行きつく先へ    作:たまてん

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これにて「かくも魅力的な貴方」編完結でございます。
最後までお付き合い頂きありがとうございました


行きつく先へ外伝8 かくも魅力的な貴方に 後編

ex8

 

「――あ、これ美味しい。なかなかイけるわね」

 

その見た目に惹かれてものは試しにと注文してみたこの店イチオシのストロベリーパフェ。

 

想像以上の舌触りに、彼女は破顔した。

 

「うん。コーヒーも美味しいし、いい喫茶店を教えてもらったわ。流石、私のおじさまね」

 

にこりと、それはそれは可愛らしい笑顔で、女は対面に座る男に微笑みかける。

 

が、対照的に男ーー上陰龍二郎は「……それはなによりだ」とげんなりとした声で応対するだけであった。

 

そんな男の態度に、彼女はぷくーと頬を膨らます。

 

「何よおじさま。そんな辛気くさいお顔をなさったらせっかくのお茶会も台無しよ」

 

「……そう思うならさっさと私を帰してくれ。今すぐにでも出ていこう」

 

「だーめ。今日は一日おじさまは私だけのものだって決めたんだもの。断る権利なんてないわ。だってこれは、私が貴方から貰うべき正当な対価なのだから」

 

変わらず晴れやかな笑顔を浮かべ続ける彼女。

が、その目は少しも笑っていない。

 

……この少女と過ごして、長くはないが短くもない月日の経験で上陰にも十分わかっていた。

 

この目には逆らえない。

 

逆らうほうが、よりろくでもない出来事を被ると。

 

……つまるところ、彼女の気が晴れるまで行動を共にするしかないという結論に至るしかないのである。

 

それと一部、彼女が正論を述べていることも逆らいにくい原因ではあるのだが。

 

「……悪いことは考えるものではないな、本当に」

 

――因果応報。

 

その言葉をまじまじと実感させられながら、彼は気だるげなため息をついた。

 

■ ■ ■

 

――前回までのあらすじ。

 

突如として愛しき上陰のおじさまから逢い引きを持ち掛けられた霧の可憐なメンタルモデル・ホウライは一も二もなくその誘いを承諾する。

そして、期待に胸を膨らませつつ当日を迎えた彼女。

 

しかし、現実は非情なりて。

 

いちゃいちゃらぶらふの砂糖を吐くほどの甘い思い出になると思われたその逢い引き――その実体は、マフィアを潰すためにいたいけな女子を駆り出すという鬼畜の極みであった。

あまりの所業に、美少女ホウライの乙女心はぶろーくん。

悲しみに暮れる彼女はついに禁忌を犯してしまう。

愛しきおじさまを拉致りレッツ逃避行。

さぁ、愛憎交わる二人の運命は如何に……!?

 

 

 

「――あら。意外にロマンチックなシナリオ。一本書けそうなぐらい」

「……まぁ百歩譲って八割内容が合っているとしよう――ハズレている二割が巨大過ぎると思うのだが如何に?」

「仕方ないじゃない。ノンフィクションだけじゃつまらないわ。多少のアレンジは必要よ」

「それはアレンジではなくただの隠匿だ」

 

聞こえませーん、と両耳をふさぐホウライに再び嘆息する上陰。

 

――ちなみにさきほどのあらすじに補足すると、彼女に拉致されたあと「美味しいものを食べさせろ」と脅迫され、行きつけの喫茶店に連れていかされたあげく、こちらの懐でケーキやらパフェやらを食べに食べられて現在に至るという甚だ不本意な事態になっている。

 

「当然じゃない。さっきの私のほうがずっとひどい仕打ちを受けたんだから、それぐらいは我慢してくださらないとねぇ」

 

ソフトクリームの山を崩しながら、ホウライは冷めた瞳で上陰に視線を送る。

 

「……確かに、理由を説明しなかったのはすまなかったと思ってる。騙すような真似したことも――こちらも相当急いていた。どのような手段を用いたか定かではないがこちらの予想以上に『シェンロン』の根回しが早かった。あのまま放置していたら国家の根底を転覆していた事態になっていただろう……」

