10.
「――で、キレたヒエイにメッタメタのボッコボコにされたわけね。お馬鹿さん」
「……うるさいわよ」
ボサボサになった髪をムッとした顔で解かしすタカオを、ヒュウガは呆れたように見ていた。
そして、辺りに転がったミョウコウたちに目をやる。
ピクピクと痙攣して白目を剥いていたが、とりあえず全員生きてはいた。
流石のヒエイも、そこまで我を忘れてはいなかったようで何よりだ。
「ま、それはさておき夕食出来たからコンゴウたち呼んできて」
「……この流れで私たちに呼びに行かせるの?」
「だって私関係なーい」
「こっの腹黒眼鏡……」
べ、と舌を出す彼女にタカオがそう毒づく。
しかし、それから彼女はヒュウガをじっと見つめる。
「……何よ?」
「別に。ただ、やっと元に戻ったなって思っただけよ。――二年前のアンタに、ね」
「……そうね。やっぱり、やらなきゃいけないことがあるっていいわね」
しみじみと、ヒュウガは呟く。
この二年間、彼女はかつての蒼き艦隊のヒュウガとは違っていた。
空虚、というのが一番正しい例えだろうか。
共に行動して傍にいたタカオには、ただただ毎日を過ごしているように見えた。
ヒュウガ自身も当時自覚はなかったろうが、まるで仕方なくそこにいるようだった。
「――けど。今のアンタは違う。私の知ってる大戦艦ヒュウガ再びね。安心したわ」
「アンタに心配されるようになるなんて、私も堕ちたものね。――けどまぁ、ありがと」
「どういたしまして」
そっぽを向いて言ったヒュウガにタカオは苦笑した。
……本当に、私の知ってるヒュウガだ。
それがほんの少しだけ、嬉しく思う彼女だった。
「はいはいこの話おしまい。さっさとコンゴウたち呼びに行きなさい。バーベキューの準備、もう出来てるんだから」
「バーベキューっ!?本当っ!?」
聞いたアシガラは目を輝かせてガバッと起き上がる。
変わらず元気そうで何よりである。
仕方ない、とタカオは息を吐くと地面に倒れ込んでる残り三人に向けて言った。
「ほら、いつまで気絶したフリしてんの。駄々こねないで、さっさとコンゴウたち迎えに行くわよ」
「――バレてたか」
「バレバレよ」
しょうがない、と言ってむくりとハグロは起き上がる。
ナチも同様だ。
そして横でまだ寝転んでいるミョウコウの身体を揺する。
「ほらミョウコウ。貴方も起きてください」
「……いや、たぶんミョウコウ本気で気絶してる」
「あら本当ね」
起き上がらせてみると、彼女は本当に白目を剥いていた。
「どうしましょうか?ハグロ」
「放っておいていいんじゃない?そのうち目が覚めるでしょ」
「それもそうね」
「それよりバーベキューだよバーベキュー!早く行こーよ!」
「……姉に優しくない妹たちね」
「お気の毒」
放っぽり出されたミョウコウに同情する二人であった。
それから、気を失ったミョウコウをヒュウガとナチに預けて、タカオ、アシガラ、ハグロの三人がコンゴウたちを呼びに行った。
恐らく、先ほどタカオたちがビーチバレーをしていた近くにいるだろうと考え、一行は向かう。
「顔を会わせたくないなー私」
「右に同じね。また何か言われそうでやられそう」
「大丈夫だよ。ヒエイだってもう忘れてるかも」
「ヒエイはアンタと違って物覚えがいいのよ」
「そうそう」
気楽にそう言うアシガラに二人はため息をつく。
すると、彼女たちの前方にヒエイとコンゴウの姿が見えた。
「あ、いたいた。おーい、ヒエ――」
「やっったぁぁぁ!勝ったぁぁぁ!」
アシガラの声が突然席を立ち上がって叫んだヒエイの言葉に掻き消された。
彼女は両手を上げて普段では考えられないような満面の笑みで喜んでいた。
「――これは驚いた。まさかたった三局目で負けてしまったか。流石だヒエイ。やはりお前は出来のいい妹だ」
「そ、そんなことは……」
コンゴウの言葉に、ヒエイは頬を紅く染め、照れ臭そうに身体をよじらせた。
「……だが悔しい。ヒエイよ、もう一戦だ」
「はい!喜んでっ!」
そう元気よく頷いたところでヒエイはハッとして気付く。
――遠くから呆然と眺める三人の姿に。
「ん?何だおまえたちか。無事でなによりだ」
無事ってどう意味よ、と思ったが言えなかった。
ヒエイ共々黙り込む。
しかしそんな中でも、彼女だけは通常運転だった。
「ヒエイって、子供っぽいとこあんだね。意外」
