27.
――衝撃が、401の艦体を駆け抜ける。
「右舷スラスターに被弾!艦内部に浸水!」
「被弾区画を閉鎖!右舷スラスターをパージっ!いおり、無事か!?」
『大丈夫っ!機関室には何の問題もないよ』
よかった、と群像を胸を撫で下ろした。
しかし、彼にのんびりと安心している暇はない。
右舷のスラスターをパージさせてすぐ、再び静からの報告が入る。
「魚雷発射音多数!数二百以上!」
「イオナ!アクティブデコイを盾にしろっ!」
「了解。ヒュウガ、コントロールをお願い」
「かしこまりましたわ。姉様」
頷いたヒュウガは401に迫り来る途方もない数の魚雷を展開していた二隻のデコイ全てを盾にして防ぐ。
「一番から四番通常魚雷発射!続いて八秒後に侵食魚雷発射!」
「了解っ!」
杏平がコピーたちに牽制弾幕を撃ち、それから少し送らせて侵食魚雷を放つ。
先に撃たれた魚雷群は対応されたが、本命の侵食魚雷はコピー艦に見事に的中し、これを沈めた。
だがそれでも、攻撃の手は止まない。
背後に控えていた三隻から、ミサイルが発射される。
「海面に着水音!数三百以上!」
「くそ!まだいんのかよ……!」
杏平が迎撃システムを起動させながら苦々しく呟く。
――コピーたちからの弾幕は絶え間なく降り注ぐ。
群像たちはそれに対応するのに手一杯で、ホウライ本体にはまるで近付けない。
そして、それはタカオやコンゴウたちも同じだった。
「ああもう!何隻いんのよコイツらっ!鬱陶しいわね!」
「ああ。まったくもって同感だっ!」
迫り来る敵を薙ぎ払いながら、二人は毒づく。
もう新しい艦の供給は出来なくなったとはいえ、ホウライが産み出したコピーたちは優に百は越えていた。
加えて海中に潜れるイオナたちはともかく航行能力の低下したタカオは防戦に回るしかない。
コンゴウも援護に回るが、二人のクラインフィールドは次期に臨界点を迎えようとしていた。
「っコンゴウ!右っ!」
言われてガバっ!と振り向くとコピーの一隻がコンゴウに向けてもの凄い速度で近付いてきていた。
「っ特攻させる気か……!?」
コンゴウは突撃してくる艦に対し、砲弾を叩き込んだがその動きが止まることはない。
そしてコンゴウの艦体にあと少しのところで、その艦は赤く輝き出した。
「まさかっ!?」
真意を察したコンゴウだが避けようがなかった。
突撃した艦は赤い光を放ち――そして爆炎を上げた。
「自爆!?コンゴウ、無事!?」
「……なんとかな。だが、今のでフィールドは完全に飽和してしまったな」
「そう。――私のも、もう限界みたいね」
言いながら、タカオは距離を詰めてくる敵艦隊を睨む。
――こちらには、もう攻撃を防ぐ手段はない。
かといって、あの数の攻撃を全て回避出来るわけはない。
今彼女たちが挑めば、間違いなく沈められるだろう。
「――だが逃げるつもりはないがな」
「当たり前でしょ。そもそも私動けないし」
「そうだったな。――なら、やることは一つだ」
――例えどんなに勝ち目がなくても、ここで背を向けるわけには行かない。
守りたいものがあるのだから。
けれど、沈むつもりもない。
だから――。
「――絶対に、生き残ってみせる!」
例えどんなに絶望的でも。
最後まで、決して諦めないはしない。
その覚悟を胸に、彼女たちは前を向く――。
「――撃てぇっ!」
――少女の叫びが、蒼い海に響き渡る。
轟音が鳴り響き、コンゴウたちに向かってきていた艦隊に砲弾が降り注いだ。
「――え、何?何なの?」
燃え上がる敵艦隊。
突然の出来事にタカオは困惑する。
コンゴウも唖然としていた。
――しかし、彼女に分からぬはずがない。
その声の主が。
「――今のは、まさか……!?」
コンゴウたちは声の聞こえた自らの背後に振り返る。
そして、彼女たちは目にする。
