【読切作】Sword Art Online〜Unlimited Incarnation〜   作:なおTEL

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Act.4『ボス』

 

『ルォオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッ‼︎』

 

《ジ・エグザイルド・キングコボルド》はその名を直訳すれば『追放されたコボルドの王』。その名の通り身に纏う兜と胸当て、腰に纏うフォールドと二枚の板金は王に相応しい立派なもの──だったのであろうそれは傷や錆で見るも無惨に劣化しており、その右手に携える大剣に至っては刀身が半分から先が欠けていた。

 それでも尚、この無先剣による攻撃は驚異の一言に尽きた。

 敗残兵とも取れるズタボロの出で立ちにも関わらず、かつての王の名は伊達ではないと言わんばかりに強靭な右腕で振るわれる凶器の威力はまともに喰らえばたった一撃でこちらのHPバーを半分近く削るのだ。

 三本のHPゲージはすでに一本がゲージを切らして、二本目も赤く染めていたが、こちらもすでに回復アイテムを当初の半分以上使い切っていた。

 パーティ内で最も筋力値が高く盾持ちのトニーがタンクの役割を果たし、ボスの攻撃を受け、次に筋力値のあるおれがボスの武器を払って隙を作り、最もレベルと敏捷値の高いスズカが攻撃する──このローテーションを基本としてボスと渡り合ってきた。

 

「ムンンンッ!」

 

 キングコボルドの振り下ろされた一撃をトニーが盾と直剣で受け止めるが、力の差から後方に弾かれる。

 

「はああああッ‼︎」

 

 入れ替わるようにおれが前に出て、曲刀剣技(ソードスキル)《スラッシャー》で大剣を横に弾く。

 

「やああああっ‼︎」

 

 それに続いてスズカが懐に潜り込み、短剣単発剣技(ソードスキル)《ストライク・ピアース》を胸当ての空いた穴を突いて叩き込む。

 

『グルォオオオオォ……!』

「! 怯んだぞ!」

 

 上体を仰け反らせて覇気のない咆哮を上げるキングコボルドにトニーがチャンスだと駆け出して、おれも続く。

 こちらの攻撃でノックバックを受けるなどの怯みを見せた場合、一時的に、一度のローテーション外アタックを仕掛ける。その役目はトニーとおれにある。

 

「うおおおおおおッ‼︎」

「っちゃあアッ‼︎」

 

 トニーは片手剣突進技《レイジスパイク》を、おれは垂直切上技《クレセント》を身体ごと乗せて叩き込んだ。

 

「三段目いった!」

 

 背後に聞くスズカの言葉に従ってボスの頭上を見やれば、確かに二本目のHPバーは黒く失明していた。

 それを確認するや技後硬直の解放と共におれたちはキングコボルドから距離を取った。

 

「ここまではなんとかいったかッ!」

「ええ!」

「けど本番はこっからよ!」

 

 そう。ここまでは危なげな場面が何度かあったが、今こうしておれたち三人揃ってこの場に立っている。

 それは事前に、ボス戦を想定して(・・・・・・・・)基本(・・)()()作戦(・・)()陣形(・・)()立て(・・)()いた(・・)からに他ならない。

 最悪を想定した中で挙がったボスの存在。

 オミットされたβ版は勿論、α版にも存在しなかったその脅威を想定したスズカが今回のボス攻略の参謀となった。そして、ボスがコボルド系というのもα版β版共に第1層フロアボスがコボルド系であり、この地下ダンジョンのMobも迷宮区同様にコボルド系ということから高い確率で予測していた。──実は当初より誰よりも早くこの事態を懸念していたためおれのレベリングが念入りに行われたのだ。

 これがなかったら、おれたちの全滅も十分にあり得ただろう。

 それほどまでに、目の前で怒りの咆哮を轟かせるボスは強力であり脅威であった。

 だからこそ、ここまで(・・・・)は上手くいったことにひとまず安堵した。

 何故なら、

 

「ゲージが残り一本になった以上、何かあると思いなさい!」

 

 スズカの言うそれは、全てのボスに設定されているだろうプログラム。HPゲージの減少に伴う〝思考ルーチンの変化〟だ。

 HPゲージの一段毎、全HP数値の半分を切る、残りHPゲージが一本になる、最後のHPゲージが赤く染まる。

 トリガーは各々のボスによるが、これらの状況下でボスはより脅威度を増すのだ。

 思考ルーチンの変化、と纏めたが正確には様々なバリエーションによる変化がある。

 単純なものではステータスの上昇。武器持ちボスでは新たな《剣技(ソードスキル)》の解放や武器変更。さらにはある種の王道とも言える形態変化。これらを補う形でボスの思考ルーチンが変化──より正確には進化するのだ。