 

「能書きはいい。結論は?」

 

「……………………悪かった。反省している」

 

――素直に、頭を下げた。

 

建前や体面などを考えないで、素直に彼は謝った。

 

ホウライは、そんな上陰の頭を無言でしばらくの間じっと見つめた。

切り詰めた沈黙。

……やがて、彼女はふぅーと長い息を吐いて、その沈黙は終わる。

 

「……まぁ確かに。早急に解決しなきゃいけなかったわけだしね。今回は多目にみてあげるわーーただし、次やったら承知しないから。いいわね?上陰龍二郎」

 

「ああ。肝に命じておこう」

 

真剣な面持ちで上陰が頷くのを確認すると、「ならよし」と彼女は微笑んだ。

 

……本来なら何かしらの制裁を加えるべきだ。

仮にもホウライは霧の一員。

それを、こうも軽々しく使われたとなれば霧全体の沽券に関わる。

だというのに……。

 

「――甘くなったものね、私も」

「同感だ。君は随分と甘くなった」

「……同意されちゃ立つ瀬ないんだけど」

「仕方がない。本心からの感想だ。何かしらのペナルティは覚悟していた」

「……もういいわよ、そんな話。おじさまは黙って私にお菓子を貢ぎなさい。それが制裁。いいわね」

「……霧を担うものとしてそれでいいのか?」

「いいって言ってるんだからいいの!はいおしまいっ!」

 

こちらの気もしらずにずけずけ言ってくる上陰に、いらだたしげに彼女は話を打ちきる。

 

……まったく。

我ながら、とんでもなく面倒な人物に好意を抱いてしまったものだ。

 

自分の癖のありすぎる嗜好に若干嫌気が差す。

 

――まぁ。

 

もうしょうがないとしか、言いようがないのだけれど。

 

■ ■ ■

 

――食事が終わったあと、ホウライは上陰を買い物に付き合わせた。

 

もう十分気持ち的に満足していたのだが、「この程度でいいのか?」とまた言われるのも面倒だからとことん付き合わせてそんなことに気が回らないようにしてやろうと思ってのことだ。

 

町中を歩きながらホウライは以前とは違う活気の溢れる光景に、感嘆の声を漏らす。

 

「……生き生きしてるわね、みんな。前は必要なものを揃えるためだけに来てたのに、今は買い物を『楽しんでる』みたい」

「……国交が回復し、資材も増えたからな。ある程度、楽しむ余裕が生まれたのだろう。それに加えて横須賀は海に面しているからな。海外との窓口ゆえに、内陸では手に入らないような輸入雑貨も仕入れている。丘の人々がわざわざ訪ねてくるぐらいだ」

「……訪ねてこれるぐらいにはなったのね」

 

言いながら、彼女は少し安堵する。

 

――その活気をなくしていた原因は間違いなく自分だ。

それはどう足掻いても消せない過去。

元に戻ったからといってその罪が消えないのは承知している。

ただ、それでもよかったと、ホウライは心のそこから安堵出来た。

 

……そんなとき、彼女はふと歩みを止める。

先程話していた、輸入雑貨を扱う店の前でだ。

 

彼女はじっと、その店のガラスケースを見つめている。

 

不思議に思った上陰はホウライの背後から顔を覗かせてみる。

 

――ホウライの視線の先にあったもの、それは髪の長い女性の意匠が施された、美しい銀の髪飾りであった。

 

「……へぇ。この系統も来てたんだ」

 

「……思いでの品か何か?」

 

「思い出というかなんというか……イオナの持ってる首飾りと同じ人が作ってるやつだなぁってだけだよ」

「そうなのか?」

 

うん、と彼女は頷く。

 

「……思えば、これのせいで負けたみたいなもんなんだよなぁ私。まぁこれのおかげで生きているのも事実なんだけど。そう思うと、ちょーっと複雑な気分かな――でも。あのとき、これを渡して貰えたときは――すごく、嬉しかった……」

 

