21.
――だって、お姉ちゃんですもの。
そう言って、お姉ちゃんは私に微笑む。
だけど、私はムサシじゃない。
――君たちと歩んでいく道があると、私は信じている
そう言って、お父様は私に微笑む。
だけど、私はヤマトじゃない。
――おかえり。
そう言って、彼は微笑む。
――だけど、私は……。
――入り交じる記憶の中、たくさんの声が私を呼ぶ。
だけど誰一人、彼女の名前を呼んではいない。
この世界に、誰も彼女を必要とする人はいなかった。
――ならばどうして、私はここに生まれたのだろう?
何のためにここにいる?。
私にあるのは世界に抱く彼女たちの深い憎しみと――眩しいくらいに輝く、彼女たちの思い出。
――どうして、私にこの憎悪を残した?
どうして、幸せな思い出を私に持たせた?。
せめてどちらか一方であったなら。
――私はこんなにも苦しまずに済んだのに。
問いかけても、答えはない。
この二年間、彼女はずっと暗い海の底で咽び泣いていた。
たった一人で、ただずっと……。
■ ■ ■
「――来た」
そう言って、ホウライは前方を見据える。
水平線の向こうに、三隻の艦影が見えた。
しかし、本来ならいるはずのヒエイたち霧の生徒会の姿が見えなかった。
「――二手に別れたようね。ただでさえ戦力差があるというのに。勇気ある決断をしたわね、群像」
だが、それがベストな方法だというのも頷ける。
ヒエイたちは五十の艦隊を沈めなければ行けないわけではない。
ただ群像たちが事を為すまで足止め出来ればそれでいいのだ。
「……けれどそれは、元凶である私を止められたらの話だけどね」
くすり、と彼女は笑う。
……止められるはずがない。
この二年間、溜まり続けたこの感情の渦。
ずっと待っていた。
この世界のすべてに、私と同じオモイを味わわせてやることを。
――何より、私を生み出した元凶の一つたる彼に対して。
「……でもまずは、お話がしたいわね」
せっかくイオナを奪ってやったのだ。
彼女は千早群像の苦悶に歪んだ表情が見たかった。
そして、イオナを消してやったと言ったら彼がどんな反応をしてくれるか心の底から楽しみにしていた。
彼の大切なものを、壊してやったと。
――そうだ。
ヤマトやムサシが望んだことだ。
彼女たちが憎んだものすべて。
――ついでに、彼女たちが愛したものも、またすべて。
何一つ残しはしない。
「――だって、私はそのためにここにいるのだから」
そう言って彼女は笑みを浮かべる。
――せめてそうすれば。
この胸に突き刺す痛みも消えるのだと、信じていたから。
■ ■ ■
「――群像。これはどういうことだと思いますか?」
「……さぁな。俺にも分からない」
そう言って群像は、唸った。
――ヒエイたちと別れた後、目的の沖ノ鳥島には到着できた。
途中、霧の艦と遭遇することがなかったがそれはヒュウガの電磁ミサイルと戦力を集中させるためだとばかり思っていた。
――しかし、群像たちが沖ノ鳥島に到着した時、そこにいたのはホウライの艦一隻のみだった。
レーダーに他の反応はない。
隠れている様子も見られない。
流石にこれには群像たちも驚いていた。
「……静。ホウライはどうしてる?」
「ホウライのメンタルモデルは沖ノ鳥島に上陸しているようです。けれどタカオたちからの通信によると、ただ何もせずに立っているだけだと」
「……どうゆうつもりだ?」
ハルナも怪訝そうな顔をする。
すると横にいたキリシマがぽつりと呟く。
「……まさか待っているのか。あいつ」
「――その可能性はありますね」
キリシマの言葉の意味を理解して、僧は頷く。
群像もまたこくりと頷いた。
――何かを待っているような彼女の素振りからして、どうやらホウライはこちらと話がしたいのだと察せられた。
話したいのは恐らく、群像とのことなのだろう。
――狙いは、だいたい分かる。
何かを仕掛けてくることは確実だ。
しかし、それでも群像は彼女と話したかった。
イオナとの約束もある。
だがそれ以外にも……。
「――タカオ。君に上陸の手伝いと護衛をお願いしたい。お願いできるだろうか?」
『……いやって言っても行くんでしょ?まったく、困った人ね』
やれやれと、通信画面の向こうで肩をすくめながらもタカオはしぶしぶと了承してくれた。
「僧たちはこちらでいつでも動けるように待機していてくれ。いおりも頼む」
『りょうかーい!』
いおりが機関室のカメラからVサインを送る。
群像は立ち上がって出ていこうとしたが、その彼を杏平が引き留めた。
「――群像」
「何だ?杏平」
杏平は群像を真っ直ぐな瞳で見つめながら言った。
「――覚悟、出来てるか?」
そう彼が言うと、僧も静も、そしてハルナとキリシマまでもが同じ瞳で彼を見つめている
――流石、よくわかってる。
ホウライがわざわざ話し合いなどするわけがない。
彼女はイオナというカードを握っている。
それを使って群像の心を壊しにくるのは明らかだ。
それでも大丈夫かと、彼らは訊いてきた。
――無論、答えるまでもなかった。
「――ああ。大丈夫だ杏平。――行ってくる」
「――おう。行ってら」
苦笑した杏平に見送られて、群像はその場を後にする。
――例え何があろうと、この覚悟は消えはしない。
だから自分は――。
「――だから俺は、必ず君を救うよ。ホウライ」
――彼女を、救いたいと思った。
イオナと同じココロを持った彼女を。
それは、彼の偽れざる本心。
――決して揺るがぬ信念と共に。
千早群像は歩みだした。
終