 

『ブルルルォオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッ‼︎‼︎』

 

 現に今までにない咆哮で身体を奮わせるキングコボルドは無敵モーションに入っていた。

 明らかに何かの前兆行動だ。

 そして、長い咆哮を終えたキングコボルドは高く上げていた顎を下げて血走った両の(まなこ)でこちらを睨んだ。

 

「────ッ⁉︎」

 

 ズンと、身体の芯から鉛になったように重みを感じた。

 ──ヤバい。アレはヤバい。

 頭の中で警鐘がけたたましく鳴る中で、どこか冷静にある自分は──ああ、蛇に睨まれた蛙とはこういうのを言うんだな、と感嘆していた。

 

 

 

 気づけば、キングコボルドの身体が視界いっぱいに入っていた。

 

「ッ!?」

 

 見上げれば、欠けた大剣を両腕で(・・・)頭上高く振り上げているキングコボルドの姿があった。

 おれの身体は命令するよりも早く反射的にシリルカトラスを頭上に構えて《武器防御》を発動させ────────激しい衝撃を受けたおれの身体は一度地面から離れてその勢いのまま景色を横流しに回しながら地面に叩きつけられた。

 

「ッカハ⁉︎ ぐぅ……っ!」

 

《ペイン・アブソーバ》システムによって明確な痛みこそないが、重過ぎる衝撃も相成り却って気持ち悪く、感じたことのない不快感が身体中を巡った。

 ──これならまだ普通に痛みを感じた方がマシだッ!

 そう悪態づきながら震える身体を起こしながら、目線を上げた。

 

「!?」

 

 目に入ったのは、ゲージの半分を切って注意域(イエローゾーン)に達した自らのHPバー。

 

「うそ……だろ」

 

 自分は確かに《武器防御》を発動させたはずだ。咄嗟のことで万全に受けることができなかったのは確かだが、それはあくまで技術の話であってシステムとしては確かに受け止めたのだ。それでもその筋力差で弾かれてノックバックを受けたが、少なくともダメージの減少には成功しているはずである。

 ──それで、半分以上持ってかれるのか?

 ゾクリ、と心臓が大きく脈打った錯覚を受ける。

 自分のHPは先のボスの無敵モーションの間に回復させて全快になっていた。

 それが、あの一撃で半分を切ったのだ。

 次の一撃を受ければ、例え防御の上であってもまず間違いなくHPはゼロになる。仮に回復に成功してHPが満タンになってもクリティカルを、下手をすれば剣技をまともに受けるだけでも一撃でゲージを振り切るだろう。

 ──死ぬ? ここで、死ぬ? おれが、死ぬ?

 

 

 

 

 ──おもしれえ。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 スズカはボスのHPゲージが最終段に入り、ボスが今までにない無敵モーションに入ったことでこれからの戦いがさらに厳しいものになると確信して、いつでも動けるように腰を低く落としていた。

 そして、谺する咆哮の残響が響き渡るとキングコボルドは動いた。

 ──速い⁉︎

 それはこれまでの動きを遥かに上回る速度でこちらに迫り、欠けた大剣を大きく振り上げた。

 スズカとトニーは反射的に距離を取るために後方に跳んだ。

 

「! あのバカ……っ!」

 

 しかし、ショーは動かなかった。いや、仮に動けたとしても二人より二歩前に出ていた彼はボスの間合いからは逃れられなかっただろう。

 ショーは振り下ろされたボスの一閃に合わせるように曲刀を構えた。だが、それはまともに受け切ることなく弾かれて、彼の身体はまるで独楽のように宙で半円を描きながら叩きつけられた地面を転がった。

 見れば、ショーのHPゲージは注意域(イエローゾーン)に達していた。

 

「な……⁉︎」

 

 スズカは驚いた。

 剣技(ソードスキル)を介さない一振りで彼のHPが半分を切ったことに。

 レベルならともかく筋力値は明らかにショーに劣るスズカはHPも耐久力も彼以下である。剣技(ソードスキル)を喰らえば間違いなく一撃で自分のHPがゼロになると容易に想像できたスズカはさらにボスから距離を取ってボスの観察に入った。

