しかし彼には重い現実がのしかかる
7.
――ヒュウガの助力により、砲火を交えずに海域を離脱した群像たちは航海を続けていたが再びナガラが襲ってくることはなかった。
恐らく彼女の開発した電磁ミサイルの対抗策が見つけられなかったからだろう。
しかしそれは群像たちも同じで、イオナのユニオンコアも回収出来ずこれからどうするかという話になった時、ヒュウガは自分についてくるようにと指示した。
どこに行くのか?、と尋ねたが目的地に近くなってから話すと彼女は答えた。
傍受を避けるためであろう。
かくして、群像たちはヒュウガに連れられて海を渡る――。
■ ■ ■
「――よっぁしゃぁぁぁ!勝ったぁあ!!」
「なん……ですって?」
やったー!と両手をふり上げて喜ぶアシガラと手元に残ったジョーカーのカードを愕然と見つめるタカオ。
その光景を、姉妹三人は驚愕を通り越して半ば呆れつつ見つめていた。
「――まさかアシガラに負ける奴がいるとはねー」
「タカオさんも顔に出やすい方でしたからね。それでもアシガラに比べたらまだマシだと思ったのだけど」
「ま、まぐれに決まってるじゃない。次こそは勝つに決まってるわ……」
「そう言ってすでに三回も負けてるんだがな。君は」
まあそれでもアシガラとイーブンなのだが。
しかし、ババ抜きとなるとアシガラが必ずビケになってばかりなので(姉妹全員、手を抜く気は毛頭ない)タカオが加わったことで面白みが増したのは事実だ。
……勝つことより、どっちが負けるかを観察するという楽しみ方になっていたが。
そんなタカオを見て、椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいたヒュウガは小馬鹿にしたように笑う。
「タカオ。アンタさぁ、アシガラに負けるとかダサくない?」
「うっさい!」
「あははは、タカオださーい!」
「ふぎぃー!」
「――アシガラ。婉曲的にお前もバカにされてることに気付け」
まぁその天然さが彼女の魅力なのだろうが、と思いながらコンゴウはカップに口を付ける。
空になったカップを机の上に置くと即座に横にいたヒエイがティーポットで紅茶を注ぐ。
「どうぞ、コンゴウ様」
「ヒエイ。お前も座ったらどうだ?立って注いでばかりでは辛かろう」
「いえ辛くなどありません。むしろ楽しゅうございます」
満面の笑顔で答えるヒエイに、コンゴウはそうか、と答えたが少し訝しんだ。
……何だろう、同族の匂いがする、と思いながらヒュウガはヒエイをじっと見つめた。
「しかしタカオ。情けないのは確かだぞ。そんなものではお前の言う『逆白馬の王子様作戦』は失敗して当然よな」
「だからうっさい!それに、本来だったら私が横須賀に艦長迎えに行っての『逆白馬の王子様』だったのに、アンタが迎えに行っちゃったから無駄足どころか合流にするのにも手間取ったんじゃないっ!」
「私のせいにするな。あの小娘のジャミングで通常の通信はおろか概念伝達すら使用出来ない状況なんだ。お前が確実に千早 群像を迎えに行くと言う保証がない以上、私も動くのが定石だろう?」
「私が艦長迎えに行かないはずがないじゃない!二年前に真っ先に届けに行ったのだって私なんだからね!?」
「そういえば、お前にいい言葉を教えて貰ったな。――それはそれ。これはこれ、というやつだ」
「きぃー!」
タカオが威嚇するが、コンゴウは涼しい顔だ。
そんなコンゴウに横に居たヒエイは耳打ちする。
「しかしコンゴウ様。その千早 群像をどうなさるおつもりなのですか?」
「――放っておいてやれ。あれにはまだ考える時間が必要だろう」
そう言いながらもコンゴウはちらりて向こう側にいる彼を見た。
コンゴウたちの入る場所とは反対の離れたところで、群像は一人風に吹かれて立っていた。
その姿からは、彼の葛藤する思いがにじみ出ていた。
