死神、妖怪、聖獣、魔獣、etc…。

 幻想として言い伝えられてきたこれらの存在はこの世界には確かに存在するのだ。

 

 故に、平穏を満喫する人々にとって彼らの存在は見えないのではない。

 ただ『知らない』だけなのだ。

 逆を言えば知られた場合、その混乱の大きさを考慮して記憶の操作という術を持つ彼らは自らの存在秘匿に関しては徹底している。

 お互いの社会と秩序を保つ重要な事柄である。

 

 そのため、この場における出来事は『秘匿者』の中に通じる事情によって事が進む。

 

「いい加減諦めて捕まっちまえよ~。俺達のボスは『はぐれ』であるアンタの実力を買ってポストを態々用意してくれてんだ。ボスの下にさえ着けば黒歌ちゃんにとって邪魔な追手もそう簡単には手が出せないよう手を回す事だって可能になんだぜ~?」

「誰が、アンタ達の所に…ッ!!」

「無駄な口を開くなダール。はぐれのような輩になど説得など無駄の一言に尽きるぞ。そうだな…一先ず両足の腱を削いでみれば逃げ纏われる心配もあるまい」

「ワムフス様! ワムフス様! それが終わったら俺にそのはぐれ渡してくださいよ! 色々と処置を施しておきますから」

「…お前の悪趣味などに付き合うつもりはないが、SS級のはぐれならば必要だとして目を瞑ろう」

 

 一人の女に寄ってたかって――とマトモな人間ならば文句が飛び出るだろうが、黒歌にはそうされても仕方がない建前があった。

 

 

 主殺しの転生悪魔――。

 

 恩知らずの猫魈――。

 

 SS級はぐれ――。

 

 

 様々な渾名の通り、天使や悪魔といったあらゆる勢力において黒歌は追われる身であった。

 何故彼女が追われる事になったのか?

 説明するには長い時間を要するため、残念ながら不可能だ。

 それどころか永遠に機会には巡り合わなくなるやもしれぬ状況。

 

 もし男達に捕まれば黒歌は間違いなく、死より苦痛な新たなる隷属の人生がこの先待っている事だろう。

 だが絶体絶命、万事休す、満身創痍といった言葉が並ぶ現状を打破する力はもはや黒歌にはなかった。

 

 

 ――白音、ごめんね…お姉ちゃん…もう……。

 

 

 脳裏に浮かぶは唯一の肉親。

 猫又時代、早くも両親を亡くし、たった一人の幼い妹と共に生き延びてきた。

 寝床や日々の食事にも困る辛い生活ではあったが、お互い励まし合って生きてきた。

 貧しくはあったが、それこそ満たされた日々だった。

 

 ただ一つの過ち――上級悪魔の保護を得るべく悪魔になど転生しなければ…。

 

 主であった悪魔を殺した後、追われる生活に妹――白音は耐え切れない事を悟り、毛嫌いしつつも信頼の置ける上級悪魔へと白音を預けてからはたった一人で生きてきた。

 使える物は何でも使った。善人・悪人関係なく利用できる物は何でも使った。

 

 その結果が『SS級はぐれ』という呼称だった。

 

 誰にも邪魔をされぬ程強くなり、いつか白音を迎えに行くつもりで鍛え上げてきた。

 けれども強くなればなるほど、白音との距離が遠ざかっていった。

 

 

 ――馬鹿だなぁ…私……。

 

 

 誰にも知られぬよう、心の中で泣いた。

 きっとこの先、涙すら流すことさえ億劫になるから…。

 

 

「きゃあぁぁぁッ!!!」

 

 

 突如として響き渡る女の悲鳴。

 この場にいた全員がその悲鳴に反応した。

 無論、黒歌もだ。

 

 全ての視線はまだ攻撃の余波を受けていない少し離れた雑木林に集中した。

 

「ぁ…ぁぁ…ぁ……」

 

 そこには腰を抜かして引きずりながらなんとかこの場を離れようともがく女。

 明らかに場違いな風貌だ。

 

