平凡な日常を送っている群像に新たな波乱が巻き起こる。
1.
――その日も、彼はいつもように講義のための資料作成に勤しんでいた。
パワーポイントを構成しながら、こういった作業を僧は嬉々としてとやってたよな、と彼は思い出し笑いをする。
すると、コンコンと扉を誰かがノックした。
「どうぞ」
そう彼が応えると、「失礼します」と言って一人の男性がその扉を開く。
「千早教授。そろそろ次の講義のお時間です」
「ーーええ。分かりました。いま参ります」
そう言って、彼――千早群像はパソコンを閉じた
■ ■ ■
――あの日。
霧の総旗艦ヤマトの消滅したあの日から、世界は変わった。
閉鎖された国交は回復し、人類は再び繁栄を取り戻した。
そしてそれと同時に、絶え間なく地上で行われていたテロや内乱も、次々と鎮火していった。
思えばその内乱も、海上から人類を遠ざけようとする霧側の情報操作によるものだったのかもしれない。
その答えを知る術も、方法も、今となっては知る必要すらなくなったが。
けれど、だからと言ってその内乱で残された傷跡も跡形もなく消えることはなかった。
そしてアメリカなどのかつて主要国は疲弊した国に対し、支援活動を行なうことを決めた。
しかし、それは『支援活動』という名目でその国のパイプラインを握るという『支配活動』である。
人類が生き残ったあと、それぞれの国が真っ先に考えたことは「誰が新世界の先駆者となりえるか」ということだ。
その先駆者となるためにも、各国は自らの国力を上げるための政策を次々と打ち出していった。
……人類が生き残ると分かってすぐこれだ。
自分たち人間がどれだけ生き汚なかったのか、改めて痛感する。
――そして、変化は霧の艦隊にも起きていた。
アドミナリティ・コードのもと、総旗艦に従っていたがそれが消失した今、彼女らは自らが選び決めるという『自由』を与えられた。
……いや、押し付けられたという言い方が正しいか。
少なくとも、統率された霧の艦隊として忠実でいた者たちにとって、寝耳に水の話だったろう。
当然、混乱が生じた。
中にはかつての命令に従ったまま、海上に出てきた人類を攻撃してくるものもいた。
だが、それを阻止しようとする霧の動きもある。
そして、新たに混乱する霧を統治するべく、『黒の艦隊』と呼ばれるものが現れたという話を、風の噂で聞いていた。
――そう、風の噂だ。
今の自分――千早群像は、霧の艦隊からも世界からも、遠いところで生きている。
かつて霧の艦艇である伊号401に乗艦していたクルーも、今は各々の道を歩んでいる。
織部僧は、渡米を果たしアメリカで戦略指導の講師として働いている。
橿原杏平と四月一日いおりは持ち前の技術を活かし、杏平は軍人として日本の開発した新たな潜水艦『白鯨』の砲撃手として乗艦し、いおりはその整備班班長となっている。
八月一日静は家族のいる台湾に帰国した。
時折送られてくる手紙を読む限り元気でやれているらしい。
そして千早群像は、かつての経験をこれからに伝えていこうという思いから士官学校の講師として生活を送っていた。
――世界に風穴を開けられたとしても、軍から離れるという考えは彼にはなかった。
ただ父が成し遂げようとした平和が、かつて仲間だった伊号401――イオナのおかげで実現したこの世界を、出来うる限り守っていきたい。
その思いから、この平和な世界で生きているとしても、千早群像として自分に出来ることをしようと彼は戦い続けていた。
それが彼女たちへの最大限の敬意だと、信じていたから
■ ■ ■
「千早教授。コーヒー入りましたよ。どうぞ」
「ありがとうございます。山村さん」
差し出されたコップを受け取り、群像はそれに口をつける。
長い間話していたせいか喉が乾ききっていた。
温かなこのコーヒーが、何よりの癒しだ。
「しかし、千早教授の話はいつ聞いて素晴らしいですね。頭の固い他の講師陣と違い、講義を聞く甲斐がある。俺も在学中に貴方の講義で学びたかった」
「……誉めてくださるのは光栄なのですが、些か大袈裟だと思いますよ。山村さん」
