かくして少女は鬼となる   作:魚住幸来

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4・ 人? 妖?

「たっく・・・てめぇは何でそんな物覚えが悪いんだよ!」

「五月蠅いわね。私だってそんな訳の訳の分からない単語ばかり並べられたら困るわよ。」

 

アンリは喫茶店にてシロから妖について学んでいた。

だが彼女は聞き覚えの無い単語ばかり並べられている為さっぱり理解していないのだった。

 

「だーから! 儂は妖。わかったな?」

「わかってるわよ。それで私は人間。それであんたが私に憑りついた時、私は憑人(つきびと)って言うのになるんでしょ?」

「そうだ。じゃ、その時の特典っていうのは言えるか?」

「能力・・・えっと、あんたのように言うと怪力(かいりょく)って言うんだっけ? それを自由に使える。どう?」

「当たってるぞ。よしよし。頑張って教えたかいがあった・・・」

 

シロは項垂れていた。

彼女は物覚えが非常に悪く、シロも匙を投げかけていた。

 

「・・・それよりなんでこんなこと教えるわけ?」

「一応知っておいた方がいい。前の鎌鼬は覚えてるな?」

「えぇ。」

「そいつは憑りついてなかったんだ。だから弱くて当然だ。だがそいつらも憑りつくことも出来る。」

「というと・・・これからは憑りついた妖が出てくるってこと?」

「そうだ。だから前みたいな戦い方は止めておけ。儂がいくら強くてもあれじゃすぐに殺されてしまう。」

 

アンリは不思議そうな顔をした。

そして彼に指を差して尋ねた。

 

「だったらこんな変な単語ばかり教える必要ないじゃない。体を動かしてた方がいいでしょ?」

「・・・勉学からだ。知っているのと知らないのでは大分違うしな。」

「アンタ・・・妖辞めて教師にでもなったらどう? 意外と向いてるんじゃない?」

「ふざけるな。儂がそんなアホな真似出来るか!」

 

彼は怒った。

そして太刀が入った袋を持ち立ちあがった。

 

「よし。わかったら外に出るぞ。」

「はいはい・・・」

 

彼女も立ちあがる。

そしてレジに行こうとしたがシロに止められる。

 

「別に金を払うことはないぞ。」

「そんな訳行かないわよ。一応場所は借りていた訳だし。ここに誰もいないとしてもね。」

 

二人は誰もいない喫茶店から出る。

そして外に出るが、当然音は聞こえない。

車の音も、人が喋る声も何もないのだ。

外観は綺麗なまま中身はすべて失われていたのだ。

 

「ここもダメだったのね。」

「あぁそうだな。おかげで宿には困らなかったがな。」

「本当は泥棒みたいで嫌だったんだけどね。」

「仕方ないだろ? 不法侵入してごめんなさいって言えばそれで終了だ。それに儂は野宿は嫌なんだ。」

「それもそうね・・・どうせ警察もいないんだし。」

 

二人が来た時にはその町は妖によって壊されていた。

彼女達はこの壊れた町をゆっくりとを歩きまわった。

まだ妖がこの町にいるかもしれないという可能性を考えての行動だった。

当然人がいなければ町は一切機能しない。

だから警察も病院も学校すら閉店状態なのである。

しかしライフラインは生きている為二人は勝手に人の家に入り込み夜を過ごしていたのだった。

黙って歩いているだけなので非常に退屈なったシロは昨日から気になっていたアンリの身なりについて質問した。

 

「それよりアンリ。今何月か知ってるか?」

「六月でしょ。」

「そうだ。儂の記憶が正しかったら、お前が首に巻いているもの。それはマフラーというものじゃないのか?」

「そうよ。変かしら?」

「似合ってるが・・・もう一つ付け加えるなら、マフラーは冬に付ける物じゃないのか?」

「これ・・・穂香が私にくれた物なのよ。あの子っていい子なんだけど、ちょっとずれてるところあるのよね。」

 

シロは気がついた。

彼女が大切に持っていた包装されていたものはこのマフラーということを。

アンリは妹である穂香の形見を大切に使っていたのだ。

少し申し訳ない気持ちになり彼は黙り込んだ。

 

「別に気にしないで。結構これ気に入ったから。」

「そうか・・・すまなかった。儂の配慮が足りんかったな。」

 

するとアンリは不思議そうにシロを見る。

今度は彼女がシロに質問した。

 

「・・・あんた自分は悪とかいってるけど、そんなことはないでしょ? なんだかんだいい奴なんじゃない?」

「それはありえないことだ。」

 

彼は言いきった。

そして付け加える。

 

「妖の時点で悪なんだ・・・悪なんだよアンリ。」

 

彼は寂しそうに、そして何かを憎むようにアンリに答えた。

アンリは彼の言い方がわからなかったのだ。

悪であるが、悪を憎むような言い方だった。

自分を心底憎むような雰囲気を彼女はシロから感じていたのだ。

 