 とてもではないがスズカには他人を助ける余裕も、あのキングコボルドからタゲを取る余裕もなかった。

 そして、スズカは気づいた。

 

「こいつ、防具がなくなってる!」

「なんだって⁉︎」

 

 スズカの言う通り、キングコボルドは先ほどまで身に纏っていたボロボロの防具を全て取り去っていた。

 その姿はまさに『手負いの獣』。防具に隠されていた身体には無数の傷痕が残されており、この黒き獣人が過酷な戦場を生き抜いたことが鮮明に見て取れた。

 

「動きが軽くなったのはそれが原因かッ!」

「トニー! 悪いけど引き続きタゲを頼むわ!」

「厳しいが、やってやるしかないなッ!」

 

 パーティ唯一の盾持ちであるトニーに何とかタゲを取って貰うが彼ばかりに負担をかけるわけにもいかない。一撃で死ぬことはないだろうが、ボスの桁違いの攻撃力を前には連続で受けるのも命取りである。

 しかし、防具が無くなった以上は彼らの攻撃も先ほど以上にダメージを与えることができる。彼らもできる限りの攻撃を仕掛けてボスの動きそのものを封じなければと動いた。

 

「はああああああッ‼︎」

『ギャロオオオオッ‼︎』

 

 トニーはキングコボルドとギリギリの剣戟を繰り広げる。

 一撃でもまともにボスの剣技(ソードスキル)を受けることが許されない中で、彼はなんとかボスの一振り一振りを盾で受け流す。

 

(こいつ、力や速さだけじゃない。太刀筋そのものが変わっている。……なにより)

 

 トニーは拭い切れぬ違和感を感じながらキングコボルドの垂直切りを横に跳んで躱す。

 

(確かに太刀筋は変わっているがこの動きは見たことがある。──こいつは!)

 

 最初のキングコボルドはその欠けた大剣を《片手剣》として扱い、繰り出す剣技も《片手剣》のものであった。しかし今は違う。目の前のキングコボルドは得物を両手で握り──

 

「スズカ君!」

「ええ。気づいたわ! こいつ、《両手剣》にシフトしてるのね!」

 

 流石だ! と満足げに頷いたトニーは垂直切りの《バーチカル》をがら空きの右肩に叩き込む。

 

「スイッチ!」

 

 それに続いてトニーの前に出たスズカが短剣連続剣技《スクエアエッジ》でキングコボルドの防具が外れたことで露わになった胸元の傷痕を斬り刻む。四角を描いた連続斬りはその全てがクリティカル判定の大ダメージを与えた。

 

『グボォオォォォォ……ッ!』

 

 最後のHPゲージを大きく減らしながら悶えるように上半身を仰け反らせるキングコボルドに、スズカとトニーは共にチャンスだと最後の攻撃を仕掛けんと踏み込んだ。

 そこで、キングコボルドの後ろに下がった右足が踏み止まった。

 

「「ッ⁉︎」」

『グ、ルォオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッ!!』

 

 雄叫びと共にキングコボルドが真横に振りかぶり背に構えた欠けた大剣の刀身がライトエフェクトによって赤い光を帯びる。

 その構えには二人とも見覚えがあった。それぞれのテスター時代に、仲間であったプレイヤーは勿論、上層のモンスターが用いた《両手剣》広範囲剣技(ソードスキル)《テンペスト》。

 まずい──二人がそう思った時には出遅れだった。

 その巨体を中心にキングコボルドが描いた赤光の螺旋はほぼ完璧な形で二人の身体を弾き飛ばした。

 

「きゃあああああああああっ」

「ぉおおおおぉぉぉぉぉぉッ」

 

 二人はそれぞれ力の向きに従い飛ばされた先で地面を転がる。

 二人のHPゲージはドット単位でしか残っておらず、その視界が赤く点滅し出した。

 

「ぐ、ぅううぅ……!」

 

 激しい衝撃による息苦しさの中でも、スズカは確かに強く意識を保って目の前の敵──自分たちの命を確実に刈り取りに迫る死神たる化物を睨む。

 

(死ね、るか……)

 

