行きつく先へ    作:たまてん

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ホウライと群像たちの最後の対話



行きつく先へ 第二十八話 ここにいたい

 

28.

 

 

――聞こえてくるのは、波の音。

 

 

まるで何もなかったかのように、この海は静かだ。

 

けれど見渡せば、今なお漂っている艦の残骸たちが、戦いの激しさを物語っている。

 

 

「――群像。もうすぐ着く」

 

「――ああ」

 

 

そうして、群像は視線を目前に迫る白の潜水艦に向ける。

 

 

――その甲板に膝を抱えて座り込んでいる、一人の少女に。

 

 

「――行こう。着いてきてくれ、イオナ」

 

 

こくりと、少女は頷く。

 

――彼女に伝えなければいけないことがある。

 

そのために、二人はその艦へと降り立った。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――ホウライ」

 

 

自らを呼ぶ声を聞いて、彼女は顔を上げる。

 

――そこにいたのは、ホウライの大キライな彼と彼女。

 

 

「――あら。まさかお二人が直々に会いに来てくれたの?とても光栄だわ」

 

 

やってきた二人を、彼女は笑顔で歓迎した。

 

……それはそれは、異様なほど清々しい態度で。

 

「さぁさぁ。煮るなり焼くなり、貴方たちの鬱憤を晴らすなり好きにすればいいわ。遠慮なんてしないで。これもあるから、安心して大丈夫よ」

 

 

じゃらりと、ホウライは自らの腕に巻き付いた武装ロック用の鎖を揺らす。

 

 

――そのどこか投げやりな様子は、以前の彼女とはまるで違う。

 

どうされようが、何が起ころうが、もう関係ない。

 

それは何もかもを諦めた者の、自暴自棄の姿だった。

 

 

そんな彼女の言葉に対し、群像は静かに首を横に振った。

 

 

「……そんなことはしない。俺たちは、君にこれ以上危害を加えるつもりはない」

 

「……じゃあどうするの?」

 

「以前約束した通りだ。君を、助けにきた」

 

群像の言葉を、彼女は鼻で笑った。

 

「――本当に、お気楽な頭ね。私を助けるですって?違うでしょう。貴方は私を助けるじゃない。……憐れな私に、同情という身勝手な善意を押し付けに来ただけよ」

 

 

――分かるはずがない。

 

私の悲しみを。

 

私の苦しみを。

 

同じ立場にでもならない限り、永遠に分かるはずがない。

 

もし違う立場で分かるとその人間が言うのなら――それはその人間が、高い場所から自分を見下ろしているだけのことだ。

 

「群像、イオナ。貴方たちにはさぞかし私が憐れに見えるでしょう?滑稽に見えるでしょう?きっとその姿は、貴方たちの同情を誘うには、充分に惨めな姿なのでしょうね。……それは救済でも何でもない。貴方たちはただ、悦に浸って私を見下しているだけよ」

 

だからね、と彼女はゆっくりと近付いてきながら言った。

 

「――見栄なんてかなぐり捨てて、早く私を痛め付けなさいな。それとも忘れてしまったの?私が貴方の居場所を奪ってしまったことを」

 

――そう。

 

ホウライはこの世界における群像の居場所を壊した。

 

ホウライの仲間として認識された千早群像は、もう人類側には戻れない。

 

それは、彼女を倒したとしても変わりはしない。

 

「――貴方はこれからずっと人類の敵として生涯を終える。貴方が命をとして守った者たちに、永遠に憎まれ続ける……悔しいでしょう?憎いでしょう?私を、ぐちゃぐちゃに壊したくて仕方ないでしょう?――いいのよ。憎しみの赴くままに、私をめちゃくちゃにすればいいわ」

 

――憎めばいい。

 

千早群像という存在がわからなくなるほど、私を憎めばいい。

 

それで自らを終えることが出来るのなら、彼女は本望だった。

 

「――だから、教えてよ群像。貴方の憎しみを。私の、身体に……」

 

彼の頬を撫でながら、彼女は囁く。

 

――彼の苦悩と憎悪に満ちた表情を、この眼に焼き付けられるのなら。

 

 

無意味だったこの存在にも、わずかばかりの価値が生まれるというものだ。

 

そう想いながら、ホウライは彼の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「――なら、俺と君は同じだな。ホウライ」

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

――けれど、その言葉は。

 

彼女が予想していたものと、全く違うものだった。

 

 

「今の俺は人類の敵だ。帰る場所は何処にもない。――なら、今の俺だったら、君に手を差し伸べてもいいだろう?」

 

 

――世界の敵となった彼。

 

帰る場所のなくなった彼。

 

それは、生まれた時から不要とされてきたホウライにとって、世界で一番近しい存在だった――。

 

 

「っ違う!!」

 

 

 

だが彼女は激しくかぶり振った。

 

そして自分に優しく微笑みかけてくる彼を拒絶する。

 

「貴方は、違う!貴方にはあるじゃない!イオナやタカオ、僧や杏平、いおり、静……貴方の帰りを待ってくれる人があんなに、たくさん。……私とは、違うのよ……」

 

 

――何故、自分はこんなことを言っているのだろう。

 

言うべきではない。

 

