悩める群像の前に、彼女が現れた
2.
超戦艦ホウライが人類に宣戦布告したその日、日本政府は上や下やの大騒ぎだった。
アメリカに連絡をとろうとしても再び張られた霧のジャミングにより国内においても通信が困難。
更に資材を輸送していた船が霧の艦隊に攻撃を受け撃沈したという報告もあった。
いつの間にか世界は、二年前と全く同じ状況に陥っていた。
はぁ、と群像はため息を付く。
こんな状況であるというのに、彼の身辺は比較的平和であった。
……当然であろう。
今の自分には、何もないのだから。
かつて共に戦ったイオナも、401クルーもいない。
軍の上層部は余程の非常事態にならない限り群像を関わらせたりしないだろう。
二年前の群像は、軍の命令でなく独断で霧の艦を運用していた。
人類の味方にも敵にもなり得る存在。
そんな人間に、お呼びがかかるわけはない。
逆に何もさせないようにと、群像に対する監視の目が強まっている。
だから今の彼には、こうして喫茶店のテラスでコーヒーを飲むことしか出来ない。
……痛感した。
イオナを、皆を失った自分の限界。
何も出来ない、この無力感を。
ふと、彼は傍らに広がる景色を見る。
広大な夜の海、海岸に沿って並ぶ明るい街並み。
夜の横須賀は、この二年で活気のある街に変わった。
今では、この喫茶店のような娯楽を、一般人が楽しむ余裕もある。
イオナが、存在と引き換えにもたらしてくれたものだ。
……それが、あと七日で終わる。
この町も、この平和も、もうすぐ終わる。
なのに、自分は何も出来ない。
行き場のない悔しさが、彼の中から込み上げる。
ティーカップの水面に映る無力な自分と、ただ見つめあう……そんな時だった。
「ーー失礼。相席させてもらうぞ」
群像に答えを聞くでもなく、彼が座るテーブルの向かいの席に誰かが腰を下ろす気配がした。
周りを見れば空いている席はたくさんあるだろうに。
そう思いながら、群像は視線をあげる。
……その人物の顔を見て、ぎょっとした。
「ウェイター。これを頼む。ミルクはいらない」
メニューを店員に見せ、彼女は紅茶を一つオーダーする。
かしこまりました、と店員が頭を下げて店の奥に去っていく。
それ見届けてやっと、彼女は群像の方へ向き直った。
「久しぶりだな。千早 群像」
「――どう、して?」
君がここに、と群像は喘ぐように言った。
ーーそこにいたのは、かつての仇敵であり戦友であった彼女。
大戦艦コンゴウのメンタルモデルであった。
信じられないものを見たように、目を大きく見開いた彼。
そんな反応を見て、彼女はふっと小馬鹿にしたように笑う。
「愚問だな、言われずともわかるだろうに。それとも、そんなことも分からないほど腑抜けてしまったか?」
「……今日の、あれだな?」
そうだ、とコンゴウは頷く。
ーーそれ以外の用件など考えられるわけがない。
早速、群像はコンゴウに問うた。
「コンゴウ。彼女は、その……何なんだ?本当に霧の総旗艦なのか?」
「――分からん。だが少なくとも私は、あの小娘を総旗艦とは認めてないがな」
彼女のその返答を聞いて、群像は少し安堵する。
つまり、人類への宣戦布告は霧の総意ではないということだ。
少なくとも、最悪の展開だけは回避できた。
だが……。
「君が来たということは、事態は深刻なんだな?」
「ああ。それもかなりな。――まず状況を説明しようか」
「頼む」
そう群像が言うと、コンゴウは「分かった」と頷く。
――この二年間、人類にも変化があったが霧にも大きな変化があった。
自分の意思で決め、選択するという変化だ。
ただただアドミナリティコードに従っていた彼女たちにはそれは大きな、そして理解しがたい変化であった。
当然混乱する艦も現れた。
コンゴウは霧の生徒会のメンバーとともにそういった戸惑い続ける艦たちを集めて、『黒の艦隊』として彼女たちを導いていた。
自分たちのこれからの道を模索するために。
――そんな中、彼女たちの前にあの超戦艦が現れた。
