17.
「艦長、こっちに来てもらえるかしら?」
そう言って、タカオは大きな岩影へ彼を誘う。
群像はそれに逆らうことなく従う。
そうしてタカオは振り返ると、群像ににっこりと微笑む。
「ようやく二人きりになれたわね艦長。これでお話出来るわ」
「……それは構わないんだが、そろそろその恰好を止めてくれないか?ホウライ」
「――あら、気付いてたの?察しがいいのね」
言うと、彼の前に立っていたタカオが一瞬にして姿を変える。
白いドレスを纏った少女は頬に手を当て、不思議そうに言った。
「コンゴウも騙せたし結構完璧にコピーしたのだけど……いったいどこで気付かれたのかしら?」
「明確な理由はない。ただの直感だ」
「直感、ね。メンタルモデルを持ってそれなりに過ごしたけれど、未だにソレは理解出来ない概念ね」
抽象的過ぎるのよ、と彼女は愚痴る。
――確かに、決められた規則に従ってのみ行動する霧にとっては異様に見えるだろう。
しかし、群像もこれを生まれながら持っていったわけではない。
数々の場面に出会い、乗りきった経験の積み重ねによる産物である。
「――経験を身に付けると人は自身のソレらと物事を比較するようになる。そして違いを見つけると、違和感を抱くようになる。――これでも一応、タカオとは長い付き合いだからな」
「慧眼、恐れ入るわ。――でも分かっているのだとしたら、何故私と二人きりになろうとしたのかしら?」
「無論、君と話をするためだ」
そう本気で言っている彼に対して、ホウライは呆れたようにため息をつく。
「――前にも言ったはずよ千早 群像。私と貴方たちではわかりあえない」
「ならホウライ。そのわかりあえない理由を教えてくれないか?そもそも何故、君は人類を滅ぼしたいんだ?」
前々から疑問に思っていたことだ。
彼女が人類を執拗に絶滅させたがっている。
まるで、かつての……。
「――何故ですって?簡単な話よ。それが私の存在意義だから。――ムサシとヤマトに産み出された、私のね」
「――なんだって?」
彼女の言葉に、群像は目を見開く。
ホウライは自らの胸に手を当て、そして語りだす。
「――かつて戦いで、ムサシのユニオンコアは消滅した。伊号401も、自らの機能を完全停止させた。だけどその前に、消えゆくムサシのコアのかけらを401が吸収したの。もう二度とムサシかのじょを一人にしないと約束したから」
けれどその際、401はムサシの全てを取り込んでしまった。
そして彼女は知る。
お父様を失った悲しみ。
人間に抱いた憎しみ。
そうして取り込まれたムサシの感情は、401の中に深く眠っていたものを呼び起こした。
――それは、超戦艦ヤマトが抱いた、人間に対する負の感情。
「――ヤマトだって憎しみを抱いていたわ。当然でしょう?
しかし、その憎しみを忘れることは出来なかった。
伊号401のデュアルコアとなっても、その奥底で燻り続けた。
それを、ムサシの心が呼び覚ました。
行き場のない二つの憎しみは共鳴しあい、渦巻き続けた。
そして二年という歳月を経て、やがてその混沌の中、一人の人格を作り出してしまった。
ムサシとヤマト、二人の憎しみが産み出した復讐の怪物。
「――それがこの私の正体。人類を否定するために生まれた、ただの化け物よ」
だからわかりあえるはずがないと、少女は言った。
二人の無念を晴らせるのは、私だけなのだからと。
……それが、彼女の存在理由。
復讐を果たすためだけに生まれた霧。
しかし、群像は首を振る。
「……それでも、ヤマトは守ろうとしたんだ。父さんの言葉を信じて、人類と霧が共存する未来を」
――彼女たちが人類を憎んだのは本当だろう。
けれど同時に、守ろうとしたのも事実だ。
だからその希望を伊号401――イオナに託した。
――そしてそれは、かつてはムサシも夢見ていたことでもある。
「ヤマトもムサシも、本当は望んでいたんだ。人類と霧が共に歩む未来を。だからホウライ。ヤマトとムサシのためを思ってのことだと言うなら、まずその彼女たちのためにも、もう争うのをやめてくれ」
群像はそう言って、目の前の少女に頭を下げた。
しばらくの間、沈黙が続く。
すると、彼女はフッ、と皮肉げに笑う。
まるで自嘲するかのような微笑み。
そしてぽつりと、彼女は呟く。
「……なら私は、何のために生まれたのかな?群像」
彼が何かを言おうとしたが、その前に彼の眼前に黒い塊が向けられた。
「……イオナが出てきてくれたおかげで、もう貴方との接触をむやみに避ける理由がなくなった。ならこれが、一番手っ取り早くて確実な手段よね」
銃口を向けたまま、彼女は淡々と言う。
確かに、一番単純かつ確実な方法だ。
群像の目の前には、確固たる死が迫る。
――しかし、群像は動じなかった。
決して目を逸らさず、彼女たちの面影を残す少女を見る。
「――君を救って欲しいと,イオナに頼まれた。俺もそうだ。俺は、人類も、霧も、君も必ず救う。――だから、俺を信じてくれないか?ホウライ」
――それは、まさに鋼の意思。
