すべては友達を守るために
11.
――暗く狭い部屋に、彼女は一人、膝を抱えて座っていた。
ここが何処だかよくは分からない。
ただ外からわずかに聞こえてくる話し声のトーンからしてここが彼女たちが隠れていたイギリスでも、まして祖国の日本ではないことは確かだった。
はじめは脱出を試みようとしたが、どれだけの策を練ろうと幼い彼女の身体ではこの鉄の扉を突破することは叶わない。
何も出来ずにいる彼女は恐怖に駆られる。
――あの真っ白な髪をした少女。
世界に宣戦布告をした新たな霧の総旗艦は自分を捕らえてこの場所に閉じ込めた。
それが何の目的なのかはだいたい検討はつく。
彼女を大切に思う二人を思うがままに操るためだ。
きっとあの二人なら、自分を救うためなら何でもするだろう。
逆の立場だったら自分もそうするから、よくわかる。
たがらこそ怖かった。
あの白い少女が、彼女の友達に取り返しのつかないことをやらせようとするのがわかっていたから。
「――ハルハル。ヨタロウ、ごめんね……」
彼女――刑部 蒔絵は謝り続ける。
その頬を、一筋の涙が伝った。
■ ■ ■
「――ハルナとキリシマですって!?何であの二人があっちにいるのよっ!?」
驚愕するタカオに、コンゴウは「さぁな」と肩を竦めた。
「――ただ、彼女たちはもう霧には関わらないと決めていたはずだ。それを曲げてまで来たとなると……」
「――恐らく、蒔絵を人質にとられたんだろう」
「でしょうねぇ。あの子たちが動く理由なんて、それしかないわ」
群像の呟きに、ヒュウガが同意する。
……どんな手段を用いたかは知らないがホウライはハルナとキリシマを出し抜き、刑部 蒔絵を手中に収めたのだろう。
あとは彼女の安全と引き換えに自分に従え、といったところか。
「――私たちやコンゴウたちに接触してきたんだから、当然ハルナたちにもちょっかいかけたんだろうとは思ってたけど。見通しが甘かったわね」
「それよりもだヒュウガ。未だに私のレーダーに二人の反応がない。それに千早 群像には視認出来ているようだが我々には見えない。これはどういうことだ?」
先ほどの超重力砲は恐らく合体による砲撃だろう。
こちらからは射程範囲外の可能性大だがナチのレーダーですら探知出来ないのはおかしい。
ついで、群像には見えているのに彼女たちには見えていないという事実もだ。
問われたヒュウガは「いま調べてる」と既に手元にモニターを開いてデータを解析していた。
そして解析結果を見た彼女は苦い顔をする。
「……やられた。私ら全員ウィルス打ち込まれてる。ハルナとキリシマの反応を探知できないようにされてるわ。――てかこれ、私がアイツに打ったウィルスのアレンジじゃない。あーなんか腹立つ!」
「ふくれてる場合ですか!早く対抗策を考えてください!」
「もうやってる。コンゴウ、クラインフィールドのコントロール代わって」
「了解した。ヒエイたちは艦の出撃準備をしておけ」
「っ!コンゴウ!第二波が来るぞっ!」
向こう側で光が収束しだすのを見た群像が叫ぶ。
そして再び、光の奔流が彼らにめがけて発射される。
コンゴウはクラインフィールドを展開したが、流石に二回は耐えられるはずはなくひび割れたフィールドの隙間から分散した超重力砲のエネルギーが入り込み、砂浜のところどころに降り注いだ。
「――クラインフィールド、九十二パーセント消失。次は防げないな」
「ああ゛!私のお肉が砂だらけー!」
「言ってる場合かアシガラ!くそっ!場所が分からなきゃ手の打ちようがない……」
「いやミョウコウ。俺なら分かる。視覚的距離だがだいたいの位置なら特定できる」
そう言って、彼女たちに群像が目算での情報を伝える。
聞いたコンゴウは舌打ちした。
「――射程範囲外だな。次発装填までのタイムラグまでに距離が詰められるかどうか……」
「いえコンゴウ様。ミョウコウの砲台ならやれます。――ミョウコウ、当てなくていいわ。私たちが接近するまでの時間を稼いで」
「承知した。千早 群像、私が撃つときに彼女らの位置を教えてくれ」
「分かった」
ミョウコウの言葉に、群像が頷く。
……今はとにかく、ここを乗りきらなければならない。