「じゃ、私はどっちなの?」

「・・・どうだろうな。お前の行動次第だろうな。」

「あぁぁ! 訳わかんないわよ。」

「そりゃそうだ。すぐにわかる問題じゃないからな。」

 

シロは笑いながらアンリに言いきった。

先ほどとは別人と思えるぐらい楽しそうに笑ったのだ。

 

「がはは・・・アンリ、お喋りもここまでだ。」

 

彼の声色が変わった。

真剣な表情で遠くを眺めていた。

 

「妖がいるの?」

「そうだ。ある程度まで近づければ儂も探知できるからな。」

「儂「も」ってなによ。」

「相手も当然儂の存在に気がついてるってことだ。」

 

彼女は一つ溜息をつく。

先手を打てないのが非常にむず痒いのだ。

 

「さてと・・アンリほら。」

「ありがと。であれが妖でいいの?」

 

彼女は太刀を受け取り、道路を挟み反対の道を歩いている女性を指さした。

 

「儂がここまで言ってあれが妖怪に見えなかったら目を返せ。腐った脳味噌の奴にやるほど安くはないんでな。」

「そこまで言うことないでしょ! 一応確認しただけじゃない。」

 

シロは呆れた様子でアンリに言いきった。

非常に辛辣な一言だった為アンリは彼に八つ当たり気味で怒った。

 

「ま、とにかく今は集中しろ。ほら相手さんも気がついたぞ。」

 

女性はこちらをジッと向いていた。

そして急に女性は叫んだ。

 

「何で人間と一緒にいる!」

「相手はお前の存在に気がついたぞ。それに・・・あれ憑人だな。契約無しで一方的に憑りついただけだろうが。」

 

憎悪や嫌悪を彼女は持っていた。

見た目は人間と変わらない。

だがアンリから見ても明らかに悪意を抱えていると理解できたのだ。

 

「この世に善など存在しない 悪を裁くは悪のみ なら我が悪となりて悪を裁く 我は鬼童丸なり」

 

彼女は鬼童丸であるシロの信念を語る。

そして光に包まれ、髪は真っ白になり額から角が生えた。

 

「よし。行くわよ。」

『・・・アンリ忠告だ。憑人も人だからな。』

「何が言いたいの?」

『殺すのに躊躇するな。覚悟を持って戦えって言いたいんだ。』

 

彼の言いたいことが理解出来なかった。

だが今は目の前のことに集中することにした。

 

「殺す殺す殺すー! 人間は皆殺しだぁ!」

「物騒ねぇ。でもあんたは妖だから私も一切情けをかけないわよ。」

 

すると女性の身体が変化する。

目が一つになってしまい、腕が非常に大きく肥大化した。

当然手の平も顔と同じぐらいの大きさまで巨大化したのだ。

 

『本気だな相手。それにあの見た目・・・一つ目入道か。』

「入道?」

『わかりやすく言うと巨人みたいなものだ。あいつ知識は乏しいが力はあるぞ。それで一つ目だから一つ目入道。』

 

すると入道は地面のアスファルトを削る。

そしてそれを手の中に握り込んだ。

 

『あいつの一撃は多分シャレにならん。躱せ。」

「え?」

 

彼女はシロの声に呆気を取られて余所見をしていた。

すると隣にあった車は散弾をぶつけられたように穴だらけになりスクラップとなり果てた。

 

「・・・何これ?」

『アスファルトの(つぶて)だな。当たったらミンチになりそうだ。今回は相手がノーコンで助かったな。』

 

アンリは冷や汗をかいた。

当たったらお終いの状況に立たされたのだ。

最近まで一般人であった彼女はそんな事態など生まれて初めてだったのだ。

しかし不思議と彼女は落ち着いていた。

 

「当たったら負け。近づいて太刀で斬れば私の勝ち。わかりやすいわね。力貸しなさい。」

『冷静で助かるよ。怪力、金剛力!』

 

彼は圧倒的な力をアンリに授けた。

そして彼女は・・・地面を思いっきり蹴り走った。

 

(動体視力と力が異常に上がってるなら・・・!)

