最終話として書いていたのですが、少し長めになってしまうと思ったので外伝としてあげました。
急な予定変更申し訳ありません
ex.3
「――もう駄目。死にそう」
そう言ってぐでん、と力尽きてヒエイは机に突っ伏した。
「起きてくださいヒエイ。まだやらなきゃいけないことがたくさんあるんですから」
「そうだぞヒエイ。この程度で音を上げていては、艦隊旗艦の名が泣くぞ」
そんな彼女を、ナチとミョウコウが叱咤する。
そしてミョウコウはよいしょと持ち上げて彼女の目の前に書類の山をどん!と置いた。
「ほら。まだこんだけ片付けなければならない書類があるんだ。世界中駆け回っている千早群像たちのためにももう少し頑張れ」
「それはその通りなのですが流石にこの量はちょっと……」
言いながら、ヒエイは高く積み上げられた紙束を嫌そうに横目で見る。
……元々、こういったデスクワークが得意な彼女だ。
これ自体は大した苦ではない。
ただ、連日この作業を続けているとなると、モチベーションが下がる。
それになにより――。
「コンゴウ様に会いたい……」
「またそれか。まだ別れて一ヶ月しか経っていないじゃないか」
「変な言い方はやめてくださいミョウコウ!それじゃあ、コンゴウ様と破局したみたいな言い方じゃないですか!」
「……元々付き合ってすらなかったと思うのだけど」
ナチはそう指摘したが、がるるると唸るヒエイにその呟きは聞こえていない。
長らくコンゴウと会えないこともあって、どうやら彼女は重度のコンゴウ不足に陥っているようだ。
……自分でも何を言っているのか分からない、と威嚇行動をとる我が艦隊旗艦を冷めた目で見つめながら、ミョウコウは嘆息した。
――ホウライとの戦いを終え、ヒエイが艦隊旗艦を引き継ぎ、コンゴウが黒の艦隊を離れて一ヶ月が経った。
その間、霧と人類との共存していく未来のために、彼女たちはそれぞれ行動を開始していた。
ヒエイたち黒の艦隊は、まずバラバラになってしまった霧の艦隊の統率を行っていた。
これから人類と様々な交渉していくだろう。
そのためにも、霧が一つの『国家』として扱われるようにならなければ、対等に渡り合っていくのは不可能だ。霧としての尊厳を維持するためにも、欲にかられた人類の思惑に踊らされないためにも。
ゆえに、彼女たちは世界の中にいる霧に働きかける。
この世界で、強く生きていくために。
コンゴウが霧の艦隊を離れたのもそのためだ。
世界中にいる霧の元へ赴き、彼女たちを説得している。
対してヒエイたちは、霧が『国家』として機能していくように、基盤となる規律を定めていたり、これから人類と交渉するための草案を検討中である。
そして群像たちは、人類側の意思統一を図っていた。
以前の彼らの知る霧ではなく、新たな霧なのだと世界に教えるために、霧と人類との架け橋となる存在として、彼らも活動している。
――やらなきゃいけないことは山積みだ。
理想とする未来に辿り着くには、まだだいぶ時間がかかりそうだ……。
「――っておいヒエイ。なに逃げようとしているんだ」
そろりそろりと忍ひ歩きをしてこっそり逃げ出そうとしている彼女を、がしりと肩をつかんでミョウコウが引き留めた。
「――ミョウコウ。許してください。私にはやらなければならない重要なことがあります」
「ほう。それはなんだ?」
ミョウコウは急に真顔になったヒエイの言葉を待った。
彼女はこれ以上なく真剣な様子で、先を続ける。
「――コンゴウ様に紅茶を御入れしなければならないという使命です。ですので、私はしばし艦隊を開けます」
「却下。寝言言ってないでさっさと作業に戻るぞ」
じたばたと暴れる彼女の両腕を掴んでミョウコウとナチがズルズルとヒエイを引きずっていった。
「離しなさいミョウコウ!ナチ!コンゴウ様が!コンゴウ様が私の紅茶を待っているんです!」
「安心しろヒエイ。今頃コンゴウはフランスでエッフェル塔でも眺めながら、マカロンを片手に優雅なティータイムを過ごしているだろうさ」