 思い出すは、遠く望む世界にて帰りを待つ家族の顔。

 機械ばかり弄ってなかなか部屋から出てこないけれど温かな笑顔が大好きな母、いつも無邪気に駆け回る護らなければならない可愛い弟と妹、厳しく時には煩わしくも思うが誰よりも家族を案じてくれていた口煩い使用人、そして、自分だけに剣という戦う力(護る力)を遺してくれた尊敬すべき父。

 

「こんな……ところで」

 

 スズカは覚束ない足取りで立ち上がりながらも、確固たる敵意を持って、今まさに止めの一撃を放たんと得物を振りかざすボスを睨んだ。

 

「スズカ君ッ!」

 

 先の攻撃で盾を失いスズカ以上の衝撃を受けて地を這うトニーの呼び声も、彼女の耳には届かない。

 

「……こんな、ところで……死ねるか!」

 

 大好きな、護るべき家族のためにも。

 

「お前なんかに負けてたまるかあーーーーッ‼︎」

 

 吼えるように肺の中の空気を吐き出しながら、スズカは渾身の剣技をキングコボルドの斬撃に真正面からぶつけた。

 しかし、例え剣技による攻撃と言えどもその覆し難い筋力差にスズカの短剣が弾き返される。

 

 

 

 その直前、コンマ数秒の中で〝重なったもう一つの剣技〟によってそれは押し返された。

 

 

 

「え?」

 

 スズカは目の前で体勢を崩したキングコボルドに目を疑った。

 それは本来負けたはずの剣技でキングコボルドの一撃を弾いたからではない。

 そこに重ねられた剣技。それを放った先程まで倒れていたはずの人物の存在に驚いたのだ。

 

「スズカ、回復」

 

 小さく短く、しかし芯の通った声で言ったショーは、そのままスズカの横を駆け抜けると追撃の剣技でキングコボルドの空いた胴を切り裂いた。

 悶絶の悲鳴をあげど怯むことなくまた剣を振るうキングコボルド。

 その一撃を、攻撃判定ギリギリに身体を小さくズラして躱すショー。

 上からの一振りを片足をズラして身体を捻ることで躱す。

 横からの一振りを片足を踏み込み身体を倒すことで躱す。

 単純な、それでいて完璧な体捌きでショーはキングコボルドの攻撃を悉く躱した。

 

「うそ……」

 

 スズカは戦慄した。

 あんな動きを自分以外の人間(・・・・・・・)ができることに。それも現実世界とは違う身体能力を持ったアバターでだ。

 スズカはこと敏捷性に於いては未だに現実世界の自分には至っていない。

 その調整を怠ってはいないのだが、〝その差〟から生じる違和感にまだ現実世界での、理想の動きを実現できていなかった。

 それを、あの男は行っていた。

 確かに普通の人間ではないことは、スズカも昨日の時点で気づいていた。

 トニーに斬りかかった時に彼が止めに入った動作に無駄はなく、その力の込め方も実に実戦的であった。レベリングでのモンスターとの戦闘でも剣の扱いはともかく、その身体の動かし方には眼を見張るものがあった。

 彼は素人ではない。少なくとも戦い方の心得はあった。

 だがそれでも、ここまで(・・・・)とは思わなかった。

 生身の自身とは違う感覚を以て、すでにその領域に入っていたとは…………いや、もしかすると、だからこそ、なのかもしれないが、それでも事実として、目の前の男は今まさにそれを為していた。

 荒れ狂う獣人の一撃一撃を流水が如き動きで往なし、反撃するショーの姿に感嘆する────が、

 

「あんの……ッ!」

 

 それ以上に、スズカは怒りを感じていた。

 彼が自分よりも早く理想の動きに至っていた、からではない。彼女もそこまで器量は狭くない。

 問題は、人に回復を命じながら注意域(イエローゾーン)のままボスに挑んだ──

 

「バカちんがあーーーーッ!!」

 

 ──あのバカ自身にだ。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

「バカちんがあーーーーッ!!」

 

 不意に、身体の隅々まで鮮明に、クリアになっていた思考は、その言葉と共に襲った頭部への衝撃によって見事にガラスの如く破砕し霧散した。

 

「──へ? え……あれ?」

 

 気づけば目の前には足元を掬われて転倒するキングコボルド。

 

「ぐぇ……っ」

「あんたはさっさと回復する!!」

 

 そして後ろの襟を掴んでおれの首を締めながら後ろに下がらせるスズカ。その顔は何故かこれまでで最高に怒りを露わにしていた。

 

「いきなりなにするんだ⁉︎」

 