 

彼女はまっすぐ入道の下へ走る。

当然入道は反撃を行った。

 

「死ね! 死ね! 人間死んでしまえ!」

 

地面を抉り握り込む。

そしてアスファルトの礫をアンリに投げつけた。

 

「・・・見えた!」

 

彼女はあろうことかその場で足を止めた。

 

『何してんだ!』

 

シロの怒号が飛ぶ。

だがアンリは全く気にしてい無かった。

それどころか更に集中力を高めていたのだ。

 

「人を舐めんじゃないわよ妖!」

 

アンリは礫を太刀で叩き落とす。

半身になり自分に直撃する弾だけを選択し、それのみを太刀で叩き落としたのだ。

それ以外は何もしない。

身動き一つ取らずに礫が通りすぎるのを待っている。

そしてアンリは正面からアスファルトの礫を避けきったのだ。

 

『・・・おいアンリ。』

「何よ。今忙しいんだけど。」

 

ゆっくりと彼女は入道に近づく。

シロは非常に驚き、彼女に声をかけずにはいられなかったのだ。

当然入道もその光景に驚いた。

シロは化物のような彼女に尋ねる。

 

『本当に人間か? お前は。本当は妖とかいうオチは無しだぞ。』

「人間よ。シロ・・・いえ、妖。アンタ達は人間を舐め過ぎてるわよ。」

『がはは! もう笑うしかないな! 死の恐怖を感じないのかよお前は!』

 

アンリは礫の威力は目の前で確認したはずだった。

それにも関わらずあのような回避方法を取ったのは本当に恐怖を感じていないとシロは考えるしかなかったのだ。

 

「失うより怖いものは無いわよ。それは死ぬより怖いのよ。あんた達は一生理解出来ないと思うけどね。」

『そうかそうか! 良くわかった。それじゃ今から反撃開始だ!』

 

アンリはゆっくりと、ゆっくりと入道に近づく。

入道から見たアンリは恐怖の対象になっていた。

ありえないのだ。

人間である彼女に恐怖している自分が。

そして脆弱な人間に気圧されている自分が。

無い知恵を必死に振り絞るが、入道は何も思い浮かばない。

その代りに一つこれから行われることは理解することが出来た。

 

「あ・・・があああ!」

 

入道は妖。

人は基本的には死を恐れる。

それは妖も当てはまるのだ。

だから入道は必死に抗う。

入道は腕を振り上げて彼女を殺すつもりで殴りつけた。

しかし、アンリはそれを嘲笑うかのように些細な抵抗すら許さなかった。

 

「はいよっと!」

「げへ・・・」

 

アンリは入道の腕の攻撃に合わせてカウンターの要領で入道の後頭部に蹴りを入れた。

シロの怪力で強化されているアンリの一撃は重たかった。

入道は堪えることが出来ず地面に突っ伏す。

 

「あが・・・がが・・・」

「喋れないの? 知恵もないみたいだし。もうあんたはもう要らないわ。」

「が・・・うがああ!」

 

入道は最後の力を振り絞る。

この後のことはどうでもいい。

生きたいのだ。

入道は死にたく無いのだ。

 

「遅いのよ・・・」

 

アンリの凶刃が入道の首を刎ね飛ばす。

糸の切れた人形の様に入道は地面に倒れこんだ。

間違いなく絶命していると判断した為アンリは入道の生死の確認を行わなかった。

彼女は黙って太刀の血を払い鞘にしまった。

シロは彼女から離れる。

そしてまたアンリの顔を確認する。

 

「何よ。なんか付いてるの?」

「なんでもない。」

「そう。じゃ行きましょ。」

 

彼女はそれ以上何も言わなかった。

シロも黙って後についていく。

彼は考えていた。

アンリのあの異常ともいえる集中力と恐怖を一切感じていない精神力の正体を。

 

(やっぱりこいつは壊れているのか? だが妖怪相手の時だけみたいだし・・・まだ様子見ってところか。)

 

シロは考え続けていたが答えが出る気配がなかった。

だから諦めたのだ。

そして彼女に尋ねる。

 

「次はどこに行くんだ?」

「・・・わからないわ。でも次はまともに喋れる妖に出会いたいところね。」

「はっは。それは運次第だな。好き勝手に移動するってことか。」

「そういうこと。それじゃこのゴーストタウンともおさらばね。」

 

二人はまた歩き始めたのだ。

すると静かにアンリはシロに尋ねる。

 

「ねぇシロ。私って・・・人なのかな? 私、入道を斬っても何も感じ無かった。人の形をしていたのに・・・」

「そりゃ人だろうな。性格やらに問題ありだが。それに見た目も人間の女性だぞ。」

「ふふ。それならよかった。」

「妖になりたく無いのか?」

「嫌よ。私は人でありたいの。」

 

シロはそれを聞いて安心したようだった。

最後に彼は彼女に助言をした。

 

「ならお前はその気持ちを見失うな。」

「わかってるわよ。」

 

アンリはシロに返事した。

こうして彼女達は壊れた町を後にしたのだった・・・

 

 

 

「これはいい。入道を襲う予定だったが、もっと良い敵に出会えた。あの二人を・・・襲うか? いやまだか。もう少し様子見だ。」

 

雷を纏った妖はマンションの上から二人を眺めそう呟いた。

そして笑った。

 

「ははははは! この雷獣(らいじゅう)様をがっかりさせるんじゃないぞ!」

 

雷獣と名乗る妖は二人に標的を定めた。

だが二人はまだ彼の存在を知らなったのだった・・・

 

 

 

 

 


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