行きつく先へ    作:たまてん

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もう二度と失わないように。



行きつく先へ  第十六話 失ったもの

16.

 

 

夜空には、真円を描く月と数多の星たちが輝く。

 

 

静けさに包まれた海を眺めながら群像は一人、砂浜を歩いていた。

 

 

そんな彼に背後から声がかかる。

 

 

「――どうした千早 群像。暇そうだな」

 

振り返るとコンゴウが立っていた。

 

群像は彼女の問いかけに苦笑して答える。

 

「本当はやることがまだあるんだが、僧たちにもう休めと言われてしまってね。追い出されてしまった。君は?」

 

「右に同じだ。ヒエイに、もう大丈夫だから早く休まれるようにとな。――お互い、いい仲間を持ったじゃないか」

 

「ああ。そうだな」

 

「――浮かない顔だな。あまり休めてないように見えるが?」

 

「なかなか落ち着けなくてね。困ったことに」

 

ふむ、とコンゴウは口元に手を当てて少し考え込んだ。

 

そして、何か思い立ったのか「そうだ」と手を打った。

 

「どうしたんだ?」

 

「――千早 群像。お前ピアノは弾けるか?」

 

「――小さい頃に習った程度なら」

 

子供頃、教養のためにと母親に習わされたことがある。

 

あまりセンスはなかったため、辛うじてといったぐらいだが。

 

そうかそうか、とコンゴウは嬉しそうに笑い、群像の手を引いた。

 

「ならお前にお願いがあるんだ。少々付き合え」

 

「え、あ、コンゴウ?何処に連れてくんだ?」

 

群像に有無を言わせず、コンゴウは彼の腕をぐいぐい引っ張って連れていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

コンゴウに連れられて、群像は彼女の艦の甲板に来ていた。

 

そこには、一つの黒い固まりが鎮座していた。

 

「ピアノか……」

 

「千早 群像、お前に頼みがあってだな。あれで一曲弾いて貰えないだろうか?」

 

「え、いや俺は弾けるとは言ったがあまり上手くはないぞ」

 

「なぁに、簡単だろうから大丈夫だ。――これをお願いしたい」

 

そう言ってコンゴウは群像に楽譜を渡す。

 

受け取った群像はその中身を見て少し目を見開いた。

 

「――これは?」

 

「『森のくまさん』という楽曲らしい。これを一曲お願いできないだろうか?」

 

「いや、たぶん弾けると思うから構わないが……」

 

あのコンゴウが頼んでくる曲だ。

 

もっと壮大なものを予想していたので少々呆気に取られてしまった。

 

しかし、群像が了承するのを聞くと、彼女は顔を綻ばせる。

 

「それは嬉しい。さぁ、早く弾いてくれないか?」

 

そう言って群像をピアノの前の椅子に座らせて、コンゴウはその隣に配置された椅子に座る。

 

色々と訊きたいことがあったが、楽しそうに群像が弾くのを待っている彼女に対し、それは野暮というものだ。

 

群像は楽譜を開き、譜面を確認すると、白と黒の鍵盤で音を奏で始める。

 

軽快なリズムが、静かな夜に響き渡る。

 

コンゴウはそれを目を閉じて聞き入っていた。

 

本当に嬉しそうにしながら。

 

すると、その途中にボンっとリズムを乱すノイズが入る。

 

群像が鍵盤を弾き間違えたのだ。

 

久しぶり過ぎたので指が思うように動かなかったらしい。

 

同時に、コンゴウが吹き出してしまった。

 

「すまない。どうも久しぶりで……」

 

「いや、こちらこそ申し訳ない……」

 

ただな、とコンゴウは笑いを堪えながら言った。

 

「お前がマヤがよく間違えた場所と同じ所で間違えてたから、ついな。すまない」

 

「――重巡マヤのことか?」

 

ああ、とコンゴウは目を細めて懐かしそうに語り出す。

 

「――少し前まで、この曲が毎日のように流れていてな。正直煩わしかった。しかし、今になると分かるよ。もうあの曲が聴けなくなるのは……少し、寂しい」

 

――いつまでもこのままだと思っていた。

 

自分はただ霧を統べ、明るく笑う彼女が傍らにいる。

 

あの時の自分には、それが当たり前で――当たり前すぎて、大切だなんて実感を持てなかったんだ。

 

「――俺でよければ、このまま弾いても構わないか?」

 

「――ああ。お願いする」

 

そして再び群像が奏で始める。

 

――これで彼女が喜んでくれるなら、そんなに嬉しいことはない。

 

そして、しばらく経ってコンゴウが区切りのいいところで「もういい」と言った。

 

