行きつく先へ    作:たまてん

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新たな霧の総旗艦の計略により、群像たちの敵は霧だけではなくなった。


行きつく先へ  第四話  理由

4.

 

『――それでは皆さん、ご機嫌よう』

 

そう彼女が言ったところで映像は終わった。

と、同時にくすくすと口元に手を当てて、映像に映っていた少女と同じ姿をした彼女は笑った。

 

「これで人類には千早 群像を消す絶好の口実ができた。どうかしら?この舞台なら、私のお願いを聞いてくださる?上陰のおじさま」

 

ホウライが首を傾げて訊くと、それまで黙って見ていた上陰が口を開いた。

 

「――確かに、君の言う通りこれなら千早 群像を殺しても誰も文句を言うまい。しかし霧の総旗艦殿。例え口実やら建前やらが出来たところで意味はない。君ですら手こずる相手に、たかが人類が勝てるわけがないだろう?」

「あら。一つだけ方法があるじゃない――貴方が保持しているそのパスワードをアメリカに届ければ、ね」

 

彼女は上陰の耳元でそう囁いた。

――ホウライの話では現在主要国とされるアメリカ、中国、イギリス、フランスなどの国々の要人たちに、上陰の前にいるのと同じ彼女のコピーが接触しているらしい。

そして彼女は軍を動かす権限を持つ彼らに働きかけている。

千早群像を殺せと。

しかしながら、上陰が動かせる部隊は限られている。

自分以上に権力のある人間に何故接触しなかったのかという疑問があったが、彼女の真意を知った今となっては単純なことだった。

――振動弾頭。

人類が開発した霧への有効な対抗手段。

現在、アメリカがそれをしようしているが刑部蒔絵が仕掛けたシステムにより凍結状態にある。

ゆえに振動弾頭は使用出来ない。

――二年前に、上陰が重巡タカオから密かに受け取った解除コードを使わない限り。

 

「あとは、上陰のおじさまがパスワードをアメリカ政府に言ってくれれば、それで終わり。コンゴウたちといっしょに、千早 群像も海の藻屑と消えてくれるわ。――もしそうしてくれたら、この日本国だけは見逃してあげるわ」

 

彼女は言った。

自分の指示通りに動いてくれたらこの国だけは、安寧を約束してくれると。

それどころか霧の艦隊の統治の下、今よりさらに上の地位に上陰を据えてやると。

 

「悪くない話でしょう?」

「ああ悪くない……それゆえに、交渉するに値しない」

 

ーーだが上陰は、彼女のその提案をにべもなく一蹴した。

 

日本国だけは安寧を約束し、貴方にはよりよい地位を差し上げる。

ああ、確かに甘美な響きだ。

だが……だとしたらそのほか各国の要人たちにはなんと話を持ちかける?

きっと同じような内容だ。

だがそれでは話が矛盾する。

ならば答えは一つ――彼女、ホウライは始めから約束など守る気はない。

 

「いくら経験がないとはいえ、こうまで駆け引きが下手だというのは考えものだな。――守られることのない約定に意味はない。ゆえに振動弾頭のパスワードをアメリカに渡す気はない」

「……なら、今すぐ私が貴方を殺すと言ったらどうするのかしら?」

「好きにすればいい。パスワードをアメリカに渡した段階で日本国に価値はなくなる。この状況だ。同盟国であるアメリカが我々を守ってくれる保証はないからな。このパスワードは、保持していることが最大の武器なのだよ。それを君に渡したら、死んだも同然さ」

 

爪が甘かったな。

上陰はそう鼻で笑った。

ホウライは何も言わない。

ただただ虚ろな目が、上陰を覗き込む。

上陰も、決して目を反らしはしなかった

互いに見つめ合ったまま、長い沈黙が続く。

 

ーーそして、先に根負けしたのはホウライの方だった。

 

はぁ、と深いため息を付く。

 

「他の国の連中は、我が身大事ですぐに言うことを聞いてくれたのに、上陰のおじさま違うのね。悔しいけど、私の交渉能力は子供騙しのようね」

 

「……次からは、相手の利も考慮してうえで会話をしたまえ。霧の総旗艦殿」

 

上陰が言うとそうさせて頂くわ、と彼女は素直な答えを返す。

それから、頬に手を付けて何やら考える素振りを見せた。

 

「仕方ない。なら貴方の協力無しでやるしかないわね」

「私や他国に協力を仰いだところで、君たちの役に立つとは到底思えないのだがな」

「いいのよ。貴方たち人類はそこにいるだけで十分役に立ってもらえるから」

「……どういう意味だ」

「千早群像も所詮人間って意味。さて、なら私も準備をしなきゃ……ふふ、上陰のおじさまとのお話はとても充実していたわ。また来るわね」

 

さようなら、と手を振ると次の瞬間には彼女の姿は消えていた。

部屋の中に静けさが戻る。

彼女が去り一人になったと認識した途端、彼の全身からどっと汗が吹き出した。

緊張から解き放たれ、よろめいた彼は机に手をつき脱力した体をなんとかこらえさせる。

――自分を殺すと言ったあの時の少女の目。

喉元にナイフを突きつけられたような絶対的な殺意。

あの恐怖は、恐らく一生忘れられそうにない。

 

「――まったく、あんなものと共に行動できる彼の神経を疑うな」

 

額の汗を拭いながら、上陰は苦笑した。

 

……しかし、だからなのだろう。

 