「――ちょっと失礼するわ」
「あれ?タカオどこ行くの?」
「だからちょっとよ」
「タカオ。待ちな――」
「いいんだよヒエイ。行かせてやってくれ」
止めようとしたヒエイをコンゴウが制した。
「よいのですか、コンゴウ様?」
「――タカオは自分に何が出来て何が出来ないかちゃんと弁えている。その彼女が行ったということは、彼女にしか出来ないことがあるのだろう。なら任せるさ」
「確かにその通りね」
コンゴウのその言葉に、ヒュウガも頷いた。
■ ■ ■
……いつもなら心地のよいそよ風のはずなのに、彼は何も感じられなかった。
感じる余裕さえなかった。
今の千早 群像には、ただ突きつけられた現実が重くのし掛かっている。
――超戦艦ホウライのユニオンコアはイオナのものだ。
ヒュウガはそう言った。
つまり、あのホウライはかつて霧の総旗艦であったヤマトのコアを継承していることになる。
同時に同じコアから産み出されたのだからホウライはイオナのれっきとした分身――いや、もう一人のイオナと言える。
そしてそれは、彼女が群像に発した言葉が真実であるという可能性を大きくするものであった。
――イオナが、人類を憎んでいる。
全ての消滅を望んでいるということをだ。
……否定したかった。
自分の知るイオナがそんなことを考えるはずがないと。
けれど群像は知っている。
時間は何もかもを変えてしまう。
人も、心も。
そして、一番変わったのは自分だとわかっているから。
情けないことに、今もこうして葛藤を続けている。
「――艦長、少しいいかしら?」
声に振り返ると、そこにはタカオが立っていた。
「タカオか。どうしたんだ?」
「――それはこっちの台詞。今の貴方の方がどうかしてるわよ」
「……そう、だな。すまない」
「別に謝れとは言ってないわよ」
カツカツと近付いてきた彼女は、群像の隣に並んだ。
そして彼女もそよ風にあたり、気持ち良さそうに目を閉じた。
「――昔は考えもしなかったわ。自分に風を楽しむなんて情緒が生まれるなんて」
「そうだな。霧は変わった。喜怒哀楽がよく現れるようになった。――見ていると、君たちの方が人間よりよっぽど人間らしいと思えてくる」
「今はそうかもね。けれどいずれ私たちだって人間と同じようになるかもしれないわよ」
「そうだね。みんな、いずれ変わる……」
――幼い頃、自分はいつまでも父の背中を追って生きていけるのだと信じていた。
しかしそうはならなかった。
傍に居てくれた母も、この世を去ってしまった。
そして無邪気だった自分は、いつの間にかこの世界にただ不満を感じるだけの無力な人間になっていた。
だから不変なんて無理な話なんだと、痛いほどよく分かっている……。
「――あるわよ。変わらないものだって」
「――え?」
群像は空を見上げるタカオの方に振り返る。
「例えばこの海。綺麗な蒼色でしょう?そりゃ夜になったり嵐になったりして必ずじゃないけど――でも最後には蒼に戻る。貴方だってそう」
「俺も?」
「ええ。どんな姿になろうがどんな考えを持とうが、貴方の本質は変わらない。なら貴方と共に過ごした401も絶対にそうよ。あの子頑固だったからね。――だから、信じてあげなさいよ。あんな女の言葉よりも、貴方の知る401のことをね」
「――そうだな」
――タカオの言う通りだ。
彼の知っているイオナならそうだ。
きっと逆の立場ならイオナは自分を信じてくれただろう。
なら自分も、自分の知るイオナを信じて進むだけだ。
「――すまないタカオ。情けないことを言った」
「別にいいわよ。じゃあこれ。忘れ物」
そう言って彼女が差し出したものを見て、群像は息を飲んだ。
差し出されたものは女性の後ろ姿が描かれた青いブローチ。
忘れるはずがない。
群像がイオナに渡した、最後のプレゼントだ。
