後編も近日中に投稿しますので、どうぞよろしくお願いいたします
ex.7
「ーーねぇねぇナチ。たなばた、って何ー?」
ーー唐突に、アシガラがそんなことを聞いてきた。
「七夕、ですか?そうね。少し待ってね」
言うとナチはネットワークにアクセスし、『七夕』に該当するものを調べ始めた。
そして該当したいくつかの項目を閲覧し、簡略化したものを読み上げてやる。
「……『七夕』というのは中国や台湾、日本などに存在する節日ね。で、日本における『七夕』は七月七日。その日はお祝い事としていくつかの催しをしていたらしいわ」
「へーそうなんだ……じゃあさじゃあさぁ。これなんだから分かるかな?」
そう言って彼女が差し出してきたものーーそれは、鮮やかな色をした、長方形の紙切れだった。
すると、それを見たナチが「あら」と目を見開く。
「それは短冊かしら。七夕に使うものの……でもアシガラ。貴方、それどこで手に入れたの?」
「えっへへー。昨日横須賀に遊びに行ったとき、買い物したらおまけでおじさんにもらったんだ」
「そうだったの」
「そんでさ、ナチ。この短冊って何をするものなの?」
「そうね……お願い事を書いて、笹にがざるらしいわ」
「お願い事?」
アシガラはきょとんと首をかしげた。
ナチは手元に開いたモニターを読み進めながら「そうよ」と頷いた。
「短冊にお願い事を書いてそれを七夕の日に笹に飾ると、その願いが叶うらしいわ」
「え、そうなのっ!?」
「ま、まぁ必ずしもそうなるわけじゃないんだけど……そういう習わしがあるという話よ」
「あーなるほどなぁ……でもおもしろそう!ねぇねぇナチ。だったら私たちもや七夕やろうよ!」
「もうアシガラったら。本当にやりたがり屋さんね……でも、確かに楽しそう。いいわ。会長たちにも声をかけてみましょう」
「うん!じゃあさ、早速ヒエイたちのところへゴーゴー!」
アシガラは無邪気な笑顔を浮かべてスキップをする。
「……ほんと、可愛いわね」
はやくはやくー、と手をふる無垢な妹の姿に、ナチは優しげな微笑みを浮かべた。
■ ■ ■
「ーーなんとか終わりましたか」
ふぅ、と一息ついた彼女はばたん、と椅子の背に体を預けた。
ーーバラバラになった霧の再統一。
それは容易な話ではない。
そもそも、地球上に存在する霧の全体数すら把握しきれてないのだ。
戸惑う彼女たちに声をかけようにも、
どこにどれだけいるのか分からない。
さらに、ヒエイたち以外にも自らの意思でメンタルモデルを形成する艦も現れたのが確認されている。
……まぁそれ自体に問題はない。
それは総旗艦も望んでいた変革だ。
問題なのはそのメンタルモデルをもった艦と、こちら霧の生徒会との連携だ。
艦の中には、未だアドミナリティコードに準じようとする者、人類そのものを否定するものがいる。
ゆえに彼女たちが先走った行動をする前にこちら側接触、及び牽制をする必要がある。
けれど、相手もメンタルモデルを持たれたことで交渉もまた難易度を増した。
ーー端的に述べると、物わかりがいいのに頭が固いということだ。
……本当、話せば話すほど以前の自分と見せつけられるような気がして頭が痛くなる。
ーーお前は堕落した。
そう、あるメンタルモデルに言われたことがある。
いかにも、昔の私が言いそうなセリフだ。
……確かに。
私は堕落した。
以前の私では、考えられないほどに。
ーーでも。
そうだとしても、私にはーー。
「ーー入りまーすっ!!ヒっエイー!!七夕しよ、七夕!!」
その一声ともに、バンっ!と勢いよく扉が開かれる。
そこには、両手を高くあげて満面の笑みを浮かべたアシガラの姿。
その姿に、ヒエイはこめかみを押さえ、やれやれといったふうにため息をついた。
「……アシガラ。ノックぐらいしなさい」
「あ、ごっめーん。忘れてた。次から気を付けるね」
「ーーはてさて。この前も同じようなやり取りを聞いた気がするのだが。私の気のせいかな?」
「気のせいではありませんよミョウコウ。これで既に十七回目の注意です」
「てゆうか、アシガラに学ばせようという時点で土台無理な話だと思うんだけどね」
すると、アシガラの背後からくすくすと忍び笑いをしながらミョウコウが、そして、それに続いてハグロとナチの二人も部屋へと入ってくる。