彼がーーあんなものと共存しようなどと言える彼だからこそ、希望と成り得るのだろう……。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

そして翌日。

群像たちは無事目的の海域へと到着した。

海と空以外何も見えないが、群像が肌で感じるこの感覚はあの時を思い出させる。

――触れようとしたこの手がすり抜けた、あの感覚を。

 

「――ここでいいでしょう。ナチ、お願いします」

「わかりました」

 

ヒエイの言葉に頷いたナチは自分の船に戻り、自らの探知システムを指導させた。

超重力砲と引き換えに得た彼女の探知能力は霧の中でも随一だ。

この海域に沈んだかの残骸もきっと見つけてくれるだろう。

 

「――大丈夫か?」

 

ーー唐突に、コンゴウがそう声をかけてきた。

あまりに突然だったので、群像も咄嗟に反応できなかった。

 

「え?あ、ああ大丈夫。――心配してくれたのか?」

 

一応な、とコンゴウは言った。

そして、彼女はどんよりと曇った空を眺めながら再び群像に尋ねる。

 

「――昨日のあの映像、どう思った?」

「……あれのおかげで俺たちは人類からも標的にされるようになった。いや、標的にできるようにお膳立てされたのかな」

「そうだろうな。今の人類に我々を攻撃する正当な理由としてあの映像を流したのだろう。そして、そこまでして使いたい人類の利用価値とはやはり――」

「――振動弾頭、だろうな」

 

あれを使えば、人類でも霧を沈められる。

きっとホウライは、その振動弾頭を人類に使わせて群像たちを追い詰めたいのだろう。

 

「しかし、だからと言って人類側もはいそうですかと従うとは思えない。余程の何かがない限りわざわざ君たちと砲火を交えることはないだろう。とくに慎重なあの上陰次官なら尚更だ。あの放送は、特に気にするものではないさ」

「――気にしなくていい?冗談はよせ。あれの本当の意味は、お前にもわかっているだろう?」

 

群像は答えない。

無言のままだ。

……それだけで、コンゴウも彼がその意味を理解しているのだと分かる。

 

「――あのコピーが偽物であると証明する手段はない。そしてそれはこの戦いが終わっても同じことだ。つまり、千早群像はこの戦いに勝とうが負けようが永遠に人類の敵として世界に認識され続ける……かつての千早翔像と同じようにな」

 

――人類に宣戦布告し、ムサシの傍らにいた千早翔像。

あれは彼女の作った精巧なコピーだった。

本当の彼は霧と人類の共存のために尽力し、その混乱の最中に命を落とした。

しかし、その真実は誰にも知られることなく戦いは終わった。

全ての真実は海の底に。

そして、あとに残ったのは、人類の裏切り者としての彼だけだった。

 

「……あの小娘はお前に問いかけている。勝とうが負けようがお前には何も残らない。誇りも帰る場所も、何一つ戻りはしない。だとしたら、お前は何故戦うのかと。……それが、あの女の本当の狙いだ」

「……わかってるよコンゴウ。けど、俺は――」

「コンゴウ様!大変です」

群像が答えようとしたとき、ヒエイが駆け寄ってきた。

「どうした?ヒエイ」

「今ナチが探知を終了したのですが――何もありませんでした」

「――なんだと」

 

ヒエイから伝えられた事実に、コンゴウは目を見開いた。

 

「艦の残骸はおろか、ナノマテリアルの痕跡すら微弱です。こんなことって……?」

「――いや、それについて考える必要はない」

 

困惑するヒエイの言葉に答えたのは群像だった。

その事実を聞いた彼は陰鬱そうな顔をしていたがーー同時に、彼は何かを悟ったようにも見えた。

 

「……どういう意味だ」

「……一番的中して欲しくない予想が、当たってしまっただけのことだ」

 

彼がそう言って、ため息をついたときだ。

索敵を行っていたナチが声を上げた。

 

「コンゴウ、ヒエイ!後方より艦影を捕捉しました。ナガラ級、多数」

「っ!来ましたか……」

「ミョウコウ!アシガラ!ハグロ!戻れ!迎撃準備だ!」

「待ってください!」

 

了解、と言って自分の艦に彼女たちは戻ろうとしたがそれをナチが引き留めた。

 

「どうしたナチ?」

「反応は霧の艦のナガラ級なのですが……艦の内部から生体反応があります。それも複数」

「なんですって!?」

 

ヒエイが驚愕の声を上げる。

対してコンゴウは低く唸った。

 

「なるほど。そういうことか……」

 

ーー生体反応。

それが意味することは一つしかない。

群像は苦い顔で、ナチに再度確認した。

 

「……つまり、人が乗っているんだな?」

「――その通りよ。千早群像」

 

唐突に背後から聞こえてきた声に群像たちはぎょっとして振り返る。

そこにはいつの間にか純白のあの少女が立っていた。

 

「――なんの用だ、小娘」

「ひどい言い草。私だって本当は貴方たちに会いたくなんてないのに。けど、今日は群像に訊かなきゃいけないことがあるから、仕方なくね」

 

「……俺に?」

 

そう、とホウライは頷く。

 

それから彼女は微笑む。

 

残酷なほど、優しい笑みを浮かべてーー

 

 

「――ねぇ。教えてよ千早群像。今の貴方には、いったい何が残っているのかしらね……?」

 

ーー彼女は彼に、そう問いかけた。

 

 

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