19.
――ホウライが人類に宣戦布告してから六日目。
群像たちは予定通り硫黄島を出航していた。
「――静。海上に敵影は?」
「今のところありません。しかし助かります。ナチさんからの提供される情報もあって、索敵範囲と正確さが増しています」
「今までずっーと俺たちだけでやってたからなぁ。感慨深いものがあるぜ。ホント」
杏平が大きく伸びをしながらしみじみと言うのを聞いて、群像は「確かにな」と微笑む。
はじめの頃はずっとこのメンバーだけで戦っていた。
それがいつの間にか、ヒュウガ、タカオが仲間になって蒼き艦隊を作り、キリシマとハルナと協力関係を築いていた。
そして現在は、霧の生徒会とあのコンゴウと同盟を結んでいた。
かつてない戦力であるのは確かだ。
同時に、群像の思い描いていた霧と人との共存でもある。
……と言っても、こんなことをするために望んでいたわけではないのだが。
「――しかしだな千早 群像。何故、あの女は沖ノ鳥島に来いなどと言ってきた?」
訊いてきたのはイオナの代わりに401の制御を担うキリシマだった。
その疑問は、ここにいるメンバー全員が持っているものだった。
――硫黄島から出航する際、群像は皆に行き先が沖ノ鳥島になったことを告げた。
無論その経緯も説明した。
昨日ホウライが接触してきたこと。
そして、イオナのことも……。
「さぁな。俺にも詳しいことは分からない――だが彼女は、今まで俺たちとの接触を極力避けていた。それが一転して、こちらから来いとまで言ってきた。真逆の事を言い始めてるのは確かだ」
「……それは401を捕らえたことと、関係あるのだろうか?」
ハルナの言葉に、群像は「それもあるだろう」と言った。
「ただ、それだけではない気がする。俺が会った時、ホウライはまるでもう勝ったも同然という態度だった。慎重な彼女だ。イオナを捕らえたぐらいではそうならない。もっと勝利を決定付ける何かを、彼女は手に入れたんだと思う」
「何か、ねぇ。それってやっぱり、アレのことだったりするのかね」
そう言いながら、杏平はクーラーボックスからコーラを取り出す。彼の言うアレとは、ホウライが前々から欲している『振動弾頭』のことである。
一応そのパスワードは群像が握っている。
しかしホウライが擬態して接触してきたのと、あの余裕な態度を考えると……。
「――その線も否定できない。警戒は必要だろう」
「了解しました。その事を念頭に置いた上で、これからは行動しましょう」
僧が言うと、一同が頷いた。
この現状で楽観視は出来ない。
何が起こるか常に最悪の事態を想定して動く気構えが必要であることを、ここにいる全員が心得ていた。
「――とにかく、今は前に進むしかない。刻限まで残り少ない。その前にホウライに接触して、彼女を止める」
了解、と頷いて僧たちは作業に戻る。
ただ一瞬、キリシマたちが群像をちらりと横目で見る。
しかし、二人はすぐに意識を艦の制御に戻した。
――千早群像が、イオナが捕らえられた意味を理解していないはずがない。
それでもなお、ホウライを説得しようと彼は進み続ける。
……ならここで自分たちが口を出すのは野暮だ。
他のクルーもそれを分かっている。
どう考えても結論は変わらはしない。
今はただ、進むしかないのだから。
■ ■ ■
401に続いて、コンゴウたち黒の艦隊とタカオも海上を進んでいた。
先行していたコンゴウだが、その顔色は優れない。
……当然であろう。
偽物に騙されるなど、彼女にとっては大失態だ。
しかも彼らを守ると、誓ったばかりだというのに。
さらにはホウライにイオナを捕捉された。
最悪の場合、彼女は、もう……。
「……なんて無様なんだ、私は」
ぎりっ、と唇を噛みしめ、拳を握りしめる。
……その発端となったのは自分だ。
自信に満ちていた過去の自分を叱咤してやりたかった。
守れなかった悔しさと惨めさに、彼女は肩を震わせる。
「――コンゴウ様」
そんな彼女に、背後から声がかかる。
振り返るといつの間にか彼女の船上にヒエイがいた。
そしてこれもまたいつの間にか椅子とテーブル、その上にティーセットが広げられていた。
