かくして少女は鬼となる   作:魚住幸来

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1・バイバイ私の日常

「・・・マズイ。」

 

彼女は時計を手に取り眺めながら頭を掻く。

寝癖のついた瑠璃紺色(るりこんいろ)の髪をさわり触りながらゆっくりと時計を元の場所に戻す。

急ぐ素振りを見せず、冷静を装ってゆっくりと布団から外に出る。

ひとつ深呼吸をし、これからの彼女の行動はもう決まっていた

 

「母さん! なんで起こしてくれなかったのよ!」

 

八つ当たりだった・・・

乱暴に扉を開き階段を駆け下りる。

怒鳴り散らながら彼女はリビングに向う。

 

「母さんどういうことなの! 起こしてよ!」

「・・・アンリ。あなた起こしてもて起きなかったじゃない。」

 

彼女、園原杏璃(そのはらあんり)は早急に着替えを始める。

そこに男である父が存在してるのを無視して上着を脱ぎ、ズボンを脱ぐ。

すると新聞を読んでいた父は彼女に声をかけた。

 

「アンリ。女の子なんだからもっとお淑やかに出来ないのかい?」

「父さん。あなたの理想の女の子像がどんなものか知らないけど、私はこうなの。父さんと母さんが生んだ娘がこれだから仕方ないじゃない。」

「・・・でも妹の穂香は立派だよ?」

「・・・・・・」

 

アンリは黙り込んだ。

父の言うことが正しく、反論の余地もないのだ。

そこに母の容赦のない追撃がアンリに襲い掛かる。

 

「はぁ。穂香は可愛げがあって、真面目なのにねぇ・・・あなたと来たら・・・」

「嫌! もうそれ以上言わないで! 私を苛めないで!」

「穂香。あなたも何か言ってあげなさい。」

 

彼女は耳を塞いで唸っている。

母は朝食を行儀よく食べている妹である園原穂香(そのはらほのか)に声をかけた。

すると彼女は箸を丁寧に置いてアンリのほうを向く。

 

「お姉ちゃんはそれでいいよ。私がずーっと面倒を見てあげるから。」

「痛い。私にはその優しさが痛いわよ。」

 

穂香は笑顔でアンリにそう言いきった。

それを聞いていた父と母は笑っていた。

 

「ホント優しい良い子だね。アンリと違って・・・」

「アンリと違ってねー。」

 

二人は頭を抱えて呟いた。

散々な言われようで傷心したアンリは必死に服を着替えていた。

黒いニーソックスを履き、膝丈のスカートを履き、白いブラウスを着て、胸元に赤いリボンを結んだ。

そしてカバンを取り上げた。

 

「あ、そうだ。今日は早く帰ってきなさいよ。」

「どうして?」

「あなた今日で二十歳でしょ。お祝いするのよ。」

「あ・・・」

 

アンリは自分の誕生日をすっかり忘れていたのだ。

祝い事には無頓着な彼女らしい反応だった。

 

「でも・・・」

「なんだかんだでもう二十歳になる娘の祝いぐらいさせなさい。」

 

アンリは少し泣きそうだった。

意外すぎるサプライズだったのだ。

自分ですら忘れていた誕生日を三人は覚えていてくれたからだ。

それを祝ってくれるといってもらえば嬉しくないわけがない。

 

「わかった。今日は寄り道せずに帰ってくるね!」

「はいはい。でも早く出ないと遅刻するわよ。大学生にもなって遅刻って恥ずかしいわよ。」

「ひぃぃ! 行ってきます!」

 

彼女は靴の踵を踏み、扉を開けて走りだした。

向かう先は駅だ。

アンリはいつも電車で大学まで通っており、駅までいつもの道を全速力で走る。

息が切れ、肩で呼吸をしつつも何とか間に合うために彼女は必死に駅に向かった。

通りすぎる景色がコマ送りで流れるほど速く走っているのだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・これなら。」

 

