【読切作】Sword Art Online〜Unlimited Incarnation〜   作:なおTEL

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Act.1『デスゲーム』

 

 二〇二二年一一月二八日。

 巨大浮遊城アインクラッド第一層。

 その北端エリア山頂に、おれはいた。

 ゲーム開始からおよそ三週間が過ぎて尚、この階層がこの世界の最前線であった。

 この手のゲームの知識に疎い自分でも、現在の攻略が遅延してると察することはできる。言ってしまえば所詮はゲームなのだ。百層からなるこの世界の攻略、つまりは百層への到達、そこに待ち構えるボスを倒すことがクリア条件であるにも関わらず、まだ誰一人第一層のボスに辿り着いてもいない。

 つまり、ゲーム開始から三週間が経って尚、クリアまでに一%の攻略も満たせていないのだ。

 しかし、それも無理からぬことだろう。

 このゲームの攻略に、自分の命を賭ける必要があるのだから。

 それはこの仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム──略してVRMMORPG《ソードアート・オンライン》がソフト販売、並びにサービス開始して数時間後に、多くのプレイヤーがこのゲームから〝ログアウトできない〟異常性に気づき始めた時に宣告された。

 この世界の創造主、そしてこの世界の基盤とも言えるヘッドギア型のゲームハード《ナーヴギア》を産み出した天才、ゲームマスター《茅場晶彦(かやばあきひこ)》によって。

 曰く、

 ログアウトできないのは不具合ではなく仕様。

 外部からナーヴギアが停止、あるいは頭部から解除されようとした場合、その瞬間にナーヴギアは高出力マイクロウェーブを発して装着者の脳を破壊する。

 その時点での被害者は二百十三名。

 それはこの世界でHPがゼロになった時も同じ。実質、システムによる蘇生方法はない。

 全てのプレイヤーがこの世界(ゲーム)から解放される条件は、アインクラッド最上部第百層の最終ボスを倒すことただ一つ。

 その時点で生き残ったプレイヤー全てがログアウトされる。

 そして、

 

「これはゲームであっても遊びではない──、か」

 

 茅場晶彦があのチュートリアルで最後に口にしたこの世界(ゲーム)の売り文句にして、

 このソフトとナーヴギアを贈った父からの手紙の一文。

 おそらく、父はこのゲームの実態を知っていた。

 手紙にはこれらがゲーム開発に関わった知人から譲り受けたものだとあったが、その知人は茅場晶彦なのだと結論づけている。

 そして、この〝デスゲーム〟に実の息子を巻き込んだ。

 狂っている。そう断じても良いのだろう。世間一般からすれば間違いなくそう凶弾され、おれだけが唯一それを許されるのだろう。

 だが、不思議と自身の胸に父に対する憎悪はない。勿論、今でも多少の怒りや呆れはあるのだが。

 思えば、と思い返す必要がないくらいに、父は昔からそうであった。

 決してぬるま湯の環境に息子を置くことを善しとしなかった。

『獅子の子落とし』とあるように、それが父の教育方針であった。

 この二十年、そうして育ってきたのだ。今更そこに思うところはない。

 それでも、これまでは当然の如く、命の危険に脅かされることはなかったはずである。

 手紙にもあったように、まるで最後の試練と言わんばかりに用意されたこの舞台は、確かにおれの想像を遥かに超えたものであった。

 だからこそ、

 

「負けられねえなぁ」

 

 これが父からの挑戦だと言うのなら、この世界がその舞台だと言うのなら、生き抜こう。

 父にも、茅場晶彦にも、このゲームにも負けぬように生きて生きて生き抜いて、一人前だと認めさせてこれまでの文句をぶつけてやろう。ぶっ飛ばしてやろう。

 そして、笑ってやろう。盛大に、思いっきり。どんなもんだと。

 そんな情景を思い浮かべ、その感情を表す様におれのアバター《ショー》は一人口角を吊り上げた。

 

 

 すでにゲーム開始時にいた約一万人のプレイヤーは八千人を切ろうとしていた。

 

 

「これでこの村で受けられるクエストは一通りこなしたかな」

 

 山岳地帯唯一の村となる麓町《コーペ村》に戻ったおれは目の前の依頼主に、此度の情報を提供する。

 それを受けた依頼主が満足げに笑う。

 

「にゃハハ、ご苦労様。しかし、今回はやはりベータ版とは内容と報酬が異なるカ」

 

 ふむふむと内容を記録するフードを被りレザー装備に身を包んだ少女(?)、アルゴは情報屋である。フードの内に窺える三本の髭のペイントから《鼠のアルゴ》とも呼ばれるベータテスト時代からの古参プレイヤーらしい。