「あんれ~おっかしいなぁ? 結界が壊れたのか?」

「計算せずバカスカと魔力弾を放つからだ馬鹿め。ダール、見られた以上は――」

「へ~いへい、分かってますよ~」

 

 ダールと呼ばれた悪魔は軽く跳躍し、腰を抜かす女の元へと一瞬にして降り立った。

 次には無理矢理腕を掴んで立ち上がらせ、仲間達の元へと連れてきた。

 

「いや、離して! やめてください!」

「お~お~元気に暴れるこった」

「や、やめろにゃ! その人は何も関係ないにゃ! それに…三大勢力は必要以上の干渉は禁止として「ちょっと黙んなよ」ぎにゃッ!?」

 

 黒歌は悪魔が人間を傷付ける場合のリスクを説こうとしたが、悪魔の一人から顔を足蹴にされ、言葉を止められた。

 

「何で『下等生物』の事なんかに一々遠慮しなきゃいけないのさ? 神器(セイクリット・ギア)を宿している人間ならまだしも、唯の人間なんざ一人や二人知らず消えたって何も変わりやしないよ」

「うぎぃッ…!?」

 

 黒歌は顔を更に潰されてくぐもった悲鳴が漏れた。

 見ての通り、上級悪魔を主に持つ悪魔というのは大抵『こういう存在』である。

 慈愛を教訓とする珍しい上級悪魔もいれば、我欲のままに振る舞う上級悪魔も存在する。

 むしろ、後者の方が上級悪魔には圧倒的に多い。

 

 配下は主の鏡そのものである――。

 

 まさしくその通りだ。

 だからこそ、黒歌はこういった輩を配下とする更に悪辣な主の事を良く知るからこそ、拒絶の意を示し続けていたのだった。

 だが、圧倒的力に押し負けた。その結果がこれである。

 

「犯るんだったら結界を確認し直してからにしておけ。うっかり悲鳴を聞かれたら厄介になる」

「だいじょうぶだって~。もしそうなってもボスだったらすぐに手を回してくれんだろ。何せそれに見釣り合う『お土産』も手に入れた事だしな~。――ってか、俺としては食欲の方が大事な訳、若い人間の女の肉なんて久しぶりだぜ。食人は特に規制が激しいもんでな~」

 

 ダールは舌なめずりして怯える女を見据える。

 黒歌は巻き込まれた彼女の事を悲痛な顔で見るものの、何もしてやれない事実に胸を痛めるだけである。

 

「ワムフス様、私の方も…」

「……やり過ぎるなよ。出来るだけ姿形は綺麗なままが望ましいとの主様の御要望だ」

「きひひひ…そちらはお任せあれ」

 

 毒牙は遂に黒歌へと差し向けられようとしていた。

 

「ぐ、さ、触んにゃッ!」

 

 黒歌は一応は抵抗するも、力が出せぬ以上は抵抗らしい抵抗も適わず。

 しだいに伸し掛かられて着物を徐々に剥ぎ取られていった。

 自身の裸体を晒される羞恥心から頬が染まっていく。

 

 

 悪魔達にとってはお楽しみの時間。

 

 黒歌達にとっては最悪の時間。

 

 

 二つの意義が孕んだ時間が今始まろうとしていた。

 

「……待て」

 

 ――と、ここでワムフスと呼ばれる悪魔から『お預け』を二人の悪魔はくらう事になる。

 

「何だよ~今良い所なのによ~?」

「誰かここに向かって来ている。魔力が全く感じられない所、恐らく人間だろう」

「…結界マジで壊れてるのかよ」

 

 不機嫌な様子が目立つ悪魔達を他所に、しだいに接近者の存在が『足音』として感じ取れていく。

 落ち葉を踏みしめる音が大きくなるにつれ、悪魔達にとって無粋な乱入者の姿が闇夜の雑木林から現れる。

 

 黒いフード付きのロングコート――。

 

 特徴と付けるのはそれだけと言わんばかりな全身黒の風貌を放つ正体不明者。

 無論、例の少年である。

 