――何十隻にも及ぶ艦の群れを。
淡い光を放つそれを。
――その姿は、まさしく霧の艦隊。
そして、そんな彼女たちの先頭を切るのは――朱色の艦。
「――ああ。本当に、お前は立派な妹だ」
くすりと、コンゴウは笑う。
――誇らしかった。
凛々しく気高い、その姿が――。
「――お待たせしました。これより霧の生徒会、いえ――我ら霧の艦隊も、戦闘に参加します!」
――必ず、貴方をお守りします。
その誓いのために、彼女――ヒエイは号令する。
■ ■ ■
『ヒエイ!?アンタたち、無事だったの?』
「……勝手に沈めないで頂戴。タカオ」
不躾な彼女の言いぐさに、ヒエイは顔をしかめた。
『……まったくだ。まぁ確かに沈みかけはしたがな』
『はい。私とハグロ、アシガラは艦体を失いましたが、一応全員無事です』
『てゆうか、そう言うタカオの方もボロボロじゃん。人のこと言えなくない?』
『あははは!タカオのドジっ子ドジっ子!』
『うっさいてのっ!!』
すると、タカオたちの回線にミョウコウたちも割り込んでくる。
――艦体を失うなど色々あったようだが、とりあえず全員無事なようだ。
『……どうやら取り戻せようだな、ヒエイ』
「はい。ヒュウガさんの作戦が功を然してホウライはリンクを放棄したことにより、彼女たちは自我を取り戻しました。そして彼女たちに事情を話したところ、ホウライを無力化するのに協力してくださるそうです。――戦力はこちらが上回りました。ですからコンゴウ様。これで我々の――勝ちです」
そう、ヒエイは断言する。
「――おかしい」
――しかし、群像の見解は違った。
ヒエイたちが合流出来たのは彼女たちからの通信で把握している。けれどまず、その事実事態がおかしいことだった。
「――ホウライは何としてもヒエイたちとの合流は避けたかったはずだ。すれば戦力が逆転してしまう。――だというのに、何故こうもあっさりとそれを許した?」
「確かに。ヒエイたちがこちらに向かい出してから合流するまでのこのタイムラグ、些か以上に短すぎます。どうやら、彼女はこれといった妨害行為をしなかったようですね」
副長の僧も、同じ見解に至る。
「俺たちに手一杯で気が回らなかったとか?」
「それはない。霧の艦隊とのリンクを放棄したんだ。対応はいくらでも出来たはずだ」
出来たのに、そうはしなかった。
それは何故か。
……答えは簡単だ。
群像たちとヒエイたちを――合流させたかったからに他ならない
だから、これは――。
「――そう。これは罠。でも気付いたところでもう遅いのよ」
ふっ、とホウライはほくそ笑む。
――千早群像たちを倒したところで、後衛にはヒエイが控えている。
かといって二ヵ所に分けて戦うには規模が大きすぎる。
なら、一ヶ所に集めた方が対応しやすい。
戦力的にはこちらが不利になるが、そのために彼女は振動弾頭を温存していたのだ。
……既に、振動弾頭はアメリカより放たれた。
次期に五発の弾道が、彼女たちに降り注ぐ。
数が多ければ、誘爆する率も高まる。
そして止めに、分身たちを自爆させてやればいい。
「――さぁ消えなさい。何もかも、全部、全員――消えて、なくなってしまえっ!」
――ホウライが海中に潜らなかったのは、その目で見届けるため。
全てが、壊れゆくさまを。
群像たちの絶望満ちた顔を、嘲笑ってやるために。
――そうでもしなければ。
彼女は自分を保つことすら、ままならないのだから。
「イオナ!ヒエイたちにすぐにこの海域を退避させるよう頼む!」
罠だと気付いた群像がそう叫ぶ。
急がなければ、取り返しの付かない事態になる。
けれど――。
「――大丈夫だよ群像。もう、間に合った」
イオナが、彼に優しく微笑んだ。
――それと同時に。
その振動弾頭とは反対方向から――別の反応が現れた。