しみじみと、懐かしむようにホウライは言った。

 

――そう語ったときの彼女は、本当にその時を慈しんでいるかのようでいて、いつもの彼女とは違う、切なげな表情を見せた。

 

「――気に入ったのなら買ったらどうだ。見たところそう量産されている代物ではないだろう。値段も悪くはない。買ったとしても別段損はないと思うが?」

「――いや。そうじゃないのよねぇこれが。それじゃ意味がないのよ」

「どういう意味だ?」

 

ないしょー、と彼女は言うと、再び歩き出した。

 

「さぁおじさま。ぐずぐずしてたら日が暮れちゃうわ。さっさと回るわよ」

 

「……ぐずぐずしていたのは君だろう」

 

「さぁ?なんのことかしらね」

 

悪戯っぽく笑うホウライであった。

 

 

■ ■ ■

 

 

――空が、朱色に染まっていく。

 

もう夕暮れ時。

 

長かった一日も、もうじき終わる。

 

だんだんと暗くなる空を見上げながら、ホウライは一人待つ。

 

――ほぅ、と吐き出した息。

それは白く染まって、また消える。

朝と変わらぬこの寒さ。

あまりにも違いがないものだから今が一日のはじまりなのか終わりなのか、 わからなくなる。

 

「――すまない。待たせたな」

 

そう言って駆け足で駆け寄ってくる上陰。

 

待っていたホウライは「遅いわよ」と不満げな声を吐く。

 

「今日は一日ずっと一緒だって言ったでしょう?なのにいきなり用事で席はずすとか。ちゃんと反省してる?」

 

「反省はしてるさ。それに、私の用事とはこれのことだ」

 

そう言って上陰が差し出したのは花束だった。

 

「……なにこれ?」

「見ての通りだ。墓参りにいくというのに、なんの手土産もないというのは無粋だろう。だから買ってきた」

「……あ。それは確かにその通りだ。完全に失念してた」

「やはりな――なら受けとれ。これは私よりもお前が持つべきものだろう」

「……うん。ありがとうおじさま」

 

そう言ってホウライは花束を受け取った。

 

そして二人は歩き出した。

 

――最後に、どこにいきたいかと尋ねられた。

 

どうせここまで来たんだ、どこでも付き合うと。

 

だから、ホウライは答えた。

 

あそこにいっしょにいって欲しいと。

 

――あの、慰霊碑のある場所へと。

 

 

 

 

「――変わらないわね、ここは。いや、変わりようがないかな」

 

いつか見たときと同じ景色に、ふと笑みが溢れる。

 

それから二人はそのなかを歩いていき、ぴたりとある慰霊碑の前でと立ち止まる。

 

――そこには、千早夫婦の名前が刻まれていた。

 

「……あーだけどしまった。きたはいいけど何の話しようか考えてなかったわ」

「……ここまできてそれか」

 

呆れたように上陰は額に手を当てた。

 

ホウライは冗談冗談と、苦笑する。

 

「まぁとりあえず話をするとだけど――群像は元気です。401クルーと仲良くやってます。今はフランス辺りかな。大変だけど、よく頑張ってます。あーとそれから……今日来ました理由はですね、色々忙しくて機会なかったので言えなかったのですがーーヤマトとムサシの代わりに、伝えたいことがあります。聞いてください」

 

 

――すぅっと、息を吸って。

 

はぁっと吐いた。

 

目を閉じてしばらくそれを繰り返す。

 

――そして、意を決した彼女は目を開いた。

 

精一杯の心を込めて。

 

彼女は、その言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――風が吹く。

 

これと言って変化はない。

 

答えなんて、無論あるわけはない。

 

だけど……もう十分だった。

 

 

「っっぷはぁ!!あーすっきりしたっ!これでわだかまりはもうないわね」

 

「それは何よりだ……が、これはまた、随分と私は場違いな所に居合わせてしまったな」

 

「まさか。群像たちがいたらもっと遣りづらかったわよ。実の息子さんの前だったら、恥ずかしくってありゃしないわ」

「それもそうかもな」

 