アンリはスマートフォンの電源を付けて時間を確認する。

その瞬間彼女は一瞬の安堵という油断が生まれた。結果スマートフォンを地面に落としてしまった。

さらにそのスマートフォンを蹴り上げてしまい、弧を描きながら路地裏に飛んでいった。

 

「あぁ! なんでこうなるのよ!」

 

彼女は蹴り飛ばしてしまったスマートフォンの方向へ走り始めた。

今に思えばそれが彼女の運命を変える出来事だったのかもしれない。

 

 

「痛て! なんだ? これは・・・スマートフォンというものか。」

 

その男の頭に当たったスマートフォンを拾い上げて手に取りジロジロと眺めていた。

彼は非常に長い白い髪を持っていた。

美形で普通の女に声をかければ間違いなく虜にしてしまうような顔だ。

そして真っ黒の目をしており、この世の者とは思えない異様な雰囲気を纏っていた。

 

「それにしてもどこから飛んできたんだ? 珍妙だな・・・」

「すいませーん! この辺に携帯電話飛んできませんでしたか?」

 

アンリはその白い髪の彼に尋ねた。

するとその男はスッとスマートフォンを差し出した。

 

「これか?」

「はい! ありがとうございます!」

「・・・それにしてもこれが空から飛んできたのだが、お前は天の使いか何かなのか?」

「これには深い訳がありまして・・・」

「そうか。なら言わなくてもいい。言いたくないのだろう。幸い儂もケガはないしな。」

 

彼は溌剌(はつらつ)とした声で笑いながらスマートフォンをアンリに渡した。

すると静電気のようなものが二人を襲う。

男は驚きスマートフォンを地面に落としてしまう。

 

「ッツ・・・」

「おっと。ほらスマンな。急いでるんだろ? 汗だくだぞ。」

 

彼はスマートフォンを拾い上げてアンリに手渡した。

 

「ありがとうございます。」

「わかったからとっとと行け。儂を理由に遅れたとか言われると儂が困るからな。」

 

彼は手を振ってアンリを追い払った。

そして口元を歪めて小さく呟いた。

 

「やっと見つけたぞ・・・」

 

 

その後スマートフォンを蹴り飛ばした影響で電車を一本乗り遅れてしまい、結果遅刻してしまったのだ。

彼女は愚かにもこっそり入ればばれないと思っていたので後ろの扉から四つん這いにながら教室に入ったのだ。

当然そのような行動はばれてその授業は遅刻となってしまったのだった。

さらに愚かな行動をした報いで彼女は授業を受ける全生徒の前で説教を受けさせられたのだった。

 

「・・・酷くない!?」

「今日のはアンリちゃんが悪いよ。」

 

授業を受けている全生徒の前で公開説教を受けたアンリは非常に項垂れていた。

食堂の机で背中を曲げて頬を机につけてだらしない体制で彼女の友人と会話していた。

 

「だってさー。ちょーっと遅れたぐらいだよ。」

「あんなコソコソせずに普通に入れば良かったんだよ。」

「琴三ー。そんなこと言わないでよー。」

 

手入れの行き届いた腰にまで届きそうな長いアッシュグレー髪。

粉雪のような白い肌に長い指。

彫刻のように美しく整った顔。

背丈は平均より少し低い。だがそれのお陰でマスコット的な可愛さが彼女にあった。

それが園原杏璃の一番の友人である天ヶ瀬琴三(あまがせことみ)だ。

 

「そんなに見ないでよアンリちゃん。恥ずかしいよ。食事中だよ。」

 

彼女は昼食のサンドイッチを手で取り食べていた。

食べる速度は非常に遅いが、ゆっくりと咀嚼し飲み込んでいた。

彼女の所作一つ一つに華があり、誰であろうとその姿に見惚れてしまうものだった。

現に彼女の食べる姿を横目で見る人だっているのだ。

 

「アンタ天然でそれやってるからすごいわよね。見た目も可愛いし・・・ホント羨ましいわね。」

「そんなことないって・・・」

 