 せっかくボスを追い詰めていたと思ったのにそれを訳も分からず中断されては文句の一つも出る。

 しかし、スズカはただ冷めた視線で一瞥するだけだった。

 

「あんた……パーティを何だと思ってんの?」

「え?」

「仲間どころか、自分のことも見えてない奴と、私は戦いたくないわ。邪魔だからさっさと下がりなさい」

 

 どういうことだと問う前に、左肩にゴツっとした重みを感じる。それはトニーの大きな左手であった。

 

「トニー、さん……?」

「とにかく、まずは回復だ。まだポーションはあるだろう?」

「あ……そう、ですね……」

 

 そこでようやく、自分がかなり無茶をしていたことを理解した。回復などという行為をすっかり忘れていたのだ。

 スズカが怒るのも仕方のないことだろう。

 

「先に行っているぞ」

 

 彼はそう言うと立ち上がったキングコボルドを迎撃するスズカに加勢した。

 

「スイッチ!」

 

 その気配を捉えたスズカの掛け声に従ってトニーが《レイジスパイク》でキングコボルドの左脇腹の傷跡を貫く。

 そこからは互いに掛け声もなく、昨日今日に組んだパーティとは思えぬ連携をもってコンボ攻撃を重ねていく二人の後ろ姿は、とても力強く、頼もしく大きく見えた。

 ──ああ、そうだ。

 納得した。

 自分は今、一人じゃない。こんなにも頼りになる仲間がいるのだ。

 それなのに、先ほどの自分は倒すべき敵しか見ていなかった。ただ目の前の敵を倒す。それだけで戦っていた。いや、どころかあの自分と敵だけの一対一の命のやり取りに昂揚感を覚えてさえいた。

 しかし、それではいけなかったのだ。

 おれのために戦ってくれる彼らのために、おれは戦わなくてはいけない。

 パーティとして。

 そう思えば、ぼやけていた視界が鮮明に広がり、回復を終えた身体は軽く動いた。

 すでにボスのHPは底を尽きようとしていた。おそらくあと剣技(ソードスキル)を二三放てば、倒せる。そう確信できた。

 スズカは戦闘開始から変わらぬ、いや、それ以上の動きをもってボスに対して《ミスリード》を働かせて撹乱していた。

 トニーは盾を失いながらもスズカが作り出した隙を突いて的確に攻撃を重ねていた。──罅割れたライトエフェクトを点滅させる剣で。

 

「ッ⁉︎」

 

 マズイ──と感じるよりも早く、駆け出していた。

 一体いつからだのと悠長に思考を割く余裕もない。おそらく二人も気づいている。だからこそ、少しでも早くボスを倒さんとその動きを異常なまでの速度で精鋭化していたのだ。

 しかし、おれには確信があった。明確な物証や数値もない確証のない答えだが、確信はあった。

 走りながら、右手の曲刀を左手に持ち替える。

 おそらくあと一撃でトニーの片手剣は耐久力全損で粉々に砕け散る。

 キングコボルドと対峙する二人の、トニーの背を目指しながら右手を振る。

 二人は縦横無尽に乱撃を繰り出すキングコボルドから距離を取り、隙を見出していた。

 メインメニュー・ウインドウから即座にストレージ・タブにタップ。

 乱撃の締めとなる撃ち下ろしがスズカを襲う。

 右側に広く展開表示された枠内に所有するアイテムの名称がズラリと並ぶ。

 スズカはキングコボルドの懐ろに入ると剣技の構えを取る。

 ストレージ欄の上部に並ぶカテゴライズ枠から武器・タブをタップ。

 眩い一閃と共に《ストライク・ピアース》がキングコボルドの横っ腹を撃ち抜く。

 

「スイッチッ!」

 

 カテゴライズ表示によって無数の文字列が四行に消化されたストレージ欄から《アニールブレード》をタップ。

 スズカと入れ替わりで踏み込んできたトニーが剣技のライトエフェクトを放つ片手剣を振るう。

 選択欄の中からオブジェクタイズ・タブをタップ。

 片手剣単発剣技《スラント》がキングコボルドの胴に叩き込まれると同時にトニーの片手剣が儚い音を立てて砕け散る。

 最後に表示されたイエス/ノー・ダイアログのイエスボタンを叩きつけるようにタップ。

 武器の消滅から満足なダメージを受けなかったキングコボルドは怯むことなく反撃の一撃のために、目の前の怨敵を殲滅せんと赤く発光する得物を大きく振り上げた。

 