ふ、と上陰も笑うと、ホウライもにこりと笑った。

 

――やっと、伝えられた。

 

本当はもっと早く伝えなきゃいけなかったのに。

 

来るのが怖くて、理由をつけてずっと避けていた。

 

それこそひどく場違いな気がして、私なんかがいてもいいのかと思えてしまって。

 

だけど考えてみれば、他の誰に出来るというのだろう。

 

今はいない彼女たちの声を、誰が届けてやれるのだろう。

 

――それは、私にしかできない。

 

それが私がここにいる、存在理由。

 

……駄目だな。

 

またここにいる理由をこじつけようとしてる。

 

相変わらず、変なことに依存し続けようとする。

 

これではイオナたちにまたしかられてしまう。

 

ちゃんと直さなきゃ、ね。

 

「それじゃあ、今日は解散。おじさまもお疲れ様。もう帰っていいわよ」

 

「ここまで来てさらに適当になったな」

 

「そらそうよ。これでも緊張してたんだから、その反動。はい、解散解散」

 

 

「了解した――が、その前にだホウライ。渡すものがある」

 

すると上陰は上着の中から小包みを取り出す。

 

そしてソレをホウライに差し出した。

 

 

「あら。なぁにおじさまったら。随分と洒落た小包みじゃない。開けてもいいかしら?」

 

どうぞ、と上陰は淡々とした声で答える。

 

茶目っ気ないわね、と苦笑しながら彼女は丁寧に包装を解き、箱を開けた。

 

 

――瞬間、息を飲んだ。

 

 

「――欲しかったのだろう?ちょうど、バレンタインも受け取った訳だしな。時間が経ちすぎてしまったが、まぁその礼としてだ」

 

 

――小包みの中身。

 

それは先程ガラス越しに見つめていた、あの銀の髪飾りであった。

 

「…………」

 

……言葉が、出ない。

 

言おうとしても、掠れてしまう。

 

上ずった声が音を発するだけだった。

 

「花束のついでに買ってきた――いらなかったら捨てればいい。私が勝手にしたことだからな」

 

――違う、そうじゃない。

 

これが欲しかったわけじゃない。

 

こんな髪飾りを望んだわけじゃない。

 

なんて言えばいいんだろう。

 

どんな言葉なら表せられるんだろう。

 

どうしたら、どうすれば伝えられる?

 

この思いを。

 

この気持ちを。

 

――『私』だけに送ってもらえたというこの喜びを、どうすれば貴方にわかってもらえるのだろうか?

 

私はイオナが羨ましかった。

 

大切に思う人から、ただ一人のためだけのプレゼントをもらったことが。

 

だってそれは特別なこと。

 

イオナだからしたこと。

 

それはつまり、イオナ以外には出来ない唯一のことという意味。

 

ここにいる理由を探し続けた私には、欲しくて欲しくて、でも無理なんだと諦めたものだった。

 

だけど、それなのに。

 

欲しくて欲しくて仕方なかったそれを。

 

この人は、当たり前みたいにくれたんだ。

 

――それがどれだけ嬉しかったか。

 

「――それではな。また機会があれば来るばいい。仕事の邪魔さえされなければ別段文句はない」

 

「ま、待って!!」

 

 

去りゆく背中を止めようと、思わず声を張ってしまう。

 

上陰は立ち止まり、こちらに振り替える。

 

――止めたはいいが、何と言えばいいかわからない。

 

あげく、胸辺りがおかしい。

 

ぐるぐるする。

 

これは何?ああでもそんなことより何か言わなきゃああでもこの熱はおかしいどうにかしなくてはどうにかするっていったいどうしろとあしかしだからそれでも…………!!!!