彼女は真っ赤になり、手を前に出して振った。

そんな仕草も可愛く、アンリはにやけていた。

 

「琴三ー。私と付き合ってよー。可愛い琴三ちゃーん。」

「もうふざけないでよ!」

 

彼女は声を荒げた。

そしてアンリは内心で反省していた。

しかし彼女は怒っているという訳ではなく恥ずかしさに耐えきれないようだったのだ。

 

「アンリちゃんだって可愛いじゃない!」

「・・・え!?」

 

予想外の反撃でアンリは驚く。

実際彼女は見た目だけだったら美少女の部類に入る。

肩まで伸びる瑠璃紺色の髪を後ろで縛っている。

目は大きく鼻も高い。

背丈も女性にしては低くはなく164センチはある。

何より彼女は女性としての部分が非常に発達していた。

ブラウス越しでもしっかりとわかるほどの膨らみがあったのだ。

だが締まるところはしっかりと締まっておりメリハリの効いた体型だ。

 

「胸だって・・・私より大きいし・・・」

「琴三まだまだ成長するって。」

「私もう19歳だよ! もうこれ以上の発達の見込みはないよ!」

 

彼女は涙声でアンリを睨み付ける。

嫉妬の視線をアンリの胸を見て自分の胸をさすっていた。

琴三のコンプレックスなのだろうなとアンリは一人で考え、勝手に完結していた。

 

「アンリちゃんホントずるい! ちょとぐらい私に分けてよ!」

「あなただってまな板じゃないだけマシでしょ?」

「失礼すぎるよ!」

「怒らないでよ。もうこれで終わりにしよ。私から始めたんだけどね。でもこれ以上はお互い不幸な結果にしかならないから。」

 

アンリは無理矢理話を終わらした。

これ以上焚き付けると自分への被害が甚大な物になると判断したからだ。

琴三は飲み物を一気に飲み干して頭を冷やしていた。

 

「はぁ・・・こんなバカなこと話していたら昼休みが終わっちゃうわよね。」

「誰の所為でこんなことになったと思ってるのよ!」

 

 

このような他愛もない会話を二人で繰り広げていた。

これが園原杏璃のいつもの日常だ。

そして午後の授業も終わり、琴三と別れ電車に乗る。

 

いつも通り帰路に付く。

いつも通りの時間の電車に乗りいつも通りの駅で降りる。

そして乗り換える。

いつもと変わらない。

変わるはずもない日常だ。

 

しかし今日だけは違った。

自分の二十歳の誕生日だ。

年甲斐もなく浮かれていた。

電車の中でも子供のようにワクワクしながら空を眺めていた。

真っ赤な空だった。

 

そして目的駅に到着する。

駅から出る。

それまではいつもの光景だった。

だが外にでるといつもと違う光景が待っていた。

 

一人の男が腕を組みながら待っているのだ。

その男は彼女をジッと見つめる。

足を止めた彼女は彼と向かいあっていた。

先に沈黙を破ったのはアンリだ。

 

「・・・何か御用ですか。朝のスマートフォンの件ですか?」

「それはどうでもいいが、お前に用がある。」

 

スマートフォンを当てたことを怒っているのだろうか。

そのような不安をアンリは持ちながら彼の話を聞く。

 

「今すぐこの町から出ろ。」

「何でですか?」

「理由は単純明快だ。この町は(あやかし)に食いつくされる。今、お前に壊れられては困るんでな。」

 

白髪の男は彼女に言いきった。

アンリは男の意図が全く掴めなかった。

だからだんだんイラついてきたのだ。

 

「まって。あなた何言ってるのよ。」

「お前は儂と契約する。|妖(あやかし)を殺すためにな・・・」

「ふざけるんじゃないわよ!」

 

アンリは男の胸倉を掴む。

彼の狂言に付き合う義理はないが、無性に腹が立ったのだ。

 