ぼっ、とヒエイの顔が赤く染まる。
そのまま彼女はへなへなと椅子に座り込み、机に突っ伏した。
そのまま、うっうっと嗚咽のような声が聞こえてくる。
……まぁアシガラに子供っぽいとか言われたらそりゃ泣けるわよね。
タカオとハグロは口には出さなかったがヒエイに同情した。
「――本当に、可愛らしい妹だ」
苦笑したコンゴウは泣き伏しているヒエイの頭を撫でてやる。
アシガラだけが「どうしたの?」と首を傾げていた。
■ ■ ■
――コンゴウたちを連れてタカオたちが来ると、ヒュウガと群像が既に支度を済ませて待っていた。
すぐ近くの木陰で、頭に手を当てて寝ているミョウコウをナチが看病していた。
「遅いわよタカオ」
「悪かったわね。愚図った生徒会長が落ち着くのを待ってたから遅れたのよ」
「愚図ってなんかいませんっ!」
「いや、そんな恰好で言われても……」
タカオはコンゴウにきゅっと寄り添って「よしよし」といった感じに身体を擦ってもらっているヒエイを見て言った。
言われた彼女は真っ赤になった目をこしこしとこすると、ピンと背筋を伸ばしていつも通りに振る舞おうとする。
「――こほん。先ほどのは失態でしたがもう大丈夫です。私、失態しないので」
「……既にこれ以上ない大失態したからね」
「――何か言いましたか?ハグロ」
ギロリと睨まれたハグロはブンブンと首を振って強く否定した。
――今のヒエイなら眼光だけで艦を大破出来そうである。
その光景を見て「あほくさ」とこれまた身も蓋もないことをいうヒュウガ。
「アンタたち、のんきでいいわねぇ」
「まぁいいじゃないか。無理して固くなる必要はないだろう?」
「……そういう貴方ものんきねぇ。本当に」
楽しそうに串に具材を通している群像をヒュウガは横目でちらりと見た。
するとアシガラが群像の近くまで駆け寄ってきて、彼の持っている串を見て目を輝かせた。
「おぉっ!これがバーベキューなのかー!」
「ああ。こうやって色んな具材を一本の串に刺して火にかけて焼くんだ。――やってみるかい?」
「いいの!?わーい!」
彼女は群像から串を受け取ると、嬉々として具材を刺していく。
「見て見てぐんぞー!これでいいのかな?」
「ああ。いいんじゃないか。……だけど今度は野菜もいっしょに刺すといいかもな」
「ええー私野菜きらーい」
「……好き嫌いはいかんぞアシガラ。バランスよく食べるんだ」
「あ、ミョウコウ復活したんだ」
まぁな、と彼女は言ったがまだ頭が痛むのかこめかみを抑えて少し顔をしかめている。
その様子を見て、流石にヒエイが申し訳なさそうな顔になる。
「ごめなさいミョウコウ。流石にやり過ぎたわ」
「いや調子に乗りすぎたのはこちらだ。すまない。反省してる。――だからヒエイ、さっきのカメラ返してくれ」
「駄目、没収します」
きっぱりと断られたミョウコウは目に見えて落ち込んだ。
同時に、タカオとハグロとナチの三人が「ミョウコウ……」と、なんとも言えない目で彼女を見た。
「そんなことより!早く皆で食べようよっ!」
アシガラがいつの間にか作っていた何本もの串をかざしながら全員に言った。
彼女の無邪気にな姿に、つい頬が緩む群像。
「そうだな。じゃ、焼いていこうか」
そうして、夕食が始まる。
勝手を知るヒュウガと群像が主に調理を担当し、他は彼らの好意に甘えて焼き上がったそれらを口にする。
「あら美味しい」
「おお!これ美味しい!バーベキューっていいね!」
「アシガラ、がっつくな。ゆっくり食べろ」
「ふぁい」
彼女たちが美味しそうに食事する風景を見て群像は微笑んだ。
そして彼の横にいたコンゴウにも感想を訊いてみる。
「コンゴウ、どうだ?」
「あ、ああ美味いぞ。何も問題ない。大丈夫だ」
すると、何故か少し彼女は慌てたような反応を示した。
はて、と群像が首を傾げると横からひょいとヒュウガが串をコンゴウに差し出す。
「はーいコンゴウ。これ私からプレゼント。遠慮なく食べて」
「……おいヒュウガ。なんだこれは?」
「ピーマンよ。見て分からない?」
「そんなことは知ってる。私が訊いているのは何故この串にはピーマンしか刺さっていないのだということだ」
受け取った緑一色の串を指差しながら彼女は言うと、ヒュウガはにししと笑う。