「アイツは自らを新たな霧の総旗艦と名乗った。そして自分の麾下に下れと言ってきた。……彼女がもし本当にヤマトの、伊号401の後継でありその遺志を継ぐ者であったなら少しは考えたがな。だが奴は根本からして違う。人類の完全排除という、401やお前たちが目指したものとは対極に位置するものを求めている。当然、私は断った。そうしたら、奴は何をしてきたと思う?」
群像は無言で話の先を促す。
コンゴウは、ふっ、と自嘲の笑みを浮かべて言った。
「――攻撃してきたよ。私の艦隊に所属していたメンタルモデルを持たない艦を強制的支配下においてな」
「……出来るのか?そんなことが」
「総旗艦であるヤマトとムサシには出来た。だが五十に及ぶ艦を一瞬で支配し、ああまで……まるで人形を操るように動かすことは出来なかったはずだ。――油断したよ。おかげで霧の生徒会を除く『黒の艦隊』は奴に取り込まれ、情けなくも敗走。それが二日前の話だ」
「それであの宣戦布告か。……もし仮にヤマトやムサシにしか出来ない芸当をやってのけたのだとしたら、彼女は本当に二人の後継なのだろうか?」
「スペックが同等というだけで総旗艦だとは言えない。そして、今の我々霧には彼女がそうだと認めるかどうかを決める意思がある。……が、あの小娘はそれすらも剥奪した。完全な独裁だな」
「……なら、これから君たちはどうする?」
「あの女を止める。何があってもな」
確固たる決意で、コンゴウはそう言った。
届けられた紅茶を飲みながら、彼女は続ける。
「あのホウライを突き動かしている原動力はアドミナリティコードなどではない。対峙してわかった。あれが持つのは果てしない憎悪だ。何に対しての憎悪かは定かではないが……あんな理不尽で独裁的なモノを総旗艦だとは認められない。私たち『黒の艦隊』は霧の艦として、アレを止める。人類のためではなく、霧のためにな。そのためにも協力してもらうぞ、千早群像」
「――何故、俺に会いに来た?今の俺には何もない」
「……そうだな。今のお前には何もない。世界に風穴を開ける力、航路を切り開く力、何もかもがない……しかしそれでも。どれだけの時が経とうと――401にとってお前はかけがえのない存在だ」
「……まさか」
その言葉に驚きを示した群像に、コンゴウはそうだ、と頷く。
「――我々『黒の艦隊』はこれより401が消滅したあの場所へと向かう。そして、彼女を再起動させる」
「イオナを、再起動……?」
「ああ。コアの完全な消滅は確認してないからな。そして彼女を起動させ、ホウライが霧の総旗艦でないことを証明する。その上で奴を叩く。お前には、彼女の再起動させるために付き合ってもらうぞ」
「俺に何ができるんだ……?」
「さぁな。分からん」
言って彼女は肩を竦める。
身も蓋もない。
「ただ……」と、彼女は空になったカップを置いて群像を見る。
「401が初めて起動したとき、きっかけとなったのはお前だ。だから新たにはじまる時も、お前からなのだろうと思った。それだけだ」
「君にしては、ひどく曖昧な結論だな」
「仕方ない。それ以外方法が思い付かなかった。……こんな台詞を口にする日が来るとは思いもしなかったが。いわゆる『勘』というやつだ。だが、私はこれに賭けてみる価値はあると思ったんだ」
「……そうか」
彼女の言葉に群像はつい微笑んでしまう。
――霧の艦隊も二年前とは明らかに変化している。
感情を理解し、『勘』と呼ばれる概念を信じるぐらい人間的になった。
イオナが望んだ通り、彼女たちは自己を持つようになった。
それが人類にとって吉と出たか凶と出たか、まだ分からない。
でも……無性に、彼は嬉しかった。
「さて、改めて問おう。千早 群像、お前はどうする?お前が協力しないのなら、我々だけでもやるつもりだが」
「……いまの君たちを見てると、俺自身の変化のなさを思い知らされるよ」
「そうか?私から見たらこのニ年でだいぶ老けたが」
「外見的な特徴じゃないよ。ただ……変わらなくてもいいぐらいに世界は平和になったんだと改めて自覚した。そして、それはイオナが与えてくれたものだということも。だから、今の俺にできることがあるなら――守りたい。彼女がくれたこの世界ために出来ることがあるなら、俺は何でもしたい」