ヒエイは椅子を引き、こちらへどうぞと促した。
「……悪いなヒエイ。今は飲みたくないんだ。済まない」
しかし今はそんな気分にはなれない。
コンゴウは彼女に申し訳ないと頭を下げた。
せっかく用意をしてもらったのにとは思うが、どうしても紅茶を楽しめそうにない。
「――いいえコンゴウ様。どうぞこちらにお座りになってください」
しかしヒエイはコンゴウへ近付くとその手を握り、テーブルへと引っ張っていき座らせた。
「おいヒエイ。私は要らないと……」
コンゴウはそう言ったがヒエイは彼女に構わずティーカップに紅茶を注ぎ出す。
そしてそれをコンゴウの前へと差し出した。
コンゴウも流石に諦めたようで、ため息をつきながらその紅茶を口にする。
すると、爽やかな香りが彼女の鼻腔をくすぐった。
今までに感じたことのない感覚に、コンゴウは目を見開いた。
そしてコンゴウが傍らに立つヒエイを見ると、その意を察した彼女は言った。
「……カモミールです。ハーブティーの一種で気分を落ち着かせる効能がございます」
「……気分?」
「はい。気分です」
ヒエイは頷いた。
コンゴウは飲んでいたティーカップを置き、口元に手を当ててしばらく俯いていた。
そして段々と彼女の肩が震え始める。
一瞬、泣いているのかと思ったがそうではない。
――コンゴウは、笑っていたのだ。
「――そうか。私は落ち込んでいたのか。……ずいぶんと、しおらしくなったものだ」
……この紅茶を飲んで、胸のざわめきが収まった自分がいる。
それがおかしかった。
まるで、人間の少女のように繊細だった自らを改めて認識すると笑わずに要られなかった。
だってそんなことは――彼女らしくない。
毅然と、強くあるべき黒の艦隊旗艦が、こんな風ではいけない。
「……これでは、お前に愛想をつかされてしまうな、ヒエイ」
「まさか。私はいつまでもコンゴウ様を想っています。それは貴方が強いからでも、黒の艦隊旗艦だからでもありません」
「……では何故だ?」
コンゴウはそう問うた。
自分に、それ以外の価値があると言うのが、彼女自身わからなかった。
ヒエイは真っ直ぐな瞳でコンゴウを見つめて言う。
「――貴方が、コンゴウ様だからです。それ以外のものはおまけに過ぎません」
――はっきりと彼女は断言する。
自分だから、信じ、ついて来ててくれると。
立場もなにも関係なく、自分だからだと。
それは、以前彼女が頑なに拒絶しいていたもので、ずっと欲しがっていたものだった。
……胸の奥に、暖かいものを感じる。
そんなものは錯覚だと分かっているのに、はっきりと確かに。
「……それにコンゴウ様。千早群像はまだ401を諦めていませんよ。なのにコンゴウ様はここで立ち止まってしまわれるのですか。いつまでもついて行きますとは申しましたがこのヒエイ。――出来うるなら、凛々しい貴方に従いとうございます」
「――言ってくれるな。我が妹よ」
わざとらしく深々と頭を下げるヒエイに、コンゴウは苦笑する。
すると彼女は一瞬真剣な顔に戻してヒエイの意見を聞いてみた。
「――401は、まだ残っていると思うか?」
「分かりません。ただ、抹消されたとは考えにくいと思われます。ホウライは401と対等と言えど所詮は彼女から生まれたもの。メインプログラムである401が失われればサブプログラムであるホウライも存在を維持出来なくなると考えられます。ゆえに、あれはブラフかと」
「……確かに、そうだな」
なら、まだ401を助けられる。
――いや、例え望みがなくても立ち止まるわけにはいかない。
あの千早群像ですら進んでいるのだから。
そして何より、自分を信じてくれる人のためにも、もう無様な姿は見せたくない。
「……すまないなヒエイ。手間を掛けさせた。――大丈夫だ。もう、弱音は吐かない」
「はい。それでこそ、コンゴウ様です」
「――ところでヒエイ。一つお願いしたいのだが……」
「何でしょうか?」
コンゴウは少し恥ずかしそうにしながら、空になったティーカップを差し出した。
「……おかわり、淹れて貰えないだろうか?」
「――喜んで」
ヒエイは微笑み、そのティーカップを受け取った。
終