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時間設定は最終回後の時間軸です
ex5.
「――はい。これあげる」
そう言って、彼女は群像にソレを差し出した。
差し出されたのは小さな水色の紙袋。
――いきなりの出来事に、流石の群像も事態をよく飲み込めなかった。
「えっとタカオ。これはいったい……?」
「チョコよチョコ。今日って、確かそういう日なんでしょう?」
「――ああ。そういえば」
最近色々とやらなければならないことがたくさんあってすっかり日付感覚がおかしくなっていたが、今日は二月十四日。
世間でいう、バレンタインデーである。
「……それで、これを俺にくれるのか?」
「……何よ。なんか文句ある?」
「まさか。すごく嬉しいよ。ありがとうタカオ」
「そ、そう。ならいいわ」
チョコを受け取った群像にそう笑顔を向けらると、タカオの頬が赤らんだ。
すると彼女は身体を捩れさせながら、小声で言う。
「か、艦長。あの……」
「何かな?」
「えと、それ、は……」
……言葉が、出ない。
喉まで出かかっているのに、何かがつっかえて、喘ぐような吐息だけが漏れる。
そして同時に、頬が、頭が、沸騰しそうなくらい熱を帯び始める。
――言いたいのに、言えない。
そのもどかしさが、鼓動を忙しなくさせた。
「タカオ、大丈夫か?」
「っ!?」
――彼女の視界に、心配そうな顔をした彼が映りこむ。
本当に、心配そうな顔をして自分を見つめる彼。
そして、その済んだ瞳に、真っ赤になった自分の姿が映り込んでいることに気付き、彼女の鼓動を加速させる。
何もないはずの胸の奥で、何かが痛いほど波打つ。
熱くて、激しくて、頭の芯がぼぅっとし始める――。
「大丈夫かタカオ!?」
クラクラと頭が揺れ始めたタカオに流石の群像が慌てて、その肩を掴んだ。
ぺたりと触れる彼の手から広がるその温もり。
――限界だった。
「っっうあああああん!!!」
――瞬間、ついに臨界点を超えたタカオは、半泣きの叫び声を上げて群像の腕を振りほどき物凄い早さで走り去っていった。
あとに残された群像は、今起こった事態が理解できず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
■ ■ ■
「――タカオ。アンタさぁ。まーじでウブにもほどがあんでしょうが」
「……うるさい」
部屋に戻ってくるなりいきなり頭からベットに潜り込み、まんじゅうに成り果てた彼女をヒュウガが呆れ半分で見た。
「アンタねぇ。一晩中私に千早群像にチョコ渡すシュミレーションやらせといて結果があれって流石にどうなのよ?しかも、わざわざいの一番に渡しにいったってのに。私の時間返せっての」
「そうそう。せっかく告白するっていうから私もチョコ作り手伝ってあげったていうのにねぇ。……まぁ甘酸っぱい青春劇見れたからそれで十分だったけど」
「てゆうか、アンタ料理できるのね」
「まぁ諸国放浪する身だし、多少のことはね」
それにしてもごちそうさまでした、ともう一人の客人であるホウライが手を合せた。
すると流石に申し訳なく思ったのかひょっこりと頭だけ出したタカオが「……悪かったわね」と呟いた。
「でも仕方なかったのよ。艦長にそれを言おうとしたら、何か、身体が熱くなって、ドキドキしちゃって、それで、その……」
「乙女か」
「ウブ」
「っっっ!!」
両者の突っ込みを受け、タカオが再びまんじゅう化する。
そんな彼女を見てヒュウガがやれやれとため息をついた。
「まったく千早群像が鈍感なのもあるけどこっちもこっちで問題あるわね。純情過ぎるというか何というか」
「傍目から見たら可愛らしいの一言に尽きるのだけれどね。――じゃあ、そろそろ私も行きますか。群像たちにチョコ渡したあとすぐ本土に向かわなきゃ」
「本土って、アンタ何しに行くのよ?」
野暮用です、と言って彼女はにたりと笑った。
――何か絶対企んでるな、と察しがついたが関わるのが面倒なのであえて突っ込まないヒュウガであった。
「――仕方ないわね。なら本土まで特別に送ってあげるわ」
「大丈夫よ。また泳いでいくし。イギリスから日本までに比べたら短い道のりよ」
「――ちょっとタイム。アンタまさか今までの移動手段って全部……?」
「ん?ああ、全部泳いできましたけど何か?」
だって他に移動手段なかったんだもの、とけろりと言うホウライ。
……まぁ確かに他に手段がなかったと言えばその通りなのだが。
あの再会のシーンにこんな裏話があったというのは、正直聞きたくなかった。
「……まぁアンタがかまわなきゃそれでいいけど、せめてその白ドレスで泳ぐのだけは止めておきなさいな。上から見たらデカいクラゲか何かだと思われるから」
「――宴会芸でいけるかもしれないわね」
「それでいいの?アンタ」
敬愛するイオナ姉様の片割れであるはずのその女性を、ヒュウガが冷めた眼で見た。
その時だ。
コンコン、と扉をノックする音がした。
