9.
「タカオー!ボールそっち送るよー!今度はミスんないでよね!」
「わかってるわよっ!えいっ!」
言いながら、アシガラからトスされたボールをタカオが相手コートに返した。
「ハグロ頑張れ!まだ始まって十分も経ってないぞっ!」
「い、いやミョウコウ。私の身長差を考えてよ……」
ミョウコウはタカオのアタックを打ち返しながら、ぜぇぜぇと肩で息をするハグロを叱咤する。
「ハグロ、頑張って……」
みんなより一回り小さい身体でコートを走り回るハグロの姿は、公平であるべき審判を務めるナチですら哀愁を誘うものがあった。
そして当然、そんなフラフラな彼女が打ち返すボールに勢いはなく、むしろタカオのチームが攻撃するのに絶好の位置へと跳んできてくれる。
「よっしゃもらった!」
「私がもらったぁ!」
「ってちょっとアンタこっちに来るんじゃ、がっ!?」
「ぐえっ!?」
――タカオがボールを返そうとしたとき、アシガラが突っ込んできて二人は見事に激突した。
目を回して倒れる二人の横にボールが落ちる。
「――ミョウコウたちに得点ね。まったく、アシガラったら動くもの全てを追いかけたがるんだから」
「まさしく、飢えた狼という奴だな」
「いや、狼というより犬じゃない……?」
ミョウコウの言葉に、ハグロが肩で息をしながらそう言った。
――ある意味、両者互角の戦いではあった。
■ ■ ■
「――まったく。呑気なものね、あの子たち」
少し離れた木陰からタカオたちを見ていたヒエイはそう言ってやれやれと息を吐く。
ヒュウガたちには補給が終わったら自由行動でよしと言われていたが、彼女たちの割りきり良さには感心する。
時として必要となるのは分かるが、性根が真面目のヒエイには少し難しい。
あれぐらい素直に慣れたらいいなと憧れはするが、自分の柄ではないと分かってる。
……なら、自分に出来ることを為そう。
とりあえず、真面目しか取り柄がないのなら、せめてブレーキ役として常に冷静にいるよう努めよう。
そう考えていると、背後から声をかけられる。
「――何だ。お前は混ざらなくていいのか?」
「コンゴウ様っ!」
振り返ると、いつの間にかヒエイの後ろにコンゴウが立っていた。
彼女もまた元気よく遊んでいるタカオたちを見て微笑んでいた。
「――無邪気なものだ。こんな状況であっても彼女たちはいつも通りに明るい」
「流石に緊張感がなさすぎるとは思いますがね」
「確かにそうかもな。しかし、微笑ましい光景ではある。お前もそう思うだろう?」
「――はい。そう思います」
言ってヒエイはビーチバレーをする五人を見ながら微笑した。
――コンゴウの言う通り、彼女たちの姿は見ていて気分の悪いものではなかった。
しばらくの間、二人はタカオたちの姿を眺めたていたが、ふと思い出したヒエイはコンゴウに尋ねる。
「――して、コンゴウ様。作戦会議の方はどうなりましたか?」
「ああ。とりあえずお前も予想しての通り、我々は明日の朝にこの硫黄島を出航。超戦艦ホウライのいる海域へと向かい、彼女と千早 群像を対話させる、という話になった」
「……もし対話が破綻したら、どうするのですか?」
「――その時は、我々が沈める。そういう約束だ」
「わかりました」
それ以上、その事についてヒエイは言及しなかった。
――実際、ホウライが素直に対話に応じるとは考えにくい。
同時に和解するということも、あの様子では難しいだろう。
しかし、僅かではあるがその望みはある。
――あの超戦艦が、かつての401であり、その始まりとなった千早 群像がいるのだから。
それに千早 群像自身も、その可能性を諦める気はないだろう。
「――私も、諦めたくはないしな」
ぽつりと、コンゴウは呟く。
――あれが401であったというなら、別のものになったとはいえ出来うるなら沈めたくない。
救ってやりたいと、コンゴウは本心から思っていた。
ヒエイもはいと頷き、彼女に同意する。
昔と違い、今のヒエイも、コンゴウの気持ちを理解出来る。
彼女たちと同じ、「心」を手に入れたのだから……。
「――そういえば、その千早群像とヒュウガはどちらに?」
「作戦の準備があるからと言って作業中だ。プログラミングはあまり得意ではないからな。私は追い出されてしまった」