 

 

「何か用か?ホウラ――」

 

「っっっ留め方っ!!」

 

ばっ!と髪飾りをかざしながらホウライは叫んだ。

 

目を見開いて驚いた様子の上陰に、ホウライは顔を紅色に染めながら言った。

 

「私、髪飾り初めて!だから、使い方わかんない!だから、使い方を、教えて、くれた、ら、なぁ、と……」

 

言いながら、さらに顔に熱くなっていくのがわかる。

 

自分自身、かなりわけわかんないことを言っているのが自覚出来ているからなんというか……もう死にたい。

 

そんなホウライの様子に、唖然とする上陰。

 

すると彼は、やれやれと肩を竦めて苦笑した。

 

「――別に構わないが。しかし、それを男の私に聞くのは果たしてどうなのかな。総旗艦殿」

 

――他愛のない、おじさまの笑顔。

 

その笑顔を見ただけで、私の胸のざわめきは静かになった。

 

先程までの出来事が嘘のように、すっと落ち着いてしまう。

 

「――元総旗艦よ。おじさま」

 

そんな皮肉も返せるぐらいに。

 

……単純過ぎて恥ずかしい。

 

「そうだったな。なら元総旗艦殿。後ろを向きたまえ」

 

「……ん」

 

言ってホウライは後ろを向いて髪飾りを手渡した。

 

上陰はそれを受けとると、ホウライの髪をまとめて行く。

 

……その手際が不自然なくらいによい。

 

「――おじさま。随分と手慣れてるわね」

 

「よく母の雑用がわりに使われてな。嫌でもなれるさ」

 

「……ああ、なるほど」

 

「どうした?手で顔を覆って。何かあったか?」

「ないです」

 

ただ露骨に安心したのが分かるからいたたまれなくなっただけです、とホウライは心の中で呟いた。

 

「――よし。出来たぞ。鏡でもあればよかったのだがな。生憎、そう都合よくはなかった」

 

まぁあったとしても、もうすっかり辺りも暗くなって見にくかっただろうが。

 

「まぁそれは残念だけど……ねぇおじさま。似合ってる?」

 

ホウライは首を傾げる。

 

上陰は改めてホウライを見た。

 

――日がくれて、周囲は夜の闇へと沈んでいる。

 

黒が埋め尽くす世界。

 

けれどその中で、月光に照らされた彼女の姿だけは輝いて見えた。

 

白く透き通る紙に白銀の髪飾り。

 

まるで夜闇の雪のような、淡い光。

 

その煌めきを見た彼は――。

 

 

「――ああ。似合っている」

 

 

率直に、上陰は言った。

 

別に特別な意味はない。

 

問われたから、彼は正直に答えただけ。

 

でもだからこそ――。

 

「――そう。そうなんだ……よかった」

 

――それが紛れもない彼の本心だからこそ。

 

最上級の誉め言葉だと、ホウライは安心できるのだ。

 

――空には、白く輝くお月さま。

 

なんてきれいな、純白の満月。

 

きっと、貴方は忘れてしまうでしょう。

 

今日という日は、貴方の他愛ない日常へとなってしまうでしょう。

 

けれど、私にとっては本当にかけがえのない時間でした。

 

何度も思い返しても色褪せない、最高の思い出。

 

だから、伝わるかわからないけど。

 

この感謝が表せるか、わからないけど。

 

せめて、言わせてください。

 

 

 

 

 

「ありがとう。おじさま」

 

 

 

 

――もう死んでもいいわ。

 

 

そんな台詞を言いたくなる人の気持ちが、少し分かった気がした。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――せいやっ!」

 

「ごふっ!」

 

 

――微睡みの中、突如教われる腹部の傷み。

 

あまりの衝撃にホウライはベッドの上から転がり落ちてのたうち回った。

 

そしてうずくまった彼女は、唐突に腹に一発噛ましてきたであろうその人を恨めしげに見上げた。

 

「……ありがとうヒューガ。いきなり目覚めの腹パンしてくれて」

 

「どういたしまして。おら、さっさと起きろっての。もうタカオも私も準備できてるわよ」

 

「……うわごめん。完全に時差ボケしてたわ」

 

時計を確認してみれば、既に定時を過ぎている始末。

 

スリープするときに、起動時間を完全に間違えていたようだ。

 