そう考える群像の目前の海から、ヒエイたちの艦体が水しぶきを立てて浮上してきた。
■ ■ ■
「――こちらに向かってくるな。私たちの位置は把握出来ないんじゃなかったのか?」
キリシマの言葉に、背後にいたホウライは「そのはずよ」と答える。
「ヒュウガがくれたウィルスにちょっとアレンジ加えてお返ししたから彼女たちのレーダーにも視覚にも映らないはずなんだけど――思えば人間である千早 群像には意味がなかったわね」
「なるほどな。――ハルナ、次撃てるか?」
「まだだ。流石に間隔が短すぎた。砲身の冷却処理に時間がかかる」
そうか、とキリシマは答えると段々と距離を詰めてくるヒエイたちを睨む。
……このままだと、次の超重力砲を撃つのと、ヒエイたちが射程範囲に入るのがギリギリになるかもしれない。
それで仕留めることができなければ、いくら大戦艦二隻とはいえ彼女らに囲まれたら勝ち目はない。
それゆえの遠距離射撃からの奇襲だったのだ。
どうするかと悩んでいるキリシマの姿にホウライがため息をついた。
「キリシマ。まさかもうお手上げとか言わないわよね?せっかく元のメンタルモデルも用意してあげたんだからもう少し頑張ってくださいな」
「――貴様が勝手にしたことだ。戻してくれと頼んだ覚えはない」
「――我々のやり方に口を出すな。お前はそこで見てろ」
ハルナが威圧すると「あら怖い」と彼女はおどけてみせる。
と、同時に彼女らの艦体に衝撃が走る。
「何だ!?」
「――ミョウコウね。確かに彼女の射程距離なら、ここまで届くか」
ホウライは目を細めて、遠くから自分たちに向けられた長い砲身を見る。
超重力砲を犠牲にした代わりに手に入れたミョウコウの砲台。
例えダメージを与えられなくても次のチャージを遅らせることができる。
事実、キリシマたちにも焦りが見えた。
「くそっ!処理に集中できない!」
「お困りのようね、お二人さん。もうギブアップかしら?」
「――まだだ。まだ私たちはやれる。だから――蒔絵には手を出すな」
「へぇ……」
そう言ったハルナをホウライは面白そうに見る。
「――本当に大事なのね。あの子のこと。――なら特別に、私もお手伝いしてあげるわ」
そう言って彼女はパチン、と指を鳴らす。
すると、ハルナとキリシマの船体に異変が生じる。
冷却処理をしていた砲身が突如として崩れ始めた。
そして、砂粒状になったナノマテリアルだが、すぐさま再構成を始める。
「――馬鹿な」
そうして瞬時に出来た完全な砲身を見て、キリシマは目を見開いた。
「これですぐ撃てるわ。次も撃ったらまた砲身ごと作り替えてあげるから遠慮なくどうぞ、お二人とも」
微笑んだ彼女を見てハルナも驚きを隠せなかった。
――とてつもない演算処理能力だ。
かつてのヤマトやムサシに匹敵、いやこれがコピーを通してのことだとするならそれ以上かもしれない。
……しかし、そんなことが出来るものなのか?
「――ちゃんと代償は払ったわよ。私はそれに見合った能力を行使しているだけ」
心を読んだかのようにホウライは答える。
それと、と言って彼女は付け加えた。
「――ハルナ。いい加減私の本体の場所を探ろうとするのをやめてくださらない?無駄だから。刑部 蒔絵は私には乗艦させてないし」
「何だと!?なら蒔絵はどこにいるっ!?」
血相を変えて問い質すキリシマだったが、ホウライはその剣幕をものともせずわずらわしそうに耳を塞いだ。
「心配しなくてもちゃんと無事よ。交渉をするうえで互いの利害が大事って学んだんだから。――彼女は台湾政府に預けてるわ。そこの官僚をちょっと脅してね」
「――何故、わざわざ台湾などに預けた?」
「貴方たちの不意をつくため、というのもあるけど――私人間嫌いだから。乗せたくなっかたのよ。だから二人とも、さっさと働きなさい。あの子に価値がないとわかったら私――躊躇なんてしないわよ」
にっこりと彼女は笑う。
彼女は本気だ。
キリシマとハルナが敗北、もしくは価値がなくなったら容赦なく蒔絵を処分するつもりだ。
――ゆえに、二人には選べる答えは一つしかなかった。
「――キリシマ、チャージ完了だ」
そして悲痛な表情を浮かべながらも、彼女は号令する。
「――撃て」
――すべては、友達を救うために。
終