「何っ!?」
突如として現れたその反応に、ホウライは驚愕する。
そして現れた五つのせれらは、振動弾頭の群と接触するとその反応をロストした。
――同じく五つの、振動弾頭の反応とともに。
「――まさか、撃墜された?でも、いったい誰が……?」
イオナも、ヒエイも、皆ここにいる。
この上援護に駆けつける誰かなんて、いるはずがない。
なのにどうして……。
予想外の事態に、少女は困惑する。
『――だから言ったろう。慢心が過ぎるとな』
「っ!?」
――そんな彼女に、一本の通信が入る。
その通信相手は、彼女がさよならをしたはずの男――上陰龍二郎だった。
「……上陰、龍二郎。貴方、いったい何をしたの!っ?」
『おやおや。どうやら余程予想外の出来事だったらしいな。今までの君の余裕然としていた態度が嘘のようだ。……ようやく、私の溜飲が下がるというものだ』
「五月蝿い!それよりも答えなさい!貴方は何をしたというの!?」
『察しが悪いようだな。――私は君の目を掻い潜って401と接触している。ゆえにだ。君が振動弾頭を欲しがっていることはとうに分かっていた。――当然、奪われた事態も想定している』
「それが?それがわかったところで、貴方に打つ手なんてないはずだわ!」
だから甘いというんだ、と上陰は取り乱す彼女とは対称的に、淡々とした態度で言った。
『――かつて、この日本国へ放たれた弾道ミサイルを迎撃するための装置があった。それを私の指示で山村たちに引っ張り出させて、九州地方に待機させておいた。あちらとのいざこざがあって、だいぶ苦労したがね。――それを使って撃ち落としたまでのことだ』
「だとしても!私のジャミングはまだ有効なはず。なのにどうして、貴方たちに弾道が予測出来たの!?」
『――そのための401だ。彼女を通してアメリカから発射軌道のデータを受け取った。――まるで連絡がなかったのでね。失敗したものかと思って内心ヒヤヒヤしていたよ』
――それが、上陰とイオナが裏で取引していた全容だった。
ホウライが振動弾頭を使用した場合、イオナがその軌道データをアメリカから受け取り、上陰に渡す。
そして上陰たちはそのデータを元に振動弾頭を撃墜する、という内容だった。
しかし、ホウライはそれでも納得出来なかった。
「おかしい。おかしいわ!それでは貴方の益になることが何もない!無理に軍を動かしたことで、貴方の立場が危うくなるだけなのに。どうして、貴方はイオナに協力したのよっ!?」
――交渉をするなら、他人の利益を考えて望め。
それは他でもない、上陰自身の言葉だ。
イオナが自己を取り戻せる確率は限りなくゼロに等しかった。
そんな博打打ちに、あの上陰が乗ったという事実が、ホウライには理解出来なかった。
『――そうだな。確かに私らしくはない。だがな、あえて君に一言言わせてもらおう。――あまり、人類を舐めてくれるな』
――今、自分は何をすべきなのか。
保身に目が眩み、それが分からぬほど、上陰は愚かではなかった。
……それに、彼にだって多少はあった。
自分にも、出来ることはあるのだと。
そう張りたくなるような、彼なりの意地が。
『――というわけだ。例え君がどれだけ振動弾頭を撃とうとそれが千早群像に届くことはない。……残念だが、君の敗けだ』
「上陰ぇっ!!」
そう言って上陰が通信を終えると、彼女は怨唆の声を上げる。
と、同時に彼女の艦体が激しく揺れた。
「っぐ、う!これは……」
前方を見据えると、ミョウコウの砲門がこちらをとらえていた。
■ ■ ■
「――固いフィールドだな。アシガラ!ハグロ!フォローを頼む!」
「了解!」
「まっかせてよね!」
ミョウコウの言葉に、二人が頷く。
そして再び、彼女の砲身に光が集まり出す。
「だったら、コピーを盾にするまで……!」