「――タカオ。先ほどはすまない。出来れば君と話をしたいんだが、出てきて貰えないだろうか?」
ビクゥっ!とあからさまにまんじゅうが反応した。
「――どうするタカオさんや?」
わっかりやすいなぁとしみじみ思いながらホウライが訊くとタカオがまた布団から顔出して「無理」と一言言った。
――曰く、会わせる顔がないから追い返して欲しいとのことで。
「仕方ないわね。ヒュウガ、ちょっと手伝って」
「え?まぁ、いいけど」
ホウライにつられてヒュウガも玄関側へと姿を消す。
そしてガチャリと開く扉の音。
――ただ追い返してくれるだけならホウライ一人で十分だろうに。
そう疑問に思うタカオだが――その答えはすぐに分かった。
「……あの、タカオ。ホウライたちに構わないから部屋に入れと言われたんだが、本当によかったんだろうか?」
「…………」
――あいつら、絶対に泣かせてやる。
群像と目が合った瞬間、そう心に誓うタカオであった。
■ ■ ■
「…………」
「…………」
両者、気まずい沈黙が続いていた。
自分から謝らなきゃいけないのは重々分かっている。
ただ、どう話を切り出せばいいか分からない。
どうしよう、彼女が頭を悩ませていると群像の方から「すまなかった」と頭を下げてきた。
「……何で、貴方が謝るのよ?」
「先ほどの俺の態度が君に対して失礼を働いたんだと思う。無自覚に君を傷付けていた。すまない、タカオ」
「……別に怒ってなんかないわよ。気にしないで」
そうじゃないでしょう!?と心の中で叫ぶタカオ。
そもそも悪いの私なのに。
ああもう、何で考えと態度が一致してくれないんだろう
よりにもよって、この人の前限定で……。
タカオの表面上の態度から、群像はまだ彼女が怒っているように見えたのだろう。
不安そうな表情でこちらを伺う。
……駄目だ。
なんか、子犬みたいで可愛い。
そんな眼で見られたら、私――っ!
「タカオ、あの――」
「チョコレートっ!!」
「えっ?」
群像が何かを言おうとしたのを、タカオがそう叫んで遮る。
まるで己の妄想を振り払うように、強く。
彼女は群像に向き直るとまた「チョコレート」と言った。
「――味、どうだった?」
「あ、ああ。すまん、まだ食べてないんだ」
「……じゃあ食べて」
「え、今か?」
「今すぐ」
ずいと顔を寄せるタカオに気圧されて群像は「わ、わかった」と頷く。
綺麗に包装されたそれを丁寧に解くと中には一つまみチョコレートが三つ。
それもまた可愛らしくデコレーションされたハートの形したチョコだ。
「可愛いな」
「そ、そう。よかった」
素直な感想を群像が述べるとタカオは照れくさそうにした。
群像はそのうちの一つを摘まむと、それを口に含んだ。
「ど、どうかしら?」
タカオが不安げに群像を見る。
すると群像は、笑顔でこう言った。
「――ああ。おいしいよタカオ。すごくおいしい」
そう、彼はにこやかな笑みを浮かべてそう言った。
――そう言われた瞬間、胸の奥がジンと熱くなった。
そして気付いた。
――これでよかったんだと。
告白できなくてもいい。
私はただ、この人に。
私のものを食べてもらって、おいしいよって言ってもらって。
――それだけで、充分幸せだったんだ。
……本当、さっきまでの自分が馬鹿みたいだ。
色々考えていて、大事な事を見落としていた。
――この人が笑ってくれるなら、私はもう幸せなんだって、単純な事実を。
「――当然よ。だって、私が作ってあげたんだから」
彼女は、満面の笑みでそう言った。
そして彼女は群像にこれも食べてみてよ、と彼に促す。
群像はそれに従って嬉しそうにそれを頬張り、タカオはそれを楽しそうに見つめる。
――彼女は、幸せだった。
■ ■ ■
「――やっと、片付いたな」
やれやれ、と首元のネクタイを緩めながら息を吐いた上陰がドン!と椅子に座り込んだ。
――世間ではバレンタインなどと騒がれているが彼には無縁の行事だ。
他の人間たちがチョコを渡し渡されている間も、彼はいそいそと働いている。
浮かれている、とは思うがあの明日もわからなかったこの国がそんな行事に現を抜かしていられる、その事実に多少の嬉しさはあった。
「さて、では明日の会議の資料をまとめるとするか」
そう言って上陰がパソコンを起動した時だ。
執務室の扉がノックされた。
――時刻は既に夜の九時を回っている。
秘書にはもう帰っていいと言った。
こんな時間に誰だろう、と思いながら上陰が扉を開く。
――立っていたのは白い固まり。
全身がずぶ濡れで、白い布がびったりと張り付いていた。
そして、磯の香りを漂わせながら、その長い髪はソレの顔を覆うように垂れ下がっている。
ぴちゃり、ぴちゃり、と先から滴をたらしながら。
そして、その垂れ下がって髪のすき間から、蒼い瞳が覗く。
ぎょろぎょろ動き回ったその眼は、上陰を捉ると――にやりと歪んだ。
「――上陰のおじさまっ!ハッピーバレンタぁっ……!!」
ばたり、と。
彼女が言い終わる前に上陰は扉を閉めたのだった。
終