「何? 妖? 契約? あなた頭オカシイんじゃないの!?」

「人間は愚かだ。愚かで弱い。救いようがないな。日常が崩れ果てる瞬間まで気がつかないのか・・・」

「あなた本当になんなのよ。朝と雰囲気が全く違うじゃない!」

「緊急事態だからな。」

 

アンリは彼の胸倉を離す。

そして彼に背を向けて歩きだす。

すると白髪の男は呟く。

 

「|確かお前は父に母に妹でお前の家族だったな・・・ほんの数分前だったな。」

「なんであなたが私の家族を知ってるの?」

「・・・標的になった町の住人だからな。残念ながらお前を待ってる者は誰も居ないぞ。」

「ふん。一生妄言でも吐いてなさい。あぁ。もう最低。一気に気分が最悪になったわよ。」

 

彼女は家に向かって歩き出す。

すると最後にその男は付け加える。

 

ー力が欲しければここに戻ってこい。いつまでも待っていてやるー

 

彼の発言の意味も分からないし自分も何でこんな胸騒ぎがしているのかもわからない。

彼女は不安を頭から振り払って歩く。

周りを見ずひたすら前を見て歩いた。

だが自分が気がついた時には彼女は走っていた。

 

沈黙が怖かったのだ。

何も音がしない。

夕方だというのに買い物に出る主婦も、犬の散歩をしている爺さんもいない。

いつも子供が集まっている公園にも誰もいない。

 

走る。

ひたすら走る。

恐ろしくて恐怖から逃げるように走り続けた。

無音も恐ろしく、真っ赤な空も恐ろしい。

何もかもが恐ろしかったのだ。

 

そして彼女は自身の家に到着する。

当然家の中から音は全く聞こえない。

恐る恐る扉を開く。

 

「・・・ただいま。」

 

いつものように帰宅したことを伝える。

そしてリビングに向かう。

どの途中で彼女は何かに躓く。

 

「ひぃ!」

 

非日常に躓いた。

普通ならありえない現実がいまここに存在している。

彼女は考えたくもなかった。

考えもしなかった。

 

「・・・嘘でしょ。なんで母さんこんなところで寝てるの?」

 

夢であってほしかった。

 

「ねぇ。起きてよ。ねぇってば!」

 

アンリは母の体をひたすら揺らす。

身体は冷たくなっており、人形のようだった。

返事もなく力無く揺られた方向に揺れるだけだったのだ。

 

「・・・・・・」

 

アンリは黙り、力無く立ちあがる。

扉を開けてリビングの中に入る。

今度は赤い水が足につく。

ぬるぬるしていて気持ち悪い。

その赤い水の発生源は彼女の妹だった。

アンリはその赤い水の正体を知っている。

血だ・・・

 

「穂香!」

「あ・・・おねえちゃん・・・お帰りなさい。」

「何してるのよ。これって・・・」

 

彼女は力無くアンリに声をかけた。

手首からは血が絶えず流れ出ていた。

彼女は手当てしても絶対に間に合わない状態になっていた。

そんな彼女は姉であるアンリに謝った。

 

「お姉ちゃんごめんなさい。」

「何言ってるの? ふざけないでよね。」

「一生面倒見るっていったけど見れそうにないわ。寒い・・・凍死しちゃうのかな私・・・」

 

穂香は震えていた。

そんな彼女にアンリは抱き付いた。

血が真っ白のブラウスに付き、汚れたが今はそんなことは関係ない。

 

「大丈夫。穂香大丈夫だからね・・・お姉ちゃんが何とかしてあげるから。どう? これで温かいでしょ?」

「温かい。お姉ちゃん温かいよ。」

「でしょ? 私だって偶には役に立つわよ。あなたと違っていつも優等生というわけにはいかないけれどもね。」

「温かい・・・温かいよ。ねぇお姉ちゃん・・・」

「何? なんでも言いなさい。お姉ちゃんがなんでもしてあげるから。」

「うぅん・・・一言言いたいの。」

 

アンリは黙り込んだ。

すると穂香は微笑んで喋った。

 