彼を憎しみで沈めたいのなら、それは口にしていけないことだった。

 

なのに、いつの間にか彼女は、今までの自らの言葉を否定していた。

 

「それに、貴方に理解出来るはずがない!私の葛藤が!私の痛みが!あんなにも……あんなにも綺麗な思い出を見せ付けられて!それでも壊さなきゃいけない私の気持ちなんてっ!!」

 

 

――ホウライに残されていたのは、憎悪の感情だけではなかった。

 

ヤマトやムサシが過ごしたお父様との一時。

 

イオナと群像たちが過ごした、幸せな時間。

 

彼女たちの結晶から生まれたホウライは、それらの記憶全てを自ら体験のように感じていた。

 

――暖かかった。

 

心地よかった。

 

想えば想うほど、その思い出は楽しくて、幸せで、夢のような時間だった。

 

「――でも、壊さなきゃ。じゃなくちゃ、ヤマトやムサシの無念を晴らせない。それは私にしか出来ないことだから。なにより、それが私の生まれた理由だから」

 

 

世界を壊すために生まれたのだから、世界を壊さなくてはいけない。

 

……知らなければよかった。

 

世界がこんなにも暖かいものだったなんて。

 

知らなければ、こんなにも彼女の胸が痛むことはなかったのだから。

 

 

「――それ以外の道があったはずだ。壊す以外の道が」

 

 

「無理よ!私に選べるわけない。選べば、私の存在意義がなくなってしまう!たった一つの、私の存在理由が……」

 

 

弾が込められない銃に価値がないのと同じだ。

 

それを放棄したら、ホウライには何も残らない。

 

本当に、この世界に生まれた理由がなくなってしまう。

 

 

ここにいる意味が、なくなってしまう……。

 

 

「……貴方には分からないわ。群像。帰る場所があって、帰りを待ってくれる人がいる貴方なんかに、分かるはずがないっ!」

 

 

「――なら作ろう。君の帰る場所を」

 

 

――そう、彼はホウライに言った。

 

「――帰る場所がないなら作ればいい。帰りを待つ人がいないなら、これから出会えばいいんだ。そうやって、俺たちは自分のいた証を刻んでいくんだ」

 

 

目をはらし、唖然としている彼女に、群像は優しく微笑む。

 

 

「――だからホウライ。親なんて、生まれた理由なんて関係ない。生まれた意味は、君が決めるんだ」

 

 

そう言って、彼はその手を差し出した。

 

 

――その姿はあの時の、微笑みかけてくれたお父様の姿に似ていた。

 

 

けれど――。

 

 

「――ダメよ。変われるはずない。現にイオナも群像も生み親と同じ道を辿っているじゃない。それに私は貴方たちを傷つけて、壊した。今更、私なんて……」

 

「――それは違う。ホウライ、私は私の意思で、群像の傍にいる」

 

ホウライの言葉を、イオナが否定した。

 

彼女は真っ直ぐな瞳でホウライを見つめ、そして続けて言った。

 

「確かに、始まりはヤマトからの命令だった。でも今の私は群像の傍にいたいからいる。それはヤマトの命令だからじゃない。私の意思で、群像の傍にいたい」

 

 

「……俺もそうだ。俺もはじめは父さんのあとを追って生きてきた。だけど、今俺がここにいるのは自分で選んだからなんだ。そしてホウライ。少なくとも君は、まだ自分の道を選べる」

 

それにだ、と群像は引き締めていた表情を緩めた。

 

「――傷つけた、なんてことは気にするな。例え世界が君を許さなくても、俺たちは許すよ。だからホウライ。君に、改めて訊きたい。――君は、これからどうしたい?」

 

 

彼はそう問うた。

 

 

君の意思で選べるのだとしたら、何がしたいのかと。

 

その問いの答えに、彼女は躊躇する。

 

本当に自らの意思で答えていいのかと。

 

――だけど。

 

選んでいいのなら。

 

生み出された理由でもなく、ヤマトやムサシの無念を晴らすためでもなくていいのなら。

 

 

私は――。

 

 

「――私は。私は、ここに、いたい……!!」

 

 

それが、彼女の望み。

 

壊すためでもなく、傷つけるためでもない。

 

 

ただ、この世界にいたい。

 

 

そう、彼女は願った。

 

 

その願いを聞いた二人は、優しく微笑んだ。

 

 

「……分かった。ならここにいよう。互いに解り合うには、まだ時間がかかると思う。だけど俺たちは、君の全てを受け入れるよ。――だから、いっしょに行こう。ホウライ」

 

 

「うん。――おかえり。ホウライ」

 

 

涙を流す、彼女を二人は優しく抱き止めた。

 

 

――その温もりは、どうしようもなく暖かくて、優しかった。

 

 

彼女が本当に欲しかったもの。

 

 

それは、こんな自分を受け入れてくれる誰かだった。

 

 

それがまさか、憎くて憎くて仕方なかったこの二人によって与えられたというのは、全くもって皮肉な話だ。

 

 

だけど、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

どうでもいいと思えるほど、彼女は幸せだった。

 

 

泣いている少女を、二人は抱き止めている。

 

ずっと離さないでいてくれる。

 

 

――その温もりが、少女にはたまらなく嬉しかった。

 

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