「左様ですか」
「というわけだヒエイ。私と遊べ」
「はいっ!?」
予想外の言葉に、ヒエイの声が裏返る。
そんな彼女の反応にコンゴウは心外だな、と不機嫌そうな顔をする。
「私にだって娯楽を楽しむ情緒ぐらいはあるさ。それとも私と遊ぶのはイヤか?」
「い、いえまさかそんなことはありませんっ!」
慌ててヒエイが否定する。
……イヤであるものか。
彼女が嬉しくないわけがなかった。
「で、ではコンゴウ様。何をして遊びましょう?」
胸の高揚を抑えつつ、ヒエイが尋ねるとコンゴウは「そうだな」と考えるそぶりをする。
「年頃の女子がする遊びとなると……おままごとでもするか。私が夫、お前が妻だ」
「へあッ!?」
――今度こそ、ヒエイは驚愕に目を剥いた
そして、ヒエイはほんの一瞬だけ想像する。
――夫となったコンゴウと、「あなた」と呼ぶ自分の姿を。
かぁあと、一気に顔が熱くなった。
真っ赤になったヒエイを見てコンゴウは悪戯っぽく笑う。
「何だヒエイ。顔が赤いぞ」
「あ、いえ、それは、その……」
……駄目だ。
直視出来ない。
日誌に顔を隠していた彼女だが、コンゴウがそれすら取り上げる。
そしてくい、と彼女の顎を指先で持ち上げ自分の方へと顔を向けさせる。
「ヒエイ……」
「こ、こ、こ、コンゴウさ、ま……!?」
コンゴウはヒエイに息が吹きかかるほど、顔を近付けてくる。
ヒエイは頭が沸騰しそうだった。
彼女はだんだんと迫っていき、そして……。
――ピンと。
ヒエイの額を指で弾いた。
「……へ?」
呆然とするヒエイに対し、コンゴウはクスクスと笑う。
「冗談に決まっているだろう。本当に初々しいな、我が妹は」
言われたヒエイは物凄い勢いで脱力した。
と同時にからかわれたのだと理解した彼女は頬を膨らます。
「コンゴウ様、お戯れが過ぎますよ……」
そんなヒエイに対し、「すまなかったな」とコンゴウは謝るがまだ顔はにやけていた。
「いや何、お前の反応がいちいち可愛らしくてな。ついからかいたくなった。許せ」
「……次同じ事したら、私でも怒りますよ」
了解した、と彼女は笑って言う。
本当に分かってるかどうか不安である。
そして咳払いをすると、コンゴウは改めてヒエイに言った。
「それではヒエイ。おままごとではなくこれなら私と遊んでくれるかな?」
そう言って彼女はナノマテリアルで机と椅子を形成する。
その上に置いてあったものを見て、ヒエイは首を傾げる。
「これは……チェスですか」
そうだ、とコンゴウは答えながら席につく。
「なかなかに楽しめるゲームだ。やり方が解らなかったら教えるから、付き合ってくれないか?ヒエイよ」
「――喜んで。コンゴウ様」
そう微笑んで、彼女が進めてくれた席にヒエイは座った。
■ ■ ■
「――なーんだ。冗談か。つまんないの」
「まぁ普通そうですよね」
物陰に隠れながら言ったタカオの言葉に、ナチは苦笑する。
「……あの二人がやると絵になるな。っとハグロ、何をしてる?」
ミョウコウに聞かれたハグロはにっしししと笑いながらその手にカメラを握っていた。
「今のシーン、カメラに納めておいたのよ。これでしばらくヒエイをからかえるわ」
「あら楽しそう。私も混ぜてくださる?」
「――ハグロ。よかったら私に何枚か焼き回ししてくれないか?」
「え、ミョウコウもしかしてそっち系?」
「……違うと言いたいが、艦隊旗艦がかっこよすぎて目覚めそうになった」
「それは分かるかも」
何故かしみじみと同意するナチであった。
唯一アシガラだけが「何だ何だ?」とあんまり状況を読み込めてない。
「じゃあミョウコウに売り付けようかな」
「売り付けるんだ、姉に」
「言い値で買おう」
「で、貴方も買うのね……」
呆れたようにため息をつくタカオ。
すると彼女の隠れていた木からスパァンっ!と大きな音がした。
見ると、幹に万年筆が深々と刺さっていた。
誰の物かは一目瞭然である。
「――コンゴウ様。申し訳ありませんが少々お時間を頂けますか。――ちょっと運動して参ります」
「構わん。無理はするなよ」
ありがとうございます、と頭を下げたヒエイがこちらを向くとニコリと微笑んだ。
――死ぬかもしれない。
そう覚悟をした五人は全力で走り出した。
迫りくる高速の赤い影から逃れるために――。
終