「トニィーーーーーーーーイッ!!!」

「────ッ!?」

 

 右手にオブジェクト化された片手剣をトニーに放る。

 それを受け取るトニーに並び立つと、おれは再び右手でシリルカトラスを握りボスの一撃を迎え撃つ。トニーもまた右手に握ったアニールブレードを青白く輝かせた。

 

『ギャルルォオオオオオオオオオオーーーーーーッ!!!』

「オォオオオオオオーーーーーーッ!!」

「ハァアアアアアアーーーーーーッ!!」

 

 まるで鮮血の架け橋を描くように振り下ろされた死神の一閃に、おれたちが全霊を込めて放った青き剣線が左右から交差する。

 

『────────ッ!?!?』

 

 鈍い金属音と共に弾かれた無先剣にキングコボルドの上体が浮き上がる。

 

「これで最後だああああーーーーーーーーッ!!!」

「やぁああああああーーーーーーッ!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 雄叫びと共に正面からおれとトニーが、背面から回り込んでいたスズカがそれぞれ最後の力を振り絞るようにその手に握りしめた剣を一際輝かせると、三方向からキングコボルドの身体を同時に貫いた。

 

『グ、ゴ、ォゴゴォォォ──────』

 

 赤く染まっていたドット単位のHPバーはとうとう絶たれ、両手に掲げていた無先剣は砕け、キングコボルドは貫かれた巨大な体躯をさらに膨張させて爆散した。

 

 

 

「終わった、か」

 

 厳しい戦闘を終えて集中と緊張が途切れたおれたちはまず最初に襲ってきたとてつもない疲労感と重くなった身体に逆らうことなく揃って仰向けに倒れ込んだ。

 トニーのそんな呟きは、それから数分の後にようやく口から溢れたものだ。

 

「……もうこんな思いは御免だわ。二度とあんな罠にかかるもんですか」

 

 心の奥底からの本音であろうスズカのぼやきに、おれとトニーは乾いた笑いをあげた。

 

「まあ、正規攻略するにしてもあと九十九層あるわけだが」

「今それを言わないでちょうだい。すごく起きたくなくなるから」

「そんな呑気にいると、二層目も先を越されちゃうんじゃないか?」

「なに? もしかしてここにはロクな人間がいないわけ?」

「それは自虐かね?」

「よし殺そう」

「トニーさん、彼女の目がマジです」

「申し訳ない」

「許す」

 

 くだらない軽口を叩き合いながら、おれたちは生き残った事実を再認識していた。このデータで形作られた体は確かに健在であり、一度は注意域(イエローゾーン)危険域(レッドゾーン)にまで達していたHPゲージも終わってみれば余裕を残していた。まあ一撃二撃で持っていかれる戦いで今のHP残量に余裕があったとは言い難いのだが、終わってみればの話だ。

 ……終わった、よな? 実はこいつは中ボスなんだとか言われたらもう引きこもるしかない。

 あまり考えたくないもしやに強張る顔を苦笑いで歪めていると、隣で横たわっていたトニーが身体を起こした。

 

「しかしショー君。曲刀使いの君がよくアニールブレードなんてものを持っていたな。あれはイベント報酬の武器だったと思うが」

「まあ、ちょっとした成り行き上で手に入れる機会がありまして」

 

 たまたまレクチャーの礼代わりに助っ人として受けたイベントで目的のアイテムが二つ手に入ったための偶然に過ぎないのだ。サブウエポンとしてストレージに入れてはいたが特に使う機会もなく、まさに持ち腐れ状態であった。

 

「いずれは売却も考えていたんで、この際トニーさんにあげますよ。助けてもらったお礼もかねて」

「いや、そういうわけには────ん、そうだな。すまない。だが助けてもらったのはこちらも同じだ」

 

 一度はこちらの申し入れを断わろとするも、何かを思い直して素直に受け取るとおもむろに右手を振ってメインメニュー・ウインドウを開いた。それから何かを操作していくと、いくつかのアイテムがトニーの前でオブジェクト化されて地に落ちた。それらを拾い上げると、こちらに差し出す。

 

「代わりと言ってはなんだが、このダンジョンで手に入れたアイテムだ。受け取ってくれ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 つまりは物々交換、トレード(本来ならシステム・メニューで直接可能なのだが、ここがまだ機能制限を受けるエリアであるため)で手を打とうということらしい。