「なんだとー!私だって成長してるんだぞー!この前なんて、試着室でスカート履こうとしたらボタン跳んだんだからね!」
「……アシガラ。それは成長ではありません。ただの食べ過ぎです」
「え、そうなの?」
本気でそう聞き返してきた彼女に、一同は深いため息をついた。
「……まぁ確かに成長なんだろうけどな。主に横の」
「ナノマテリアルって好きなように調整きくからって油断しがちになりますからねぇ。人間に似せすぎるのも考えものね。ハグロ、貴方は大丈夫?」
「……成長はしてないよ。横にも縦にもね」
「……ごめんなさいね」
「悪かった」
皮肉げな笑みを浮かべる末妹に、長女次女ともに頭を下げるのだった。
……端から見たら笑い話に見えそうなのだが、本人は至って真剣なのでなんとも反応に困るヒエイであった。
「ーーそれでミョウコウ。その肩に背負ってるものは何かしら?」
話題を反らそうとヒエイがミョウコウに尋ねる。
言われた彼女は「ああこれか」とそれを下ろしてヒエイにかざした。
「見ての通り、笹だ」
「笹?」
「そう。パンダとかが食べるやつだ」
「……アシガラの餌付け用ですか?」
「ーー会長のユーモアセンスが上がったことにおきましては、一生徒会員とし喜びを禁じ得ませんな」
「ありがとう、ミョウコウ」
「え、笹って食べれるの?」
「「「「やめなさい」」」」
一同が声を揃えて言った。
アシガラはそっかーと少し残念そうに笹を見つめる。
純粋すぎるその瞳、恐ろしい限りである……。
「……と、冗談はさておいてだ。七夕だよ七夕。これは短冊をかけるための笹だ。ナノマテリアルで作ってみた奴だがな」
「……ああ、なるほど。そういえば今日はそんな日でしたね」
「そうだ。それでな、アシガラの提案で我々もやってみようと話になった。一応確認をとるが、やっても構わないだろうか生徒会長殿?」
「……ええ。別に構いません。業務に差し支えなければ、好きなようになさい」
「了解だ。それじゃあナチ。あれを」
はいとナチはうなずくとにこにこと笑みを浮かべたまま、ヒエイの机の前までくる。
そして彼女をそっとヒエイにそれらを差し出す。
「……ナチ。これは何かしら?」
「会長の分の短冊ですよ。お書きになってください。どうせやるならみんなでいっしょでやりましょう。ね?」
「いえ。私にはこれといって特は……」
「ちなみに私はこれっ!」
ダンっ!と彼女の座る机の上に大きな塊が叩きつけられた。
あまりの振動に、思わずヒエイは仰け反る。
目の前に飛来した大きな塊。
よくみると何枚もの紙が折り重なって一つの岩のような形状になっていることがわかった。
「……アシガラ。まさかこれ、全部短冊……?」
「願い事いーぱい書いたんだ!まずバーベキューでしょ。肉まんでしょ。それとラーメン、餃子、エビフライ、それにそれに……」
「こらこら、アシガラ。そんながっつくと意地汚いし、何も叶えられんぞーーちなみに私は新しい釣竿がほしいぞ。最近新作が出たらしくてな、会長」
「……はい?」
いきなりのミョウコウに話題をふられて、ヒエイは首を傾げる。
するとハグロも体をもじもじとさせながら「私も……」と口を開く。
「……靴がほしいかも。なるべくおっきいやつが」
「ちなみにハグロが言ってるのは所謂シークレットシューズというやつだ。察してやってくれ」
「ミョウコウっ!!何でいっちゃうの!?」
はっはっはと笑うミョウコウに真っ赤になって襲いかかるハグロをナチが押さえながらまぁまぁ宥めた。
「ちなみに会長、私は新しい座布団が欲しいです。最近お尻痛くなってきちゃって」
「……待ってください。何故私にそんなことを言うのですか?」
短冊に書く願いを、まるで事務手続きのように報告してくる彼女たちに、ヒエイはとまどった。
すると、ミョウコウが「それはだな……」と指先で頬を掻く。
「実際の話、いろいろとやりたいことがあるんだが、その……予算が足りなくてな」
「ーーミョウコウ。めんどくさい言い方はしないではっきり言いなさい」
ヒエイがそうぴしゃりといい放つ。
すると、ミョウコウたちは指先をちょんちょんといじりながら、上目遣いに聞いてきた。
「ーー欲しいものがあるからお願い聞いて頂けないでしょうか……?」
ーーはっきりと、ストレートなおねだり。