そうしてホウライは自らの分身たちを呼び寄せる。
だがその分身たちの行く手を、駆けつけた霧の艦隊たちが阻む。
「一隻足りとも行かせはしませんっ!」
ナチの指示の元、霧の艦隊は的確にコピーたちを叩く。
「ミョウコウっ!スタンバイオーケー!」
「――目標補足。発射!」
ミョウコウの掛け声とともに、紫の閃光が海上を駆け抜ける。
そしてその光はホウライのクラインフィールド――火鼠の衣に直撃する。
だがそれを突破することは叶わず、閃光はその表面で霧散していった。
「ふっ。この程度、何の問題もないわ。残念だったわね――っ!?」
そう彼女が言おうとした時、今度は黒と朱、二つの大きな渦がホウライのクラインフィールドに叩き付けられる。
威力は先ほどとは桁違いだ。
何とか防ぎきったが、今の攻撃で、ホウライはクラインフィールドを七割近くを消費することとなった。
「――まだ飽和状態にならんか。しぶといな、まったく」
「ですがこれでかなりのダメージを与えたのは事実。あと少しです、コンゴウ様」
そうだな、とヒエイの言葉にコンゴウは頷く。
そして彼女は語りかける。
――もう二人の、彼女の妹に。
「――キリシマ、ハルナ、あとは頼んだぞ」
「了解だ!やるぞハルナ!」
「分かった。付き合おう、キリシマ」
――彼女たちの掛け声とともに、海中より姿を表したのは巨大な砲身。
ハルナとキリシマ、二人を合わせた超重力砲だった。
「ハルナとキリシマ!?どこからそんなものを!?」
突如現れたそれを見たホウライが驚愕に目を見開く。
だがその砲身を形成している物質の反応を見て、彼女は思い至る。
「沖ノ鳥島の海底資源……そうか、あの時かっ!」
――ホウライの本体が海上へと引っ張り出される時、それといっしょにイオナはある程度の量の地下資源もいっしょにこちらに持ってきていたのだ。
それを使ってハルナたちはあれを作った。
その作業に集中していたゆえに、401の操舵を援助出来なかったのであろう。
メンタルモデルが四体いるわりには、動きが鈍かったあの401にも納得できる。
「ハルハル!座標データそっち送ったよ!」
「ありがとう蒔絵。――キリシマ」
「ああ。いっけぇえ!!」
収束した光が解放され、黄と緑の入り交じった閃光が放たれる。
回避は間に合わない。
ホウライはまた直撃を受けることとなった。
「く、まずい……!」
……耐えはした。
だが、彼女のクラインフィールドは既に虫の息だ。
あと一発でも食らったら、それで終りだ。
「今は、逃げるしか、ない……」
……もはや、この戦いに勝機はない。
この場を離脱するために、彼女は海中にその身を沈めようとする。
だがその時――。
――海が、割れた。
「なっ!?」
綺麗に二つ割れたその狭間で、ホウライの艦体は宙に浮かされたまま身動きが取れない。
前を見据えるとそこには、砲門を広げた蒼き鋼の姿があった。
「――杏平!」
「わかってるって。本体には当てねぇよ」
群像の意図を察しが、杏平がそう言った。
イオナは、己と同じ姿をしたその白き鋼を見て、そして言った。
「――終わりにしよう。ホウライ」
「っっイオナぁあああ!!」
ホウライが叫ぶと同時に、401の超重力砲が発射される。
その蒼き光はうねりをあげ、ホウライのクラインフィールドに直撃し――そしてその壁を砕く。
そして艦体を掠めて、その部分が爆発する。
超重力砲の光が消えたあと、海は元に戻る。
「タカオ、頼む!」
「了解!」
そして、防御を失ったホウライに対し、タカオは砲弾を放つ。
それは、ヒュウガの開発した電磁ミサイル。
一定の間だけ、霧の艦の機能を停止させる武装だ。
――その攻撃を防ぐ手段は、もはや彼女にはない。
「――認めない。こんな結末、私はっ!!」
――その叫びは虚しく。
雷撃は少女を貫いた。
終