 そう。NPCではなく、PCとしてこの世界で情報屋を生業としているのだ。

 正直に言って、彼女の存在を知った時は驚きを隠せなかった。何故ならこの世界は象徴となる剣を代表とした武器を持ってモンスターを倒し、さらなる力を手に高みを目指すゲームであるはずだ。──自分のゲームに対する知識と認識についてはさて置いといて──確かにこのゲームには戦闘職以外にも《鍛冶屋》や《商人》といったプレイヤー職がスキルシステムとして存在することはパッケージの説明書にもあったので知ってはいたが、《情報屋》という職種を賄うスキルはなかったはずである。実際にシステムとしては存在していないらしいのだが、その存在よりも、これほど早期に脇役に徹する心構えを持った彼女に感心したものだ。

 だからこそ、今回のように彼女の手伝いをしたいとも思ったのだが。

 

「次は迷宮区、か」

「流石にこれ以上お前サンに頼る訳にはいかないナ。この一週間助かったヨ、ショー」

「報酬は貰ってるんだし、礼はいらないよ」

 

 何よりも自分がやりたいと言ったことだ。と言いつつもただ働きをし続ける気はないというのが欲ある人間というもの。

 

「ただ、あんま無茶はすんなよ。素人のおれなんかよりその辺は承知してるだろうが、また〝あんな事〟になっても必ず助けがあるわけじゃないんだから」

 

 するとアルゴは目を細めて微笑んだ。

 

「わかったヨ、気をつけるサ」

「ならいいけど」

「お前サンもあまり無茶はするなヨ。何か困ったことがあったらオイラの情報を頼りに来ナ」

「贔屓にさせてもらうよ」

「その言葉、忘れないヨ」

 

 そう言ってアルゴは背を向けて走り出した。

 おれはあっという間に視界から消えたアルゴに「頑張れ」と密かなエールを贈った。

 この世界で戦う人々のために一人戦う彼女の進む道が少しでも豊かな、恵まれたものになるように。

 

 

 

 アルゴの依頼を終えて早四日。

 おれは迷宮区にいた。

 あれからレベルも上がり、いくつかのスキル熟練度も積んでいったおれは曲刀(シミター)武器(ウェポン)《シリルカトラス》を振るって棍棒を手にしたクラブコボルトを数え切れぬほど斬り伏せていた。

 この《シリルカトラス》はアルゴの依頼遂行中にイベント報酬として得たものであり、この第一層において入手できる武器の中で最高の性能を誇る《アニールブレード》には攻撃力の面で劣るが、自分の感覚ではこちらの方がしっくりときたのでメイン装備に据えている。《アニールブレード》は一応、今もサブウェポンとして所持しているがおそらくおれはこれからも直剣より曲刀の方を主武装としていくだろう。ちなみに、現在の保有スキルは《曲刀》、《武器防御》、《索敵》の三つであり、《片手直剣》は持っていない。だからと言って《アニールブレード》が使えないわけではない。ただ、それによって本来なら使えるはずの《片手直剣》のソードスキルが使えない〝だけ〟である(正確には熟練度によるダメージ補正や消費耐久値補正、クリティカル率補正などの差があるのだが現状はまだ〝だけ〟と言える範囲なのだ)。《武器防御》のシステム下にも入るし先にも述べたようにこの階層で得られる最高の武器であることに変わりないわけで、サブウェポンとしては十分と言える。

 

(そういえば、あいつは無事だろうか)

 

 思い出すは《アニールブレード》を報酬としたイベントを共にクリアした見た目中学生くらいの白髪の少年プレイヤー。実に生意気というか上から目線なところもあり、あからさまにこちらを素人扱いした──事実なので言い返すことはなかったが──言動が見られたのだが、根は悪くないのかMMORPGの基本的な知識は彼から得られたし、単純というか馬鹿というか乗せやすい奴で、何より「何も知らない素人に指導する面倒見の良いオレカッケー」的な優越感に浸る子供的思考があからさまに見えて妙に憎めない奴だった。──うん。言葉だけで説明すると全く良さが伝わらないな。

 彼もまたこのアインクラッドを攻略するために剣を振るう戦士だ。おそらく見た目通りに中学生、もしかしたら高校生だろう彼もこのデスゲームで日夜その命を危険に晒しているのだ。その事実を正直に受け止めているのかは定かではないが、やはり共に行動すべきだったのだろうか。曲がりなりにも成人した身で、彼よりも精神的に余裕のある身だ。側で支えてやるという選択肢はあったはずだ。

 まぁ、それを考える前にあいつは一人でさっさと行ってしまったわけだが。

 何より──

 

