そして彼らも
13.
「――401、だと。どうしてここに……」
目の前に現れた伊号401を見て、ミョウコウは驚きを隠せなかった。
すると、隣にいた群像の通信機からコールがあった。
彼が恐る恐るそれに出ると、意外な人物の声が聞こえてくる。
『――艦長。お久しぶりです』
「まさか――僧なのか!?」
はい、とかつて401の副艦長を勤めた織部 僧は頷いた。
すると、通信機の向こうからまた懐かしい声が多く聞こえてくる。
『うっす!群像元気にしてたか?』
『群像、アンタ霧側についたんだって?ま、アンタに限って、それはないよねー』
『艦長がそんなことするはずないもんね。お久しぶりです』
杏平、いおり、静。
かつての仲間は二年前も経ったというのに昔となんら変わりない。
そんな彼らの様子に、つい笑みがこぼれたが、今はそれどころではない。
「僧、状況は理解しているか?とにかくそこから離れろ。でなければ撃たれる」
『分かっています。それでなんですが群像。ハルナたちと通信は可能ですか?こちらからのシグナルは全てキャンセルされてしまいまして』
「いや、俺たちの方も駄目だ。それ以前にこちらはウィルスの影響でハルナたちの位置すら――」
『できるわよー』
群像たちの会話にヒュウガが割って入ってきた。
『今対抗プログラム出来たからもう大丈夫。キャンセルされても、通信ぐらいなら強制的に繋げられるわよ。繋ぐ?』
『お願いしますヒュウガ』
「僧、何をする気だ?」
まさか話し合いをして解決出来るわけはない。
そんなことを彼が理解していないとは群像は微塵にも思っていなかったがゆえに怪訝な顔をする。
しかし、『大丈夫です』と付き合いの長い親友は言った。
『私が通信をさせたかったのは――彼女に会わせたかったからです』
そう言って彼が通信を代わった相手の声を聞いて、群像は目を見開いた。
■ ■ ■
「馬鹿な……401が何故ここにいる!?」
浮上してきたその蒼いを見たキリシマが驚愕する。
流石のハルナも、目の前の状況を理解出来ずにいた。
……ただ一人、ホウライのみが違った。
腕を組んで肩を震わせ、下を向いて俯いている。
まるで何かを堪えるように。
二人が訝しげに見ると、突如彼女は溜まりかねたかのように笑い出した。
「――そうか。これで全部合点がいったわ。――やっぱり、貴方はまだここにいるのね。イオナ……」
胸元をギュッと握りしめ、彼女は微笑む。
それからキリシマたちに振り返った。
「何をしてるの?さっさと撃ち落としなさい」
「待て。その前にアレの説明をしろ。どうして401がここに現れたんだ?」
指を差しながらキリシマは言った。
しかしホウライはそれに答えず、煩わしそうに彼女を見た。
「説明の必要はないわ。いいからさっさと撃ちなさい。でないと刑部 蒔絵を殺すわよ。――ただ殺すだけじゃ味気ないから、ちょっと工夫しましょうか。爪を一つ一つ剥いでから殺すとかどうかしら……?」
「何だと貴様ぁ!!」
「落ち着けキリシマ!!」
逆上して掴みかかろうしたキリシマをハルナが止める。
……どう足掻いても、自分たちがホウライに逆らえることはない。
蒔絵を無事に助けるたいのなら、ただ従うしかないのだから……。
『――お取り込み中で申し訳ないんだけど、アンタらちょっといいかしら?』
「ヒュウガっ!?」
ブゥンと音を立て中空にモニターが表示され、見知った顔が現れた。
それを見たホウライは「あらあら」と言って頬に手を当てた。
「もう対抗プログラムできちゃったの?結構自信作だったのに。アナタって本当に優秀なのね」
『何が自信策よ。私のウィルスのぱくりだったじゃない。――でも納得。401のシグナルをキャンセルしてたのは貴方だったのね。道理で繋がらないわけだ』
「何だと!?」
「――ホウライ。お前」
聞いたハルナとキリシマがホウライを睨んだが、「仕方ないじゃない」と彼女は肩を竦めた。
「敵の通信なんて、私たちを惑わせるだけでしょう?拒絶するに決まってるわ」
『確かにそうね。だから、もっと惑わせてあげるわ。僧、通信代わるわよ』
彼女はそう言って通信チャンネルを替えた。
けれど、映像が切り替わって出てきたのは織部 僧ではなく、ハルナとキリシマ二人がよく知る人物だった。
『ハルハルー!』
「蒔絵!?」
「蒔絵、どうして……!?」
出てきたのは元気よく笑う刑部 蒔絵の姿だった。
しかし彼女はホウライが捕らえて台湾政府に預けられたはずだ。
何故ここに、という疑問が現れたがその疑問を横からひょいと出てきたいおりが答えた。
