何のために戦うのかを
5.
――お父様に出会って、私は言葉を交わす楽しさを知りました。
誰かの気持ちを知り、誰かに気持ちを伝えられることに、幸せを感じました。
――お父様がいなくなって、私は失う悲しみを知りました。
そして同時に、私の愛しい妹も壊れてしまいました。
妹が抱いた痛みは、姉である彼女にはよく分かった。
だから壊れてしまった彼女に、憐れみにも似た感情を抱いた。
――けれどね。
沈みゆく彼女だって、決して憎悪を抱いていなかったわけではないのよ。
その憎しみは、壊れるには十分なほどに深く、そして深く…。
その沈みゆくココロに、救いの手は訪れることはなかったのだから。
■ ■ ■
「――俺に残っているもの、だと」
そう、と言ってホウライは頷いた。
そして指先を合わせ、楽しそうに微笑む。
「だって人類も敵となった今、貴方は何を理由に戦うの?人類の未来のためと謳うなら、彼らはもう貴方は必要ないって言ってるわよ」
「……そう仕組んだのは貴方でしょう?」
ヒエイがそう指摘すると、ホウライは「まぁ確かにそうね」と肩を竦めた。
「でも初めから私は気になっていたのよ。千早 群像が戦う理由がなんなのか。人類のため、というのはあるかもだけどそれだけじゃないみたいなのよね。だって、今現在だって彼の目はこんなにもはっきりと私を見ているのだから」
――そう。
世界の全てが敵になったというのに、群像の決意は揺るがなかった。
あの瞬間、群像は自らの足場を失うという恐怖を味わったというのに、彼の目に絶望の色はなかった。
「――ねぇ。何故、貴方はそうまでして戦うの?教えてくださらない?千早 群像」
そうまでして彼を突き動かす原動力を、彼女は知りたかった。
ホウライがそう問うと、群像は静かに息を吐いた。
そして彼女の顔を真っ直ぐと見て、はっきりと言った。
「――守るためだ。人だけじゃない。霧と人の共存のために命を駆けた親父の願いを。そして、イオナが存在をかけて守って築き上げてくれたものを。だからこの程度で、俺は歩みを止めたりしない」
――それが自分に出来る、せめてものことだとわかっているから。
そう言った群像を、ホウライはじっと見つめる。
しばらくすると「呆れた」と言って両手を広げた。
「貴方って強情よね。――そういうところ、お父様にそっくりだわ」
「――なんだと」
どういう意味だと問いただそうとすると、彼らの爆音と共に後方で水しぶきが羽上がった。
「っ!ナガラが撃ってきたのか……」
「あらあら。まだ射程圏外だというのに。焦りすぎよ。相変わらず人は短気ね。――そうだから、私は人間が嫌いになったのよ」
「ホウライっ!頼むやめさせてくれ!俺たちはわかりあえるはずだ!」
「――無駄よ。現にわかりあえないから、私はここにいる」
虚ろな目で、彼女が答えると同時に再び水しぶきがあがる。
「っチ!迎撃してきなさいアシガラっ!」
「――待て。行くな」
「コンゴウ様っ!撃たなければこちらがやられます!」
「いいから待て!それだけではすまなくなる!」
そうそう、とホウライは相づちを打つ。
「別に撃っても沈めても構わないわ。だけど、あの船には各国から集まった霧に立ち向かおうとする勇敢な軍人さんたちがたくさん乗っているのよね。――もし沈めてしまったら、名実ともに今日から貴方たちは人類の敵なってしまうかも、ね?」
「……その勇敢な軍人たちが何故霧の艦などに乗っているのだろうな?」
「あら?あれナガラだったの?私知らなかったわぁ。……でもそんなこと、沈んだら分からないわよね」
そう笑いかける少女にコンゴウは舌打ちした。
対して群像は、未だに彼女の説得を試みる。
「ホウライ。君が何故そんなにも憎しみを抱くのか俺には分からない。だけど人には、まだ君の知らないことがたくさんあるんだ。――頼む。今君の知る『人の姿』だけで、俺たち人類を否定しないでくれ……」
「……確かイオナのため、とか貴方言ってたわよね?――なら、これはどうかしら」
そう言って、彼女の姿が眩い姿に包まれる。
そして光が収まった時、群像たちの目が驚愕に開かれる。
「――群像、お願い。私の言うことを聞いて」
「……イ、オナ」
――そこに立っていたのは、かつて彼の目の前でしまった彼女の面影を持つ人だった。
「――群像。私はもう嫌。この胸に渦巻くもの、この不快感、とても耐えられない。こんなものを与えたものを、私は消したいの。――だからお願い群像。邪魔をしないで」
「っ!」
イオナは群像に泣きながらそう懇願した。
彼女のその姿、その声、その仕草は群像を激しく動揺させた。
――違う。
イオナがこんなことを言うはずがない。
なのに、なのにどうして俺は……!?
「惑わされるな!あれは、我々の知る401ではないっ!」
葛藤する彼にコンゴウはそう叱咤するが、今度は爆音と共に艦体が激しく揺れた。
ナガラの撃った砲弾がクラインフィールドに着弾したのだ。
仕方ない、と彼女はヒエイに指示をする。
「ヒエイたちはこのままナガラから距離をとれ!彼女たちは――私が沈める」
「コンゴウ様っ……!」
「コンゴウ、待ってくれ!それは駄目だ!」
それでは、本当に元に戻ってしまう。
霧と人は完全な決別をすることに……。
するとコンゴウは「安心しろ」と笑った。
「――彼らを沈めるのは私だ。だから千早 群像。その役目は引き受けるから、あとは任せる」
「しかし、それでは君が……!」
「いいさ……私一人が、また人類の敵に戻るだけでさ」
――止めたかった、彼女を。
だけど今の群像は打開策を思いつけない。
焦る彼にイオナの顔をした超戦艦が追い打ちをかけるように嘲笑う。
「ほら。相容れないって言ったでしょう?」
ホウライが勝ち誇ったように笑った……その時。
「――諦めムードには、まだまだ早いんじゃないかしら」
突如、コンゴウたちの前方から水しぶきを上げて何かが浮上する。
「何っ!?私の索敵に反応しなかっただなんて……」
「……随分と、遅かったじゃないか。間に合わんと思っていたぞ」
驚愕するホウライとは対照的に、コンゴウはそう笑った。
――海中より出でたのは、蒼き鋼を纏った一隻の艦。
その船首に、彼女は不敵に笑い、一人立つ。
「だって仕方ないじゃない。主役は最後に登場するものなのよ。そうでしょう?――マイ・アドミラル」
そう言って、彼女――重巡タカオは、唖然とする群像に艶っぽくウィンクを送った。
終