「……決まりだな」
決意をする群像を見てコンゴウは不敵に微笑む。
――やはり、この男は変わっていない。
あの絶望的な戦いの中でもついぞ折れることのなかった鋼の意思は、まだ健在のようだ。
「では、行くとするか。それとすまないが、他のクルーを探している暇はない。お前一人で来てもらうぞ」
「わかっている。元々そのために分散させられたんだと思う」
――上層部がただ群像たちを野放しにするはずがない。
彼らが万が一団結して何かを起こそうとするのを防ぐため、バラバラの場所に点在させ、監視を付けた。
それに、群像は少しホッとしていた。
出来うる限り友人たちに危険な目にあって欲しくないというのも、事実であったから。
「コンゴウ。俺を連れていってくれ。イオナのもとに」
「ああ。しかしその前に、我々を監視している奴らを片付けた方がいいのだろうか?」
「いや大丈夫だ。彼らに今俺たちを止める力も、理由もないさ」
「そうだな……では行くぞ。千早 群像」
「ああ」
互いに頷きあって、二人は立ち上がる。
――今再び、群像は舵をとる。
しかし、かつてのようにこの世界を変えるためではない
イオナがくれた世界を、守るために。
■ ■ ■
『――とゆうわけで、千早 群像と大戦艦コンゴウのメンタルモデルは横須賀を出ましたとさ。報告は以上』
「……なるほど。それでは君はみすみす彼を逃したということだな。立派な職務放棄だ」
これは手厳しい、と電話の向こうで山村はおどけた態度をとる。
『しかしだな上陰次官殿。霧のメンタルモデル相手に俺たちが叶うわけないだろう?それに、アンタだって止めろとは言わなかったはずだ。違うか?』
問われた上陰龍二郎はまぁな、と頷く。
……千早群像を監視するために上陰は山村 扇を群像の助手として傍におかせた。
『万が一』の事態に備えるためだ。
「しかし、今の千早 群像を止める必要性は感じない。彼の性格上、現状で人類に仇なす行動を取ることはない。むしろ彼に動いてもらう方が、元老どもに話し合ってもらうより余程生産的だ。精々、人類の未来のためによく働いてもらうとしよう」
『わかってるねぇ。で、これから俺はどうすればいい?』
「まずはこちらに戻れ。話はそれからだ」
了解、と言って山村は通信を切った。
会話を終えた上陰はふぅ、と深いため息を付いて椅子の背もたれに身体を沈める。
……今の日本政府に霧の艦隊に立ち向かう術はない。
唯一『アレ』を持っているアメリカも解除コードを我々が保持している限り使用はできない。
させようとしても、この通信状況では困難だ。
――またもや彼に頼ることになるこの状況に、腹立たしく思う気持ちはある。
だが今は成すべきことを成す。
その最善手は打った。
「――頑張りたまえ。千早 群像」
「――私は、彼に頑張られると困ってしまうのだけれど」
ぎょっとして上陰は立ち上がる。
いつの間にか部屋には一人の女性が入り込んでいた。
入ってきた気配など感じなかった。
まるで、幽霊のように唐突に、女はその場所に立っていた。
彼女は上陰に対し、ドレスの裾を持って恭しく頭を下げる。
「はじめまして。上陰のおじさま。私は霧の総旗艦を勤めさせて頂いております。名をホウライと申します。どうぞお見知りおきを」
「――霧の総旗艦のメンタルモデルが何故ここに?」
言いながら、机の引き出しにそっと指を這わせる上陰。
するとホウライはくすりと、可笑しそうに笑った。
「そんなおもちゃが私に通用すると思う?撃ってもいいけど弾丸の無駄よ。それに私は貴方を殺しに来たわけじゃないわ」
「――では何のご用かな?私に何をさせたい?」
「あら。話が早くて助かるわ」
彼女はそう言って嬉しそうに両手の指先を合わせる。
――その所作の一つ一つは、愛らしい乙女のする仕草そのものだった。
「私ね、千早 群像にどうしても会いたくないの。できうる限り接触を持ちたくない。だから、舞台もちゃんと整えてあげるから――彼を殺してくださらない?上陰 龍二郎」
そう言って、美しい花のように少女は微笑んだ。
終