「だってさ。コンゴウピーマン嫌いじゃない?駄目でしょう好き嫌いは。だから克服用にってね」
「……ピーマンは嫌いではないぞ」
「じゃあその脇に隠したの何?」
「いや何も隠してな、て返せ!ヒュウガっ!」
いつの間にか背後に回ってたヒュウガがコンゴウが隠そうとしていたソレをとりあげる。
……ヒュウガがとりあげたのは、一口かじったあとのあるピーマンが数個乗った取り皿だった。
ヒュウガは大きめの声でわざとらしくその皿をかざしながら言った。
「あらぁ?これはどういうことかしらねぇ?艦隊旗艦ともあろうお方がこんなにもピーマン残してるなんてねぇ……?」
「ち、違うっ!ピーマンが嫌いなわけではない!ただ、今日はちょっと苦くてだな……」
「――確か貴方、前に硫黄島来たときもピーマン一口食べてぶっぱしてきたわよね?もしかして……?」
「それはない!あれは違うからなタカオっ!」
真剣な表情で考え出すタカオに対し、コンゴウはそれを全力で否定した。
すると「コンゴウ様っ!」とヒエイが横から出てきた。
「コンゴウ様、ヒエイは大丈夫です」
「ヒエイ……お前なら分かってくれ――」
「ピーマンなんて、食べなくても生きていけますし艦隊旗艦もやれます。ですからどうぞ。こちらの串はピーマンをお取りしたものです。お食べください!」
「……出来の悪い妹だ」
「何故っ!?」
絶対零度の冷たい目で睨まれたヒエイが涙目になる。
「コンゴウってばダメダメね。にししし」
「ヒュウガ……」
爆笑するヒュウガに対し、群像は複雑そうな顔をする。
そしてうつむいたらコンゴウはぶつぶつと呟き始める。
「何故だ。何故今日に限ってピーマンがこんなにも苦いんだ……?」
「そらそうよ。アンタのだけわざと苦くなるように調理したもの」
「――何だと?」
「――あ。しまった」
さぁぁと青ざめるヒュウガをコンゴウが冷たい目で見下ろす。
……その後、逃げるヒュウガを大剣を持ったコンゴウが追いかけていくのを、群像たちは見送った。
「……アンタも十分お馬鹿さんよ。ヒュウガ」
タカオの呟きに、群像は苦笑する。
――正直楽しかった。
こんな風にすごく時間が。
みんなが笑ってるこの時が、幸せだった。
だから群像はつい思ってしまう。
もっと続いてほしいと。
……だが悲しいことに。
彼の願いは叶いそうになかった。
「――タカオ。あれは何だ?」
群像はそう言って水平線の遠くに見える黒い塊を差し示す。
「え、あれって何?」
しかしタカオは群像が示した方向を見たが、何も見えないようだ。
彼が何か言おうとした時、その塊が一瞬光った。
――瞬間、彼は叫んでいた。
「ヒュウガっ!西側にクラインフィールド展開っ!」
言われたヒュウガの行動は早かった。
すぐさま言われた方向全面を覆うようにクラインフィールドを張る。
と同時に、黄色と緑の光がクラインフィールドに直撃した。
「これは、超重力砲か!?」
「そんな、レーダーに反応なんてなかったのに!?」
突然現れた敵に動揺するミョウコウたち。
「――やはり、そちら側にいたか」
「そうみたいね」
しかし、三人だけは違った。
群像の言葉にヒュウガが頷く。
……あの光を見間違うことなどない。
そしてコンゴウは、超重力砲を撃ってきた方角を睨みながら言った。
「――まったく、手のかかる妹たちだ」
■ ■ ■
「――防がれたか。まぁそう簡単にはいかないよな」
「だろうな。それにもし、そうも容易かったのなら我々はあんなにも苦労はしなかったろう」
隣に立つロングコート着た女の言葉に、「全くだ」と後ろで髪を結わえた女が同意した。
そんな彼女たちに後ろから声がかかる。
「――しみじみと言ってるけど、さっさと次のチャージしといた方がよいのでなくて?」
言われた彼女らはキッと背後の女を睨む。
「――我々には我々のやり方がある。お前は口出しするな」
「これは失礼。別にどうやろうと構わないわ。ただね――」
彼女――ホウライは目を細めて向こうにある硫黄島を見る。
「――私は今日で千早 群像たちにさよならがしたいから貴方たちには手を抜いて欲しくないの。そこのところ、分かってもらえるかしら?」
「――承知している」
「そう。ならよかった。じゃあ頑張ってね二人とも。そうしたら――刑部 蒔絵を返してあげるから、ね」
そう言って彼女はニタリと、目の前に立つハルナとキリシマに笑いかけた。
終