群像は自分より年上の助手にそう言うと、「これは失敬」と彼は肩を竦める。
――山村 扇。
海軍に所属する立派な軍人である。
階級は少尉。
……海軍の少尉を勤めるような人間が一回り年下の群像の助手であるというのは正直異様な光景だ。
その理由は、群像にはだいたい検討が付いているのだが……。
「ですが、私が貴方に抱く敬意は本物だ。戦場というのは、運のよさだけで生き残れる場所ではないですからね」
「――そうですね」
――『運がいい』だけで生き残れたら、どれだけの人が明日を迎えることができただろう。
山村の言葉を聞いてそんな自問自答を頭の中でしたが……もう意味がないなと、彼は自嘲した。。
「失礼、つまらない話をしてしまいました。申し訳ない。とりあえず今日の講義はもう終わりとのことですから、官舎までお送りいたします」
「大丈夫ですよ。一人で帰れます」
「ご遠慮なさらずに。それに、貴方は我々にとって英雄的存在だ。もう少し、威張ってくださっても構わないのですよ」
「性に合わないですよ……それに、本当の英雄は俺じゃないですから」
――そう。
英雄と呼ばれるに相応しいのは、きっと彼女の方……。
彼がそう考えた時、不意に教授室にあったテレビにノイズが入り始めた。
「あれ。なんでいきなり……って、ありゃ?消えないな」
山村がリモコンで電源ボタンを押しているが砂嵐は以前として続いたままだ。
故障かな、と首を捻っていると唐突に砂嵐は消える。
そして次の瞬間、画面は一人の少女を写し出した。
――腰まで届く真っ白な髪。
それと同じぐらい真っ白なドレス。
その姿に、群像は息を飲んだ。
純白の乙女はにっこりと、こちらに微笑む。
「……はじめまして。人類のみなさん。そして私の可愛い霧の娘たち。――私は霧の超戦艦。名をホウライと申します。以後お見知りおきを」
画面の向こうで恭しく頭を下げる少女に、山村はひきつった笑みを浮かべた。
「……こいつは、ドッキリか何かなんですかね?」
群像は無言だった。
正確には、言葉を失っていた。
……彼女の姿。
身体的特徴は違えど、その真っ白なドレスと粛々とした振舞いには覚えがあった。
ゆえに身体が固まってしまった。
なのに頭だけは高速で回転し、これからの展開を思考しているのは、2年前までの経験が為せるワザなのか。
……本能が訴えている。
思索の結論が出るより先に。
きっと悪いことが起こると、警鐘を鳴らしている。
……不幸になことに。
群像のその予感は、見事に的中してしまった。
「さて。このたびは親愛なる皆様にご報告があって参りました。……今この時より、私ホウライは超戦艦ヤマトの後継として霧の総旗艦を継ぐことを、宣言させて頂きます」
「……笑えないジョークだ」
山村は茶化したが、その表情は険しかった。
彼自身も気付いるだろう。
――これに似た光景を、二年前に見ていることに。
そしてもう一つ、と画面に映る少女は人差し指を立てる。
「私は超戦艦ムサシの遺志を受け継ぎ、再び人類に対し――宣戦布告致します」
「……やっぱりか、クソっ!」
吐き捨てるように言うと、山村は教授室を出ていき、誰かに連絡をとりはじめる。
群像は食い入るように、その少女を見つめる。
……かつて彼の前で消えてしまった彼女を彷彿とさせる姿をした新たな霧の総旗艦を。
「本日を含め七日以内に、人類は武力放棄をし、我が軍門に下ってください。従わない場合は、世界中に存在する霧の艦隊全てが貴方たちを滅ぼします。……それではみなさん、ご機嫌よう」
ホウライが一礼をすると、再び画面は真っ黒になった。
――超戦艦ムサシ、並びにヤマトの消失から二年。
蒼き鋼が解散して、二年。
……彼女がいなくなって、二年。
人類は再び霧の艦隊に、降伏勧告を突きつけられた。
終
最後までお読みいただきありがとうございました。
こちらの小説は別のサイトでも掲載しているものですが、いろんな人に読んでもらえるからと友人のすすめではじめさせていただきました。
これからよろしくお願いします