「お姉ちゃん。誕生日おめでとう。大好きだよ・・・」

「何でよ。こんな状態で祝われても私嬉しくないんだけど・・・ねぇこれってドッキリなんでしょ? 皆で私を驚かせようとしてるだけでしょ?」

「ふふふ・・・やっぱお姉ちゃんは面白いね・・・」

 

アンリは信じたくないのだ。

穂香から溢れ出る血も母の状態もすべてふざけているものだと思いたいのだ。

 

「ごめんね。私ちょっと眠たいな。最近夜更かししていたからかな。」

「夜更かしなんてしてたの? でも今寝たら夜寝れなくなるわよ。」

「私の部屋にプレゼントがあるから持っていってね。一生懸命作ったから、喜んでくれると嬉しいな。」

「だから寝たらダメなんだって・・・わかったわ。あなたのプレゼント。あなたの手から貰うからね。だから少し寝たら勝手に起きてきなさいよ。約束よ!」

「ふふふ・・・ありがとうお姉ちゃん。大好きだよ・・・」

 

彼女は笑顔で目を閉じた。

その瞬間穂香は糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。

穂香の呼吸も無くなり、彼女の温度は徐々に無くなっていくのをアンリは感じ取った。

そして目頭を押さえながらアンリは立ちあがる。

 

「嘘よ・・・こんなのありえない! タチの悪い夢に決まってる!」

 

現実を受け入れられないアンリは叫ぶ。

このような事態の前兆など全くなかったのだ。

だから受け入れられない。

 

「父さん。そうだ父さん。どこ? 二人の行動止めさせてよ。ねぇ聞いてるの? 寝てるの?」

 

いつもの場所で転がっている父に向かった。

しかし彼も倒れていた。

何が起きたのか理解することが出来なかった。

だが父をよく見ると腹部から大量の血が流れ出ていたのだ。

 

「嘘でしょ・・・父さん?」

「はは。ごめんなアンリ。父さんダメダメだったよ。」

「何があったの!」

「変な奴らが入ってきたんだ。戦ったんだけど・・・穂香と母さん助けられなかった。」

「父さんは!?」

「僕も・・・もうダメだ。目がもう見えないんだ。」

 

彼の声にはいつもの力強さがなかった。

 

「アンリ。僕の仕事用のカバン知ってるよね。」

「うん・・・」

「そこに通帳や印鑑。すべてが入ってる。それを持って逃げなさい。この町にいてはダメだよ。化け物に殺されてしまう・・・」

 

彼の声は悲痛に染められていた。

悔しさと悲しさ。

その二つの感情が混ざりあったような声だった。

 

「ごめんな。誕生日なのに・・・こんなことになって。」

「いいわよ。どうせドッキリなんでしょ? 一度仕切り直しましょ。こんな質の悪いドッキリしたことは許してあげるからさ。ねぇ。冗談って言ってよ。」

「はは・・・お前のそういうところが僕は大好きだよ。愛してるよ僕達の娘。それと・・・本当にすまない。アンリ・・・君だけは生きていてくれ・・・」

 

それ以降彼は喋らなくなった。

アンリはゆっくり立ちあがった。

彼女は何が起きているのかわからなかった。

訳が分からなくなった彼女は・・・叫んだ。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

喉が裂け、自身の鼓膜が破れるほどの声で叫んだ。

受け入れがたい現実が今ここにあったのだ。

 

「ふざけないでよ! 何が大好きよ! そんなこと言うぐらいなら・・・起きてよ。ねぇ・・・ねぇってば! 聞こえてるんでしょ!?」

 

彼女は動かななった三人を眺める。

受け入れたくなくとも受け入れなければならない現実は存在する。

二十年も生きていればそれぐらいは十分知っているはずだ。

しかしアンリは耐えられなかった。

冷静に受け入れることが出来なかったのだ。

だから彼女は座り込んで泣き喚いた。

この現実を受け入れる為に・・・

 

 