「まったく、デートで遅くなったのは目をつぶってあげるけど、恋慕に浮かれてうつつを抜かすのはタカオぐらいにしてほしいものだわ。いや、千早群像がフランスに行ってるぶん、あの子の方が働きものかもね」

「はいはい。わかりました。ちゃんと働きますよ。準備したらすぐに向かいますから」

 

早く来なさいよねー、と手をひらひら降ってヒューガは部屋を後にした。

 

……いや待てそういやここ私の部屋だ。

 

てことはまたハッキングしたな、あの腹黒眼鏡。

 

 

「油断も隙もあったもんじゃないわ……」

 

そう言って彼女は立ち上がると、ふとそれが目に入る。

 

「……夢じゃないかって、疑いたくなるのよね」

 

だって、あんまりにも幸せ過ぎたから。

 

でもこの髪飾りが、その幸せが真実だと教えてくれる。

 

いとおしいそうに彼女の指が髪飾りを撫でる。

 

その時だ。

 

不意に通信が入った。

 

しかもアシガラからだ。

 

何の用事だろうと、疑問に思いながら彼女は回線をつなぐ。

 

「もしもしアシガラ。どしたの?」

 

『あ、ホウライ?ちょっと聞きたいことあるんだけどさ、横須賀でおすすめの喫茶店ってある?』

 

「いきなりね。どうしたのよ突然」

 

『やぁ実はミョウコウたちと横須賀遊びにきたんだけどさ、お茶飲もうと思ったらなかなかお店見つかんなくて。それで試しに聞いてみようと』

 

「ふーん。今場所どこ?それによるわ」

 

『えーといまは……あっ!なんか良さそうなの発見!パフェ美味しそう!ホウライあの店知ってる?』

 

言ってアシガラは店の名前を告げた。

 

……知ってるも何もまさかの昨日おじさまと言ったお店まんまであった。

 

なんとも微妙な心境なので言い方が雑になった。

 

「あ、うん。そこ美味しい。絶対美味しいわよ。財布に余裕あればいけるわ」

 

『まじ!?財布なら大丈夫だよ!ヒエイにおこづかい貰ったから!』

 

「へぇいくらぐらい?」

 

アシガラから金額を聞いたホウライはくらりと目眩を起こしかけた。

 

――ヒエイ、それおこづかいってレベルじゃない。

 

月給だよ。

 

真剣に霧の生徒会の財政事情が心配になる彼女であった。

 

「……まぁとりあえず、その店は美味しいから安心なさい。おすすめはストロベ――」

 

『あー!駄目だホウライ。ここ予約制だ。私ら入れないよ!』

 

「はい?」

 

アシガラの言葉に首を傾げるホウライ。

 

そんなはずはない。

 

だって予約制なら、昨日私たちが入れるわけはないのだから。

 

――いや待て。

 

そういえばおじさま、昨日受付で『予約した上陰だが』とか言ってた気がする。

 

しかも二名とかも。

 

 

――それってつまり。

 

はじめから予約してあった店に私は招待されたってこと?

 

 

 

『そうか――なら構わなければその日は私に付き合ってくれ。食事に行こう 』

 

 

 

 

だとしたら、あの誘いは。

 

本当に私を。

 

 

デ、デ、デ、デデデートに……!?

 

 

 

 

『もーダメみたいだねぇ。仕方ない他のお店探すかぁ……ってホウライ?大丈夫?』

 

 

「……………………だいじょばないです」

 

 

問いかけられた彼女は、へなへなとベッドに崩れ落ちていた。

 

……腰が抜けて、立ってなんていられなかった。

 

あの人の真意なんてわからない。

 

いやきっと、深い意味なんてない、わかってる。

 

だけど、わかってきるけど……。

 

「――あっの朴念仁。いつか絶対泣かせてやるんだから……」

 

……それが、何よりも明確な敗北宣言だとも気づかず、彼女は真っ赤になった顔をシーツに埋めるのであった。

 

 

 

――ああ、かくも魅力的な貴方さま。

 

貴方へ馳せるこの想いは。

 

どうやら、まだまだ止まることはないようでございます。

 

 

 

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