行きつく先へ    作:たまてん

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イオナを手に入れた彼女は勝利を確信した。


行きつく先へ 第十八話 紅い雨

 

18.

 

 

――そこは、一面真っ白な空間。

 

 

その場所には何もなく、ただ白い地平線が広がっている。

 

それらを眺めながら歩くホウライは、率直に殺風景な場所だと思った。

 

――概念伝達をするために中継されるこの場所は、当時者の在り様によって決まるものがある。

 

現在の当事者は概念伝達そのものを管理し、他のメンタルモデルに使用できないようにしているホウライ自身である。

 

そう考えるとある意味自分らしいと、納得出来るのだが。

 

しばらく歩いていた彼女だが、ようやく見つけられることができた。

 

まったく、無駄に広いのも考え物だった。

 

ホウライは、地面にうずくまり苦しそうに肩で息をしている彼女に近づき、気さくに声をかける。

 

「――ご機嫌ようイオナ。と言っても、元気そうには見えないわね。まぁ、私の意識下に無理矢理出てきてしまったんですもの。負荷がかかって当然よね。お気の毒に」

 

そう声を掛けてきた彼女を、イオナは見上げた。

 

「ホウライ……お願い。もうこんなことやめて」

 

「それは出来ない相談よ。そもそも貴方の意見なんて聞けるはずないわ。貴方はヤマトたちの希望。私はヤマトたちの絶望。――ほら。私たちは正反対。相容れない存在なの。残念よね」

 

にこりと、少しも残念そうな素振りを見せずに彼女は微笑んだ。

 

――イオナはヤマトが託した最後の希望の担い手。

 

対して、ホウライは彼女たちの絶望を体現する存在。

 

二人の立ち位置は、真逆だった。

 

歩み寄るには、遠すぎるほどに。

 

しかしそれでも、と彼女は自身と等価の存在に訴えかける。

 

「ホウライ。もう、彼女たちは望んでない。人類の殲滅なんて、望んでないの……」

 

「――だから、何?ヤマトとムサシが望んでない?そんなこと……とっくにわかっているわよ」

 

そう言って、彼女はイオナの首を鷲掴んで持ち上げる。

 

イオナはもがいたが掴んできた手は、とても力強かった。

 

「――わかっているわよ。ヤマトもムサシも、もう人類への復讐なんて考えてない。したいとも思ってない。――でもだとしたら、私は何?私はどうしてここにいるの?憎悪することしか出来ない私を、何故必要もないのに生み出したっ!?」

 

首を締める力が一層込もる。

 

イオナの口からか細い声が漏れるが、ホウライは構わず続ける。

 

「――私は何のために、この望まれない世界に生まれたの?この世界で私はどこへ向かえばいいの?――イオナ。貴方には分からない。生まれた時から存在を否定された私の絶望なんて、理解できるはずがないっ!!」

 

――彼女が妬ましかった。

 

ヤマトにも、ムサシにも必要とされて。

 

彼女の帰りを待つ仲間がいて。

 

あんなにも、彼女を大切に思ってくれる彼がいる。

 

……私には、何もないのに。

 

そして何より――。

 

「――貴方たちさえいなければ。私は、生まれずに済んだのに……」

 

イオナがムサシを倒さなければ。

 

それ以前に、群像がイオナを呼び起こさなければ。

 

――そうすれば、こんな思いも抱かずにいられたのだから。

 

「ホウ、ライ……」

 

イオナはまだ何かを言おうとした。

 

けれどもう聞く気はない。

 

帰る場所のある彼女に、ずっと孤独なままの自身の気持ちなどわかるはずがないのだから。

 

「――プログラム起動。『仏の御石鉢(ほとけのみいしばち)』」

 

そう彼女がつぶやくと、持ち上げられたイオナの足元に大きな穴が開く。

 

穴の中は、真っ暗で底が見えない。

 

落ちたら最後、永遠落下し続けてしまいそうに思える奈落だった。

 

「――貴方のために作った拘束プログラムよ。これに入ったら、もう二度と這い上がることは叶わない牢獄の器。……群像たちにはブラフをはったけど、貴方を消したら今の私も支障をきたしてしまう。だから大人しくしててね。……そしていつか、必ず消してあげるから」

 

さようなら、と言ってホウライは手を放す。

 

どこまでも続く闇の中へ、イオナは飲み込まれていった。

 

それを最後まで見届けると、ホウライは穴の蓋を閉じた。

 

「……今頃どうしてるかな、群像。私のこと、ちゃんと憎んでくれてるかしら?」

 

彼の目の前で、イオナを奪ってやった。

 

それも彼をきっかけにしてだ。

 

彼の絶望と憎悪を想像して、彼女はつい笑みがこぼれる。

 

――そうだ、彼も自分と同じになればいい。

 

自分がわからなくなるくらい、私を憎み続ければいい。

 