「よぉ、お楽しみの所悪いな。悪魔共」

 

 唐突な声にこの場の悪魔達は一瞬茫然としてしまう。

 明らかに場慣れしている様子。

 その事から結論付けられるのは…。

 

「…テメェ、教会のエクソシストか?」

「エクソシストォ? 俺があんな頭の固い連中ばかりな奴に見えんのか? むしろ俺の行動を邪魔した事あるから正直嫌いなんだよなぁ。あ、ちなみにはぐれエクソシストでもないからな?」

 

 日常会話を楽しむようにして語られる口調はこの場の空気にどうしてもそぐわなかった。

 

「――っとまぁ、それよりも…そこのあんた、えーっと首に『ミミズ』みたいな入れ墨入れてるそこのあんただ」

「ミ、ミミズ~ッ!?」

「ぐぎゃぎゃぎゃッ!! ミミズだってよぉお前の自慢の入れ墨! なぁダールゥ?」

「うるせぇ、笑うんじゃねえ~!」

 

 そればかりか緊迫した空気をどんどん溶かされている感じだ。

 

 

「無駄口を叩くな! 人間よ、何が目的でここまで来たかは知らぬが、見られた以上は――」

 

 

「とっとと『そいつ』から離れた方が良いぞ? 女を連れるんならもう少し趣味を選んだ方が俺としてはお勧めだぜ」

「あぁ? テメェ何を言って――」

 

 ダールは少年へと迫ろうとして…『止められた』。

 

 悪魔は人間と比べて遙かに身体能力が優れている面が強い。

 その成長度は鍛えれば悪魔の幼子が人間の成人男性を軽々と持ち上げる事すら可能となる。

 

 こういった可能性を秘めるとされる悪魔のダールが止められたのだ。

 先ほどまで自分が襲おうとしていた筈の『女』に…。

 止められた本人であるダールが一番驚いている。

 

 気が付けば、女は恐れの表情を無くして無表情なままダールの事を見つめていた。

 その左手はしっかりとダールの右手を握って、だ。

 やがて、唖然としているダールを他所に女は【にたり】と不気味な笑みを浮かべるや――。

 

 

 ――そのままダールの右腕を引き千切った。

 

 

「ぁ…ぇ……?」

 

 何が起きたのか分からぬまま、ダールは上腕から先が無くなり血を勢いよく噴出させて立ち尽くす。

 そんなダールを嘲笑うかのように女は引き千切ったダールの腕に齧り付く。

 

「ダールッ!?」

「あれ、お、俺の腕…腕が……」

「な、何だこいつはッ!?」

 

「ちぃッ!」

 

 仲間を傷付けられた衝動からか、ワムフスは反射的に腰の剣を抜いて女へと突撃した。

 彼は悪魔に伝わるレーティングゲームという娯楽の中で『騎士』の配役を授かる悪魔だ。

 人間では決して捉えきれぬスピードで迫ったワムフスは己の愛剣を女の心臓へと突き立てようと腕を伸ばした。

 

 次の瞬間、一瞬にして変化した巨大な毛むくじゃらの女の腕が剣ごとワムフスの上半身を握り潰すとは誰も思わず…。

 巨大な腕から発揮された握力がどれ程凄まじいかは一目瞭然。

 まるでリンゴを握りつぶして直接ジュースを作るようにワムフスは『調理』されてしまった。

 

「うわあぁぁぁ―――――ッ!!!!!」

 

 弱者ほど逃げる術に長けており、生き延びやすい。

 悪魔達の中で弱い部類に入っていた男が目の前の惨劇にたまらず逃げ出そうとした。

 …が、しだいに変貌を遂げていく女が軽く大地を蹴った瞬間に男のすぐ後ろへと近づくや、先ほどワムフスを握り潰した物と同じ巨大な腕が今度は二本となって左右後ろから凄まじい速度で彼を挟み込んだ。

 

 所謂蚊叩きという物である。

 

