バイクに乗って移動しながら、明日香は和人との喧嘩の事を話した。
「……と、いうわけなの!どう思う⁉︎私が悪い⁉︎」
(………ただの痴話喧嘩じゃない)
どっちもどっち、というのも良いとこだった。全力で呆れてしまったので、詩乃はテキトーなことをいうことにした。
「まぁアレよ。自分が悪くないと思うならそれでいいんじゃない?」
「だよね⁉︎ふっふーん、カズくんめぇ……詩乃ちゃんっていう証人は手に入れたし、今回は絶対私が勝つんだからね」
「げっ……」
テキトーなこと言わなきゃ良かった……と後悔する詩乃だった。そうこうしてるうちに、ダイシーカフェに到着。
「こんにちはー」
明日香が元気良くご入店。が、直後顔をしかめた。中にいたのはエギル、明日奈、里香。ここまではいい。だが問題は残りの一人、和人だ。
「おそーい!」
「里香ちゃん、なんでそこの分からず屋がいるの?」
「は、分からず屋はどっちだよバーカ」
「は?」
「あ?」
睨み合う和人と明日香。だが、その間に明日奈が入る。
「コラ、二人とも。それより明日香、紹介してよその子のこと」
言われて、明日香は自分の後ろの詩乃を前に出した。
「まずこの子がガンゲイル・オンライン三代目チャンピオン、私とこの前お友達になった朝田詩乃さん」
「友達と思ってるのはお前だけだろ」
「は?」
「あ?」
「和人くーん?」
にっこり微笑む明日奈が怖い。
「で、詩乃ちゃん。こっちが私がSAOの時にすっごくお世話になったリズベットこと篠崎里香」
「よろしくねー、朝田さん」
ニッコリ微笑む里香。
「はい、今の笑顔注意ね。鍛冶屋でぼったくる時の笑顔だから」
「失礼なこと言うな!」
続いて、明日香は自分の姉を指した。
「私の姉のアスナこと結城明日奈。ちょーっと、ALOで色々あった時に私の事を助けに来てくれた自慢のお姉ちゃんです」
「ち、ちょっとやめてよ明日香……」
と、頬を染めて困った顔で苦笑いする明日奈の横で、和人が呟いた。
「けっ、シスコンが」
「お前も大概だろ」
「あ?」
「は?」
「いい加減になさい」
怒られたので次の紹介へ。
「えーっと、ここのマスターでALOでも雑貨屋を営んでる、困った時にはとりあえずこの人の所へ的なキャッチフレーズがピッタリの、エギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズ」
「よろしく、朝田詩乃さん」
「外見ブラックオクトパスだけど、中身は紳士だよ。でも、SAOの時は私ともう二人でよくバカやってた」
すると、またまた和人が口を開く。
「お前の場合は外見はまともでも中身は自己中だけどな」
「外見も中身も厨二真っ最中の黒の剣士(笑)に言われたくねぇ」
「あ?」
「は?」
とうとう二人に明日奈のゲンコツが飛んだ。
「まぁ、とりあえず座ってよ詩乃ちゃん」
「ねぇ、ちょっと」
「ん?」
「あそこの人は?」
詩乃の視線の先には和人が不機嫌そうな顔で座っている。明日香は仕方なさそうに説明した。
「キリトこと桐ヶ谷」
「他には?」
「………一応、私の彼氏。一応、お姉ちゃんと一緒に私を助けてくれたヒト。一応、その、何、詩乃を新川って人から助けた人でもある」
一応、をヤケに強調された説明に、詩乃は目を丸くすると、和人に聞いた。
「そう、なんですか?」
「うん。一応、ね」
「あの、ありがとうございます」
ペコっと頭を下げられ、そっぽを向きながら頬をぽりぽりと掻く和人。
「鼻の下伸ばしてんじゃねぇよカスト」
「嫉妬かカスカ」
「は?」
「あ?」
「明日香?家帰ってからお説教喰らいたいの?」
「うっ……ゴメンなさい」
素直に謝る明日香。ただし、和人にではなく明日奈に。
「さて、じゃあ、その、なんだ。早速今日の本題に入ろうか」
明日香が言うと、詩乃は「?」と首を捻るが、明日奈も里香も和人も真剣な顔になる。そして、明日奈がゆっくりと話し始めた。
「あのね、朝田さん。もしかしたら、朝田さんは不愉快に感じたり、怒ったらするかもしれないと思ったけど、でもどうしてもあなたに伝えたいことがあるんです」