(それを言ったら、あの子達から離れるべきではなかったんだからな)

 

 結局それも人に押しつけて、戦場(ここ)にいるのだ。

 

「フンッ」

 

 また一体、モンスターを斬る。

 この世界に来て、日常となった行為。もうこの身体は剣を振るうことにすっかり馴染んでいる。

 あのチュートリアルから三日間、面倒を背負(しょ)って《はじまりの街》に足止めしていた時には自分の置かれた状況に吐き気を覚えたこともあったが、それも懐かしいとさえ思えてきていた。

 おれはもうこの世界の住人になっていたのだ。

 剣を振るい、モンスターと戦い、狩る。そんな現実世界では考えられなかったこの世界の常識に不思議なくらい順応している。

 実際、おれは日に日にこの世界に対してゲームという認識が薄まってきているのを感じていた。確かにこの目に映る景色はシステムのアシストがあるとは思えぬ程に現実と変わらないが、やはりモンスターを倒した時に見えるポリゴンの粒子やCPUの頭上に浮かぶクエストアイコン、《破壊不可能オブジェクト》の標示などのデジタル的視覚情報、それに限らない感覚情報は現実のものとは違う。

 しかし、その違和感は徐々にだが確実に希薄になっているのだ。

 おそらく、近い将来に自分はこの世界をもう一つの現実世界と認識するのだろう。

 そんな世界で、おれはどう生きていくのか。

 そして、父はこの世界でおれに何を学ばせたいのか。

 この世界は、おれに何を与えてくれるのか。

 その答えを得るのは、果たして──

 

 

 

 安全地帯に辿り着いたおれは数時間振りに腰を下ろした。

 一息してまず確認するは現在のレベル。四日前でのレベルは8であったその数値は今は10。スキルリンク枠も新たに一つ追加されている。迷宮区でのレベリングはまだ三日ほどの事だが、自分としては手応えを感じていた。〝本来なら〟そろそろこの階層のボスに挑んでもいい頃合いなのだろう。

 それが自分の命を賭けた一発勝負とも言える極限難度でなければ。

 しかし、そろそろ他プレイヤーの状況も把握した方がいいのかもしれない。

 

「街に戻るか」

 

 そこでアルゴに攻略状況の情報でも買おう。

 この手段のなさにはまともに知り合いすらいないソロプレイの世知辛さを痛感するものだ。

 

(あいつにレベルを聞くのも手だけど、得られる情報は多いに越したことはないよな)

 

 タップしたウインドウメニューから開かれたフレンドリスト。そこに表示された三人のプレイヤーの名前。一人は自分の面倒を半ば押しつけてしまった女性、サーシャ。一人は一時パーティを組んだ白髪の生意気少年、ロークス。そして、厄介な場面を助けた縁で雇用関係にもなった情報屋、アルゴ。

 フレンド登録したプレイヤーに対しては直接メッセージを送る事ができるのだが、自分か相手が特殊な状況下にいる場合、このシステムは使えない。例えば現在の様に迷宮区などの一部のシステムが機能しないフィールドにいると、リストにある名前の文字が白から黒に光を落としてタップができなくなるのだ。

 勿論、フレンドが死亡した場合も、その名前は二度と光を取り戻さない。

 とにかく迷宮区を出次第、アルゴに合流のメッセージを送り、近場の街《トールバーナ》で落ち合って情報を得ようと今後の方針を決めたおれは携帯食のパンを腹に収めて立ち上がる。

 ──間違いなく、この時の選択が今後のアインクラッドにおける自身の運命を決定づけた。

 

「「え?」」

 

 安全地帯を出てわずか数歩。おれは一人のプレイヤーを視界に映した。そのプレイヤーはこの世界では圧倒的に少ない女性プレイヤーであったことも素顔こそ暗いダンジョン故にぼやけていたがかろうじて認識できた。だが、そんな事はどうでもいい。例え目の前の彼女が見るもの全てを魅了する絶世の美女だったとしても今回ばかりはそう切り捨てられた。

 問題なのは、この薄暗いフロアに響いたガコンという不気味な物音だ。

 そして、その音源は目の前の彼女。詳しくは彼女の伸びた左手、が触れた壁。見間違いでなければその壁は確かに彼女の左手首まで凹んでいた。

 これは、もしかしなくともアレだろうか。

 この状況に思い出すはあらゆる冒険物語に登場する定番のアクシデント。

 つまり、(トラップ)──そう思い至ると同時、不意に感じる浮遊感は一瞬に通り過ぎ、その身は重力に一切逆らう事なく落下を始めた。

 

 甲高い二つの木霊は、迷宮区全体に響き渡った。

 

 

 

 

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