そして最後に――貴方の世界すらも奪ってあげる。

 

貴方も知ればいい、群像。

 

私が教えてあげるから。

 

 

本当の、絶望を……。

 

 

 

「――その前に、あの人にもお礼をしないとね」

 

 

色々とお世話になった人だ。

 

せめて、彼にもアレは見せてあげよう。

 

そう思うと、彼女は自身の分身を送った。

 

■ ■ ■

 

 

「――とゆうわけで。私、これから人類を滅ぼすのに忙しくなるから。おじさまと会うのも、これで最後になるわ」

 

悲しいわと、彼女はかぶり振る。

 

対して、目の前に座っているその彼こと上陰は「解せないな」と呟く。

 

「何が?」

 

「――君は、色々と足りない部分があったが慎重に慎重な考えの持ち主だった。その点に関しては評価していた」

 

「光栄だわ。上陰のおじさまに評価していただけるなんて」

 

彼女は恭しく、頭を下げる。

 

しかし、上陰は怪訝そうな顔を崩さずにそのまま言った。

 

「なのに今の君は、まるでもう勝負に勝っているかのようだ。――千早 群像を倒せてもいないのに、いささか慢心が過ぎるように見えるが?」

 

「仕方ないわよ。――だって、もう私の勝ちが確定してしまったんですもの」

 

そう言って彼女は上陰の傍らに立ち、耳元で囁く。

 

「――ねぇ。私のコピーがどうしてあのコンゴウやタカオたちまで騙せたか、貴方にわかるかしら?」

 

「さぁな。彼女たちの目が節穴だったじゃないのかな?」

 

上陰の言葉に、おじさま容赦ないわね、とホウライは笑った。

 

「けどそれはないわ。彼女たちは曲がりなりにもメンタルモデル。ミクロ単位で見抜いてくるわ。――けれど裏を返せば、ミクロレベルで誤魔化すことが出来れば、可能であるということ」

 

「――それが、君には出来るとでも?」

 

「超戦艦の超重力砲を犠牲にしてまで手に入れた演算処理能力よ。それぐらい出来きてくれなきゃ困るわ。――この演算処理システム、『蓬莱の玉の枝(ほうらいのたまのえだ)』から生み出したレプリカたちを私は『燕の子安貝(つばめのこやすがい)』と呼んでいるのだけど、スキャンさえ出来ればなんでも作れるのよ。――スキャンさえ出来れば、ね」

 

「――何が言いたい?」

 

ホウライの真意が掴めず、上陰は警戒する。

 

――ただ、彼の中の何かが騒ぎ出している。

 

これから取り返しの付かない事態が起こることを。

 

困惑した彼の様子を見て、彼女は笑う。

 

「――それではご覧いただきましょう。これが、私の切り札よ」

 

彼女がそう言った瞬間、背後から紅い光が発せられた。

 

ガバっ、と上陰が振り返ると窓の向こうの海上で、紅い半円の形をした光の塊が見える。

 

――それが何か、上陰にわからぬはずがない。

 

あの爆発は……。

 

「……振動、弾頭」

 

「ご明察。――手に入れたわよ。この、レプリカのパスワードを使って」

 

そう言って、彼女は黒いメモリースティックを翳す。

 

それは、上陰が千早 群像に託したものと同じものだった。

 

「――この部屋に出入りしてたのも、そのためか」

 

「ええ。私、別に触れなくてもスキャニングできるから。けれどあと二割といったところで千早 群像に預けられたのは痛かったわぁ。まぁ、彼に会ったから問題なかったけど」

 

そうして、彼女はレプリカのメモリースティックを作り出した。

 

そして、人類の希望を、自らの野望への傀儡に変貌させた。

 

「――どうかしら?貴方たちの希望を奪われた気分は?もう何の望みもないわよね?」

 

上陰は答えない。

 

無言のまま、彼女を睨む。

 

――それだけで、彼女には十分だった。

 

「ようやく貴方に一泡吹かせられたわね。――それでは上陰のおじさま。ご機嫌よう。どうか人類が滅びゆく様を、ゆっくりと指をくわえて見ていらしてくださいな」

 

 

一礼をして彼女は消える。

 

 

初めから、そこにはなにもいなかったかのように、あっさりと。

 

 

「……くそっ!!」

 

 

一人になった上陰はバンっ!と机を殴った。

 

 

――己の無力さを、まじまじと痛感しながら。

 

 

彼は悔しさに身を震わせていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

――そう。

 

 

望まれようと望まれないと関係ない。

 

 

私はここにいる。

 

 

なら私は、自身の存在意義を果たすまで。

 

 

あとに何も得られず、残らずとも。

 

 

ただ壊し続けることでしか、私に価値はないのだから。

 

 

――世界は、ゆっくりと、しかし着実に、終わりへと向かっていた。

 

 

一人の少女が抱く、その無意味な復讐によって。

 

 

 

 

 

 

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