「――それが残念なことに。マカロンが売り切れでマドレーヌしか食べれなかったんだこれが」
唐突に聞こえた本当にがっかりとしたため息に、驚いた一同が振り返る。
その視界に入ったものは黒のドレスを纏い紙袋を片手に持って立つ、かつての彼女のたちの旗艦の姿だった。
「あらコンゴウさん。おかえりな――」
「コンゴウ様っ!!」
ものすごい力で拘束を振り払ったヒエイがコンゴウに飛び付く。
そのまま子犬のようにひしと彼女は抱きついた。
「コンゴウ様。お会いしとうございました。ヒエイは嬉しゅうございます」
「そうかそうか。私もお前に会えて嬉しいぞ、ヒエイよ」
「はい!」
先ほどまでの死んだ魚のような目からうって変わって嬉々とした表情で彼女は頷いた。
「この落差はなんなんだ……?」
げんなりとして深く息を吐くミョウコウだった。
「コンゴウ。随分とお早いお帰りでしたね。その様子だと向こうの艦隊との交渉は上手くいったようですね」
ナチが尋ねると、コンゴウはああそうだと答えた。
「フランスの方の艦隊の説得は上手くいった。だがドイツ側との交渉には手を焼いていてな。とりあえず、一度時間を置いて出直そうと帰ってきた次第だ。――そうゆうわけ。それ。おみやげのマドレーヌ」
ご丁寧にありがとうございます、とナチはお辞儀してコンゴウから紙袋を受け取った。
すると、「ああー!」と驚いたような声が聞こえる。
「コンゴウもどってたんだ。おかえりー!」
「お疲れー」
ヒエイの甲板に上ってきたアシガラとハグロがバケツと釣竿をぶら下げてこちらに歩み寄ってきた。
「戻ったのか。収穫はどうだった?」
「大量大量。見て見てー」
彼女たちは持ってきたバケツを覗くと、その中は海老やらイカやらと海の幸に溢れていた。
「すごいわねぇ。それじゃあ今日は豪華になるよう頑張らなくっちゃね」
「わーい!」
ナチの言葉に、アシガラは両手を上げて喜んだ。
――今の彼女たちは以前と違い、食事を毎日摂るようにしている。
もちろん、彼女たちには本来必要ないものだ。
そうする理由は、単純に楽しそうだからだという理由だけだ。
――無駄なことだとは重々承知している。
けれど、そういった無駄なことの積み重ねが、これからここに居続ける上で大切なのだ。
我々のような、生まれたての存在にとっては……。
「あ!それマドレーヌだ!コンゴウのおみやげ?」
「ああ。――せっかくだから、皆でお茶にでもするか」
「やったー!」
「お任せくださいコンゴウ様。すぐに準備致しますので少々お待ちを……」
「いや待てヒエイ。今日は私が注ごう」
茶器を準備している彼女を制止して、コンゴウはそう言った。
「いえそんな、コンゴウ様かそのようなことを……。長旅でさぞお疲れでしょう。どうか私めにお任せください」
「そういうお前も連日作業のし過ぎで相当参っているではないか。先ほど遠目から見ていたが、だいぶ我を失っているように見えたが?」
「……見られていましたか」
まぁなと、コンゴウは肩をすくめると、ヒエイは恥ずかしそうに俯いた。
――思い返せば、すごい醜態をさらしていたと自覚したから。
「――だから今回ばかりは私に任せろ。案外、私の紅茶も捨てたものではないぞ」
「――わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます」
「ああ。では待ってろ。すぐに淹れる」
はーい、とミョウコウたちは仲良く返事をした。
その和やかさは、とても心地いい。
――いつまで、こんな風に彼女たち紅茶を淹れてやれるだろう。
答えは誰にも分からない。
……ならばその日が来るまで、精一杯、『今』を楽しもうではないか。
焦らずゆっくりと、しっかりと噛みしめながら。
この安らぎも、葛藤も。
面倒くさいと思える、この心も。
『今』だからこそ出会える、刹那の幸せなのだから――。
――彼女が注ぐポットに、爽やかな香りが立ちはじめる。
終