8.
「――硫黄島か。ま、予想はしていたけどね」
監視を命じていた艦からの報告を聞いたホウライは一人、自らの艦上でそう呟く。
群像らが硫黄島に向かった目的は、艦の整備や補給のためであることはまず間違いない。
それにかかる時間は恐らく一日。
そしてホウライの居場所を突き止めた彼らは必ず人類総攻撃の刻限前に接触しようとしてくるだろう。
無論、彼女にとっては好ましくない。
……ヒュウガのウィルスの対策はもう出来たが、電磁ミサイルについてはまだだ。
どれだけ数を集めてもそれの打開策を見つけない限り、ホウライの艦隊は案山子同然。
だとするなら――。
「――あの子たちを使うなら今ね」
千早 群像たちが補給のために足を止めているこの時こそ好機。
ついでに出来た副産物もあるし、こちらから仕掛けるのが上策であろう。
――それに、こういうときのために、わざわざ彼女たちをこちら側に引き入れたのだから。
「上陰のおじさまに感謝しなくてはね。おかげで駆け引きというものが出来るようになったわ」
くすり、と少女は笑う。
そして彼女は改めて現在の自分の戦力を確認する。
……コンゴウやタカオたちにいくつか墜とされたがまだ艦の数はある。
コンゴウたちの後に控える人類との戦いには十分な戦力ではあった。
――しかし何故だろうか。
心なしか、自分が思っていたより減っている気がする。
記録ではコンゴウたちとの戦い以外では何も変動ないのに。
「――やはり、この違和感も千早 群像との接触のせいかしらね」
――充分に警戒していたつもりだった。
彼の言葉に干渉されないよう分身体といえど細心の注意を払ったが、それでも何かしらの影響は受けたらしい。
まったく、自身の元となったコアにとって彼がどれだけ大きな存在であったのかを嫌でも理解させられる。
そして干渉を受けた挙句、ヒュウガにハッキングされるスキまで与えた。
千早 群像を精神的に追い詰めるつもりが逆に王手をかけられた。
忌々しい限りだ、と彼女は舌打ちする。
――まずは一旦休息が必要か。
演算機能を酷使し過ぎたせいであろう。
自身の思考に穴が生じ始めている原因を、彼女はそうであると結論付けた。
そう判断すると、ホウライは自身の全機能をスリープ状態にし六時間後に再起動するようにプログラムを組む。
――眠る前に、彼女たちに硫黄島に向かい、指定した場所に待機しておくようにと、指示を残して。
■ ■ ■
――硫黄島に到着した一行は二つのグループに別れた。
コンゴウ、ヒュウガ、そして群像の三人は今後の方針を立てるべく作戦室へ。
残るメンバーは艦の修復と補給をすることとなった。
「……彼女たちには申し訳ないけれど、使わせて貰いましょう」
タカオたちはヒュウガの集めた霧の艦の残骸を分解し、そのナノマテリアルを取り込み始める。
だんだんと形を失っていくその艦たちを眺めながらふとアシガラ呟く。
「……やっぱり、こんなの嫌だな」
「――そうね」
アシガラの言葉に、タカオも同意する。
――もう自分の仲間を沈めるのは嫌だ。
そして沈められるのも。
こんなことは、続けていたくないと。
「……お笑い種だな。我々は兵器だと言うのに」
そう言ってミョウコウは自嘲する。
かつての自分たちなら、そんなこと思いもしなかった。
ただ敵を殲滅し、アドミナリティコードに従うだけでよかった。
それで不満はなかった。
不満を持つ「心」すらなかったのだから。
なのに、メンタルモデルを獲得した霧は「心」まで得てしまった。
敵を撃つを躊躇いを、敵を撃った悲しみを知った。
「……兵器としては、幸せじゃなかったかもねー」
呟いたハグロは空を見上げる。
空はどこまでも蒼く、澄み渡っている。
――きっとこの蒼空を綺麗だと感じることも、兵器としては欠陥品なのだろう。
……考えるとなぜだか少し、悲しくなる自分がいた。
「――でも、貴方たちは今の『自分』が満更でもないのでしょう?」
――そう言ったのは、意外にもヒエイだった。
彼女はコンゴウと自分の艦のナノマテリアルを補給をしながら、タカオたちに振り返る。
「それとも、今の『自分』は嫌いかしら?」
「――いや、どうだろう。嫌いってほどじゃあ……ないかな」
「……私もそうかな」
「私もですね」
ヒエイの言葉に、ミョウコウ、ハグロ、ナチがそう答える。
アシガラは「けっこー楽しいよー」と元気よく答え、タカオは「まぁ悪くはないわね」と言った。
それを聞いたヒエイは彼女たちに微笑む。
「ならそれでいいのでないですか。『心』を得てしまった事実は、もうどうしようもない。ならこの変化を受け入れて、自分の『心』とやらに従えばいい。楽しいと思い、悲しいと思う。――自分の好きに決めていいのだから、思うがままに在ればいいのよ」
「――そういうアンタの変わりっぷりが一番の変化なんだけどね」
タカオの言葉に一同が頷く。
ヒエイも「確かにそうね」と苦笑した。
……昔は、こんな変化など受け入れたくなかった。
けれど、この否定しようとするのもまた『心』なのだと気付いた。
そして受け入れてしまったら、今の生活も悪くはない。
自分で決めるということも。
この生活が続いて欲しいとさえ思えた。
――だから私は自分の『心』に従う。
霧の風紀は地球の風紀。
故にこの混迷した霧の規律を正したい。
それが、霧の生徒会会長である自分の役目だと信じているから。
――そう決心した彼女の表情はとても晴れやかであった。
■ ■ ■
「――まったく、実に面倒な方たちだ」
自身の執務室に戻ってきた上陰は席につくと、今日も何の成果もなかった会議を思い出しながら、深いため息をもらした。
――生き残れるか滅ぶかの瀬戸際だというのに、いまだ自らの地位や財産などを守ろうとして上層部は疑心暗鬼に苛まれている。
何とか話をつけようと説得を試みたが彼らは確実に成功するという保証が得られない限り、何があってもこちらの話に耳を傾けたりしないだろう。
そんな保証、とれるはずなどあるわけないだろうに。
彼らには現状を打破しようとする気概がまるで感じられなかった。
これでは、霧の攻撃から人類が生き残るなど到底出来はしない。
危機を自覚しているのに何もしようとしない人間とは、まったくもって愚かで滑稽な生き物である。
無論、それに頭を下げている自身も含めてな、と上陰は自嘲した。
そのときだ。
不意に、人の気配を感じた。
視線を向けると、そこには見覚えのある白いドレスを来た少女が立っていた。
いきなり現れたが別段、驚きはしない。
むしろまた来たのか、と彼は嘆息した。
「――どうしたのかね、霧の総旗艦殿。今度は前よりマシな交渉をしにきたのかな?」
茶化すようにそう言ったが、少女は何も答えない。
先日会ったときのようなリアクションをとることもなく、無言のまま、じっと上陰を見つめる。
――その視線で、彼は気付く。
そして、ほぅと感嘆したように息をもらす。
「――失敬。どうやら勘違いをしていたようだ。あまりに知り合いにそっくりだったのでな。……して、改めて訊きたいのだが――」
上陰は霧の総旗艦――ホウライの姿をした彼女の、虚ろなその瞳を見つめながら言った。
「――君は誰だ?」
終