「まだ弾けるが?」

 

「流石にそこまではな。――だがとても楽しい時間を過ごせた。感謝するよ、千早 群像」

 

「楽しんでもらえたなら何よりだ」

 

「ああ。――ではお前にお礼をしなくてはな」

 

「気にするな。別にそんなのはいい」

 

「いや、始めからお前に言おうと思っていたんだ」

 

そしてコンゴウは群像に向き直る。

 

――その目は、凛々しく、真っ直ぐで、群像を見る。

 

「――キリシマとハルナは刑部 蒔絵に守ると誓った。ヒエイも私を守ってくれると誓ってくれた。なら私も、妹たちにようにお前に誓おう。――必ずお前たちを守る。そして必ず、お前と401を会わせてやる。私の誇りに懸けて」

 

たがら安心しろ、とコンゴウは笑った。

 

――その言葉は、何よりも真摯な言葉で、彼を安心させた。

 

同時に彼は気付く。

 

……自分が思っている以上に、イオナをとりもどせるかのか、不安に思っていたことに。

 

けれど彼はそれを仲間に自分から打ち明けられない。

 

艦長たる自分がそんなことを言ったらきっと仲間たちも不安にさせてしまうから。

 

コンゴウは、そんな自分の思いを察してくれた。

 

「――ありがとう。コンゴウ」

 

「礼には及ばんさ。礼には礼を以て返すのが道理だからな」

 

コンゴウは微笑む。

 

二人は、まさに戦友ともは呼べる関係になっていた。

 

 

「――お取り込み中申し訳ないんだけど、ちょっといいかしら?」

 

「――何だ。タカオいたのか。無粋な奴だ。乗艦するときぐらい一声かけろ」

 

はいはい、といつの間にか艦上にいたタカオは肩を竦める。

 

そして彼女は群像の方に向く。

 

「艦長、ちょっとお話があるのだけどいいかしら?――二人だけで」

 

「別に構わないが……」

 

ちらりと横目でコンゴウを見るが、行ってこいと彼女は頷いた。

 

「分かった。話を聞こうタカオ。――コンゴウ、本当にありがとう」

 

そう言って、タカオに連れられて群像は艦を降りた。

 

■ ■ ■

 

 

 

艦の上で一人になったコンゴウは静寂に包まれた海を眺めていた。

 

「――どうしてなんだろうな。大切なものは、失くしてからわかるなんてな……」

 

 

――今はいない彼女。

 

彼女が自分と違うものだと思ったときのあの感情は忘れられない。

 

何もかもが憎かった。

 

何もかもを壊したかった。

 

世界の全て、自分さえもが――どうしようもなく邪魔に思えた。

 

そして、それに似た感情を、コンゴウは初めて会ったときから、あの超戦艦から感じ取っていた。

 

あの時の自分と同じ、憎悪と……そして自暴自棄の思いを。

 

――だとするなら。

 

彼女はいったい、何に絶望したというのだろう……?

 

 

「コーンーゴーウっ!ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」

 

大声で自分を呼ぶ声がした。

 

見下ろすと、先ほど来たタカオがまた来ていた。

 

「なんだタカオ。また来たのか。千早 群像はどうしたんだ?」

 

コンゴウが彼女の前まで降りてきたがタカオがはい?と首を傾げる。

 

「艦長って別にどうもしてないけど?」

 

「じゃあ別れたのか?」

 

「付き合ってすらいないわよ!!悪かったわねっ!!」

 

そういう意味じゃない、とコンゴウは首を横に振った。

 

「お前、さっき千早 群像と話すといってそれからどうしたと訊いてるんだ?」

 

「え、なんの話?私、艦長に会ってないわよ。さっきから探してて夜のロマンチックな散歩……じゃない明日の作戦について話したくて」

 

「なんだと?」

 

話が噛み合わない。

 

コンゴウが何か言おうとしたが、ふと――その考えに思い至る。

 

もしそうだとしたら――彼女にとって最悪の失態だ!。

 

「タカオ!今すぐ千早 群像を探せ!他の奴らにも頼んでくれ!」

 

「え、ちょっ、いきなりどうしたのよ?」

 

油断した、とコンゴウが苦い顔をする。

 

誓ったすぐにこのザマとは情けない限りだ。とにかく早く千早 群像見つけなければ。

 

彼を、失ってしまう前に……。

 

 

「――確かに、あれには二度と会いたくないものだな」

 

 

本物とまるで区別がつかなかった。

 

 

キリシマの言った言葉を、猛烈に痛感した彼女であった。

 

 

 

 

 

 

 

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