「私が、怒る……?」
「えーっと、まずは謝らなきゃいけないね」
明日香は言うと、詩乃を正面から見て、頭を深く下げた。
「ごめん。……その、私、君の昔の事件のこと、お姉ちゃんと里香に話した。どうしても、二人の協力が必要だったんだ。……あと、あそこの黒いのにも」
「えっ……⁉︎」
話したのは、詩乃が11歳の時の郵便局での話だ。それを目の前の人間達は全員。今すぐにでも逃げ出したくなる詩乃だったが、「待って」と明日香が言った。
「それで、昨日ね。私とお姉ちゃんと、里香と和人と学校を休んで、詩乃ちゃんの地元に行ってきたんだ」
「ッ! なんで……そんな……ことを……」
様々な感情が詩乃の頭の中をめぐる。もしかしたら、明日香に対する軽蔑の感情もあったかもしれない。それに気付いておきながらも、明日香は言った。
「けど、それはね。詩乃ちゃんが、殺してしまった人を背負うために必要な事があるからなんだ。もしかしたら、詩乃ちゃんを傷つけるかもしれない。でも、それでも、詩乃ちゃんはその人に会って、キチンと話をしなきゃいけない。そう思ったんだ。私の事は、軽蔑してくれて構わないから、まずはお願い。その人に会って、話を聞いて」
再び頭を下げる明日香。すると、和人と里香が店の奥のドアへ歩き、扉を開けた。そこには一人の女性と、女の子がいた。おそらく親子なのだろう。
その人のことを詩乃は分からなかった。東京に来ても、故郷の時も会ったことはない、はずだった。すると、その女性が頭を下げてから、微かに震える声で言った。
「はじめまして。朝田……詩乃さん。私は、大澤祥恵と申します。この子は瑞恵、4歳です」
名前に聞き覚えはない。詩乃の中で疑問は深まるばかりだったが、女性は続けた。
「私が東京に越してきたのは、この子が産まれてからです。それまでは、……市で働いていました。職場は……町三丁目郵便局です」
「あ………」
その職場を聞いた直後、詩乃は全てを理解した。それは五年前に自分が強盗を撃ち殺した場所だ。つまり、目の前の女性は、その時に居合わせた職員だ。
「ごめんなさい、ごめんなさいね。詩乃さん……」
頭を下げて、目尻に涙を滲ませながら、ポツポツと言い出した。
「本当に、ごめんなさい。私……もっと早く、あなたにお会いしなきゃいけなかったのに……あの事件のこと、忘れたくて……夫が転勤になったのをいいことに、そのまま東京に出てきてしまって……。あなたがずっと苦しんでらしてるなんて、少し想像すればわかったことなのに……謝罪も、お礼すら言わずに……」
瑞恵という女の子の頭を撫でながら、女性は続けた。
「あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。だから、詩乃さん、あなたは私だけでなく……この子の命も救ってくれたの。本当に……本当に、ありがとう……」
「命を、救った………?」
思わず聞き返してしまう詩乃。明日香が言った。
「詩乃ちゃん。詩乃ちゃんは、今まで自分のことを攻めてきたのかもしれない。けど、違うんだよ。あの時、詩乃ちゃんは命を奪っただけではない。それによって、命を救われた人もいるんだよ。殺してしまった人のことを背負うには、それによって自分が助けた人がいる事も考えなきゃいけないと、私は思うんだ」
自分が殺したことによって助けられた人もいる、それを心の中で反復させる詩乃。
何か、何か目の前の大澤祥恵さんに言わなくてはいけない。そう思うも、言葉が出ないすると、トタトタと足音がした。瑞恵が詩乃の足元へ歩いて来ていた。
幼稚園の制服らしいブラウスに手を入れて、ごそごそと何かを引っ張り出し、それを広げて詩乃に差し出した。それには、瑞恵の家族の絵が描かれていて、一番上に『しのおねえさんへ』と平仮名で書かれていた。
「しのおねえさん、ママとみずえを、たすけてくれて、ありがとう」
それを聞いて、視界が一気にボヤけた。そして、つうっと目から涙が流れた。自分が泣いているということに気付くのに、少し時間が掛かった。その詩乃の手を、女の子はしっかりと握った。