 血の飛沫が覆い尽くせなかった掌から飛び散り、辺りを真っ赤に染め上げた。

 

「こ、この糞女があぁぁぁッ!!」

 

 千切れた右腕から出る出血に構わず、激高を活力としてダールは本気の魔力弾を左手から放つ。

 高魔力の込められた幾つもの魔力弾が飛来し、異形へと着弾するやこの場を爆炎で覆い尽した。

 

 ――これならば生きてはいまい。

 

 その油断が彼の命運を決定する事になろうとは…。

 炎の中、勢いよく伸びてきた先が鋭利な『何か』がダールの胸を貫通した。

 粘液が滴るそれ――伸縮性に富んだ棘付きの舌は心臓を見事に穿っていた。

 

「かはッ……!」

 

 気道からせり上げてきた大量の血が吐血となって零れ落ちていく。

 致命傷なのは明らかであった。

 

 異形は舌の先にいる『餌』を巻き尺のように引き寄せるや、食事を始める。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ――――!!!!!」

 

 骨の髄までしゃぶり尽す勢いで異形はダールを生きたまま口の中で蹂躙していった。

 肉が潰れ千切れる音。骨が割れて拉げる音。

 最期には噛み切れない下半身の部分を掴むや、歪な音が響いた。

 

 咀嚼音が静寂な雑木林に伝わっていく。

 

 

「にゃあ…ぁ……」

 

 黒歌は先ほどまで自分を圧倒していた悪魔達を容易く蹴散らした異形に恐怖を感じていた。

 未だ食事に夢中となって背を向けている異形を…。

 

 

 猿のような太い尾を入れれば背丈は7~8mを超える巨躯――。

 

 全体的に猿を思わせる骨格だが、背中には堅固さを顕わにする甲羅状の甲殻――。

 

 灰緑色の鋭い爪に耳元まで裂けた口から覗かせるズラリと並んだ数多もの鋭い牙――。

 

 

 そして、今まさに次の食事へ移ろうと黒歌に向けられる骸の如し白色の瞳――。

 

 

 鉄臭さが混じった死臭が濃くなるにつれ、黒歌の身体は近づく黒い影に覆われていく。

 道端に咲く野花を微塵の躊躇なく手折るように伸ばされていく巨大な腕が…。

 

「あーもしもーし。聞こえてますかぁー?」

 

 【コンコンッ!】と聞こえるは異形の背中をノックする少年。

 いつの間に近づいたかは知らぬものの、この行動が黒歌の寿命を延ばす。

 異形は伸ばそうとした手を止め、代わりに少年へと意識を移す事になった。

 

「食い過ぎは良くないぜ。腹八分目が一番適切だってお前も母ちゃんに教わった事、一度はあんじゃねえか?」

 

 ふざけてるとしか言いようがない質問の答えは『蠅叩き』。

 小規模な地震を発生させる一撃は見事少年を潰した。

 

「――っとまぁ、こういう脳味噌が筋肉で出来ているような奴は単純で俺も対応には困るんだよ。そう思わねえか?」

「はぇ……?」

 

 少年は異形の背後にいつの間にか回り込み、そこへ背中を預けながら悠々と黒歌を相手に話を始めた。

 異形の方は掌に張り付いている筈の物が見当たらない事実に首を傾げている。

 

「まぁ、会話出来ても出る言葉は俺を「殺してやる!」とか「呪ってやる」とか恨みつらみな言葉ばっかりでつまんないんだよ。お前らそれしか言えないのかよ! って俺もツッコまざるを得ないんだよなぁ…ハァー……」

 

 溜息を独りでに吐いて「やれやれ…」と気が滅入ると言わんばかりな手振り素振りが目立つ中、異形は少年の存在にようやく気付き、振り向きざまに両手を組んで振り下ろした。

 プロレス技でいう『スレッジハンマー』である。

 

 陥没した地面、風圧で舞う木の葉。

 残念ながらまたしても異形の一撃は空振りに終わっていた。

 少年が次に立つのは黒歌の真横だった。

 