 するとそんなやり取りを見ていたスズカがそれよりもとこちらを睨んだ。

 

「私としては、初心者(ニュービー)のあなたが咄嗟にあんな機転を利かせたことのが驚きだけど。それもタイミングドンピシャで」

 

 一体どんなカラクリよと訝しむ鋭い視線におれは答えあぐねた。

 

「いや、あれはたまたまだよ。トニーさんの武器がもうすぐ壊れそうだったのは明らかだったし、壊れないまでも新品に取り換えるくらいはシステム上可能だった気がしたし」

「それをあの実戦で思い出して実践するのが難しいって話なんだけど……ほんと、らしくない初心者よね」

 

 そのため息は感心したものなのか単なる呆れか。

 

「もう少し素直に褒めてもいいんじゃあ」

 

 特に他意もなくついこぼれた言葉に彼女は「は?」と先の戦闘にも負けない、鋭い眼光をさらに底冷えした温度で投擲された。

 

「言っておくけど、私はあのワンマンプレイを許したわけじゃないのよ。少しは良い動きできるからといってそんな調子じゃ近い内に必ず死ぬわ」

 

 そういえば、まだそのことを謝っていないことに気づいたおれは姿勢を正すと地べたに頭を擦りつけた。決して彼女の視線に怖じ気づいたとか目が合わせられないとかではない。怖くないったらないんだ。

 

「勝手なことをして、すみませんでした」

 

 自分の勝手な行いで危険に晒してしまいかねなかった二人に対して誠意を示すように頭を下げる。

 するとすぐに頭上から気前のいい笑い声が届いた。

 

「俺は構わんさ。若い内はそういう無茶をしてしまうものだし、反省しているというなら言うことはない。スズカ君はどうだね?」

「……まあ、これからのボス攻略で迷惑をかけないというなら、私からももう言うことはありませんよ」

 

 どうせそれ以外で会うこともないから。

 そう言って、スズカは広間の奥、迷宮区に出る階段に向けて歩き出した。

 

「もう行くのかい?」

「ええ。元々、私はソロで攻略するつもりでいたし。ここのボスを倒した今、もうパーティを組む必要もないでしょ」

 

 それからスズカのパーティ脱退を報せるウィンドウが目の前に表示される。

 つまりはこれでさよならということだ。

 軽い足音を遠のかせて行く彼女の背を見上げると、それを追うように腰を上げた。

 

「スズカ」

 

 思わず声をかけてしまった。

 ただ、このまま彼女一人で行かせてしまうことに抵抗があった。この世界においては彼女は経験者であり、レベルや情報量はおれの方が心許ないのだが、やはり年下の女の子を一人にしてはおけないというごくごく当たり前の良心がおれを動かした。

 彼女はそれに応えて、細く束ねられた黒髪を揺らしながら振り向いた。

 

「……何かしら?」

 

 しかし、その顔を、その目を見て、おれは悟った。

 共にパーティを組み、ボスを倒し、おれの言葉に応えて振り返りながらも、その目の奥に宿る確かな拒絶の感情が彼女にはあった。

 これ以上私に関わるなというあまりにもわかりやすい意思はたった十メートルの距離に遠く隔てられた断崖を思わせるほど強いものだった。

 おそらく、今の自分が何を言っても彼女がこの世界を一人で行くことは止めないだろう。

 だから、これは願い。押しつけがましい勝手な願い。

 

「死ぬなよ」

 

 それが意外だったのか、スズカは少し驚いたように目を見開いた。

 

「生きて、また会おう」

 

 その時は、今よりもう少し彼女から信頼されるように強くなると胸に誓いながらおれは言う。

 そして、スズカは大きく開いていた目を細めていくと、プッと吹き出した。

 

「むしろ、あなたが次層の主街区に生きて辿り着けるのかしらね」

 

 そう言い残して最後に柔らかく微笑むとスズカは階段を登り消えていった。

 

 

 

 こうして、おれたちの最初のボス攻略は終わった。

 これが、おれたちの始まり。

 ここから、おれたちのかけがえのない冒険が続いていく。

 

 これはゲームであっても遊びではない。

 

 その言葉の意味を、おれたちはこれから多くの出会いと別れ、喜びと悲しみ、笑顔と涙を胸に知っていくことになる。

 

 

 

 

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