何があっても挫けず、諦めないと決めた強い眼差し。
「……そっくりね。貴方とイオナ。同じ目をしてる」
――けれど、だからこそ。
彼女は、その眼が憎かった。
だって貴方さえ、貴方たちさえいなければ……。
「――やっぱり、わかりあえるはずがないわ。群像」
そう言って、彼女は引き金を引く。
乾いた音が砂浜に響き渡った。
■ ■ ■
――死んだと思った。
銃口を向けられた瞬間、群像は覚悟した。
そもそも、本来なら群像は彼女と二人で話し合いなどをするべきではない。
どう考えても、理に叶った行動ではない。
……けれど、群像はそれでも彼女と話したかった。
イオナのコアを持った彼女。
イオナの分身である彼女となら、わかりあえるのではないかと期待していた。
……しかし、それは彼の甘い考えだった。
引き金を引かれる瞬間、彼は僧やコンゴウたちに早計だった自分の行動を謝罪する。
そして、約束したイオナにも――。
彼が目を閉じると同時に、銃声が響く。
……しかし、彼は生きていた。
撃たれたような痛みも感じない。
そっと、彼は目を開ける。
すると視界に映ったのは硝煙を上げる銃口と――それを握る右手を掴んで弾道をずらした左腕だった。
「――え?」
一瞬、群像は目の前の光景を理解できなかった。
ホウライは消耗している様子を見せ、銃を取り落とす。
そして彼女は額に汗を浮かべ、苦しそうに顔を歪ませながら言う。
「――群、像。逃げ、て。私が、消えちゃう、前に……」
「イオナ!?イオナなのか!?」
「来ちゃダメっ!!」
駆け寄ろうとした群像を、ホウライの姿をした彼女が制止する。
「もう、抑えられない。今の私じゃ、この子を止められない。だから群像、早く逃げて。私が消えちゃう前に……」
彼女はそう言ったが、群像は一瞬迷う。
そこへ――。
「下がれっ!千早 群像っ!」
「ギリギリ間に合ったっ!」
銃声を聞きつけたコンゴウとタカオが、彼の前に躍り出た。
そしてコンゴウたちは群像を守るように立ち、ホウライと相対する。
「艦長大丈夫っ!?銃声が聞こえたけど怪我とかしてない!?」
「……コンゴウ、タカオ。早く、群像を連れていって」
「――まさか、401なのかっ!?」
コンゴウが驚きに目を見開いた。
タカオも同様だった。
――しかし、もう彼女は限界だった。
そして、彼女はしぼりだすように言った。
「――もう、いられない。だから、お願いみんな。――ホウライを、救って、あげて……お願い」
「――安心しろ。必ず私たちが止める」
必ずだ、とコンゴウは、彼女に言ってやる。
タカオも頷く。
群像は、イオナの名を叫び、彼女に誓った。
「イオナ!必ず助ける。霧も人類も彼女も、そして君もだ!絶対にだ!!」
「――うん。ありがとう、群像」
最後に、彼の言葉を聞いた彼女はそう微笑んだ。
そして直後、その笑みが消え、彼女――ホウライは群像の言葉に舌打ちする。
「――この期に及んでなお、まだそんなことを言うの?貴方もイオナも、とんだお人好しね……」
吐き気がする、と彼女は毒づく。
「――401をどうした?ホウライ」
コンゴウの問い掛けに、彼女は「さぁどうでしょう?」と肩を竦める。
「――千早 群像を殺そうとすれば、流石にイオナも出てこざる得ない。結果、私は彼女をようやく捕捉出来た。――まぁ、貴方たちが考える通りのことをやるつもりよ。邪魔者は消す、てことで」
「やらせるものかっ!」
跳躍して距離を積めたコンゴウが作り出した剣をホウライに降り下ろす。
しかし彼女は悠然と微笑んだまま動かない。
コンゴウの剣は済んでのところで止まった。
「あらあらどうしたの?斬ってくれて構わないのに。……斬れないわよねぇ。何せ、ここにいる私は本体、オリジナルなんだから」
く、とコンゴウは歯噛みをする。
――反応を見れば、いまコンゴウたちの目の前にいるホウライは本物だとすぐに分かる。
ゆえに、ここでこの剣を振り下ろせばそのコア、イオナのコアまで破壊してしまう。
誰一人、手出しは出来なかった。
「――どうやら、皆さんもう御用はないようね。なら帰らせて頂くわ」
そう言うと、彼女は指をパチンと鳴らす。
瞬間、盛大な水しぶきを立てて、海の中から白い一隻の戦艦が現れる。
その姿は、かつての総旗艦、ヤマトのものと酷似していた。
「……こんな近くに居るというのに私のレーダーに反応がない。まだウィルスが残っていたのか」
「知らなかったかしら?本当の切り札は、最後の最後までとっておくものだそうよ。ね?群像」
そう言ってくすりと笑うと、ホウライは自らの艦に跳び乗る。
そして振り返った彼女は、艦首の上から群像らを見下ろしながら言った。
「それではみなさんご機嫌よう。……けれど、もし私をまだ止めたいと思うのなら――沖ノ鳥島に来なさい。そこで待っていてあげるわ。――その頃には、もうイオナは消えてるでしょうから、全力でお相手致しましょう」
そう言い残して、彼女は去っていく。
その姿を、彼らはただ見ていることしか出来なかった。
終