「だからさ、俺思うんだよ」

 

 

 ――さっさと返すもん返してくたばりやがれ。

 

 

「――ってな?」

 

 苛立った異形は頭を働かしたのか、技工の手に出る。

 口を大きく開くや、舌を勢いよく伸ばして不規則な動きで少年を捕えようとする。

 

 これには少年も反応し切れず、左腕に舌が絡まっていった。

 ひと時の均衡が終わるや、少年の身体は一気に引っ張られ、異形の口目掛けて飛んでいった。

 

「――嫌、駄目ッ!?」

 

 黒歌はたまらず叫んだ。

 ダールのような死に方を再び見せられるのを拒んだのか、単純に少年の身を案じたのか。

 

 異形は予定とは違ったが、食事を再開できる事に喜々として味わえるであろう甘美な血肉の味を楽しみに待った。

 これに異議を唱えるかのように異形の視界を妨げる黒い物体。

 

 少年が着ていた黒いロングコートが異形の顔を突如として覆ったのだ。

 

 慌てて異形が顔に被さったロングコートを取り払った先には――何もない。

 それに、舌に絡まっている筈の存在も…。

 

 ――いや、代わりに別の物が絡まっていた。

 

 もぞもぞと微かに動くのは…左腕『のみ』。

 おかしな出来事に異形はますます理解が追い付けなくなる。

 

 

 刹那、異形の顔面左に縦一文字の銀閃が煌いた――。

 

 

 数時の余韻が残った後、異形の顔からは鮮血が生じた。

 

 

「ほきょぁぁあああぁぁぁ―――――ッッッ!!!!!」

 

 

 余りの激痛に異形は顔を押さえて絶叫を上げる。

 痛みに耐えかね、周りを滅茶苦茶に荒らしながら転がり回った。

 

「な、何なの? 何が……ッ!?」

 

 黒歌は目を疑った。

 確実に来る筈だった少年の死の未来がものの見事に外れ、逆に異形が傷を負うというどんでん返しな展開に。

 

 暗雲に覆われていた十六夜月が姿を現し、月光が地上に降り注ぐ。

 その先にいる存在を黒歌はしかと見る。

 

 

 左上腕と一体化した日本刀を振り下ろした姿で地面に佇む一人の『剣士』の姿――。

 

 

 月光によって煌く銀色の刀身に刻まれた梵字が面妖な雰囲気を醸し出す。

 

 黒歌はまだ知らない。

 日の本の室町末期という遥か時にて、魔物に妻子を殺されたとある一人の刀鍛冶。

 二人の亡骸である骨灰を鍛鉄に籠め、鍛え上げたその一振り。

 これに施すはただひたすら「敵を討つ…敵を討つ……」と朝晩ひと時も休まず念を込めながら仕上げし研ぎの骨法。

 

 妖刀でありながら魔の者共に対する恨みを込めて完成した破邪の剣。

 この刀によって斬り殺された魔の者達の怨念が一匹でも多くの同胞を道連れにしようとする力が常時湧き立つ。

 

 その刀の銘を人は〘百鬼丸〙と呼んだ。

 

『人間の女に化けては林に迷い込んだ人間を人知れず喰らい続ける物の怪――猿猴――間違いない、奴がそうだ相棒』

「そりゃそうだ、こんな山ん中まで来て何も見つかりませんでしたで終わった日には正直泣けるぜ」

『惚けた事を。相棒の場合、涙自体が出ないではないか』

「ハッ、違いねぇッ!」

 

 少年は右腕を口元に寄せるや、軽く噛(は)んで横へとずらしていく。

 すると上腕は付け根から離れていくや、そこにも同じように月光によって煌く刃。

 切っ先を異形――猿猴――へと向け、険しい表情を浮かべて言い放った。

 

 

「俺から奪った四十八の身体の一つ…今こそ返してもらうぜ、魔神!」

 

 

 今宵、一人の少年が背負う宿命の戦いがまた始まろうとしていた。

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