「横須賀に行った時についでに持ってきたの。余計なお世話だったかしら?」
「いやまさか。――ただ、二年前も君に届けてもらったんだよなって思い出してね」
――二年前。
戦いが終わって群像が両親の墓参りに行った時、墓標の前にこのペンダントが置いてあった。
振り返るとタカオが立っていて、「偶然、見つけたからついでに届けに来ただけよ」と言って立ち去っていった。
……そのことに群像がどれほど感謝したことか。
「――そうね。だから今度は貴方が届けてあげなさい。艦長のお父様は、401たちのお父様でもあるのだから。家族いっしょにね」
「ああ、必ず。それとタカオ今度は君も両親に挨拶して貰えないか?二人に紹介したい」
「な゛っ!?」
突然そう言われて、タカオの顔が朱色に染まる。
彼女の体が熱を帯びる。
「か、か、か、艦、長。そ、そ、しょれってまさか……」
緊張のあまり呂律が回らない。
彼の顔が直視できなかった。
群像は晴れやかな笑顔でああ、と頷いた。
「――イオナたちを届けてくれた恩人として、君を紹介したいんだ。そして俺たちといっしょに戦ってくれた仲間として」
「………………あ、そうですか」
その言葉を聞いた彼女は、先ほどまでの熱気はどこへやら、燃え尽きた白い灰になっていた。
■ ■ ■
「………うわぁ。ありゃ流石に同情するわ」
「千早 群像も鈍感だな。戦闘時のあの勘のよさはどこへ行ったのやら」
真っ白に燃え尽きたタカオを物陰に隠れてこっそり見ていたヒュウガとコンゴウはやれやれと言った。
「タカオ頑張れー!」
「シッ!大声出しちゃ駄目よアシガラ」
「なるほど。あれが乙女プラグインを実装した艦の振る舞いか。参考になるな」
「ミョウコウ、それ素で言ってる?」
そして彼女たちの足元で姉妹四人がぎゅうぎゅうに押し詰められながら二人を見ようと必死になっていた。
その固まりの下で押し潰されていたヒエイが「重い……」と呟いている。
「しかし、戦意を喪失されずに何よりだ。これならあの男を艦から下ろす必要もなさそうだ」
「ま、多少はあるけどこの程度でめげるような人間じゃないからね、千早群像は」
「ところでヒュウガ。お前の案内に従っているがいったいどこに行くつもりだ?いい加減教えろ」
「……もうそろそろ到着するしいいっかな。硫黄島よ硫黄島。半分なくなっちゃったけど、大破した霧の艦の残骸を回収しておいたからナノマテリアルの補給が出来るようにしと置いたわよ。って、それよりコンゴウ。ヒエイ、大丈夫なの?」
「……ヒエイ?。おいヒエイ、大丈夫か?」
「あ、貴方たち……いい加減にしなさぁぁぁいっ!!」
上に乗っかっていたアシガラたちをものすごい力で吹き飛ばして彼女は立ち上がる。
「いいですかっ!?コンゴウさまやヒュウガさんが気になるのは解りますが貴方たちはただの野次馬でしょう!?どうせ楽しむだけが目的なんでしょうから――」
「――あら?そんなに楽しかったかしら?」
「タ、タカオっ!?」
ガバッとヒエイが振り向くとタカオがものすごくいい笑顔で背後に立っていた。
けれど目が笑ってない。
「ち、違うわタカオ。私はむしろ止めようと……」
「止めるって誰を?」
「……え?」
ヒエイが後ろを振り返ると、そこには誰も居なかった。
コンゴウすらもだ。
「みんな逃げ足早いわねぇ。でも、ヒエイは足が遅いのね。高速戦艦なのに」
「……待ってタカオ。落ち着きましょう」
タカオの笑顔を見たヒエイは背中に嫌なものを感じた。
これがいわゆる『悪寒』と呼ばれるものだということを、この時の彼女は知らなかった。
パキパキと指を鳴らしながらタカオは静かに言った。
「覚悟を決めなさい、大戦艦ヒエイ。――五体残っているといいわねぇ」
……のちに、半死半生で生き残ったヒエイはコンゴウに語った。
この時ほど、自分の死を覚悟したことはなかったと。
終