聞いたヒエイは、はぁぁぁ、とこれまた深いため息をついた。
「だ、駄目だろうか……?」
「……いいえ。回りくどい言い方をされず、素直に言えばいいものをとため息混じりけついただけです」
「そ、それじゃあ……」
「ええ。構いませんよ。会計に余裕はありますし。日頃がんばってるご褒美、ということで」
そうヒエイが言うと彼女たちはやったー!と手を叩いて喜びあった。
……日頃からがんばってるのは事実だ。
だからこういうのも、たまにはいいだろう。
「……ただし条件があります。他の黒の艦隊メンバーの短冊も作ってあげなさい。メンタルモデルを持てない子も全部ね」
言うと、ぐ、とミョウコウたちの表情がひきつった。
露骨な反応を見せる彼女たちに、ヒエイはにっこりと微笑む。
「どうせやるならみんな、でしょう?ならあの娘たちもいれてあげなきゃ可哀想よ。貴方たちも、そうでしょう?」
……わかってる。
ヒエイの言い分はもっともなのだが、剃れ以上に彼女のこの笑顔は逆らっては駄目なやつだと。
長年いた彼女たちはよくわかってる。
「そんな暗い顔しないで。たかが三桁程度よ。皆で頑張りましょう」
そう言った彼女に、ミョウコウたちは観念したように「はい……」と頷くしかなかったのだ。
■ ■ ■
「ーーすばらしい。なかなかの出来映えではないですか」
出来上がったものを見て、ヒエイはふむふむと頷いた。
ーー短冊の、さまざま色が混ざりあったその笹は、ヒエイたち初めての七夕を祝うにふさわしい見事な姿であった。
それからヒエイは背後を振り返り、彼女たちに向かって微笑む。
「……お疲れさまでしたみなさん。見事な働きぶりでしたよ」
言われたミョウコウたちは「おぅ……」と謎のうめき声をあげてそれに答えた。
……まさに死屍累々といったさまであった。
全員が全員右手を振り上げ「指が痛い……」とうめいている。
ーー霧の艦からお願い事を聞くの簡単だった。
が、問題だったのは短冊を全て手書きで書けというお達しであった。
「一筆一筆心を込めて。それが大切なのですよ、みなさん」
「……いや。限度があるぞ、会長……」
生真面目な彼女の性格が裏目に出ての結果であった。
「さて、では飾りに行きましょうか。いきますよみなさん」
「いや待ってくれ会長、ちょっと休憩したい……」
「何をいっているんですか。そんなことをしていたら七日が終わってしまいますよ。ほら、急ぎなさい」
「……鬼だ」
ぽつりと、恨みがましくハグロが呟いた。
■ ■ ■
「ーーうわ、すごい」
甲板に出たミョウコウたちは空を見上げた途端、そう思わず声がもれた。
ーー見上げた空には、きらきらと輝く、星の流れがあった。
それは川のように、緩やかなウェーブをかけて、空を流れる。
神秘的な輝き、その美しさは、胸の奥にとくんと何かの鼓動を与える。
「だから言ったでしょう。はやくきた方がいいと」
笹を立て掛けながら、ヒエイはふっ、と微笑む。
「す、すっげい!ヒエイ、あれってなに!?」
「天の川ですよ。七夕といえば短冊だけではありません。こういうのもあるんですよ」
「それにしても綺麗に見えるものだな……ひょっとして、我々が作業してる間に移動したのか?」
「……まぁ、多少わね」
こっそり耳打ちしてきたミョウコウに、ヒエイは肩を竦める。
そんな彼女にミョウコウは苦笑し「ありがとう」と小声でいった。
「ーーどういたしまして」
言って、彼女は再び空を見上げる。
ーーお前は堕落した。
ええ、確かにそうなのでしょう。
こんな、曖昧で、不確定的で、情緒的なもの。
こんなものが、厳格な霧なわけはない。
私は、どうしようもなく落ちぶれてしまった。
だけどーーそれがどうしたというのだ。
天の川を見て、楽しそうに笑うあの娘たち。
彼女たちが喜ぶ姿を見れるなら、それでよいのではないか。
今の私なら分かる。
規律よりも、風紀よりも、確かに守りたいものが、私にはあると。
だから私は、こんな堕落ーー構いやしないんだ。
「ーーああ。だけど、私の分の短冊を書き忘れてしまいました」
他の子たちに構ってばかりですっかり忘れていた。
どうしようかなと少し考えてーーまぁいいかと彼女は笑った。
だって。
ーー叶ってほしい願いは、もう叶ってしまっていたのだから
ーー輝ける星の海。
本当に、本当にーー綺麗な夜空だった。
終