『いや実を言うと静ってこうゆう隠密作業得意なんだよね。家系的に。ね、静』
『いえ、サポートあってこその話ですよ。でも、地元で助かりました。何度か練習で潜り込んでいましたからね。勝手知ったるなんとやら、ってやつです』
――練習相手としか認識されてない本職の警備隊に対し、横から通信を聞いていた群像ほか面々が気の毒に思ったのは言うまでもない。
『てゆうわけだからハルナ、キリシマ。もう大丈夫だよ』
そしていおりと静、そして蒔絵はハルナたちに仲良くVサインを送る。
……間違えるわけがない。
彼女は本当の蒔絵だ。
そう分かった瞬間、二人の目に熱いものを感じた。
「――よかった。本当に、よかった……」
今にも泣き出しそうな声でキリシマは呟く。
ハルナもいおりたちに感謝の意を込めて頭を下げた。
――そして二人はこぼれおちそうになった涙を堪え、改めて背後に控える彼女に毅然とした態度で振り返る。
「――そういうわけだ。悪いが401を攻撃するわけにはいかない」
「――同時に、お前に従う義理もなくなった」
「でしょうね。――ああもう。どうして予測外のことばかり起こるのかしら……」
「そのわりには驚いてないように見えるが?」
蒔絵を救出したという話を聞いても、ホウライは顔色一つ変えなかった。
むしろ、はじめからもう解っていたという風でもあった。
問われたホウライは、「まぁそうね」と言って空を見上げた。
もう夕暮れ時は過ぎ、星々が輝きはじめている空を。
「――勝算がなければ、401が私の前に現れるわけがない。けどまさか401クルー全員も連れてくるなんてね。――これで、千早 群像を精神的に追い詰めるカードを全部取られた。流石、抜け目がないわ。元総旗艦殿」
皮肉げに彼女は笑うと、右腕を横に一振りする。
すると、キリシマたちの戦艦が砂のようになって突然崩れ始める。
「どわっ!?この、よくも私たちの艦を……!」
「図々しいわね。このナノマテリアルをあげたのは私よ。けどこの量を回収するのは無理だし、このまま渡すのは癪だから不活性状態のナノマテリアルを差し上げるわ」
「いるかそんなもん!この、やっぱり一発殴らなきゃ気が済まないっ!」
「落ち着けキリシマ。ここは危険だ。一旦引くぞ」
「いやしかしハルナ!やっぱり私はこいつを、ぐふっ!?」
しかしまだキリシマはあーだこーだ言っていたので仕方なく、ハルナは彼女に当て身を入れた。
痙攣しているキリシマを肩に担いだ彼女は、去り際にホウライに振り返る。
「――だがいつか、この借りは返させてもらうぞ。必ずな」
そう言って彼女は跳躍した。
一人、崩れゆく艦の上に残された少女は、ふ、と笑ってハルナの言葉を復唱する。
「――必ず、ね。いい憎悪だわハルナ。――ああ群像。貴方にも、早く彼女と同じぐらいの憎悪を抱いて欲しいものだわ」
――彼の憎しみに満ちた瞳が自分を睨む。
想像しただけで、ぞくりとする。
けれど、今の彼では駄目だ。
この期に及んでもなお、自分と話し合おうとしている。
こんな、私であっても……。
それに、と彼女は海上に浮かぶ401を一瞥する。
……やはり日頃から感じていた違和感は間違っていなかったようだ。
データは改竄されているが艦隊の数が減ったというのも本当だろう。
恐らくあの伊号401を作り出すために使われたものだ。
そしてそれが出来たのだとしたら、彼女は総旗艦である自分と同じ権限を行使していたことになる。
つまり、ホウライの意識がない間、イオナに体の主導権を取られていたことを意味する。
「……スリープ状態の時を狙ったのね。それに無意識下の私の思考にまで干渉していた」
そもそも、何故自分は数ある国の中で刑部 蒔絵を預けるのに台湾政府を選んだのか。
自身の考える上で最善と踏んだが、それすらイオナの思考に依るものだったようだ。
何とも滑稽な話だ、とホウライは自嘲する。
結局、私はまだイオナの手の平にいる。
――しかし。
それと同時に彼女は素晴らしいカードを手に入れた。
ホウライにはわかっていた。
――あの伊号401の中は、空っぽだということが。
だとしたら、イオナはまだ……。
崩れ落ちる最中、ホウライの姿も段々と消え始める。
「……どうやら、徒労には終わらずに済んだようね。おかげで千早 群像より先に始末しなくちゃいけないものが分かった」
なら、これだけの物資を使い込んだ甲斐はある。
最後に、彼女は微笑む。
――イオナ。
貴方を必ず、引きずりだしてあげる。
そう言い残して、彼女の姿は消失した。
終