外が真っ暗になった時には彼女は泣き止んでいた。

目頭を真っ赤にしてブラウスも血で汚れたまま彼女は靴を履き外へ走りだした。

この事件を知ってる男のもとへ向かう。

怒りを胸に抱きながら・・・

駅のホームへ到着すると彼はまだ立っていた。

 

「・・・ようやく来たか。結構遅かったな。それに服も汚れているぞ。」

「お前がやったのか?」

「さぁどうだろうな。」

「質問に答えろ・・・」

「園原杏璃。家族はどうだった? 元気か?」

 

アンリは全力で地面を踏んだ。

足から腰、そこから腕に力を伝導させる。

拳には石のように硬く握りしめており、その硬い拳で彼を思いっきり殴った。

腰を捻って、自身の全体重をかけた一撃だった。

そのおかげで彼は吹き飛び、自分の拳の皮は一撃で無残にも破れていた。

奴から話しを聞くのは後で良い。

今は何も考えずに彼を殴ったのだ。

そして彼に近づき胸倉を掴み上げて彼を睨み付けた。

 

「殺してやる!」

「儂は何もしていないんだがなー。儂はな・・・」

 

彼は殴られた跡をさすって立ちあがる。

そして切れて出た血を服で拭った。

 

「じゃああなたが言う|妖(あやかし)って奴がしたの!?」

「そうだ。」

「なんでこんなことが起きたのよ?」

「質問ばっかだな。」

「答えなさい!」

 

男は静かに語った。

その声はひたすら冷たく鋭いものだった。

 

「知らん。偶然だったんだろうな。偶然この町で偶然お前の家族は全員家にいて全員殺されたんだろうな。」

「それじゃ偶然私の家族は殺されたっていうの!?」

「そうだ。妖が跋扈し始めた。その第一の標的がこの町になったんだ。運の悪いことだ。ま、お前は運よく逃れれたんだがな。」

 

彼女の怒りが再燃する。

彼女はまた拳を握り彼を殴りつけようとした。

しかし彼は一言叫んだ。

 

「だが! お前と儂が契約すれば人間だろうと|妖(あやかし)だろうと余裕で殺すことだってできる。この事件の黒幕を殺すことも可能だ。」

「本当なのそれ・・・」

「あぁ。嘘偽りは無い。だが、契約するかしないかを決めるのはお前次第だ。」

 

彼女はその一言で冷静になった。

彼の言葉は冷たく、突き放すような雰囲気を纏っていたが嘘をついているようには見えなかった。

すると彼は指を二本立てた。

 

「お前は二つの道を用意されている。一つは逃げる道だ。一時の安息を得れるだろう。だが時間が経てばお前は間違いなく妖怪に殺されるだろう。」

 

その男はアンリ自身に選ばせた。

だがアンリの意思はもう決まっている。

 

「もう一つは儂と契約して戦う道だ。だがこれはすぐに死ぬ可能性もある。それにこちらは修羅の道だ。逃げるより辛い結果になるかもしれん。さぁ。お前はどっちを選ぶんだ?」

 

アンリの意思はもう決まっていた。

彼が自分を助けてくれる天使だろうが自分を破滅に追い込む悪魔だろうが関係無い。

彼女は男の胸倉を掴み押し倒した。

そして彼の眼前で彼に告げた。

 

「だったら早く私と契約しろ! 私に妖怪を殺す力をよこせ! 家族を殺した奴らに復讐してやる!」

「・・・覚悟は出来ているというわけか。」

「覚悟は今決めたわ。だから私に力を寄こしなさい!」

「わかった。だがまずは自己紹介からだ。」

 

彼はアンリの手を退かして立ちあがる。

そして服についたホコリを払い堂々と自己紹介を始めたのだ。

 

「儂の名前はシロ。一応妖で鬼だ。この馬鹿げた騒動を終わらせる為にこの地上にやってきた。これから頼むぞ。園原杏璃!」

 

その日その時、園原杏璃の日常は音を立てて崩れ去ったのだ・・・

 

 

 

 

 

 

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